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どこかで見た光景

『栗っち、ありがとう。なんとかなりそうだ』


『えへへ、良かった! 頑張ってね!』


 僕と彩歌(あやか)は、救世主の〝歴史を曲げる力〟を借り受けた……なんかもう、何でもアリだな、栗っちの能力。


『いや、タツヤ。〝救世主〟の能力を借りられる存在は、そうそう居ない』


 あれ? そうなの?

 ……まあ、一般人まで簡単に〝使徒〟に出来たら、ちょっと有り難みが無いよな。


『達也さん、見て。犯人たちが』


 先程から外の様子を(うかが)っていたベレー帽の男が、スキンヘッドの男を手招きで呼ぶ。

 少し話し合った後、残りの男たちに、何かヒソヒソと耳打ちしている。


『動きがあったみたいだな』


『うん。出来れば何もせずに、4人だけ連れて、出ていって欲しいんだけど』


 彩歌(あやか)の言う通り、人質が4人だけなら、正体がバレるのを気にせず、また、無関係の人を巻き込むこともなく、救出に集中できる。


『全員立て! 店の奥に移動しろ。急げ!』


 手を挙げたままの、客や店員たちが、ゾロゾロと奥へと移動していく。

 僕と彩歌も、今は大人しく、男たちの指示に従い移動する。

 ……おっと。大将が飛びかかりそうになったので、腕を引っ張って止めた。

 驚いた顔で僕を見る大将に、ニッと笑って、(うなず)いておく。

 今そういう事をされると、〝歴史〟は、しめたとばかりに、4人を殺すだろう。


『よし、そのまま動くなよ? いいな!』


 男たちは、ライナルト、ダニロ、ラウラ、ハンナの4人を連れて、店を出ていった。黒いバッグを床にひとつ置いて、


『タツヤ、いけない。あれは爆発物だ』


 爆発物?! あいつら結局、誰も生かしておくつもり、無かったんじゃないか!


『時限式だ。急げタツヤ』


「彩歌さん、障壁を!」


「任せて!」


 彩歌は両手を振り上げて呪文を唱えた。


「HuLex UmThel wAl iL」


 物理障壁を作り出す魔法だ。ちなみに光は通すが、音は通さない。


『爆弾を包んだわ。早く外へ!』


 障壁は大きなダメージを受けると壊れてしまう。

 この場所で爆発させるのは危険だ。

 僕は、バッグを障壁ごと抱えて店を飛び出した。

 4人を連れて去っていく犯人たちが見える。

 ……こちらには気付いていないようだな。


「早く追わないと! でも、まずはこのバッグだ」


『タツヤ、あと8秒だ』


「マジで? ……よし、やってみるか!」


 思いっきり、ジャンプした。

 一瞬にして、家々の屋根を見下ろす程の高さまで到達する。うっわ、高い!

 ……僕、こんなにパワーアップしてたのか?!


『2秒』


 僕はバッグを空に向けて放り投げた。はるか上空で、閃光が弾ける。

 ドン! という音が聞こえた……という事は、障壁が破壊されたのだろう。

 もし店内で爆発させていたら、危ない所だったなあ。

 ……さて、と。

 着地に気をつけないと、道路に穴を開けてしまうぞ。






 >>>






「達也さん、大丈夫?」


 無事に着地して、店内に戻ると、彩歌が心配そうに出迎えてくれた。


「なんとかね。若干、道路がヘコんじゃったけど」


 地面に突き刺さらなかっただけ、良しとしよう。見たか、僕の学習能力。


「おい、ボウズ、お前いったい?」


 大将が駆け寄ってきた。かなり驚いた様子だ。

 先程、バッグを持って店を出た僕の動きは、ちょっと人間離れしていただろう。驚くのも無理は無いな。


「大将、すみません。友達がピンチなんで、説明してる暇、無さそうなんです」


 僕は、席に置いてあったリュックサックから、食事の代金を取り出して、大将に渡した。


「また来ます。お寿司、美味しかったです!」


 今度は栗っちや大ちゃん、ユーリも連れて来よう。トロ、食べ損ねたし。


「おう、なんか分からんけど、ほんまにお前ら2人で大丈夫なんやな? 気ぃつけてな?」


 僕と彩歌は、大将にお辞儀をして、店を出た。


「達也さん、使い魔が追っているわ。急ぎましょう!」


「さすが彩歌さん! 確か、あっちだよね?」


 彩歌の案内で、犯人を追う。使い魔の目は、そのまま彩歌の視界になる。しかし、自分の目と使い魔の目、両方見えるのってどんな感じなんだろう?


