精霊の食卓
『ば、馬鹿にしないでよ! 魔力を無駄に浪費して、こんな大道芸を見せるなんて!』
真っ赤になって怒っているのは火の精霊グアレティン。
まあ元々、真っ赤なんだけど。
『人間風情が魔力量自慢のつもり? 魔力を使い果たした愚か者のお前を、今すぐに焼き殺してや……』
「いいえ。私の魔力は、ほぼ満タンよ。何ならこのまま、部屋中きれいに飾ってあげましょうか?」
グアレティンの言葉を遮って、彩歌は強い口調で言う。
『娘……お前は何なの?! その底無しの魔力はいったい……?!』
正解。底無しなのだ。彩歌は、ブルーの欠片から魔力の補充を受け続けている。さながら〝永久機関〟だな。
「あら。私が凄いのは、魔力だけじゃないのよ?」
そう言って、ロッドを床に放り投げる彩歌。両手を広げて微笑む。
「ご自慢の精霊魔法、私に撃ってみて?」
『な……?! 何を言ってるの? ワケが分からないわ?! 人間の分際で私の魔法に耐えられるとか思ってるんじゃ……』
「ごちゃごちゃ言ってないで、はい、詠唱! あなた、本当に鈍いわね。その魔法、鉄針じゃなくて、鼻息でも止められるんじゃないの?」
酷いな。僕だったら泣いてるぞ?
『ぐぅっ! ゆ……! 許さない! お望み通り、消し炭にしてあげるわ!』
グアレティンが詠唱を始める。
エーコが必死で何か叫んでいるが、パニック状態なのだろう。言葉になっていない。
「あ、そうだ。ルナ、あなた大丈夫?」
『うん。前にも言ったけど、僕はキミの中に居るからね。見えているのは、幻みたいなもんさ』
次の瞬間、赤く燃えさかる炎の玉が、彩歌に向かって飛ぶ。
「そう、良かった……でも、この帽子、ちょっとお気に入りなのよね。服も燃えちゃうのは嫌だし……」
彩歌は両手で炎の玉を受け止めた。
次の瞬間、ゴボフッと、掃除機で靴下を吸い込んでしまった時のような音が鳴り、炎は掻き消えた。
一瞬遅れて周囲に熱気が広がる。
「ふーん。熱いけど、ぜんぜん余裕ね」
両手をパンパンとはたいて、涼しい顔の彩歌。
『アヤカ。キミの特記事項に〝熱耐性〟が追加された。次からは、熱くもないはずだ』
「やった! ラッキー!」
ピョンと跳ねて喜ぶ彩歌とは対象的に、アングリと口を開けたまま、呆然としているグアレティン。
……あ、エーコもおんなじ顔をしてる。
『ど、ど、どういう事?! 今のは何?!』
「言ったでしょ? 私、こう見えて、結構やるのよ? さあ、まだ続ける?」
ウインクしてみせる彩歌。勝負はついたな。
『ふう。負けたわ……あーあ! せっかく自由になれたと思ったのに!』
ペタンと座り込んで、悲しそうに天井を見上げるグアレティン。
『さあ、消すなり封じるなり吸収するなり、好きにして』
観念して自暴自棄になっている様子だが、彩歌は首を横に振った。
「いいえ。あなたには、友達の守護者になってほしいの……エーコ、こっちにきて」
彩歌に呼ばれて、正気を取り戻すエーコ。恐る恐る、こちらに近付いて来る。
「アヤ、あんたどうなってるんだよ! 精霊を単独で黙らせるなんて、言っちゃ悪いけど、人間離れし過ぎてるぞ?!」
ちょっと苦笑いの彩歌。人間離れしてしまったのは僕のせいだ。本当に申し訳ないと思っている。
「……エーコ、剣を」
エーコの質問には答えず、彩歌が言った。
「あ、ああ。そうだな」
エーコは背負っていた大きめの剣を、ゆっくりと抜いた。
『え! それ、もしかしてエレメンタル・ネスト?! すごい! 初めて見た!』
エーコの剣を見て、嬉しそうに燥ぎ出すグアレティン。どうした? その剣は何なんだ?
