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「お兄ちゃん、説明して! ここは何? これはどういう事?!」
妹は、止まった時間の中を、平然と地下室まで降りてきてしまった。
「彩歌さん! 大変だ! るりを眠らせ……」
ああっ、そうか! 彩歌は止まってるんだった!
「ねえ、聞いてるの?! ユーリちゃん! 彩歌ちゃん! 大ちゃん! なんなの? みんなして!」
仕方がない……
とにかく時間を動かして、それから彩歌の魔法で記憶を……
『駄目だタツヤ。ルリはもう、時神の休日を、自由に行動できてしまう。今後、時間が止まる度に、危険と隣り合わせの状態になるぞ』
そうか……もし先日のように、学校で時間が止まったら、異星人との戦闘に巻き込まれるだろう。
止まった時の中〝自由に動けてしまう者〟は、次に時間が動き始めた時に、巻き戻されない。
『救世主であるカズヤは不滅だ。その随行者であるルリも、カズヤと同じ不死性を持っている。しかし、相手が地球外の生命体〝外来種〟の特性を持っている以上、救世主や随行者のルールを曲げられてしまう可能性も無いとは言い切れない』
なんで栗っちの遂行者が妹なんだ?
まあ、気のせい……
「……なんてな。もういいか」
もちろん、妹が、栗っちと〝永遠の愛〟を誓いあった者同士〝随行者の右手〟と〝随行者の左手〟だという事は気付いていた。
「ブルー。悪いけど、椅子をもうひとつ、用意してくれないか」
僕は、妹の方を向いて、静かに言った。
「……るり、もう一度ここまで降りて来い」
「降りて来るって……? ワケが分からない! どういう事か説明して……」
「分かるように、説明するから! ユーリ、時間を進めてくれ」
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ユーリがガジェットを操作すると、時間の流れが戻った。
妹は練習場から自宅に巻き戻され、代わりに彩歌が動き始めた。
「……ええっ?! るりさんがここに?」
彩歌が驚くのも無理はない。
……しかし、どうやってこの場所に迷い込んだんだろう?
『以前、ダイサクが、止まった時の中で私を認識したのと同じ原理だ。自宅の物置にある入り口を、認識できてしまったのだろう』
「じゃあさっき僕〝降りて来い〟って言ったけど、時間が止まっていなければ、ここには来れないかもしれないのか?」
『いや、ルリはカズヤの随行者だ。彼女がこの場所を一度でも認識すれば、まず間違いなく……』
「……ねえ! みんな居る? なんで私、今〝ワープ〟したの?!」
外から、騒がしい声が聞こえてきた。やれやれ。無駄に会議の時間が伸びそうだ。
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説明を始めて、1時間弱。
驚き疲れた様子でため息をつく妹。
「ごめんね、るりちゃん。秘密にしちゃってて……るりちゃんを巻き込みたくなかったんだ」
栗っちが、申し訳なさそうに言う。
「和也さんは悪くないわ。お兄ちゃんが死んで詫びればいいのよ」
お前、今の話を聞いてたか?
僕は死なないって言っただろう。
「それにしても、驚きを通り越して呆れたわ。私んちの地下に、地球を守るための秘密基地ができてるなんて」
「こっちだって、色々驚かされたんだ。勝手に僕と同い年になるし。双子って何だよ。お前、正月までは9歳だったんだぞ?」
それどころか、その前は24歳 (家事手伝い)だったんだけどな。
『しかし、私の声まで認識してしまうとは。面白いな!』
「なんとなく最近、お兄ちゃんが誰かと話してる気がしてたのよね。まさか〝右手〟が相手とは思わなかったけど」
そりゃそうだ。
しかし……やっぱ、救世主の力って凄いな。
今日、時間が止まらなくても、遅かれ早かれ、妹にはバレてしまっていたに違いない。
『いや、むしろ今日こうして、ゆっくり説明出来て良かった。異星人との戦いの場では、説明のしようがない』
「やー! るりちゃん。そういうわけだから、もし時間が止まっても、私に近付いたりしないで?」
ユーリが心配そうに言う。
「〝動いている〟ってだけで、敵と見なされるかも知れないからなー!」
大ちゃんの言う通り、それは怖いな。それに、6人目が戦場に居た時点で〝ルール違反〟だ。地球は多くの星々から、ルール無用のペナルティを食らう事になる。
「うん。わかったわ…………でも、まさか大ちゃんとユーリちゃんも、地球を守る戦士だったなんて、ビックリよ」
「ふふん。僕も地球の破壊を防ぐ、英雄だぜ?」
「はいはい、スゴいスゴい。無駄口叩いてないで、会議の続き、どうぞ?」
「無駄って言うなよ……」
妹には、ほぼ全ての情報を伝えた上で、この場所の管理と、僕たちのサポート役をして貰う事になった。
タンスぐらい大きなコンピューターから出て来る、パンチ穴の空いたレシートみたいなのを読んで、
「司令! 東京湾に怪獣が!」
って言う役だ。
『タツヤ、そんな役どころは、必要ない』
うん。知ってる。
……あの〝パンチ穴〟が何を意味しているのかは知らないけど。
「それじゃ、会議を続けるか」
妹も書記として同席するらしい。今も、勝手に用意した大学ノートに、何やら書き込んでいる。まだ何も喋ってないぞ?
