マジック・フリー
※視点変更
大川英子 → 内海達也
こちらを見てニヤニヤしているノーム。
あいつ、まだまだ余裕だな……きっと、まんまと僕が〝罠〟に掛かるとでも思っているんだろう?
目の前に、普通の人なら死んじゃうような〝結界〟が3枚あるのは、ブルーに聞いて知ってるんだぞ。
……僕はそんなものに触ったって死なないんだけどな。
「ちょっと良いかな、大精霊ノーム様?」
僕はピタリと立ち止まり、ノームに話しかける。
ブルーによると、結界まではあと10歩ぐらいだ。ここらでちょっと焦らせてやろう。
『何だ小僧。命乞いなら聞かんぞ?』
「それはいいよ。僕もお前の命乞いを聞く気は無いし」
ノームは眉を顰めた後、徐ろに両手を広げ、呪文を詠唱する。おっと、何をするつもりだ?
『主よ。私めが黙らせましょうか?』
「いや、いいよパズズ。とりあえず、コイツが僕の〝正体〟に気付くまで、遊んでやるさ」
要らないかもだけど、今回は〝対魔法用〟の訓練だ。それに、コイツの魔法を……
「達也くん、それは催眠系の精霊魔法だ! 眠らされてしまうぞ!」
エーコが叫ぶ。
……おっと、搦め手で来たか。頭良いな。
でもまあ、面白そうだから付き合ってやろう。
「何をしているんだ達也くん! 早く対抗魔法を!」
「エーコ。達也さんは、魔法を使えないわよ?」
「何だって?! 魔法を使えない奴が、どうやって悪魔からあんたを助けたんだよ?!」
世界観を壊しちゃってごめんなさい。〝殴る蹴る〟で助けました。
「フフ。見ていれば分かるわ」
いや、どうかな? 見ててもサッパリ訳が分からない戦いになるかも知れないぞ? 〝あっち向いてホイ〟とか。
……しかし、さすがにエーコは〝精霊を宿す剣〟の使い手だけあって、この〝精霊魔法〟とやらを、よく知っているみたいだな。
僕には、なんて発音してるのか、読み取れさえしないのに。
『永遠の眠りにつくが良い!』
ノームの頭上から現れた、何かモヤモヤした物に纏わり付かれる。
これを食らうと一般的には眠くなるのか? でも、〝不眠不休〟を持つ僕には、やっぱり全然効かないな。
「達也くん!」
エーコの悲痛な叫び声が響く。
「呼んだ?」
「何で寝ないんだ! 達也くん?!」
『眠らないだと?! 一体どうなっている?』
エーコとノーム、ほぼ同時に叫ぶ。ツッコミ役が二人居るのは、なかなか新しいな。
「最近、不眠症でさ。オッサンの子守唄なんかじゃ、寝れないんだよね」
不眠症でなくても、オッサンが子守唄を歌う状況なんかで、安心して眠るのは無理だけど。
『ふざけた小童め。先程の圧縮岩弾に耐えた事から見ても、複数の魔道具で武装しているといったところか?』
ん~、ハズレ!
……この分だと、正解が出るまで結構なヒントを出す必要がありそうだな。
『どういうカラクリか知らんが、人間風情がいつまでも儂の魔法を防ぎ続けられると思うな!』
いや、防ぐつもりは無いんだ。僕はこれから、お前の魔法を、片っ端から受けまくる。えっと、例えるならアレだ。〝打たせ湯〟?
『タツヤ。考えたね。魔法を受ければ受けるほど、キミの魔力の上限が上がる』
「フフフ。気付いたかブルー」
そうなんだ。前に彩歌が言っていたが、魔法による攻撃を受ければ魔力量が上がるらしい。
最強の精霊魔法を無料で受け続けられるなんて、超お得じゃないか!
……そうとは知らず、またしても妙な発音の呪文を唱えているノーム。さて、お前は僕をどこまでパワーアップさせてくれるんだ?
