姿なき追跡者
久しぶりの学校だ。
しかも登校しているメンバー全員、本物。
「……だよね、みんな?」
ユーリと妹以外は、身代わりの複製体を持っている。
……こっそり入れ替わっていても、本物と見分けがつかない。
「うん。土人形さんは、もうちょっと練習してからにするね」
笑顔の栗っち。昨日見た感じでは、もう充分に動かせてるけどなあ。
「俺も生身だぜ? ユーリが一緒に行こうって、うるさいしなー」
大ちゃんが、ちょっと照れたように言う。お熱いねぇ。
「達也さんに問題! 私、本物? それとも分身?」
もちろん、本物だ。だって、頭に黄色いウサギさんが居るもん。
「やー! ワ・タ・シ・ハ・ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ!」
知ってるし、そんな事は聞いてねぇよ、ユーリ。
「みんな本当に楽しそうね。お兄ちゃん、ズルいわ。今まで私だけ除け者にして!」
すまんな、妹よ。誰にも言うわけにいかなかったんだ。
……という事で、昨日の会議で全てを知った妹も含め、6人で登校している。
要はいつものメンバーだ。いつもと違うのは、堂々と自分達の能力話が出来る事だな。
『タツヤ、アヤカ。キミ達は、強化された力に、まだ完全には馴染んでいない。気をつけて欲しい』
僕と彩歌は、分岐点を終え〝精算〟により格段にパワーアップした。
気を抜くと、人に致命傷を与えたり、建物を破壊してしまうかもしれない。
「わかったよ、ブルー。でも、それは栗っちもだよな?」
栗っちも、覚醒が進んで、かなりの力を得たようだ。変身してパワーアップする大ちゃんや、元々強大な力を持ちながら、一般の小学生として生活してきたユーリと違って、気を付けないとダメなんじゃないかな?
『タツヤ。カズヤは救世主だよ。どれだけ大きな力を得ようが、それは人間を導くための力だ。善良な人間に危害を加える事はない』
「それって、どういう仕組みなんだ? 思い切りぶん殴っても、相手は全然平気なのか?」
『殴った相手が悪でなければ、むしろ何かしらの恩恵を与えるだろう。救世主とはそういう者だ』
「なんだよ! 人間に超優しいな!」
「えへへー。スゴいでしょ!」
自慢げな栗っち。
「機械には優しくないけどな……栗っちさー、スーツを壊したのは仕方ないけど、もっと早く言ってくれよなー?」
ダーク・ソサイエティの〝実験体〟との戦いで、栗っちのスーツは大破した。大ちゃんはそれを、今朝方まで掛かって、修理してくれたようだ。
「ごめんね、大ちゃん。でも、スーツのおかげで、全然、痛くなかったよ。すごいよね!」
「まあなー! 実は、直すのは一瞬なんだけど、色々とアイデアが浮かんじまって、止まらなくってなー!」
どうやら、修理だけではなく、色々とパワーアップしたみたいだ。
「さっすが大ちゃん! やっぱすごいよー!」
と言った後。
ユーリが何かに気付いたように振り向いた。
「あっれー? おっかしいなー?」
「どうしたの? 友里さん」
彩歌も、不思議そうに振り返る。それにつられて、全員が後方を見る。
「やー。なんか、人が付いて来てるような気がしてさー」
誰も居ない。
いや、遥か遠くに、3年生の、女子ふたり組が見える。
……あれは妹が一緒に登校していた、元・同級生たちだな。
「あの子たちか? ユーリ」
「ううん。もっと、こっちに興味の有りそうな気配で、付かず離れず、付いて来てたと思ったんだけどさー?」
きっと気のせいだろう。よくある事だよな。
……普通なら、そう言う所なんだけど。
ユーリは〝生命感知〟を持っている。
何かの気配を感じたなら、それは気のせいではなくて、本当に誰かが付いて来ているのだ。
「ブルー、何か居るか?」
『私の見た所、生命体は何も居ない。しかしタツヤ。以前にも言ったけど、気配を完全に隠せる生物も居るよ?』
……気持ちが悪いな。
気のせいなら良いんだけど、こういう時は大体いつも、何かしらのトラブルが起こるからなぁ。
「おいおい、遅刻しちまうぜ? こうして立ち止まってても、出て来ないだろうしなー……ユーリ、何か気付いたら、すぐに教えてくれよ?」
それもそうだ。しかし、もし敵だとしたら、いったい何者だ?