「えへへー! じゃあ、次は僕だね。クロ、おいで!」
栗っちに呼ばれて、さっきの黒ネコが練習場の扉を開け、駆け寄ってくる。妹に抱き上げられて、喉を鳴らしている。可愛いな。
……あれ? 扉を開けてって、ちょっと待った。その扉、かなり重量感があったような気が。
「この子はね、ダーク・ソサイエティの支部に居た〝実験体〟なんだ」
「そいつが実験体? どう見ても、ただのネコじゃん!」
確かに、一見、ただのネコだ。でも、ただのネコは、ここに入って来れない。あと、栗っちは不要な嘘はつかない。
「そうだよね。僕も驚いたんだけど……クロ、ちょっと、あっちの広い所に行って、元の姿に戻って? ……大丈夫。みんな友達だよ」
ネコは、会議室の奥まで駆けて行った。
次の瞬間、ムクムクと何倍にも体が膨れ上がる。
瞬く間に、元の姿からは想像も出来ないような、巨大な虎に姿を変えた。
「大きい!」
全員が、息を呑み、目を丸くする。
クロがこちらに一歩踏み出すと、結構な振動と共に、床が少し沈む。
「いや、質量保存の法則とか、完全に無視かよ!」
大ちゃんが呆れている。そういえばそうだ。ネコの姿の時に、妹が軽々と抱っこしていたもんな。
「それがね、ネコの姿になると、重さもネコになっちゃうんだ。不思議だよね」
「えー? 小さくなったら、軽くなるんじゃないのん?」
ユーリの質問に、大ちゃんが詳しく説明しようとしたが、結局〝不思議現象〟という事で落ち着いた。なんだよ、僕とユーリって、似た感じにアレなのか?
「でね、クロも一緒に戦いたいって。それを言った途端、クロは地下室に入れるようになったんだよ」
『カズヤ。君は救世主として〝守護獣〟を従えることが出来る。クロは、キミとルリを守るための神聖なる獣に指定されたんだ』
カッコイイな、それ! 僕も欲しい!
『タツヤ、キミを守れるほどの獣は、この世に存在しない。キミが獣を守ることになるぞ?』
ああ。それは本末転倒だ。
「クロ、もういいよ、戻っておいで」
虎は、身震いひとつすると、一瞬で小さいネコの姿になった。ピョンと妹の膝に乗る。
「えっと、ダーク・ソサイエティの支部は、この近くのドラム缶工場跡地だったんだ」
「マジで?! あそこって、確か昔、僕と栗っちと大ちゃんで忍び込んだよな?」
「うん。でね、つまみ出されたよね、黒いスーツの人に。あれ、ダーク・ソサイエティの機械人形だよ。怖いよね」
「おいおいおい! 危ないなあ! だからあの時、やめようって言ったんだぜー?」
「たっちゃん、言い出したら聞かないんだもん~!」
2人に責められる。
「あ……えっと、アレって僕だっけ?」
記憶があやふやだ。作戦会議の末、満場一致で突撃した気がするんだけど。
「やっぱり、子どもの頃から無鉄砲なのね、達也さん」
クスクスと彩歌が笑う。
「やー! たっちゃん、なんで私も誘ってくれないのさー!」
本気で悔しそうなユーリ。いやいや、危なかったんだって! お前も人の話、聞いてないだろ?
「あれあれ? お兄ちゃんたちが工場に行く時、確か〝私も行きたい〟って言ったような……」
妹が首をひねる。そうだっけ? 全く記憶にないな。
「そうだぜー。で、ユーリが"一緒に遊ぼう"って言って、止めてくれたんだ。やっぱ、その時は、るりは同級生じゃなかったなー」
おお! 大ちゃんの"瞬間記憶"が、"救世主"の歴史改竄に気付いた!
……何だ? この異種格闘技戦。
「そうだっけ? それって私、超お姉さんっぽいじゃんかー!」
よくわからないけど、妙に嬉しそうなユーリと、自分の記憶が、あやふやになり過ぎて、首を捻り続けている妹。
「るり、不思議現象だから、考えても仕方がないぞ。次に行こう」
僕は足元に置いてあったヨーロッパ土産と、豪華な装飾の剣を、テーブルの真ん中に置いた。
……さあ、最後の報告は、僕と彩歌だ。




