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これは夢だ

「これは夢だ」


 ……と、気付くことがある。

 〝確か、この人は亡くなったぞ?〟

 〝自分はもう、学生じゃないぞ?〟

 現実との違いに気付いて(われ)に返る。よくあるパターンだ。

 でも、僕が()()()()()()夢は、ちょっと違う。

 この夢は〝優しかったおばあちゃん〟には出会わないし〝期末試験〟を受けさせられもしない。


「……これは夢だ」


 ビルの窓から()れる明かりと薄暗い街灯が、見()れたはずの景色を、不気味(ぶきみ)な異世界のように浮かび上がらせていた。


「ほら。やっぱり、また同じ夢だ」


 僕は、会社の入り口に立っている。

 大晦日(おおみそか)、仕事を終えて退社する所……という〝設定〟の夢。

 僕は、この夢()()を、ここ一月(ひとつき)ほど、何度も何度も見ている。


「だから分かる。これは夢だ」


 入社以来、毎年ずーっと、会社で新年を迎えている。

 うちの会社が、ブラックかホワイトかと聞かれたら、僕は間違いなく〝見れば分かるだろう〟って答えるね。僕の目の下のクマがヒントだ。

 ……けど、この夢では、めずらしく早く帰れてるっぽいんだよな。

 願望、欲求、それともストレス?

 何か、深層心理的なアレが作用して、繰り返し、同じ夢を見せているのだ。

 普通ならそう思うだろう。

 だが、そうじゃない。絶対に普通じゃない。なぜならこの夢は……


「ここからが問題なんだ」


 それは、大きな地響きと共に始まる。

 アスファルトを()き、街路樹(がいろじゅ)が倒れ、割れた窓ガラスが雨のごとく降りそそぐ。


「来た来た! まずは地震だ」


 空は黒から、赤く、さらに青く、不気味に色を変え、稲光(いなびか)りが彩りを添えていた。

 轟音(ごうおん)と共に、泣き叫ぶ人々の声が遠く近く響いている。


「初めてこの夢を見た時は、僕も泣き叫んだよ。さすがに、もう慣れちゃったけど」


 うねる大地は、全てを飲み込んでゆく。

 続けて、地割れから吹き出たドロ水が、その大地をも飲み込む。


「僕は、迫るドロ水から逃げようとする。夢だと分かってても、体が勝手に動いてしまうんだ。まあ、揺れがスゴすぎて、歩く事もできずに、()いずり回るんだけどね」


 地震は激しさを増していく。必死で逃げようとするけど、もう立ち上がる事もできない。

 結局、僕は地割れに飲み込まれてしまう。

 ……そして突然の暗転。僕の耳元で(ささや)かれる言葉はこうだ。


『タツヤ、時間がない。早く帰って来るんだ』






 >>>






「おい内海(うつみ)、内海! 起きろ!」


 目の前には、会社の先輩。ここはいつもの職場だ。


「先輩……? おはようございます。まだ帰れません……」


「当たり前だろ。この見積もりの山を片付けるまで、俺もお前も帰れないんだ。なに寝ボケてるんだ?」


 ……え、見積もり? うわ、寝ちゃってた!


「すみません先輩! 最近、寝不足で……」


 おかしな夢を見るようになってから、眠りが浅い。

 昼間も、ついボーッとしてしまう。

 ……まあ、今は夜8時。バリバリ残業中なんだけどね。


「しっかりしてくれよ? 過労で倒れるとか、禁止だからな!」


「そんな無茶な……」


 まあ禁止なら、倒れるわけにはいかないな。

 それにしてもウチの会社、安月給なのに働かせるわ働かせるわ……


「そんな事より、部長が呼んでるぞ? 応接室に来いって」


「マジですか?! って、なんで部長がこんな時間まで……」


『……私が、少し操作した』


「何かトラブルみたいだぜ。ご苦労さん」


 先輩が、ポンと僕の肩を叩いて、イヤな笑みを浮かべた。

 もう! 他人事だと思ってまったく……ん?