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……えっと、あれから5年の月日が流れた。
『タツヤ、それは無い。そこまで私とキミが不在の状態が続けば、さすがに地球が無くなってしまう』
そりゃそうだ。
エーコは青い顔で、そして彩歌はうっとりと、こちらを見ている。
ノームはあれから、10種類ほどの魔法を、それぞれ2~30発、僕に向けて放った。
さすがは〝大精霊〟。どの魔法も、僕をチクっとさせる程の強力なものだった。
「あはは。タツヤ、その表現は面白いね」
……今気づいたけど、僕がダメージを受けた時の〝チクっとする感じ〟は、攻撃の強弱には関係無い気がするな。
一律に同じぐらいだ。
『キミは地球と同じ強度を持っていて、通常のダメージで痛みを感じる事などない。しかし、攻撃を受けたにも関わらず何も感じないというのは、生物として不自然だし、万が一の危険を察知できない恐れがある。その為、ある一定のダメージを受けた場合、それに気付くようにチクリとした感覚を受けるように出来ている』
そうだったのか。
まあ、痛いってわけでもないし、悪意のある攻撃に対して全く気付かないというのは問題だしな。
おや? またチクっとした。さすがにそろそろネタ切れか?
『ぬうう……! お前はどうやって儂の魔法を防いでいるのだ?!』
いやいや、防いでないって。
ずっと〝源泉掛け流し〟だぞ?
「ノーム、もうネタ切れか? それならそろそろ、こっちから行くぞ?」
1歩、2歩と、近づく僕を見て、ニヤリと笑うノーム。
あからさまだな。そんなんじゃ〝罠が仕掛けてあります〟って言っているようなもんだぞ。
『タツヤ。あと8歩進むと、結界に接触するよ。解除しようか?』
小さい声で、ブルーが言う。ノームには聞こえていないだろう。僕も小声で囁く。
「ブルー、その結界って、僕が殴って〝派手にぶっ壊す〟とか、出来ない?」
『残念ながら、物理的な干渉は出来ない。今のキミでは、素手による攻撃での破壊は不可能だ』
そっか、残念だ。カッコ良くパンチで粉々にしたら、面白いと思ったんだけどな……
……あ! イイこと思いついた!
「ブルー、じゃあさ、タイミングを合わせて……」
『……なるほど。タツヤ、やはりキミは面白い事を考えるね。では、あと2歩進んだら、立ち止まって目の前に拳を突き出してほしい』
ノームのニヤニヤが最高潮に達した。
……ああ気持ち悪い。
だが残念だったな。お前が思っているような事にはならない。
なぜなら僕は、ここでピタリと立ち止まり、いつものあの技を繰り出してしまうからだ。
「アース・インパクト!」
そう。いつもの〝ただのパンチ〟。
しかも今回は、見えない壁を、思い切りぶん殴った〝フリ〟だ。
……と同時にブルーが、お正月の時の要領で、結界を強制解除する。
パリン! という音と共に、ガラスのように、結界は粉々に割れ落ちた。
パッと見、僕が殴って砕いたように見えただろう。
『な……何だと!? 馬鹿な……! 小僧、お前何をした!?』
「あれ? 分からなかった? じゃあ、あと2回やるから、よーく見てろよ」
残る2つの結界も、同じように砕いてみせる。驚きを隠せないノーム。作戦成功だ。
「アヤ! 何だ今の? あんなの見たこと無いぞ!?」
彩歌に食って掛かっているエーコ。
「そうね。私も初めてみたわ」
クスクスと笑う彩歌。さすがにもう、これ位では驚かないか。
『おのれ……! 小僧! 魔法の効果を無効にする何かを持っておるな?』
ワナワナと小刻みに震えながら、苛ついたようにノームが叫ぶ。
でも残念! それもハズレ。
……いよいよネタばらししちゃおうかな?




