スタンディングオベーション
変身を解いた俺の所に、ユーリが駆け寄って来る。
「大ちゃん、やっぱ強いなあ。惚れ直しちゃったよー」
耳元でそっと囁く。さすがにちょっとは、空気を読んでくれたか。
「申し訳ございませんでした、九条大作さん。あなたは、先日の戦いで、ユーリを救って下さったと聞いておりましたので、武装した里人が相手でも大丈夫だと判断しましたが……まさか此奴、剣まで抜くとは」
長老は深々と頭を下げて、謝罪してくれた。
「いやいや、気にしないでいいぜ。彼の気持ちは、よく分かるからなー!」
大波神社の社務所横にある、隠された入り口から、まっすぐ奥へと進んでいけば、想像以上に大きな空間に出る。ここは、ウォルナミス人の活動拠点。
俺とユーリは、ウォルナミスの人たちに会いに来た。先代のガジェット保持者である、ユーリの姉、愛里に、俺の力が、彼らの助けになると認められたからだ。
「皆に、講堂に集まるよう伝えよ。大作さん、ユーリ。どうぞ奥へ……里人も来るんじゃ」
長老は、床に転がっている、勾玉……里人の装備していた、レプリカ・ガジェットを拾うと、俺たちを、奥の広い部屋に案内してくれた。
すっかりおとなしくなった里人は、若干よろめきながらも、ウォルナミス人であろう、大人の男女2人に手を引かれて、俺たちの少し後ろを付いて来る。
「やー! 講堂、久し振りだよー!」
講堂。様々な用途に使われる、天井の高い、広い部屋だ。
椅子が、数十脚ならべられ、正面奥には舞台がある。
舞台中央には、講演用の机とマイクが用意されていた。
「大作さん、皆が集まるまで、少しお待ち下され」
既に十数人が集まっている。
俺とユーリは舞台上の向かって左脇に用意された椅子に座った。
長老は里人に近づき、何か話している。長老の囁きに、少し驚いた表情の里人。そのまま、最前列の中央に腰掛ける。
……その左右の席には、先程、彼を取り押さえた二人の男女が座った。
「長老、全員揃いました」
しばらくすると、数十脚並べられた椅子が、ほぼ全て埋まった。こんなに大勢いたんだなー。
舞台中央に長老が移動すると同時に、入り口の扉が閉じられた。
「ユーリ。先ずは、先日の戦い、ご苦労じゃった」
ユーリは席を立ち、長老と、正面、それぞれに向けてペコリとお辞儀をする。
「戦いには勝利しました。しかし、既にお聞き及びとは思いますが、戦闘中に、私の力不足で、ガジェットは傷つき、私も危険な状態に陥りました。皆さんには、ご心配をお掛けしました。申し訳ございません」
ユーリがまともに喋っている。キメる所ではちゃんとキメるのだ。こういうギャップもユーリの魅力なんだよなー。
「掟に従い、戦場に立てぬ我々は、決戦の場には近づけぬ。幼いお前1人だけを戦わせるのは申し訳ないと思うておるよ」
なるほど。停止した時間の中で行動できる者以外は、戦いの場に近づかない決まりがあるのか。
どおりで、ユーリが戦っている時、誰も近くに居なかったわけだ。
「質問があります!」
後ろの方の席に座っていた男性が、手を挙げた。
「許可する」
長老の声に、男性が立ち上がる。
「事前に聞いた話ですと、ガジェットは破損し、戦士ユーリも手傷を負い、敗戦寸前だったとか……その状態から、ガジェットの暴走無しで、どうやって勝利したのですか?」
最新式のガジェットを装備した、ガロウズ星の戦士たちは、強かった。ユーリは為す術もなく、ボロボロにされた……ユーリの、あの時の痛々しい姿は、俺の消したい記憶ナンバーワンだ。残念ながら、絶対に消せないんだけどなー。
「回答致します」
今度はユーリが手を上げた。
「私が、今回の決戦に勝利出来たのは、ここに居る、九条大作さんのおかげです」
ユーリにフルネームで呼ばれると、なんだか背中の辺りがムズ痒いなー。
「その……失礼ですが、彼は、われわれ一族とは無関係の、純粋な地球人の子どもだと聞いております。とても、戦場に立って戦えるとは……」
それはそうだろう。時が止まっているのだから、戦闘の記録や映像などは、残す方法が無いだろうしな……
「ふむ。確かにそうじゃな。しかし、かつて、純粋な地球人であるにも関わらず、我々の一族と共に戦場に立った者が居ったという記録は残されておる。ガジェットを持たずとも、止まった時を自在に動ける者は、存在するのじゃ」
そうなのか。ブルーの話では、時券は、様々なパターンで存在するみたいだし、長い歴史の中で、異星人を戦えるほどの地球人が居ても、不思議じゃないな。
「長老様! 時を止めずに動ける者が居るのは、まだ分かります。しかし、このような子どもが、本当に戦えるのでしょうか」
ユーリだって、子どもなのになー。
「皆がそう思うのも無理はないな。では、実際に見てもらおう……里人。良いな?」
長老が里人に話し掛けた。
「……はい。構いません」
神妙な面持ちで、頷く里人。何が始まるんだ?