「達也さん。エーコの持っているのは、エレメンタル・ネストという、精霊を宿すことが出来る珍しい剣なの。精霊を宿したエレメンタル・ネストは、無双の力を発揮すると言われているわ」
『てっきり、封じられたり消されたりすると思ってたけど、まさかこんな嬉しい事が起きるなんて!』
目を輝かせて、エーコの剣を見つめるグアレティン。ショーウインドウのトランペットを見つめる少年のようだ。
「コイツ、なんで喜んでるんだ?」
『コイツとは失礼ね少年……まあ、あなたもただの人間ではないのでしょうけど……この剣はね、全精霊の憧れ、私達にとっては最上級の棲家なのよ。エレメンタル・ネストに宿り、持ち主を守って共に戦う事で、いつの日か精霊は、〝忘れ去られた約束の地〟へと帰ることが出来るの』
「約束の地?」
『精霊は、そこで生まれて、すぐにこの魔界に落とされ、そこに帰る事を目指すわ。例外も居るけどね。さあ、剣の持ち主よ! 私と契約して!』
「良いのか? 確か、精霊と契約するには、戦って勝つか……」
『そうよ。本当はその一択なんだけど、封印を決まった手順で解きつつ、段階的に制御術式を埋め込むとかいう方法も、あるらしいじゃない? 小賢しいったらありゃしない。そんな事されたら逆らえないわよね』
「それでは精霊の掟に従って、私はお前と戦い、勝たねばならない。しかし、私の力ではお前に、到底勝てはしない」
俯いて悔しそうなエーコ。なるほど。それでこの店に依頼をしたのか。
『いいのいいの、そんな掟。それに一応、私に勝ったそっちのお嬢ちゃんが、あなたと契約する事を命じているのだから、私はそれに従うしか無いのよね……! 悔しいけど?』
と言いつつも、嬉しそうなグアレティン。
エーコは彩歌をチラッと見た。にっこり笑って頷く彩歌。
「では、私と契約して欲しい。火の精グアレティン。私は大川英子だ。エーコと呼んでくれ……よろしく頼む」
『ええ、よろしくね、エーコ。さあ、剣を私に……ちょっと待って?』
少し険しい表情で、周囲をキョロキョロと見回すグアレティン。
『あなた、あそこにある私の宝玉の他に、何かここに持ち込んでいた?』
指差した先の机の上に、うっすら赤く光る、きれいな玉が置いてある。
「……え? ああ、そういえばあとひとつ、薄汚れた宝玉も預けておいたのだが……? あ、あそこにある。なんであんな所に?」
この広い部屋の真ん中、魔法陣のような物が描かれたその中央に、ひどく汚れた玉が置いてあった。
『……ちょっと! あれはまさか?!』
グアレティンが表情を強ばらせる。
次の瞬間、玉から茶褐色のモヤの様な物が立ち昇り、その周りの魔法陣が、ペリペリと音を立てて消されていく。
「何だ? あれは一体? 宝玉の封印が勝手に解けていく……!」
『久し振りに外に出られたと思ったら、ビックリするほど珍しい物に出会うわね……エレメンタル・ネストの次は、大精霊? ゾクゾクしちゃう!』
「だい……?! 嘘だろう……? まさか大精霊なんて!」
何だ? 大精霊って?
「達也さん、一応、気をつけて」
彩歌も、転がっていたロッドを拾って身構えた。
魔法陣が完全に消え去ると、モヤはゆっくりと集まり、人の形を成してゆく。
『彼はノーム。知ってると思うけど、4大精霊と呼ばれる精霊のひとり。最高位の土の精霊よ』
声が震えている? もしかして相当にヤバい奴なのか……?
完全に人の形になった〝ノーム〟は、こちらを見ると、少し首を傾げた後、こう言った。
『腹が減った。お前たちが供物という事で良いな?』
舌なめずりをしてニヤリと笑うノーム。初老の紳士といった風貌だが、言ってる事は野獣だ……野獣は喋らないけどな。
『儂を呼び出したにしては、少々足りない気もするが……まあ大目に見てやろう。さあ、どいつから頂こうか』
……あ、こいつマジで僕たちを食う気だ。




