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父と母

「HuLex UmThel TchwEKnd iL」


 杖を体に密着させて〝接触弱体(せっしょくじゃくたい)〟の呪文を唱える。

 自分の体に触れている全ての物が、ガチガチに固くなった。

 ……不思議な事に、効果を受けている部分の強度と効果時間が何となく分かる。


「さて、試してみるかな。パズズ、悪いけどちょっと付き合ってくれる?」


(あるじ)よ。何なりとお申し付け下さい』


 僕は〝使役:土〟でゴーレムを呼び出した。


「ブルー、パズズとコイツ、繋いで」


『了解だタツヤ』


 ゴーレムが、僕の操作の手を離れ、(ひざまず)く。


『恐れながら、お相手させて頂きます』


「おう、頼んだぞ。手加減は要らないからな」


 今回作ったゴーレムは、身長2メートル。

 細マッチョでスポーティーな格闘タイプだ。

 一応、小型の盾と、青龍刀っぽい剣を持たせてある。

 ……辮髪(べんぱつ)は、雰囲気作りだ。

 僕は、伸ばした杖を右手で(つか)んでクルリと回し、右の脇に挟む。

 左手は正面に出して手のひらを相手に見せる形で構えた。


「行くぞ!」


 右脇から縦に回した杖を左手で掴み、頭上で水平に一回転させて、今度は左脇で挟んで止めた。

 腰を一周させて正面で両手持ちにし、垂直に構える。。


「はいっ!」


 右、左、右と、バトントワリングのように、両手で大きく回転させつつ5歩下がる。

 右足を上げて片足立ちしたまま、頭上で、回転させ、上げた右足を後ろに大きく引きつつ、右手を杖の端まで移動させた。

 姿勢をさらに低くすると同時に、杖を大きく振りかぶった。


「やあっ!」


 床を、杖で縦に打ち据える。

 〝ドォン!〟と言う音が響くが……大丈夫。そこは丁度〝 接触弱体(せっしょくじゃくたい)〟を掛けた時に、僕の足の裏が付いていた場所だ。

 素早く右手を引き、再び片足立ちに。

 両手で右、左、右、と素早く回して、もう一度左脇で挟んで止める。

 よし、この杖、良い重さと長さだ。強度も、もちろん申し分ない。


「たあっ!」


 上げた右足からジャンプ気味に踏み出し、杖ごと体を水平に一回転。

 足をついた瞬間、さらに片手に持ち替えて手を伸ばつつ、もう一歩飛んで一回転。

 計算通り、杖の先が、ちょうどゴーレムに届く。


『速いですね!』


 パズズは咄嗟(とっさ)に盾でガードしたが、パリンという音と共に砕けて弾け飛んだ。


『ウオオオオ!!!』


 次の瞬間、僕の右顔面を狙い、横薙(よこな)ぎに斬り掛かって来るパズズ。

 杖を左手で持ち、床に垂直に置いて右腕を添え、受ける。

 キン。という音が響き、剣は弾き返された。


『せえいっ!!』


 パズズは弾かれた勢いを逆に利用し、体を一回転。逆からもう一撃仕掛けてくる。


「さすが!」


 顔の右横にある、杖を掴んだ左の拳を、右腕を添えたまま素早く左腰まで移動させる。杖は僕の首を狙ったパズズの攻撃を再び弾いた。


「はぁっ!!」


 パズズの剣を弾いた瞬間、添えていた右手で杖を握り、それを軸に左腕を突き出す。

 左下から右上へ、鋭い一撃。

 パァン! という音と共に、ガードした腕を千切り飛ばしつつ、杖はゴーレムの頭を(えぐ)った。


『見事です、主よ!』


 ゴーレムは、ゆっくりと土に還っていく。


『すごいなタツヤ! 何なんだ、その動き!』


「実は昔、練習したんだよ。カンフー映画にハマってね」


 確かあれは中2の頃だった。

 最終的に、持っていた鉄パイプがスッポ抜けて、物置をへこませてしまい、父さんにこっ(ぴど)く怒られたっけ。懐かしいなあ。


「素晴らしい!」


 不意に、パチパチという拍手の音。

 ……現れたのは、彩歌のお父さんだ。


「いつの間に?!」


 全く気付かなかった……!