……可能性としては、ダーク・ソサイエティの線が濃厚か。
「やー! わかったよ、まっかせといてー!」
異星からの侵略者?
しかし、宇宙人達の攻撃は、異常なまでに〝ルール〟に厳しい。
不意打ちとか、ましてや、いきなり宣戦布告はないだろう……偵察目的とかなら、あるかもしれないか。
「そうだよね。遅刻したら怒られちゃうよね! 怒られるのイヤだよね!」
栗っちが、ちょっと困った顔で言う。無敵の救世主も、先生の小言は嫌のようだ。
うん。もちろん、僕も嫌だ。
目に見えない、生物じゃない、付かず離れずって、もしかして、霊的な物かも?
……やだよ、真っ昼間から! まあ、そういうのだったら、全部栗っちに任せよう。そうしよう。
「ふふ、そうね。行きましょうか!」
にっこり微笑む彩歌……いや、天使? おっと、やっぱり彩歌だ。
そうか。彩歌を追ってきた、悪魔の可能性もあるな。
彩歌の家系に伝わる〝不老不死の秘術〟を狙ってるのかもしれない。
「お兄ちゃんは、遅刻するまでゆっくりと、ここで正座していればいいのよ?」
何のペナルティだよ?! お前、ちょくちょく酷いな!
いや、まあシンプルに考えて、子どもを狙った犯罪者の可能性も、全くゼロではないか。
ただその場合、ブルーとユーリの〝生命感知〟を無効化するほどの、隠密スキルが必要だけど。
……もしそうなら、ダニロに教えてやろう。きっと忍者だから。
「仕方がない。行こうか。その内、シッポを出すかもしれないし」
それに僕たちは、そんじょそこらの奴には負けない。
妹も、戦闘能力は無いにしろ〝随行者の左手〟を持っている。
栗っちとセットで、不滅の存在だ。さあ、どこからでも掛かってこい!
……あ、でも脅かすのは無しね。ビクってしちゃうから。
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……朝礼が終わり、1時間目の授業が始まる。
「よーし、それじゃ、先生がやってみせるから、よく見ておくんだぞ。各班の班長は、最後に結果を発表してもらうからなー」
1時間目は理科の実験。理科室に入るのは、巻き戻ってからは初めてだ。
もうとっくに授業は始まってるけど、アレを言っとかなきゃな。
「うおお! 理科室の匂いだ!!」
「うわ! ビックリした! 何言ってるのよ、お兄ちゃん!」
「えへへ。たっちゃんはね、かなり久し振りなんだ。理科室」
「あ、そっか。15年後から巻き戻ったんだっけ。どういう仕組なのかしら? リアルな中二病って、初めて見たわ、私」
ひでぇな言い方。お前だって〝救世主との永遠の愛〟とかで、2つほど歳食ったんだろ?
……あれ? そっちのエピソードも、相当じゃね?
「コラそこ! なに騒いでるんだー? 今日の実験は、気をつけないと危ないんだぞ」
「うわわ、ごめんなさい! ほら見ろ。怒られたじゃないか」
「今のはお兄ちゃんのせいでしょう? さっさとビーカーを用意してよ」
ヘイヘイ。承知しましたよ、班長。
「……それにしても、ユーリは、やっぱり何かを警戒しているな」
隣の班で実験をしているユーリ。時折り、辺りを見回しては、首を傾げている。
『タツヤ。先程から私の感知にも、ほんの僅かに反応が出始めた。そろそろ、何かあるかもしれないよ?』
そうか。襲ってくるなら、せめて休憩時間にして欲しいな。




