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水底の獣

※視点変更

大波友里 → 悪魔 ←new!

 俺は悪魔。

 魔界から来た。

 名前は……お前らニンゲンには、聞き取れないし、理解もできないだろうから名乗りようがない。

 ……それにしてもこいつら、何なんだ?

 ただのガキではない。

 隙を見て逃げようにも、見た事のない〝光る拘束具〟で雁字搦(がんじがら)めにされて、身動きが取れない。


「大人しくしていれば、命までは取らない。お前は貴重な〝研究対象〟だ」


 嘘だな……俺はこの後、ひどい拷問を受けて、八つ裂きにされるだろう。

 こいつらが、何も知らない〝アガルタ〟のガキだと思って油断した。

 きっと魔界にいる魔道士どものように、我々の呪いを無効化する方法を知っているのだろう。

 なぜなら……


「どうぞ、こちらです。念のために言っておきますが、呪文を唱えようとしないで下さいね。僕は無益な殺生をしたくはありません」


 声と動きでわかるぞ。

 この緑のガキに、同胞は2体とも殺されてしまったのだ。

 同胞の呪いが掛かっていれば、いまこの時点で間違いなく死んでいるはずだ……だが、こいつは未だに生きている。


「にゃー! グズグズしてるんじゃない! キビキビ歩けー!」


 そしてこの黄色いヤツが一番厄介だ。

 出会ってから今に至るまで、凶悪な殺気しか感じない。

 どれだけの修羅場をくぐれば〝ニンゲンの子ども〟がこれ程の〝徹底した殺意〟を()れるのだ?


「あまり悪く言わないであげて下さい。イエローには〝地球人を守るためなら、どんな事でもする〟という〝覚悟〟があるのです」


 むう。どういう事だ?

 緑のヤツ、さっきから徐々に、俺の考えている事を見透かすようになってきているぞ?


「〝理解〟が深まったのですよ。人も悪魔も、僕の前では等しく心を開くことになります」


 冗談じゃない。得体の知れないガキどもめ、俺をどうするつもりだ?

 ……あと、コイツらの後をついてくる、巨大で恐ろしい威圧感を秘めた獣は何なのだ? 


「さあ、着きましたよ。ここなら観覧するには丁度良いでしょう」


 ダムの一番上。

 貯水湖を一望できる、アーチ型の通路に出た。

 こんな所に連れ出して、一体何をしようというのだ?


「〝凶獣〟とは、どういう物なのか、教えて頂けませんか?」


 ふん……! 知らないな。知ってても教えるか!


「……分かりました。はるか昔、悪魔たちによって、こちらの世界に放たれた〝凶獣〟は、国中から集められた、その時代の術者たちの手によって封印されたのですね?」


「このガキ! 俺の思考を読むな!」


「やっと口を開いてくれましたね。ではあなたが話して下さい。その〝凶獣〟と、封印の事を」


 ……どうせお前は、もう(すで)に俺の心を(のぞ)いて全てを知っているのだろう。

 まあいい。俺が話そうが話すまいが、同じ事だ。


「はるか昔。ニンゲンの術者たちによって施された忌々しい封印は、時の流れと共に弱まり、やがて限界が訪れた。このままでは勝手に封印は解ける。しかし〝凶獣〟に封印を施せる術者は、この時代にはもう居ない……この国の政府は〝凶獣〟の弱点である〝大量の水〟で、結界を補強する事にしたのだ」


 このダムの建設は、表向き、渇水対策やエネルギー供給用とされているが、実は〝凶獣〟を封じるために作られた、人工の池だ。


「なるほど。分かったぞグリーン。という事は、やるのだな?」


「はいレッド、お察しの通りです。ここを狙って悪魔が頻繁にやって来るというのは、良くないですからね」


 ……? 何を言っているのだ。お前たちに出来るのは、いずれ訪れる〝凶獣〟復活の日を、震えて待つ事ぐらいだぞ?


「……? にゃに言ってるのん? 私たちにできるのは、この悪魔をぶっ殺して、帰ってミカンを食べることぐらいにゃよ?」


 黄色いヤツはもう、俺を殺したいだけじゃないのか?


「聞いて下さい、レッド、イエロー、クロ。本来なら、アースとピンクを待った方が良いのでしょうが、下手をすれば、次の悪魔がやって来てしまうかもしれません。いまこの場で、終わらせます。良いですね?」


「望むところだグリーン。正義は負けはしない」


 腕を組んで大きく(うなず)く、赤。


「にゃー! そういう事かー。早く言ってくれれば良いのにさー!」


 ポキポキと(こぶし)を鳴らして嬉しそうな、黄色。


 巨大な獣も、一声吠えると静かに(うなず)く。


「おい、一体何をしようと言うのだ?」


「あなたがた悪魔が、ここに来る理由を、無くします」


 そう言って、緑のガキは貯水湖に手をかざした。一体何を……


「水が邪魔なので、ちょっと退()けておきます」


 ?! こ……この音は何だ? 遠くからとも、近くからとも分からない、身震いするような轟音が響く。

 そして徐々に、湖の水面が、左右に割れていく。俺は何を見せられているんだ?!