「よし。用意せい」
長老の号令で、舞台奥の天井から、巨大なスクリーンが現れた。
そして映し出されたのは、先程の、俺と里人の戦い。撮影してたのかよー!
「やー! 大ちゃん……いつもより、すっごく大きい……」
いやユーリ、変な言い方するなよ。スクリーンがデカイからだろ? その恍惚とした表情を今すぐやめろ。
「このように、九条大作さんは、レプリカ・ガジェットで武装した、里人と戦い、圧勝した。彼の強さは本物じゃ」
スクリーンの俺が勝利を納め、講堂内が、一斉にざわつく。
「ちょ、長老様、質問してもよろしいでしょうか」
ざわめきの中、さっきとは別の男性が、手を挙げる。
長老は同じように質問を許可した。
「九条さんが強いのは、よくわかりました。しかし、もうひとつの情報……彼がガジェットを修理出来るというのは、本当なんでしょうか」
その質問は、もちろん予想してたぜ。長老も、その為に、用意してたみたいだしなー。
「大作さん、もしよろしければ、この場でお見せ頂けますかな? ……皆の者! これは先程の映像にあった、バラバラに切り裂かれたガジェットじゃ」
長老から、さっき俺が壊した、里人のレプリカ・ガジェットを受け取った。
俺は、舞台中央に移動して、床に座り込んだ。リュックから、愛用の工具一式を取り出す。
「先ずは、蓋を開けるぜ。5か所同時に力を加えないと、開かない仕組みだ」
俺の作業風景は、大きなスクリーンで、生放送中だ。
精密機器用のマイナスドライバーを5本取り出す。ちなみに、いつも15本持っているぜ。
マイナスドライバーを、勾玉の〝隠されたポイント〟に当てて、そっとひねる。
……普通は無理だよな。だって、手は2本しか無いんだから。
俺は、なんていうか……んー? 説明できないな!
とにかく、手と、ヒジと、口を使って、ヒョイと開ける。
「す、スゴごい……! 今の、どうやった?」
「信じられん! あれ〝専用の工具〟で、半日掛けてやる作業だぞ?!」
ガジェットに関わる技術者であろう人たちから、驚きの声が漏れる。
名工神の効果で、こういう作業は昔から得意だ。
ちなみに変身すれば、機械仕掛けの神の力で、瞬時に〝作業自体〟が終了するんだが、それだと、プレゼンにならないからなー。
「あー、綺麗に切れちゃってるなー。ここと、ここと、ここ、あと、この上もサックリいっちゃってるから、とりあえず繋いじまうぜ。はいはいはいはい。っと」
俺の発明品、どこでも溶接君 (仮称)で、故障部分である4か所を繋いだ。
「……これってアレだよなー」
俺、いま、マッチポンプを見せびらかしてるよな、ガマの油売りかよ、おもしれー!
