ドイツのマイスターやで
『タツヤ、アヤカ、見えたぞ』
ライナルトが指差す先に、巨大な石造りの門が見えた。
『ブランデンブルク門ね!』
彩歌が嬉しそうに言う。
高さ26メートル、幅は65メートル余り。言わずと知れた、ベルリンのシンボルだ。
『見て! あの、門の上にあるヴィクトリア像は、一度、ナポレオンに奪われて、フランスへ持ち去られたんだよ。その後……』
ダニロが説明を始めると、それを遮るように、ラウラが続けた。
『その後、プロイセンがパリを占領した時に、取り返して、またあの場所に戻されたのよね』
セリフを奪われて、ちょっと膨れっ面のダニロ。
『で、次は……』
ウィルヘルム通りを南下。ライプツィガー通りを経て、マウアー通り、フリードリッヒ通りへと抜ける。
『ここが、チェックポイント・チャーリーだ』
第二次世界大戦後、ベルリンを東西に分けた、境界に設置された国境検問所だ。
『チャーリーっていう人が、検問をしていたの?』
彩歌の質問に、ライナルトが笑って答える。
『いや、チャーリーっていうのは、A・B・C・D……の、〝C〟を表しているんだよ』
『え?! そうなの?』
ダニロとハンナが同時に驚く。
ちょっと自慢げなライナルトだが、その情報、いま背中に隠した、ガイドブックに載ってたんだろう?
『Aはアルファ、Bがブラボー、そしてCがチャーリー。って事で、ここは、チェックポイントCというわけさ』
ああ! なるほど。映画で、よく軍人さんとかが使ってるアレか。
説明がうまいな、ライナルト。ガイドで食っていけるぞ。
『この検問所も、冷戦の象徴として、すごく有名だ。今でこそ、見ての通り自由に往来が出来るけど、東西が分断されていた頃は、下手をすれば命を奪われる程の〝恐ろしい場所〟だったんだ』
もちろん、その時代を若い4人は体験していない。
しかし、確かに実在したのだ。しかも、下手をすれば手が届いてしまうほどの〝近い過去〟に。
『……にしても、腹減ったんだけど。昼飯はどこの予定なんだ? ライナルト』
ダニロが、空腹を体全体で表現している。朝から歩きっぱなしだしな。
『私もお腹空いちゃった! ね、ハンナ、アヤカ!』
『うん。ペコペコー!』
『実は、私も! 昨日から携帯食しか食べてないの』
女子チームも、ダニロの意見に乗っかる。
僕は元々〝摂食不要〟のおかげで空腹という感覚は無いんだけど、ドイツ料理は楽しみだ。
昨日は、結局食いっぱぐれたし、リュックに詰めてきたバランス栄養食 (固形)も、昨日の夜と今朝、彩歌が食べた分で底をついた。
『ふふっ。このライナルト様に抜かりは無いぜ! ついて来い!』
ライナルトの案内で20分ほど歩くと、左右に小さな食堂やレストランが立ち並ぶ通りに差し掛かる。
『じゃーん! ここだ!』
白い看板の店の前で足を止めるライナルト。
看板には、〝Japanis Sushi aus Meisterhand〟の文字が。
……おいおい、ブルーの翻訳無しでも読めるぞ。
『やったー! さすがライナルト!』
『ふふん。やっぱ、日本人といえばこれ一択だろ!』
寿司屋だ! いや、嫌いじゃないけどさ!
アレか、ホームステイに来た米国人に、連日ステーキを出してしまう、みたいなヤツか!
『スシ、おいしいよね!』
『ここはベルリンでは、結構有名な店なんだぜ!』
盛り上がるドイツ組。
そう。実はヨーロッパでは、寿司が大人気で超ポピュラーだったりするのだ。正月に買ったガイドブックで見たぞ。
……でも彩歌さん、ここまで来て寿司ってどうなのさ?
『お寿司屋さん? すごい! 私、初めてよ!』
彩歌も、まさかの好感触。そうか、魔界に寿司はなかったか。
……だがちょっと待て。初めての寿司がドイツ製で良いのか?!