 ブルー、知っていたのか?


『いやタツヤ。この瞬間まで、生命反応は、全く感じられなかった』


「ははは。済まないね。さっき妻が来た時に、そっと入らせて貰ったんだよ」


 〝そっと〟?! ブルーにも気付かれずにって……?


「もしかして魔法で?」


「うふふ。やっぱり賢い子ね。そう。魔法を使っていたのよ」


 突然、お父さんの隣にお母さんも現れた。マジか?!


「姿を隠す魔法はね、声を出したりすると効果が消えるんだ。覚えておくといいよ」


 ニヤリと笑うお父さん。


「さて、申し訳ないが君の(ちから)、見せてもらったよ」


『見られてしまったようだね、タツヤ』


 そうだな。さて、誤魔化し切れるかな……?


「君は魔法の力に頼らず、このゴーレムを呼び出したね?」


 じわじわと消えつつあるゴーレムを指差して言う。


「……あ、いえ。ちゃんと呪文を唱えましたけど」


 クスリと笑うお母さん。お父さんは、口角を上げたまま、僕の斜め後ろ方向を指差す。


「え?」


 振り返ると、さっき切り飛ばしたゴーレムの腕と、少し離れて、真っ二つに割れた小型の盾が、壁に突き刺さっていた。こちらもそれぞれ、じわじわと土に還ろうとしている。


「さっき言ったけど、魔法由来で呼び出された力や物なら、あんな風にはならないんだよ。ここの壁はね」


 あんな風にならない……?

 ……あ、そうか!


「耐魔構造の壁!!」


 戦いに集中し過ぎて、ゴーレムの部品が壁に当たった事に気付かなかった!

 僕の〝使役:土〟が、バレちゃった?

 ……いや、それもそうだけど。


「すみません! 壁を壊してしまいました!」


 せっかく貸してくれた練習部屋の壁を、壊しちゃマズイだろう。


「弁償します。とりあえず仮に穴は塞ぎますので……」


 僕が直した所だけ、文字通り、土壁になっちゃうけど。


「うふふ……あなた。聞きました?」


 お母さんが、嬉しそうな口調で言う……え? 何?


「ああ。自分の秘密がバレた事より先に、ウチの壁を心配してくれるなんてね」


 お父さんも、笑いながら頭を掻いている。


「あ、えっと、すみません。僕のこの力は、誰にも言っちゃいけないので……秘密にしていてごめんなさい!」


 頭を下げ、素直に謝った……許してもらえるとは思えないけど。


「それはこちらの台詞(せりふ)だ。頭を上げてくれないか」


 こちらに歩み寄ってくるお父さんとお母さん。少し申し訳無さそうな表情だ。


「……彩歌(あやか)はね、普通じゃないんだ」


 それは知ってるよ? 彩歌は心臓に星の欠片(かけら)を宿した〝不老〟の〝救星特異点(きゅうせいとくいてん)〟だ。

 ……あれ? そうか、違うな。その事は2人とも知らない(はず)だ。

 じゃあ、何が普通じゃないんだ?