「何だ? 何が起きた!」
「駄目だ、全くわからん! なんであんな子どもが、ガジェットの構造を知ってるんだ?」
「それより、少なくとも顕微鏡と、ナノ・マニピュレーターが必要な作業だぞ? それを素手で?!」
「早すぎて見えなかった……今ので直ってるのか?! ありえない!」
ちょっと手加減して、結構ゆっくりやってるんだけどなー……まあいいか。
「で、ついでに、ガジェット特有の、無駄にエネルギーを使っている、こことここ。この変圧装置の間違いは、周波数の計算ミスだから、この回路に2つ〝バイパス〟を通してやって……」
これで、エネルギー効率が30%アップだ。エコに貢献したなー。
「おい、見たか? 最後に、何であんな配線を……?」
「おいおい、あれは無いだろ? 本当に大丈夫なのか?」
「おい、早くやめさせろ。爆発するぞ」
……やっぱ、今の作業は、理解できないだろうなー。
「まあ、ざっとこんな感じだなー!」
蓋を閉じて、いっちょ上がりだ。
俺は、里人に、ガジェットを投げ渡した。
「直ってると思うぜー? 試してくれよなー!」
驚いた顔の里人。立ち上がり、受け取ったガジェットを頭上に掲げた。
「武装!」
まばゆい光と共に、埴輪のような姿に変わる。
本当は、フォルムももっとこう、スタイリッシュにしたかったんだけど、それだと更に5分は掛かっちまうし〝トリック臭〟が増しちまうだろうからヤメた。
……遊び心で、肩の装甲に〝Licht〟の文字は入れといたけどな!
「よし。修理成功だな」
あと、誰も気付いてないだろうけど、エネルギー効率も良くなってるからなー。
「まさか! 信じられん!」
みんな驚いてるなー。
「なんで武装の時、無駄に光ったんだ? どういう仕組みだ?!」
無駄って言わないで欲しいぜ? 変身エフェクトは〝男の子のロマン〟だろー?
「それに、装甲に文字を入れるって、どうやるんだ? っていうか、いつやった?!」
それは企業秘密だ。まあ、説明しても真似できないと思うけどな。
会場のどよめきがピークを迎える。どうやら、今の作業は、ここに居る全技術者が、不眠不休で3年以上も掛かるらしい。
……ユーリのガジェットが壊れたのを知ったお姉さんの怒り方も分かるよな。3年も掛かったら次の戦いに間に合わないぜ。
「皆の者、静まれい!」
長老の声で、講堂内に静寂が戻る。
「これで、わかったな? 質問は後で直接、本人にするといい。良いですかな? 大作さん」
「ああ、もちろんいいぜ!」
「そこに立ったついでじゃ。何か皆に言っておかれるかの?」
長老がそう言ってくれたので、一言。
大勢の人の前で喋るのは、さすがに緊張するぜー。
……口調は、丁寧にしなきゃダメだ。印象を悪くするからな。
「えっと、九条大作です。もし良かったら、大ちゃんと呼んで下さい」
会場に、クスリと笑いが起きる。ツカミはOKだなー。
「絶対に言っておきたい事があったんです。ウォルナミスの皆さん、今まで長い間、地球を守って下さって有難うございます。これからは、俺も一緒に戦わせて下さい。一緒にこの星を守っていきましょう!」
ふー。たっちゃんみたいな口調になったなー。
会場に居る全員が席を立ち、歓声と拍手が巻き起こった。
里人は、埴輪姿のまま、こちらをじっと見ている。
……俺の事、ちょっとは分かってもらえたかな。
「大ちゃん!」
ユーリが、舞台中央の俺の所に近付いてきた。2人で揃って、お辞儀をする。
……そこへ、先程から里人を挟むように座っていた、男女2人が立ち上がり、叫んだ。
「大作さん、どうかユーリを助けてやって下さい」
「ユーリ、頑張ってね。地球の未来は、あなたたちに掛かっているわ」
「うん! 頑張るよー!」
ユーリが嬉しそうにそれに答える。
「紹介が遅れたのう。里志と、恵里じゃ」
長老の言葉の後に、ユーリも続ける。
「私の、お父さんとお母さんだよ」
その言葉を聞いて、俺とした事が、結構パニクったんだよなー。
思わず言ってしまったんだ。
「お父さん、お母さん! 俺に娘さんをください! 必ず幸せにします!」
会場は、大きく沸き起こる拍手と歓声に包まれていった。




