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冬の花

作者: そも

 そこは遠い遠いどこかの国。

いつまで経っても降り止まない雪のせいで、見渡す限り真っ白い景色が広がっていました。

女王のお城もすっかり雪に埋もれてしまっています。

4つの季節の女王のうち、今お城にいるのは春の女王です。

本当ならば、もうとっくに季節を巡らせる季節の塔へ移って、冬の女王と交代していなければならないはずです。

しかし、降り続いた雪のせいで塔も大分埋まってしまい、雪の重みで塔の扉も開かなくなってしまっています。

冬の女王は塔の中に閉じ込められてしまっている状態でした。

辛うじてお城の門は開くものの、春の女王が冬の女王の篭もる季節の塔へと向かおうとしても、どこが道なのかも分かりません。


 お城の大広間。女王とお付きの爺と家来一同が、どうしたものかと相談をしています。

「しかし春の女王様、道が雪に埋もれていても、高い塔は見えるのですから、辿り着けるのではありませんか?」

新入りの家来がそう言うと、春の女王は首を振って答えました。

「いいえ、春をもたらすには、ここから塔に続く道を通らなければなりません。道を外れたりしたら、春は来ても良い春にはならないでしょう」

春が短かったり暑すぎたり寒すぎたりするのも、道をはみ出したりしてちゃんと通らなかったせいであると言います。

「塔が高い、お城が大きいと言っても随分長いこと雪は振り続いておる。止む気配もない。このままでは全てが雪で埋まってしまうじゃろう」

お付きの爺が言いました。これは冬の女王様も難儀しているに違いない。早く行ってお助けせねばなるまい。

しかし、積もった雪を掘り返して道を探しだすのは家来の兵士一同で取り掛かっても容易ではありません。

そもそも春の女王の家来は冬の女王の家来とは違い、雪にはあまり馴染みがなく、雪掻きなどは殆した事がなかったのです。

そこで土掘りが得意なモグラの力を借りようと言う事になりました。

早速新米の兵士がモグラの寝床へと向かって言いました。

「モグラさん、起きておくれ。力を貸して欲しいのだ」

土の中の寝床から半分寝惚けたモグラの返事が聞こえます。

「寒い寒い、なんの用事か知らないが、春になったら来ておくれ」

新米の兵士は事情を説明し、このままではいつまでも春が来ないので力を貸して欲しいと頼みました。

土の中でモグラがしばらく考える気配がして、こう言いました。

「それなら力を貸す代わりに春の女王に嫁になって貰いたい」

身の程知らずめ。女王様を嫁になど、とんでもない事だ。新米の兵士は憤慨して申し出を断ろうかと思いましたが、他にこの膨大な雪をどうにかする手立ても思い浮かびません。

そこで力を借りて事が済んだらモグラを殺してしまおうと考えて条件を受け入れる事にしました。


 次の日から早速モグラは雪を掘り返しだしました。

積りに積もった雪は土のように固くなっていましたが、目の回るような速さでモグラは腕を動かして、どんどん雪を掻き分けていきます。

「ホイホイ、真っ暗真っ暗土の中、オイラは泳ぐよ土の中」

何やらモグラは歌を歌っています。

ああ、そうか、呟く声が聞こえて歌が少し変わりました。

「ホイホイ、真っ白真っ白雪の中、オイラは泳ぐよ雪の中」

「モグラさん、なんだいそれは?」

怪訝に思って新米の兵士が尋ねました

「ああ、穴掘りの歌だよ。調子が出るぞ。お前さんも歌ってみると良い」

試しに新米の兵士も真似して歌ってみましたが、疲れが増しただけでした。

モグラの身体は誰よりも小さかったのですが、その仕事ぶりは女王の家来全てを合わせても軽く上回るものです。

新米の兵士はモグラの後ろに付き、一緒に雪を掻き分けていましたが、彼に比べれば殆ど何もしていないも同然です。