「達也君。彩歌はね、この魔界の全てを支配できる秘宝を、体内に埋め込まれているの」


 ……そうか、普通じゃないっていうのは、その事か。


「……? まさか君は……!」


 僕の表情の変化から、何かを感じ取ったのだろう。

 逆にお父さんが驚いた感じになってしまった。


「〝魔界の軸石(じくいし)〟の事ですね?」


 僕がそう言った途端、2人とも、相当驚いた表情を見せた。


「そんな! あなたが軸石の事を知っているなんて! 考えられないわ!」


「達也くん、どうやって君がそれを知り得たか、教えてくれるかい? とても大切な事なんだ」


『……ブルー。良いよな?』


『構わないよ。この2人がキミの秘密を知った所で、何も問題は無いだろう』


 そうだな。むしろ、聞いておいてもらいたい。

 きっとこの2人は近い将来、他人じゃ無くなるんだから。


「わかりました。僕と、彩歌さんに、何があったのかを、全てお話します」






 >>>






 ……僕の説明を、神妙な面持ちで聞いていたお母さんは、静かに僕の手を握って言った。


「達也君。娘を救ってくれてありがとう」


 お母さんに握られた手の上から、お父さんにも手を握られる。


「よく、話してくれたね。そして〝魔界の軸石〟が、そんな不思議な事になっているとは、夢にも思わなかった……数々の無礼、どうか許して欲しい」


 今度は、軸石と彩歌の関係について、2人が語り始めた。

 彩歌の両親は、名うての探検者だったらしい。

 名も無い遺跡の、隠し通路の奥の奥に安置されていた〝魔界の軸石〟を見つけた2人は一計を案じる。


「魔界の全てを、どうにでも出来る秘宝中の秘宝。魔物はもちろん、人間が持つ事さえ、危険極まりない」


「人は、悪魔よりも邪悪で怖いわ。〝魔界の軸石〟を人の手に委ねれば、きっと遠くない将来、魔界は終わる。それは、主人や私が持っていたとしても同じ事」


 2人は、城塞都市に持ち帰った軸石を、産まれて来る我が子の体内に隠す事にしたのだ。

 いずれ子どもが死んだ時に、共に魔界の土に還るよう、特殊な術を施して。


「誤算だった。術式に小さなミスがあったんだ」


「彩歌に子どもが出来た時、軸石はその子どもに〝再構成〟されてしまう事がわかったの。軸石が、人間として生まれてくる……」


「無邪気な大魔王の誕生だ。夜泣きひとつで、魔界は終わるだろう」


 慌てた2人は、試行錯誤する。

 完全に融合してしまっている軸石を、彩歌から取り出す方法は無かった。

 ……無理に取り出そうとすれば、彩歌が死ぬ。

 ちなみに、避妊手術も同様だ。複雑に編み込まれた術式を乱し、軸石を無理に取り出すのと同じ様に、彩歌の命はない。

 術を再構築する事も出来ない。下手に軸石の機能を刺激すれば、魔界が崩壊するかもしれないからだ。


「なぜ、本人に説明しなかったんですか?」


「彩歌自身には言えなかったの。言えば術式が変質して、想像もつかない何かが起こる。そういう術も多いのよ」


「彩歌を……」


 お父さんは息をつまらせた。


「あの子を、殺す……」


 お母さんが涙ぐむ。


「成長する前に、命を絶つ。それは出来なかった。出来てたまるものか」


 少し間を開け、お父さんは続ける。


「私は、あの子から男性を遠ざけ、子を宿すこと無く人生を終えさせる事を選んだのだ。身勝手な親だ。本当に申し訳ないと思っている」


 なるほど、そういう事だったのか。

 ……おかしいとは思ってたんだよな。

 あのバカ親っぷりは、さすがに無理がある。

 演技だったのか……


「キミの言う通り〝魔界の軸石〟が彩歌の能力として再構成されたのなら、もう何も心配は要らないのかもしれない……こんな嬉しいことはない!」


「達也君、どうか彩歌の事、よろしくお願いしますね」


「そそっかしくて、気の強い子だが、自慢の娘だ。よろしく頼む」


 2人は、揃って頭を下げる。

 今まで彩歌の事でどれだけ思い悩んだのだろう。その苦しみは計り知れない。


「僕の方こそ、どうか末永く、よろしくお願いします。お父さん、お母さん」


 と言って、僕も頭を下げた所へ、パジャマにスリッパ姿の彩歌が、ペタペタという音と共にやって来た。


「ごめんなさい、遅くなっちゃって……あれ? どうしたの? 3人とも」


「あーーーちゃぁああん! 湯加減はどうだった? ああもう! そんな格好じゃ風邪引いちゃうじゃなーい!」


 ……それ、演技ですよね、お父さん?!

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