魔法、980円均一
※視点変更
内海達也 → 藤島彩歌
「もう、出会った?!」
マスターが叫ぶ。
ちょっと! 声が大きいわ。
「ブルー、本当に話して良いの?」
『うん、構わないよアヤカ。さっきも言ったけど〝夢幻回廊〟という魔法は危険過ぎる。そんな物を誰かに使われてしまう事のほうが、問題だからね』
〝大地の王〟に会う魔法。
地球の意思〝ブルー〟に会いたいという思いで作られたであろう〝夢幻回廊〟は、大きなリスクを伴う危険な物よ。
「出会ったって! ど、どういう事なんだ?! 大地の王に会うには迷宮を」
「マスター。達也さんは、地球の危機を防ぐために〝地球の意思〟と一つになって〝不老〟と〝星と同じ強度〟を手に入れたわ」
笑顔なのか泣き顔なのか、なんとも言えない表情のマスター。
「は、ははは! まさか。嘘だろう? 彩歌ちゃん。もしキミの言っている事が本当なら、彼の……達也君の体には、ある特徴が……」
「地球の意思〝ブルー〟は、達也さんの右手に宿っているわ。普通の人には見えないし、彼らの会話を聞く事も出来ない。青く光っていて、向こう側が透けて見えるの」
「……古い伝承の通りだ。彩歌ちゃんがそれを知っているという事は、本当に達也君は〝大地の王〟に恩恵を与えられたんだろうね……なんて事だ」
肩を落として俯き、何かをブツブツと呟いているマスター。
『本来、星の意思と出会うなど不可能だ。それを可能にするような魔法なら、相当な無理を通すことになる。それこそ、命を削ってまで作られた恐ろしい迷宮を、残された僅かな生命力をかけて突破するぐらいの無理をね』
マスターは、呆然としてる。
代々受け継がれてきた、成功者のいない危険な究極魔法の特典を、既に得た者が現れたのだから当然よね。
「達也君!」
突然、すごい勢いで達也さんの肩を掴むマスター。え? 何?
「私は感動しているよ! 大地の王は、本当に居たんだね!!」
涙を流しながら、満面の笑みを浮かべるマスター。
……まさかさっきからずっと、喜んでいたの?!
「え、えっと。はい! 居ますよ! 見えないかもしれませんが、僕の右手に」
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マスターは、店の奥から様々な魔法道具を持ち出して来て、達也さんの右手を散々調べていた。
けど、ついにというか、やっとと言うか諦めて、本来の業務に戻ってくれたわ。
「……いやあ、済まなかったね! それで、どんな魔法を買っていく? キミたちならギリギリまで安くしておくよ!」
達也さんが先ず欲しがったのは、回復魔法。彼は優しいから、傷ついた人を放っては置けないのよね。
「……彩歌さんだよ」
……えっ?
「僕が回復魔法を使えるようになると知って、真っ先に頭に浮かんだのは、彩歌さんだ」
「達也さん……!」
ああ、達也さん……私も達也さんの為なら、どんな事でもするわ!
「コホン! えーっと……そんな彼女思いのキミには2つの選択肢がある」
マスターが棚から取り出したのは、中央に水色の石が飾られた、2種類の巻物だった。
「厳密に言うと〝両方覚える〟というのもアリといえばアリだが、こっちの魔法は無駄になる」
なるほど。確かに両方覚えても意味がないわね。
マスターが差し出した右手にあるのは〝治癒〟の魔法。人間の体内にある、あらゆる水分を操作して、体の修復をする、一般的な回復魔法。そしてもう一つは……
「レア物だよ。昨日入荷したばかりだ」
左手の巻物は〝治癒連鎖〟の魔法ね。初めて見たわ……
〝治癒連鎖〟は、基本的には〝治癒〟と同じ仕組みで回復するのだけど、触れ合っている生物同士や、治癒の効果を受けた後、一定時間内に触れた生物にまで届くわ。しかも、消費する魔力は〝治癒〟と同じ。断然こっちの方が高性能だけど……
「今日は特別だ。今から私が言う価格は、全て、ギリギリのラインまで値引きした額だよ。〝治癒〟は15万円。〝治癒連鎖〟は150万円だ」
……やっぱり。希少な魔法は、かなり高価なのよね。
「そんなに差があるの?! どうしようかな……」
達也さんは、お金をいっぱい持っている。きっと買えない額じゃないけど、今回の持ち合わせは確か300万円ぐらいだったかしら。
「達也さん、他の魔法も見てから決めた方が良いかもね?」
「そうだね。じゃ、次は何にしようかな……」
達也さんが欲しい魔法は、呪いや魔法の効果を解く〝解呪〟、相手を眠らせる〝睡眠〟、相手の記憶を改竄する〝記憶操作〟、瞬時に衣装を変更する〝衣装箱〟。
相場が変動するから大体でしかわからないけど、どれもなかなか高価な魔法ばかりね。
「〝解呪〟と〝睡眠〟は、元々、人間なら必ず適性のある属性だから、達也君でも間違いなく使えると思うんだけど、〝記憶操作〟は……」
〝解呪〟は光属性、〝睡眠〟は闇属性。どちらも併せ持つのが、人間の特徴なの。そしてこの2つは、適性がほんの少しでも有れば、発動できるわ。
……でも確か〝記憶操作〟は、そこそこ強い闇属性の適性が要るはずよ。
「私の見立てでは、残念だが達也君の適性で、〝記憶操作〟は発動しないと思う」
「そうですか……まあ、仕方ないですね。」
大丈夫。達也さんが使えない魔法は、私がカバーするわ。
「あと〝衣装箱〟は、土属性だ。キミならもしかして、魔法に頼らず、出来るんじゃないかな?」
「……あ! なるほど、土人形も服を着た状態で作るもんな。あの要領でやればいいのか。どれどれ」
達也さんが両手をあげると、見る見るうちに、もともと着ていた〝学芸会用のローブ〟は、シマ模様でパステルカラーのローブに変わった。
「なるほどね。着ている服を再構築して、足りない物は呼び出して組み直すのか。楽勝だな」
うーん。魔法無しでそこまで簡単に再現されちゃうと、ちょっと嫉妬しちゃうかな。
……でも、それより問題なのが、そのローブのデザインよ。ハッキリ言ってダサいわ。まさか達也さん、ファッションセンスがちょっとアレな方向の人なのかしら?
