退魔師の憂鬱
また悪魔だ。今度は1、2、3……7匹か。
「オイ! オ前ラ! 止マレ!」
一匹の悪魔が、甲高い声で警告を発した。
「イヤだね。死にたくない奴は、両手を上げてジッとしてろ」
僕がそう叫んだ途端、怒り狂って、または奇妙な笑いを浮かべて、悪魔どもは襲い掛かってきた。
『タツヤ。やはり、最初に少し脅さなければ、降参はしないんじゃないか?』
『そうか。生意気な子どもにしか見えないだろうな』
〝使役:土〟で地面から生やした鋭いトゲが、7匹を同時に串刺しにする。
『いや。一応、ああやって警告しておけば、自分の中で正当化しやすいってだけなんだよ、ブルー』
有無を言わさず襲って来る敵。
その上、こいつらは今までも、大勢の人を殺した。許さなくていいだろ。
『もちろん、キミの好きにして構わない。結局この世は弱肉強食なんだから』
南ブロックを出発して、北へと進む。
どうやら中央ブロックは敵の巣になっているようだ。近づけば近づくほど、悪魔に出くわす。
で、いま倒したのが、記念すべき100匹目だ。
「いや、101だっけか?」
……さすがに気が滅入るな。
別に僕だって、殺したくて殺しまくっている訳じゃないんだぞ。
「ボウズ、大丈夫か?」
遠藤翔が、心配そうに言う。
「疲れたなら休もうよ! 無理したらあぶねぇし!」
と、辻村富美も僕のローブの裾を引っ張る。
「ありがとう。でも、全然平気だよ?」
身体的には……ね。
さっき栗っち、大ちゃん、ユーリから連絡が入るまでは、あまり気にして無かったんだ。
どうやら、あの3人は悪魔を〝生け捕り〟にしたらしい。
それは良いんだけど、問題は……
『彩歌さん、どう思う? ……悪魔が改心したのかな?』
『ちょっと信じられないわ。悪魔が大人しくしているなんて』
なんと、捕らえた悪魔は暴れることもなく、とても穏やかに過ごしているらしい。
しかも、檻に閉じ込める事なく。
『タツヤ。悪魔を殺さなくても良いかもしれないと思っているなら、望みは薄い。カズヤも言っていただろう?』
栗っちの話では、捕らえた悪魔自ら〝自分達は極めて稀なケースだ〟と言っているそうだ。
話し合いとか和平とか、そういう概念は、悪魔には無いという。
『……達也さん。今は鈴木さんのお父さんを救出する事だけ考えましょう』
彩歌の言う通りだ。色々と余計な事に気を取られていたら、救える人まで死なせてしまいかねない。
『タツヤ、左右から3体ずつだ。あと、少し先に、さらに5体いるね』
またかよ! すごいエンカウント率だな。
「みんな、気をつけて! 左右から来るぞ!」
「達也くん。そいつらを倒したら、一度呪いを解いたほうがいい。妙な効果が発動すると面倒だからな」
おっと。エーコの言う通りだ……忘れがちだな。気をつけなくては。
「あと、私にも獲物を残しておいてくれよ? キミがその調子では〝試し斬り〟にならないからな!」
ニッと笑うエーコ。
そうだな。僕一人で背負い込む必要なんて無いんだ。もう少し気楽に行こう。
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……あの建物が中央本部か?
「うん、達也さん。さっき見せてもらった地図通りなら、ここがそうよ」
建物の入口には、悪魔が数匹立っている。歩哨なのかもしれない。
『タツヤ、内部には、結構な数の悪魔が居るぞ?』
よし、間違いないな。
「あの中、悪魔だらけのようです。僕が注意を引くので、援護を頼みます」
出来れば攻撃は僕に集中させたい。
本気を出せば1人で飛び込んでも大丈夫だろうけど……
「ふふ。達也さん、本気はダメよ。あの建物だけじゃなく、地下ブロックまで壊してしまうでしょ?」
地下に生存者がいれば……
……いや、きっと地下には生存者がいる。鈴木さんのお父さんも。
僕の力を、あんな狭い建物内で使いまくれば、あっという間に、生き埋めにしてしまうだろう。
石コロ飛ばしただけで、クレーターとか出来ちゃうんだもん。
「内海さん。気をつけて下さい」
「はい、織田さん。風魔法、期待してますよ」
僕は杖を構え、建物の前に静かに歩み出た。
……あ、そうだ。一応、言っとくかな。
「悪魔ども! 死にたくなかったら、両手を上げて、何も喋るな。命が要らないやつだけ、掛かって来い!」
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建物に入り、出会う悪魔を倒しつつ、地下ブロックへの入り口を探す。
……ちなみに、両手を上げて無言の悪魔は、今のところ居ない。
南ブロックの隊長さんは、西の奥だと言っていたけど、意外と広い上に、迷路のように入り組んでいて厄介だなあ。
「じゃあ悪魔は〝いやがらせ〟が目的で人間を襲うのか?」
「何、その理由! マジやめろし!」
栗っちと大ちゃん曰く、悪魔は〝負の感情〟が目的で人間に危害を加えるらしい。
怒り、悲しみ、怯え、絶望すれば、悪魔は生まれ、増え、力の源となる。
そして驚いた事にターゲットは、魔界の人間だけでなく〝アガルタ〟の人間も含まれるのだ。
「その部屋が最後だ。開けるぞ!」
中には悪魔の姿はない。
雑然とした倉庫のように見えるが、床には、かつての惨劇を思わせる、黒い血の跡がべっとり残されていた。
「見つけたぞ! 地下への階段だ」
薄暗い部屋に、人が一人通れるぐらいの穴が空いており、生暖かい風が拭き上げてくる。
真っ暗で、数段先が見えない。
「グアレティン、明かりを灯せ」
エーコが剣を抜くと、刀身が光って辺りを照らした。
「お父さん……無事で居て……!」
僕を先頭に、エーコ、鈴木さん、織田さん、遠藤、辻村。
背後からの襲撃に備えて、最後尾には彩歌が居る。
「深いな! 地獄の底まで続いてるようだぜ」
「遠藤さん、罠が仕掛けられているかもしれません。気をつけて!」
階段は右に折れて、更に下へ続いている。散々降りて行き着いた先には……
「扉だ」
ノブがあったであろう部分に、穴が空いている。
無理やり開けて中に入ったんだな。
『ブルー、どうだ?』
『悪魔らしき反応と……これは……』
何かに驚いたようなブルー。
『どうした?』
『27体の悪魔に紛れて、人間がいる』
人間?! どういう事だ?
「入っておいで。そこに居るのは分かってるんだ」
不意に、扉の向こうから声が聞こえた。
……その〝人間〟の声なのか? 気付かれていた?!
そっと押すと、扉はギィという音を立てて開いた。
「ようこそ、地下ブロックへ」
そこには、白いローブを着た長身の男性が立っていた。
「お……お父さん?!」
鈴木さんが叫ぶ。この人がお父さん?!
……なんか嫌な予感がするぞ。




