パス
目の前が真っ白になった。
「あ……彩……」
彩歌が死んだ。
そして、次にヤツが放った言葉を聞いた時、僕は意識を奪われた。
「虫ケラの分際で神に歯向かうとは。愚の骨頂だな」
〝怒り〟に意識を奪われた。
……気が付くと、何かを殴っていた。
何も見えないまま、何かを殴り続ける。
目の前は真っ白なまま。
とにかく殴っている。
「何なんだ、お前は! なんで平気なんだ?!」
遥か遠くに、相手の声を聞いている。
知るか。そんな事どうでもいい。
殺す。
とにかく、殺す。
コイツを殺す。
生きているなら殺す。
死んでいようが殺す。
殺す。
殺す!
殺す!!
「くそ! コイツどうなってるんだ?! 空間ごと裂いているんだぞ!」
遠くに、アイツの声が聞こえている。
この声が聞こえなくなるまで殴る。
……まだ聞こえる。
「しょ、障壁に亀裂が?! お前は……何なんだ?!」
内容は知らないし、必要ない。
何も感じないし、何も見えない。
とにかく、延々と殴りつける。
殴る。殴る。殴る。
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モース・ギョネが、目の前でボロ雑巾のようになっていた。
……〝人間部分〟にキズひとつ無いのは、我ながら凄いと思う。
「終わったのか?」
と、言おうとしたが声が出ない。体も動かない。
……どうしたんだ、僕は。
『タツヤ、やっと正気に戻ったか』
ブルー。一体どうなってるんだ?
『今の状況を説明するよ?』
〝空間操作〟での攻撃など、もちろん僕には通じない。
同じく〝空間操作〟で作ったであろう防壁で対処するも追いつかず。
最終的にモース・ギョネは、僕の攻撃に対して為す術もなく、サンドバッグ状態だったそうだ。
散々殴られたあと、とうとうアイツは〝時間操作〟を発動させて、時間の流れを止めたらしい。
『残念ながら、やはり時券は効力を発揮できなかった。かろうじて意識だけは止められずに済んでいるようだが、これではどうすることも出来ない』
万事休すだ。
今は、ブルーからのエネルギー供給がストップしているはず。つまり〝星の強度〟は発動しない
この状態で攻撃されれば、僕は死ぬだろう。
……彩歌も、殺された。
『その事だがタツヤ』
ブルーが何か言おうとしていたその時、僕の頬に衝撃が走る。
いつの間にか目の前に現れたモース・ギョネが、僕の左頬を殴ったのだ。
僕は壁際まで吹っ飛ばされ、無様に転がる。
『大丈夫か? タツヤ!』
痛ぇ! 久しぶりの痛みだ。
時券の効果で、時間を止められて身動き取れないのに、痛みはある。これはキツいな。
……だが、痛みすら感じる暇もなく死んだ彩歌に比べたら……彩歌……! 僕は……!
『すまないタツヤ。私もこうして会話は出来るがキミにエネルギーを送る事が出来ない』
アイツが近付いてくる。ゆっくり、ゆっくり。
「ガキが……よくも……人間の分際で……」
ブツブツと何かをつぶやきながら、近付いてくる。
眼球を動かせないが、声と気配で大体分かる。
……アイツは僕のすぐ近くで立ち止まった。
次の瞬間、今度は脇腹に痛烈な一撃。視界がグルグル回る。
『タツヤ!』
凄まじい痛み。たぶん致命傷だ。
もうどうしようもない。さすがに終わった。
ちくしょう……彩歌の死が無駄になってしまう。
彩歌。すまない……!
『……聞こえますか?』
何の冗談だブルー。変な声出すなよこんな時に。
『タツヤ、私ではない』
え……? じゃあ誰だ?
『……私は時神。この世界の時間を管理する〝概念〟そのものです。内海達也、聞こえますか?』
時神?! あなたが?
『今から、3つ、質問します。答えて下さい』
え? え? 質問って……?
『人間と星、どちらを救いますか?』
いきなり重いな。
心の奥底から〝星を救う〟という使命感が湧き立つ。僕が救星特異点だからなのか?