「〝凶獣〟が封じられている神社が見えました。さあ、始めますよ」


 この国の政府がやったのだろう。

 〝凶獣〟の封じられている岩は、ニンゲンがよく使う〝コンクリート〟で丸く固められていた。


「こ……こんな事が?! いや、それよりまさか〝凶獣〟の封印を解こうというのか?!」


 コンクリートに亀裂が入り、封印に使われていたであろう大岩が露出する。


「ば、馬鹿め! 一度封印を解いてしまえば、水を流し込もうが〝凶獣〟には効かんぞ? いくらお前たちが強かろうが、神にも匹敵する程の力を持つ相手に、どう(あらが)おうというのだ?!」


「にゃー。バッカじゃにゃい? 〝抗う〟って何いってるのさー?」


「私たちは、地球を守るために戦い、勝利する。それだけだ」


「ガウ」


「そうですねクロ。あなたの言う通りです。でも、油断はしないで下さいね?」


 身の程知らずの大馬鹿者どもめ! こんな幸運があるだろうか。こいつら自分たちで、勝手に封印を解こうとしてやがる! さあ〝凶獣〟よ、早く目覚めてガキどもを殺してしまえ!


「ヴァロヴァロヴァロヴァロ!!」


 封印は解かれた。

 砕けた巨岩の底から、恐ろしい咆哮と共に、禍々しくも美しい姿の巨大な(けもの)が現れる。

 3つの首を持ち、その全ての口から岩をも溶かす豪炎を吐く狼だ。


「素晴らしい! これが〝凶獣〟! ……終わりだ。もう誰も止めることは出来んぞ!」


 止められるものなど居るものか! なんという負の波動! なんという生命力の(みなぎ)り!


「はっは。いざ出してみれば……この程度で〝神に匹敵する〟か。グリーンの力も、安く見積もられたものだな」


「まあまあ、レッド。〝神の力〟を計れる物差しなど、そうそう無いのですよ」


 何を言っているのだコイツらは?

 あの姿を見て、なぜこんなにも余裕があるんだ?


「さて……グリーン。レッドキャノンは使えない。威力が強すぎて、ダムを傷つけてしまうかも知れない」


「それでは、アレをやってみますか?」


「了解した。タイミングはそちらに合わせよう。イエロー、クロ君。20秒だけ、〝凶獣〟を足止めしてもらえるだろうか」


「にゃー! お安いご用だよー! 先に殺しちゃったらゴメンにゃ?」


「ガウ! ガフン!」


「では行きますよ……! いち、に、の!」


「さん!!」


 黄色いガキと獣が飛びかかった。

 〝凶獣〟が撒き散らす炎が、周囲を焼き、水の壁に触れて水蒸気が巻き起こる。

 何なんだ、あの動きは! 早すぎて目で追えない!


「よし、行きますよレッド!」


「了解だ、グリーン!」


 赤いガキの両腕から、小さい(つつ)の様な物がバラバラと撒かれる。緑が両手をかざすと、全ての筒は空中でピタリと止まり、筒の先から光の(おび)が伸びる。

 あれは……剣なのか?!


機聖融合(きせいゆうごう)の一撃! ダンシング・ブレード!!」


 次の瞬間、生き物のように(おど)り狂う12本の光の剣が〝凶獣〟を切り刻み、断末魔が山々に響き渡った。






 >>>






 貯水湖の水は、大きな音と共に元に戻り始めた。

 空中に浮かんだ〝銀色の筒〟が、キレイに整列したかと思うと〝赤い化け物〟の腕に収納されていく。

 ……な、何なんだ?

 こいつら〝魔道士〟でも〝術者〟でもないぞ?!

 

「グリーン、見事な剣舞(けんぶ)だったぞ」


「レッドこそ、10本ものブレードに、あの威力を蓄え、出力させるとは。恐れ入りました」


「にゃー! クロも、なかなかやるじゃんか!」


「ガウ! グルルルル!」


 お互いを称え合うバケモノども。

 やがて、俺に近づいてきた〝緑のバケモノ〟は、穏やかな口調でポツリと告げる。


「分かりましたよね? あなたたちは、こちらに来ないほうが良い」


 ……我々の作戦は、文字通り水泡に帰したのだ。

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