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土埃の少年

※視点変更

内海達也 → 大川英子 ←new!

 ノームは、うっすらと不気味な笑みを浮かべ、こちらに近付いて来る。

 ……私は大川英子(おおかわえいこ)。エーコと呼んでくれて構わない。

 5年も旅をして、やっとの思いで見つけ出した精霊を、私の剣に宿らせるために、この店に預けていたのだが。


『一番に(わし)に食われたい奴が居るなら、先に言うがいい。そいつだけは、名前を覚えておいてやろう』


 4大精霊。

 火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、そして、土のノーム。

 自然界の4つの力、それぞれの頂点に君臨する、最大にして最強の精霊。

 ……その伝説中の伝説とも言える大精霊ノームが、目の前にいる。


「エーコ! 下がって!」


 アヤが私の前に出る。ちょっと待ってよ。

 私、一応これでも前衛職(ぜんいえいしょく)なんだけど?

 ……いや。先程の〝火の精グアレティン〟との戦いを見る限り、アヤは私とは比べ物にならないくらい、強い。

 どうやってあれ程の強さを手に入れたのだろう。


『エーコ、もう少し後ろに。そしてゆっくりで良いから、私との契約を進めて。私がその剣に宿れば、少しだけどあなたの生存率が上がるわ』


 グアレティンは、そう言って私の前に立ち身構えた。

 チラリとこちらを見て、少しだけ口角を上げる。

 ……有り難い。

 彼女となら〝制御術式(せいぎょじゅつしき)〟で縛られたものではない、本当の契約を結んで、正しい信頼関係を築けそうだ。


「ありがとう……! 了解した。では剣に触れて、契約の言葉を復唱してくれ。〝我ら、魂と魂を結ばんと欲し、13の閉ざされた門の前にて待つ。止め処なく流れ落つる時の砂粒を一つ一つ数えるが如く、見えざる者の聞こえざる声にて、粛々と押し開けよ万物の王…………〟」


 私が詠唱し、続けてグアレティンが復唱し終えると、私とグアレティンが、徐々に結びついてゆく感覚が、剣を介して伝わってくる。

 間に合うか……?

 いや間に合ったとしても、大精霊ノームが相手では、どうする事も出来ないのではないか?

 アヤの強さは、凄まじかった。

 そして、あの達也くん……。彼がもしアヤ並みの強さだったとして……。

 いやいや、全員で戦ったとしても、相手がノームでは相手にもならないだろうな。

 ……っておい、いつの間にその位置に移動したんだ?

 達也くんは涼しい顔で、ノームに近付いていた。


「ブルー? あいつ、どう思う?」


『タ…ヤ……って……とは思……が、キミは地……だ。あの…………』


「なるほどね。了解」


 達也くん……誰と話している? この声は何だ?


『あら? あなたにも聞こえ始めた?』


「……どういう事だ、グアレティン。達也くんは、誰と会話しているんだ?」


『相手が誰かは知らないけど、あれは普通の人間が聞けるような声じゃないわ。限りなく自然現象に近い、神や悪魔よりも、更に高次元の存在が扱う言葉よ』


「次元の違う、会話?」


『私との契約が進んで、エーコも精霊に近い存在になろうとしているわ。今まで聞こえなかったものとか、見えなかったものが、感じ取れるようになるわよ?』


「すごいな! 人を超えた領域を見聞き出来るのか……!」


 というか、達也くんって一体?

 ……ひょっとして、さっきアヤの言っていた事は、本当なのか?


『ん~? 何をゴチャゴチャと話している? お前が前菜(ぜんさい)ということで良いのか、小僧?』


「ありゃ? ブルー、なんで僕とお前の会話、あいつに聞こえてるの?」


『あれが自然を元にしたエネルギーで出来た生命体なら、自然現象と私達の会話の差を見抜くぐらいは、するだろうね』


「なるほど……あー、えっと。ノーム? だっけ。そのキャラ、最後まで崩さなかったら褒めてやるよ」


『アハハ。それは面白いね、タツヤ』


 ちょっと待て! なんで挑発するんだ?!

 っていうか、なんだこのフランクな会話?! タツヤくんと話している相手〝高次元の存在〟じゃなかったのか?


『……愚か者が。儂の恐ろしさに気付かんとは』


 全くだ。4大精霊を怒らせて得する事など無いぞ?!


『久し振りの食事だ。盛大に料理してやろう』


 ほら、言わんことではない。

 ノームは達也くんに向けて、呪文を唱え始めた。

 ……天災を呼び起こす程の、複雑な多重詠唱。

 このレベルの重ね掛けは、人間には到底不可能だ。


『どうした? 儂は今、隙だらけだぞ? 詠唱の邪魔をせんのか?」


 ……無理を言う。少しでも近づいたら、(あらかじ)め3重に張られた結界に触れて、粉々になるだろう。

 まあ、私にその結界が見えるのも、グアレティンとの契約が進んでいるお陰なのだろうな。


『ふん、来ぬか。ならば冥土の土産に儂の魔法を見るが良い』


 まだ呪文を重ねるのか? 城攻めで使う程の威力だぞ?!

 しかもこれは……詠唱を省略している?!