「先輩、なんか言いました?」


「え? いや、何かのトラブルだって言ったんだよ」


 顔をこっちに向けもせず、先輩は面倒臭そうに言う。


「いえ、その前に……操作した、とかなんとか」


「……いいや?」


 あれ? 気のせいかな。


「早く行ってこいよ。俺の予想だと、面倒な用事だぜ、きっと」


「……僕もそう思います」


 僕は机の上の冷めたコーヒーを一口飲んで、席を立った。






 >>>






 応接室には、困り顔の部長と、見知らぬ男性が立っていた。


「内海くん! 待ってたよ。さあさあ、入ってくれないかねぇ!」


 うっわ、部長?! どうしたんですか、急に笑顔になって!


「こちら、内海達也(うつみたつや)くん、26歳独身」


 ……そうそう。追記すると、恋人もなし、趣味も特になし。よろしくね? っていうか、なんで部長が僕の紹介を始めるんだ?!


「若手では、一番ガッツのある男でしてねぇ」


 部長が僕をほめてる! こりゃ明日は、ホワイトクリスマスだな。


「なるほど。若くて体力もありそうだし、お願いできますかね?」


 見知らぬ男性が、嬉しそうに僕を値踏みするような目で見て言う。

 え? ちょっと待ってくださいよ! この人、誰なの……?


「内海くんねぇ、こちらは、株式会社バンブーサイドの方だ」


 ええっ?! バンブーサイドって、ウチの一番のお得意さんじゃない?!


「初めまして、内海くん。他でもないのだが、今朝の地震で、ウチの倉庫が随分と被害を受けてね」


 地震? ああ、あったあった、結構揺れたな、今日の地震……


「最近多いですよね、地震」


 夢に見てしまうのは、そのせいもあるのだろうか。


『ある意味、君の夢と地震、関係はあるね』


 そっか。やっぱりね……ん?


「……部長、なんで僕の夢を知ってるんですか?」


「内海くん、何を言っとるんだねぇ?」


 ……そうだよな。部長じゃないよな、今の声。やっぱ僕、疲れてるのかな?


「えっと、何でもないです……すみません、続けて下さい」


「あー、コホン。で、我が社の倉庫の棚は全て倒れ、商品は散乱したままで、手も付けられない状態なのだよ」


「うわぁ……それは大変ですね」


「そこで、君の出番なんだよねぇ」


 ……はい?!


「何としてでも、3月末までには、倉庫内の在庫状況を確認して、正常に機能させなければならんのだ。だが、圧倒的に人手が足りない」


 イヤな予感がするぞ? まさか……


「内海くん。キミには、2月からの土日、事態が収拾するまで、お手伝いに行って欲しいんだよねぇ」


 ええっ?! 事態が収集するまでって……!

 僕は部長の耳元で、小さく苦情を述べてみた。


「いくら何でもあんまりですよ……! 労働基準法違反ですからね……?!」


 っていうか、現時点でもすっごく違反してるんだけど?


「まあねぇ……私もツラい所なんだよ。悪いが引き受けてくれんかねぇ?」


 甘えた口調の部長が小声で返す。さ、さすがにこれは横暴だぞ……?


『タツヤ、今だ。キミのポケットには書類がある』


 ポケット? 書類?

 ……あ、そういえば!

 僕は背広のポケットに手を突っ込み、クシャクシャの紙を取り出して、そっと広げる。


「部長……これを」


 僕が、淡い期待を込めて書いた、年末年始の〝休暇願い〟だ。

 数日前に部長に渡したが、ろくに読んでも貰えず……あろう事か無残に握りつぶされ、突き返された。

 ……まだ持ってたんだ。


「むむむ、内海くん。痛いところを突いてくるねぇ……」


 苦虫を噛み潰したような顔の部長。お、これはもしかして効いてるのか?

 ほらほら、この前のようには行きませんよ? ツラい所だと思いますがサッサとお休みをください。


「あ、部長。休暇前日は、残業なしでお願いしますね」


「むむぅ……」


 ふふふ。これは勝ったな!

 ……って、あれ? さっきまた、何か聞こえたような?

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