魔界温泉
洞窟の奥、扉っぽい岩を開けると……そこには、恐ろしく広い空間が用意されていた。
「おおっ! すごいな! 本当に何なんだこの洞窟は!」
隣からエコーの掛かった、エーコの声が聞こえる。
いや、ダジャレとかじゃなくて。
『ブルー。なんで音の反響まで〝旅館の大浴場〟みたいになってるんだよ?』
『洞窟だからだろう?』
『いやいやいや! 岩肌じゃなくて、タイルに反響したような綺麗な音だよな?』
自分って歌が上手いんじゃないか? と錯覚する、あの感じの反響具合だ。
うわ、マジか。見上げると、男風呂と女風呂の仕切りも、わざわざ上の方に銭湯っぽい隙間が作ってある。
……天然の洞窟を表現する気ゼロだな!
『タツヤ。日本人は、こういう空間で〝真の癒し〟を得るものだぞ?』
『いや、日本人は僕だけだから! 一番癒される必要のない僕向けに作ってどうするよ?』
僕は特性上、無敵の上に、フルパワーにチャージされっぱなしだ。
眠らなくても食べなくても、極端な話、全く風呂に入らなくても、病気にもならないし、お肌に何かしらの害が及ぶこともない。
『キミの体は、発汗や代謝もあるけど、自動でクリーンな状態に保たれている。キミが風呂に入るというのは、新品パリッパリのスーツを、クリーニング店に預けるようなものだ』
……それ、ちょっとだけマイナス効果だよな?
「わぁー! スゲーし! お湯の量もハンパねえー!」
「こんなお風呂、城塞都市にもないわね」
隣から、辻村と彩歌の声が聞こえた。
城塞都市どころか、日本にもなかなか無いよ、こんな風呂。
だってほら、打たせ湯、ジャグジーも完備だし。
……ってマジか?! 何でこんな物まで作るんだよ!
「ブルー! これは本当に駄目だろ!」
なんと、体や頭を洗うための、鏡の付いたシャワーまである!
……もしかして、わざとなのかブルー? わざとバラしていくスタイルなのか?!
『あちらの小部屋はサウナだ。好きに使ってくれて構わない』
『やり過ぎだよ!』
……完全に確信犯だな、こりゃ。僕に〝やり過ぎだよ!〟って言わせたいだけのヤツだ。
『タツヤ、違うぞ? この施設は〝キミは本当にアレだな〟と言いたいから用意したものだ』
『余計悪いわ! これから何が起こるんだよ?!』
ってあれ? ちょっとワクワクしてきたぞ?
これから僕は、何を見聞きして、ブルーに〝アレ〟だと言われるんだ?
『……タツヤ、キミは本当にアレだな』
『いや、今か! ガッカリだよ! ……いやもとい! 僕はアレじゃないぞ!』
……ん? なんかガッカリしてるという事は、やっぱ僕はアレなんじゃないか? っていうか、アレって何だよ!
「内海さん! スゴいですよ、湯加減も丁度いい!」
織田さんが、湯船に浸かって言う。
いや、スゴいのはアンタの体だから……何ですか、その筋肉。
……しかも傷跡だらけって。
世紀末を戦い抜いてきた感じになってますけど?!
「ああ、いい湯だな! 我が生涯に悔いはないってか!」
やめろ遠藤! セリフが世紀末スレスレで危ない!
お前がニアミスしてどうするんだよ?!
「すごいです。お父さんを助けたら、ここに連れてきてあげたいな」
鈴木さんの声だ……本当に良い子だな。
「無事だといいな。紗和ちゃんのお父さん」
「そうですね。大砦の情報は少ないですが、何年か前から連絡も途絶えて、何度か編成された救援部隊も帰って来ないという、絶望的な状況だと聞きます」
そんなにマズい状況なのか、西の大砦は。
……無事を祈るしか無い。救出できれば、親子水入らずで温泉にゆっくり浸かるといい。
こんな洞窟の温泉で良かったら、いくらでも用意するから……ブルーが。
『いやいや達也氏。これぐらいの年代の女の子は、もう父親とお風呂には入らないと思うよ?』
ルナの声だ。なるほどね、確かにそうかもしれない。
うちの妹も、僕と〝双子設定〟になってからは、父さんとは一緒に風呂に入ってないしな。
……ん? あれ? 〝これぐらいの年代〟?