「〝詠唱短縮〟ね。さすがは大精霊」


 アヤがポツリと(つぶや)く。

 ……って、なんでニヤついてるのよ?


「……あ、ごめんなさい。だって、ついこの間〝詠唱破棄〟を見たばかりだったから」


「な……?! 〝詠唱破棄〟って、何をバカげた事を言ってるんだ?! 伝説の〝魔王〟じゃあるまいし!」


 アヤは私の言葉に、もう一度ニヤついてから、達也くんの方を見つめる。

 何でアヤは、こんな状況なのにそんなにも余裕があるんだ?


「……さっきの説明の続き、いいかしら? 見て、達也さんの右手。今のエーコなら見えるんじゃない?」


 右手……? 何だあれ。右の手のひらが、青くて変な感じだ。


「あれは? あの子さっきは、あんな手じゃなかっただろ?」


「普通の人には、認識できないの。あれは、地球の意思〝ブルー〟よ。達也さんはブルーを介して地球と繋がっている」


「ブルー……? 地球の意思?」


「そう。達也さんは、地球を守るために選ばれた、最強の存在」


「……まさかとは思うが、達也くんは、今のアヤよりも強いのか?」


 アヤは私を見て、(うなず)く。


「さっき言ったけどね、私、悪魔に心臓を潰されたのよ。今の私の心臓は、ブルーが〝不要〟だと切り捨てた、欠片(かけら)で出来ているの」


 心臓を、地球の意思の欠片(かけら)で作った?!


「そんな〝不要物〟程度の欠片(かけら)だけで、私はこれ程の力を手に入れたわ。たぶん今の私は、魔界で最強の魔道士だと思う」


 思わず息を呑んだ。グアレティンも、黙ってアヤの話に聞き入っている。


「あ、エーコ、詠唱が終わったみたいよ?」


 落ち着いた口調の彩歌。次の瞬間、凄まじい轟音が響き、地面が波打つ。


『ただの無骨(ぶこつ)石礫(いしつぶて)だ。食らうが良い』


 ノームの前に現れたのは、無数の巨岩。それがゴリゴリと奇妙な音を立てて、小さく押し縮められていく。


圧縮岩弾(プレスロック)?! あんなに凄まじい圧縮率の弾は見た事がない!」


 それをあそこまで大量に作るなんて……! 達也くん、絶対に死ぬじゃないか!


「アヤ、もう駄目だ。大精霊ノーム。これほどの者だったとは……」


「ふふ。エーコ、さっき達也さんとブルーが話していたの、まだ良く聞こえてなかったでしょ?」


 笑顔? まさかこんな絶望的な状況を、彼は何とか出来るのか?!


「ブルーはこう言っていたわ。〝タツヤ、分かっているとは思うが、キミは地球の化身だ。あの程度の力で出来る事なんて、キミにとっては砂遊びでしか無いよ〟」


 次の瞬間、甲高い風斬り音と共に、全ての岩が恐るべきスピードで撃ち出される。巻き起こった風圧だけで、吹き飛ばされそうになるのを、何とか持ちこたえたが、体制を立て直した時には、全ての弾は、達也くんに命中した後だった。


『少しばかり、やり過ぎてしまったか。儂の恐ろしさに気付かぬまま、死におったな』


 朦々(もうもう)と立ち昇る土煙(つちけむり)。いくら何でも、今のを食らったら、ひとたまりもないだろう。

 ……そう思ったのだが、彼の声はその煙の中から聞こえてきた。


「……ブルー。砂遊びって、こんなだっけ? すごく(けむ)たいんだけど」


『苦情は私ではなく、ノームに言って欲しい。それにキミは〝呼吸不要〟だ。わざわざ土埃(つちぼこり)など、吸い込まなくても良い』


『何だと! なぜ生きている?!』


 そうだ! なんで無事なんだよ?! 信じられない!


「逆にさ、聞きたいんだけど……〝土の力〟の化身なのに、僕が何者なのか気付かないの? それって精霊失格じゃないか?」


『ぬかしおる。貴様が何者かなど関係ないわ。どう防いだのかは知らんが、何やら魔道具でも使ったのであろう。次はないぞ?』


 何か魔道具を? 違う。そんな小手先の防御ではなかった。


「あーあ。なんか似たような展開で、飽きてきたな……なあ、パズズ?」


『またまたお戯れを……! 我が主よ、耳が痛う御座います』


 また別の声が聞こえる。〝ブルー〟の声とは違う、低く、地の底から響くような声。


「アヤ? 私の聞き間違いかもしれないが、いま確か〝パズズ〟と……?」


 有り得ない。〝パズズ〟は魔王の名だ。

 ……だが、確かアヤはさっき、〝詠唱破棄〟を見たと言っていた。そして、今気づいたのだが、達也くんの左手の指輪……


「まさか、あの指輪……?」


「そう。パズズの〝悪魔の指輪(デモンズリング)〟よ。達也さんは魔王を屈服させて、魂に住まわせているわ」


 とんでもないな! 魔王に勝つような子ども?!


「……ちょっと違うパターンでやってみるかな」


 そう言うと、達也くんは一直線に、ノーム目掛けて歩き始めた。

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