『タツヤ、キミも土人形の視界を持っているだろう』


 確かにそうだな。同じ感覚じゃないかもしれないけど。ちなみに日本は今、深夜なので、僕の人形は、ベッドで寝たフリをさせている。


『タツヤ、マズいぞ。人が集まってきている。かなりの速度で、あらゆる方向から。これは……』


「もしかして、あいつら警察に見つかったのか?」


 出来れば、人気(ひとけ)のない所で、こっそり取り押さえたかったんだぞ。まったく、次から次へとドジ踏みやがって!


『タツヤ、キミが一味のボスのような言い草になっているぞ?』


「ありゃ。いつの間に。でもさ、きっとアイツだよな、見つかった原因……」


「そうね、きっと、メガネの人よね」


 5人も寄れば、ひとりぐらい、必ずそういう役どころが居るもんだ。


『キミたち5人で言うところの、タツヤだな』


「ちょ! ……そうなの?!」


 ユーリを抑えて、堂々のヘマ担当だって……心当たりがありすぎて、反論できない。


「達也さん。その角を曲がった広場で、警官に囲まれているわ!」


 広場って……よりによって、なんでそんな場所を逃走経路に選ぶかな……きっとメガネのしわざだ。


『タツヤ、キミたちが逃走する時は、精々気をつけるといい』


 うん、選ぶよな。僕なら絶対選ぶぞコンチクショー!


『……お前のせいで囲まれちまったじゃねーか! バカヤロウ!』


 広場に着くと、結構な距離があるにも関わらず、スキンヘッドがメガネを怒鳴り付ける声が聞こえてきた。何をどうやったら、この短時間でここまで追い詰められるほどの失敗が出来るんだ?

 パトカーが5台、警察官11人。周囲には、一般人もチラホラ居る。まあ、狭い寿司屋の店内よりは、随分ましだけど……


『お前たちは完全に包囲されている。人質を開放して、投降しなさい!』


 警官が、拡声器で降参を勧めている。


『うるせえ! こいつらがどうなってもいいのか!』


 銃を、ハンナのこめかみに押し当てて、威嚇するスキンヘッド。

 おい、やめろ。〝歴史〟がチャンスとばかりに、銃を暴発させるかもしれないだろ!


「彩歌さん、変身しよう。ギャラリーが多すぎる!」


「うん。それに急がないと、もっと人が増えるかも」


 それはマズい。さすがにこれ以上増えたら、ヒーローショーみたいになっちゃうもんな。


『動くな! 動くと撃つぞ! 動くなよ! 絶対撃つからな!!』


 メガネが吠えている。熱湯風呂を前にしたお笑い芸人なみに、同じ言葉を連呼している。

 ……と、そこへ不意に、ボールがコロコロと転がって来る。犯人たちと警官たちが(にら)み合う、一番危険な場所に。


「ちょっと、達也さん、あの子!」


「おいおいおいおい……!」


 小さな男の子が、ボールを追いかけて、夢中で走ってきた。

 どこかで見た光景だと思ったら、アレだ。自動車教習所のビデオだ。


『動くなって言っただろうがあああああ!!』


 メガネ、なぜか逆上!

 ……そうだよな。お前、動くなって言ってたもんな。

 ボールに追いついて嬉しそうにしている男の子に、自動小銃を向けるメガネ。


『動いたお前が悪いんだからなぁ!!』


 警官に囲まれて、絶体絶命のこの状況に、ワケが分からなくなっているのだろう。

 メガネは、とうとう男の子に向けて、引き金を引いた。

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