『ルナ? ……お前いま、どこに居るんだ?』
『彩歌の帽子の中だけど?』
『彩歌さん、とんがり帽子のまま風呂に入ってるのか?!』
いやいや違う。そこじゃない! いや、そこもだけど!
『待ておい! ルナ! なんでそっちに居るんだよ!!』
お前、ずっと〝僕〟って言ってるよな! 男だよな!
『僕は〝魔界の軸石〟だよ? 彩歌の能力そのものだ。性別とかは関係無いよ? ……デヘヘ』
『こいつ! デヘヘって言った! こら! デヘヘって何だよ! やめろ、こっちに来い!』
『もう、うるさいなあ。それじゃさ、僕の〝視界〟を送ってあげるよ。ほら』
え? 何? 視界を送るって、お前そんな事出来るのか?!
……うっわ! なんかいつもの〝詳細表示〟の時みたいに、小窓が目の前に浮かんで?!
『マジで? え! いや待て! ちょっと待てルナ!』
……脳内に開いた小窓は真っ黒だ。あれ? 何だこれ?
『へへへー! 引っかかったー! 言ったじゃんか。僕は彩歌の帽子の中だよ? 見えるわけ無いよね』
『くそ、騙された! マジで焦ったじゃないか! お前、あとで覚えてろよ?!』
『へへーん! 騙される方が悪いんですー! 達也氏は本当にアレなんだからー!』
あのウサギ、マジで許さん! 僕はアレじゃないからな!
……え? ……あれ?
「スゴいわ、シャンプーまであるなんて!」
僕の脳内に表示されたのは、鏡に写った彩歌。なるほど、洗髪のために帽子を取ったんだな。
……っておいおいおい、駄目だ! 全部見えちゃってるから!
ああっ! あられもない! あられもなくもなくもない! 生まれたままの姿か! いや、生まれたままの姿だ! 何を言ってるんだ僕は!
「おい、アヤ! 帽子は昔からなので突っ込まなかったけど、何だその黄色くて丸いのは?」
マジで? エーコにもルナが見えるってどういう……あ、そうか。精霊グアレティンと契約したから?
「エーコ、この子が見えるの? この子はルナ。あとで詳しく紹介するわ」
ああっ! そっち見ちゃ駄目だ彩歌!
エーコとか、その向こうに……全員が、横並びで居るし!
……っていうか、おまえ目が良いな、ルナ! 一番向こうにいる鈴木さんまでカンペキだ!
いや、カンペキって何だ? とにかく全部見える! しかも脳内表示だから目を閉じても見えてしまう!
『はじめまして! ルナです。よろしくね!』
〝僕は〟ルナって言わないのかよ。お前、そういう所だぞ?
……いやそんな事より、早く視界の送信を切ってくれ! さすがにマズいだろ!
『ハッ! しまった!』
というルナの言葉の後に、ルナの〝視界ウインドウ〟は閉じられた。
「……? ルナ〝しまった〟って何?」
『え、ううん? なんでもないよ。こっちの話』
「ふうん? あ、そうそう、エーコ、こっちのボトルはリンスって言って、髪が……」
ふう。良かった……秘密は守られたか。
さすがにルナも、彩歌にバレるとヤバいだろうからな。
『タツヤ、キミは本当にアレだな』
『お前がいたか! 不可抗力だよ! むしろ被害者だ!』
いや。被害者というか……まあ、その……いやいや。ね?
『タツヤ、キミは本当に……』
『僕はアレじゃないから! っていうか、アレって何だよ!!』