……でも僕は。
〝人間を救います〟
これだけは絶対に譲れない。
『人間と自分、どちらを救いますか?』
とうとうセパレートされたか。僕だって気持ちは人間なんだけどな。
〝……人間を救います〟
『人間と愛する者、どちらを救いますか?』
彩歌は先に逝ってしまった。でも生きているなら僕は……
〝……僕は彼女を救いたかった。どんな事をしてでも彩歌を〟
『よくわかりました。今のあなたの回答を元に、私があなたに与えられる力を込めた〝定期時券〟をあげましょう。期限はあなたが死ぬまで。正しく使ってくださいね』
えっ? 定期時券って何? ちょっと! 時神!
『タツヤ、すごいぞ! 定期時券をもらってしまうなんて!』
「いや、だから! 定期時券って何なんだ?」
あれ? 声が出た。
『タツヤ、危ない所だった。既に〝星の強度〟も〝超回復〟も機能しているから安心して欲しい』
……本当だ。痛みが引いていく。
僕はゆっくり立ち上がった。よし! 動けるぞ!
『タツヤ、定期時券は、時を司る力を詰め込んだ最上級の権利証だ。これがあれば、キミが〝時間〟に関わる何かで縛られる事は無くなるだろう』
「な……! 何だと?!」
モース・ギョネが驚いている。
……そりゃ驚くよな。絶対動かないと思っている僕が動き出したんだから。
「おのれ……! どういう事かわからんが、もう一度止めてやる!」
モース・ギョネは、僕の方に手をかざした。
……時間の流れが見える。
「あれが、止まっている時間の流れ……」
〝完全に止められている大きな本流〟がある。
その隣に〝止まっている時間の中で動いている僕とモース・ギョネの時間〟の流れが見えている。
グネグネと螺旋を描いて、縦に横に、機械仕掛けのように、風にそよぐ木や草のように、波打っているのがわかる。これが定期時券の力なのか?!
「時よ止まれ!」
モース・ギョネ〝3本の手〟が、流れる時間を堰き止めようとする。
なるほど、そうやって時間に干渉するのか。それならば……
「……それは、させない」
僕は堰き止められた時間の流れを、支流を何本も作って正しく流してやる。説明が難しいが、なんとなくイメージしてくれればいい。
「ば……バカな!」
たぶん僕は〝時間を止める力〟は貰っていない。あの3つの質問の答えによっては、貰えたかもしれないのかな?
……けど充分だ。アイツを倒せるなら、それで。
「ついでだ。止まってるこっちも……」
僕は〝完全に止められている大きな本流〟……世界全体を止めている時間も、正しく流れるように操作した。
『そうだ、タツヤ。忘れていたよ。いま止まっている時間は……』
ブルーの声と、ほぼ当時に、後ろへ向けて引っ張られるような感覚に襲われる。あれ? これは。
『そうだタツヤ。時神の休日だよ』
気が付くと、僕は別の場所に立っていた。
確かここは、さっき彩歌とモース・ギョネの戦いを観ていた場所だ。
「どういう事だ? ブルー」
モース・ギョネの時間停止では、時神の休日のような〝巻き戻り〟は起こらないはずだ。
……これは一体?
『たっちゃん……聞こえるか? ゴメンなー!』
不意に、右手から声が聞こえた。
『え? ……大ちゃん?』
『いやー、ユーリが寝ボケて〝ガジェット〟をイジったみたいでなー。時間止めちまったんだ。そっち大丈夫か?』
つまり……モース・ギョネが時間を止める前に、ユーリが時神の休日を起こしていたのか?
『そうなんだタツヤ。彩歌が〝空間操作〟を受ける直前に、キミの時券が一枚、消費されたんだよ。その後、キミが暴走したので、伝えられなかったのだが』
彩歌が〝空間操作〟を受ける直前? という事は……?!
『……達也さん? どうしてアイツ、急に変な動きを始めたの?』
目の前には、キョロキョロと周囲を見回しているモース・ギョネと、それをキョトンとした顔で見ている彩歌が居た。