『高いんでしょう?』
『ところがこの店、本格的なのにリーズナブルなんだって』
『すごいわ。さすがライナルトね』
えっと……この盛り上がりを止める力は、僕には無さそうだ。こうなったら、土産話のネタにするか……大ちゃんに大爆笑されそうだよな。
『寿司だけにネタにするか……さすがだな、タツヤ』
『いやいやいや。無理に感心して、スベったみたいにしないでくれブルー』
『そこに気付いてしまうのがタツヤの悪い所だ』
『やっぱりワザとじゃないか……っていうか、悪い所ってどういう事だよ!』
ライナルト率いるスシ肯定派が、勇んで〝職人が握る寿司店〟に入っていく。僕も内心、ヤレヤレと思いながら、後に続く。だって、この斜め向かいの店とか、すっごい良い感じのレストランだし。
『彩歌は喜んでるみたいだよ。ここは黙って、生魚をライスに貼り付けた料理を貪れ、達也』
彩歌の頭の上から嬉しそうに、イヤな表現で追い打ちをかけるルナ。貼り付けたって言うな。マイスターに、つまみ出されるぞ?
『いらっしゃい、6名さんだね』
その、マイスターらしき人物が、カウンター越しに応対してくれた。あ、あれ?
「……おっと、そっちの2人は、もしかして日本人か?」
これは失礼。〝マイスター〟じゃなくて〝大将〟だったみたいだ。
黒髪に黒い瞳。そして自然な日本語。というか関西弁。間違いなく日本人だな。
「はい。そうです」
僕が答えると、彩歌も、にっこり微笑んで頷く。
大将は、僕たちを奥のテーブル席に案内してくれた。
『ほら、ここに。〝日本人が握る本格的なスシ店〟って書いてある』
ライナルトがガイドブックをテーブルに広げて指差した。
結局、この店もその本に載ってたんだな。ギザギザ吹き出しに、〝Empfohlen〟と書いてある。
「坊っちゃん、嬢ちゃん、どこから来たん?」
「神奈川です」
あと、厳密に言えば魔界。
「ほー! がいな都会モンやな!」
ん……? この言い回し、大阪とか京都じゃない。もっと聞き慣れたヤツだ。もしかして。
「おいやん、和歌山ちゃう?」
「なんや、知っちゃあるんか! 和歌山の有田ちゅうとこやで?」
驚いた。有田といえば、おばあちゃんの故郷だ。
「ほんまに?! うちのおばあちゃんも有田やで! おいやん、有田のどこやんの?」
「わえはなぁ……」
……なんと、おばあちゃんの実家の隣町だった。
『いけないタツヤ、もしキミのおばあちゃんと知り合いだったら、大変な事になる』
『そうだな。興味は尽きないけど……』
これ以上話すと、色んな意味でマズいので、なんとか話を切り上げた。大将も、丁度お客さんが入り始めたので、僕たちに構っていられなくなったし。
『ビックリしたな! まさかマスターが日本人で、しかもタツヤのおばあさんの実家の、隣町の人だなんて!』
『タツヤ、君のおばあちゃんは、パンチで地震を起こせるのかい?』
『いやいや。僕以外は、家族みんな普通の人間だよ』
妹が、ちょっと人間離れしてきた気がするが、気のせいという事にしておこう。
『だからこそ、昨日も言ったように、絶対に僕の事は、誰にも知られちゃいけないんだ』
家族を人質に取られる……か。正直、ゾッとする。
『大丈夫。2人の事は、絶対誰にも言わないからね!』
そう言って、頷き合う4人。
そしてこのタイミングで、お待ちかねの寿司が運ばれて来る。
『うわ! なんだ?!』
『すごい……! こんなおスシ、見たことないわ!』
マグロ、イカ、タコ、ハマチ、サーモン、うに、いくら、トロ、うなぎ……あれあれあれ? 大将、ちょっと豪華過ぎやしません?
「はっはー! ちょっとやけど、サービスや! 遠慮せんと食べな!」
「ほんとに?! ありがとう!」
『え? 何? なんて言ったの?』
『サービスしてくれたって。やったな、みんな!』
『うおおお! タツヤ! ナイス!』
『本物のおスシってこんなに綺麗なのね!』
『達也さん、早く食べましょうよ!』
みんな、ラッキーだったな! 僕のおかげだぞ?
……なんてね。ここはむしろ〝おばあちゃんありがとう〟だよな。