それでも大粒の汗をかきフゥフゥ言っている新米の兵士に、モグラは笑って休んでいてくれと言うのでした。

一緒に仕事をしているうちに、新米の兵士はモグラが好きになっていきました。

新米の兵士は文字通り新米でしたから、兵士になる前の自分をよく覚えていました。

兵士になる前の子供の彼は、農夫の両親を手伝って畑を耕したりしていたものです。

雪と土の違いはあれ、汗を流していると昔の自分が蘇ってくるようです。

モグラは真面目で自分が他の誰よりも仕事をしていても、手を抜く事もなく不満も漏らしません。

そんな所も寡黙だった父を思いおこさせるのです。

モグラは仕事中は、あのおかしな穴掘りの歌をうたう以外殆ど無駄口は叩かず、普段もあまり口数が多いとは言えなかったのですが、ただ休憩時にポツポツと女王への憧れを語るのでした。

「ああ、春の女王ってのはどんなに綺麗な人なんだろうな。春のように優しい人なのかな」

新米の兵士は相槌を打ちながら心の中で困りました。もう彼はモグラを殺したくなくなっていたのです。

俺は兵士だから、殺すとかそんな考え方しか出来なかった。ちゃんと考えていればモグラを納得させられるような説得が出来たのだろうか。


 そして、いよいよ冬の女王が篭もる塔までの道の雪掻きが終わりました。

正しく道を通り、春の女王が季節の塔に辿り着きます。

その後ろには春の女王に付き従う家来一同。勿論その中に新米の兵士とモグラもいました。

約束の時が来たのです。

新米の兵士は頭を地面にこすりつけて土下座すると、モグラに向かって言いました。

「モグラさん、どうか許してくれ。約束を果たす事は出来ない。気の済むようにして良い。殺されても構わない」

モグラはそれを聞いても怒ったりしませんでした。穏やかな声で言いました。

「まぁ、そうだろうな。女王に土の下は似合わないしな。それにこの手を見てくれ。シャベルよりも鋭いこの手で、女王を抱く事なんて出来無いよ」

モグラには最初から分かっていたのです。ただこの短い作業の間、良い夢が見れたと笑いました。

お礼を言いに春の女王と冬の女王が、モグラと新米の兵士の前にやって来ました。

塔の扉を塞いでいた雪が無くなったお陰で、冬の女王も塔の外に出られるようになったようです。

「モグラさん、この度はありがとう。感謝の印にあなたに春の花を贈りましょう」

春の女王が言いました。

「いや、女王。俺は殆ど目が見えないのだ」

必要ない、とモグラは答えました。

すると冬の女王が春の女王に何やら耳打ちをします。

「では、これならいかがです?見えませんか?」

春の女王が指差す雪の上は、新米の兵士には何も見えませんでした。新米の兵士だけではなく、お付きの爺にも他の家来にも、誰にも何も見えませんでした。

しかし、モグラには違いました。彼には花が見えました。

それは薄い氷の花びらで出来た花でした。その花びらは冬の微かな光を浴びて、うっすらと七色に光っています。

「わたくしも助けて頂きました。わたくしからもお礼です」

冬の女王が言いました。この花は冬の女王と春の女王、二人の力が合わさって出来た物なのです。

「これが花と言うものか」

モグラは満足そうに言いました。彼がはっきりとしたカタチあるものを見たのは、これが初めてでした。

春の女王と冬の女王が両手を広げると、雪原の上に次々と冬の花が咲いていきます。

他の者達には相変わらず何も見えません。

しかし、辺り一面を風が通り過ぎると、シャラシャラと氷の花びらが揺れる美しい音が聞こえてくるのでした。



 こうして無事、春の女王は季節の塔へ入り冬の女王と交代を済ませました。

季節は再び巡り始め、いずれまた冬がやってきます。

もしも冬の雪原でモグラが顔を出していたら、それはきっと彼だけに見える冬の花を眺めているのでしょう。


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