「さて、元に戻すか。さすがにマズイよな!」
もう一度両手をあげて、元のローブに戻す達也さん。
ついでに、さっき水晶玉の爆発で、お腹部分に空いた大きな穴も、ちゃんと修復されている。
……良かった。さっきのデザインがちょっとアレなのは、わざとだったのね。
「これ、借り物だったんだ。ちゃんと元に戻して暁雄に返さなきゃならないからね!」
えええ! そっち……!? やっぱり達也さん、服装のセンスはイマイチなのなしら……?
『アヤカ。奥さんの頑張り次第で、夫のファッション意識は改善することが出来るという統計がある。試してみるといい』
「……え? ブルー、何だって?」
達也さん、私とブルーの会話が聞き取れなかったみたいね。
「ふふ。ありがとう、ブルー」
『いや。何でもない事だよ』
「……?」
巻物を手に、私の方を見て不思議そうな表情の達也さん。
「解呪が74万円、睡眠は68万円だ。入荷が少ない上に人気だからね。値段もそこそこするんだよ。ここだけの話、他の店ではどちらも100万はするよ?」
「そうよね。マスター今日は、すっごくディスカウントしてくれているわ。だって、私が買った時は、もうちょっとお高かったじゃない?」
ちょっと意地悪な感じで笑ってみせると。
マスターは頭をポリポリ掻きながら、バツが悪そうにしている。
「うーん。さっきの〝治癒連鎖〟と合わせても買えない金額じゃないんだけど、大ちゃんたちへのお土産とか、他にも色々欲しいものが出てくるだろうし、どうしようかな……」
明日からの探検の為にも、今日ここで魔法は覚えて行きたいわ。あいにく私は、分身魔法を買った上に、お給料日前だから、纏まったお金が無いし……
「……あれ? こちらのカゴに入ってるのは?」
達也さんが、たくさんの巻物が乱雑に入れられたカゴに気付いた。
「ああ。そこに入っているのは、役に立たない魔法ばかりなんだ。自分にもダメージが及んだり、魔力だけ消費して何も起きなかったり、無駄に光るだけとかいうのもあるな。まあ、そういうのを好んで集めているお客さんなんかも居るから、そうやって格安で売っているのさ」
カゴには〝SALE! 全品980円〟と書かれた黄色い紙が貼り付けてある。
「ふーん。安いけど、役に立たないんなら要らないかな……」
「そうね。わざわざマイナス効果の付いた魔法を使わなくても……って一応、物色はするのね、達也さん」
なんか、そういう所が可愛いのよね。
達也さんは、スクロールと、それに貼り付けられた効果の表を眺めて、時折クスクスと笑っている。
「これなんか傑作だな!! 〝共睡眠〟……効果は〝対象と共に、使用した術者も一緒に眠る〟だって!」
「ふふ。お笑い番組のコントみたいね!」
敵地なんかで唱えたら、一瞬にしてピンチになっちゃうわ。
「……こっちもすごいぞ。〝呪病変換……えっと〝対象者の呪いと魔法効果を、致死の病気に変換して術者が肩代わりする〟って死ぬじゃん!」
「すごい! 思いやりが、まさに病的で怖いわね」
どうしても解きたい呪いなら、この魔法で術者の死と引き換えに……って事もあるかしら。
「でも、魔法を掛けた本人が、寝たり、病気になったりしたら、本末転倒だよね!」
達也さんは〝共睡眠〟と〝呪病変換〟の、2本のスクロールを持ったまま、お腹を抱えて笑っている。
「そうね、よりによって術者が、寝たり、病気に……」
「寝たり? 病気に……?」
……次の瞬間、達也さんと私は、同時にマスターにこう言った。
「コレとコレ、買います!」




