命がけプリンセス
※視点変更
内海達也 → 九条大作
俺は今、ユーリにお姫様抱っこされたまま、猛スピードで悪魔を追いかけている。
……なんなんだ、この状況?
「やー! あいつ、超速い! すごー!」
「いやいや。お前の方がよっぽどスゴいぜー。俺を抱えたまま、2時間近く走りっぱなしだろー?」
……おっと、こんな体勢のままで悪いが、俺だぜ? 九条大作だ。
俺とユーリと栗っちの3人は、たっちゃんと藤島さんの〝魔界行き〟に、こっそりついてきたんだ。
〝ふたりのラブい感じをギリギリまで見届けよう〟って……いやいや、俺じゃないぜ? ユーリが言いだした事だ。
「えへへー! でも、ついて来て正解だったね!」
ユーリと並んで高速移動中の栗っちもスゴい。
この2人、生身なのにジェットコースターなんかとは比べ物にならないくらい速い。
「ユーリ、頼むから落とさないでくれよなー……」
今朝、たっちゃんたちを送り出したあと、ユーリのヤツ、いきなり俺を抱きかかえて〝じゃ、行こうか!〟って言って、そのままずっとこの調子だぜ? 最初は何が起きたのか分からずパニックだ。
「ビックリしたよね。〝栗っちも行こう!〟って言って、そのまま一直線だもんね!」
「そう言われてついて来る……いや、むしろついて来れる栗っちも相当なもんだけどなー!」
たっちゃんたちと同じ電車やバスに乗るとバレちまうからって、山越えはするわ、屋根の上や木の上とかをピョンピョン飛ぶわで、とにかく俺を抱えたまま走りっぱなしだ。
せめて変身させてくれ、死んじまう。
「やー! そっか、大ちゃん変身すればいいんだ!」
「おいおい。俺、4回言ったぞ?」
この時点までで、ターゲットは〝たっちゃんと藤島さん〟から〝悪魔〟に変わったにもかかわらず、ユーリは獲物を追う猛獣のように集中していて、俺の言葉など、聞こえていない。
「まあ、大ちゃんはこのまま抱っこで良いんじゃない? 私は平気だし。ね?」
「ね? じゃないぜ。俺が恥ずかしいんだ。あと、落とされたら死ぬからな?」
……って、もう聞いてないな。
ちなみに、遭遇した時に居た悪魔は3匹。先に攻撃してきたのは向こうだ。
「こんにゃろー! 急に襲ってきやがってー! たっちゃんとアヤちゃんが魔界のゲートをくぐる所、見れなかったじゃんか!! ユーリちゃん怒ったんだからな!」
というセリフの後なのに、ユーリは満面の笑みで襲いかかる。
最初に犠牲となった悪魔は、呪文を唱える間もなく、ユーリの餌食となった。
……あ、餌食って言っても、食ってないぜ? 例えだぞ、例え。
確かに〝美味しいんかな?〟とは言ってたけど。必死で止めたけど。
「で、念のため僕が、止めを刺したんだよね」
悪魔は殺された時、〝呪い〟を残すらしい。
神様には呪いが効かないから、最後の一撃は栗っちに任せるのが安全だ。
「でも、どこに向かってるんだろう? あの子たちの思考は読めないけど、ほぼ一直線に進んでるよね」
さすが栗っち。気付いていたかー!
「やー! まじでー? そうでも無いんじゃない?」
さすがユーリ。気付いてないと思ったぜー!
「俺の記憶では、この方角はアレだなー……」
山岳地帯を、平地と同じ速度で移動し続ける。
悪魔はさておき、ユーリも栗っちも、どんな体力してるんだ?
「……っていうか、そろそろ変身させてくれないか?」
大木から大木へと飛び移っていくユーリ。恐怖感が麻痺してきたのが、逆に恐怖だ。
「まあまあ、遠慮せずに!」
「遠慮じゃないんだ。命の危機なんだ!」
「大ちゃんと一緒なら私、死んでもいい!」
「いやいやいや! 死ぬのは俺だ! お前は死なない!」
「〝お前の事は俺が守る!〟 的な?! 大ちゃん! 愛してる!!」
「ちがうちがう! お前わざとやってるんじゃないか?! い、痛たたたたた! 抱きしめないでくれ! 本当に死んじゃうだろー!」
「えへへー! ふたりとも、アツアツだね」
「ちょ! 栗っち! 助け……あ痛たたたたたた!!」
……俺たちは悪魔を追いながら、人里離れた山奥へと突き進んで行った。俺は相変わらず変身できないままだ。もう、好きにしてくれ。
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しばらくすると、巨大な人工構造物が視界に入った。
「やっぱりな。ここが目的地だと思ったぜー!」
瀬之宮ダム。一級水系、佐波川水系、上津川に建設された多目的ダムだ。
「ふわあ! ダム! ダムダム!!」
ユーリ……もっと何か無いか? 気持ちは分かるけどな。
「あの子たち、ここを目指していたの?」
「たぶんなー。俺の記憶では、確かこのダムは……」
と、言いかけた時、悪魔が二手に分かれた。おいおい、マズいな!
「2人とも、よく聞いてくれ。このダムは下流が3つに分かれていて、その先にはそれぞれ大きな都市がある。あの悪魔たちの目的は、ダム湖の底だ。水を抜くために、きっとこのダムを壊そうとするだろう」
「……〝だむこ〟って何?」
ああー、そこからかユーリ。
「元々ある小さな川を、コンクリートの壁で堰き止めて出来たのがダム湖だぜー」
「へぇぇ! さっすが大ちゃん! 物知り過ぎるよ!」
……時間が無いのでツッコミは無しだ。
「で、このダムが建設される前に、川の周辺に町があったんだが……」
「えええ?! 町が水の底に? 町の人たちは?! ひどいよ! あんまりだよー!」
「いや待てユーリ。もちろん町の人たちは立ち退いたぞ? なんで水攻めにするんだ!」
「やー! 良かったよ! あいつにも、人の心は残ってたんだ!」
どいつの話だよ? 時間がないって言ってるだろー。ほっといて次行くぞ!
「で、俺の記憶では、ここにあった町の名は、威吁都町。何の問題も無い、ごく普通の町だった。けど……」
栗っちが、ハッとした表情でダムの方を見る。
「大ちゃん。ここ、何か〝良くないもの〟が居るよね……?」
さすが栗っち。気付いたのか。
「良くないものって? うなぎと梅干しみたいな?」
このタイミングで、よく〝食い合わせ〟の話が出てきたなユーリ。天才か!
いや、褒めてないから。ベロ出すなよ、かわいいな!
「威吁都町の神社には、大昔、国をも傾ける程の被害をもたらした、妖怪が封じられたという言い伝えがあるんだ。良くある昔話だけど……」
そう。ここまでの話は、むかし訪れた〝郷土史資料館〟で普通に展示されていた〝おとぎ話〟だ。何の変哲もない創作だろう。
「やー! それ、聞いたことある!」
けど、この話は〝バベルの図書館〟の蔵書にも〝史実〟として載っている。
こっちは二人には言えないぜ。〝持ち出し禁止〟の情報だ。
……下手に喋ろうとすれば、途端に俺の記憶から消えちまう。
「たぶん、悪魔はその妖怪を狙ってるんだぜー!」




