第2話「教室の皇女前編」
薄暗い高架橋の下
その場に倒れ込む、長い金髪の少女。
背後から白銀のアーマードギア=シルバルドが
右手の剣をギラつかせゆっくりと迫ってくる。
少女は狼狽する目で剣先を見つめ、死の恐怖からか全身に力が入らない様子で
再び立ち上がることもできない。
シルバルドは、少女の前に立つと剣を大きく振り上げた。
少女はギュッと目を閉じ覚悟を決めた。
「・・・」
すでに自分の体が切り裂かれていてもおかしくない、間が空いた。
「?」
少女はゆっくりと目を開けると目の前には
赤いアーマードギア=ファイヤーアーマーがシルバルドの振り下ろした剣を
クロスした両腕で受け止めている光景があった。
「遅刻するってのもたまには人助けになるんだな!」
そう口にすると両腕でシルバルドを弾き飛ばし、
「行くぜ」と、両腕のアーマーが展開し内部のタービンが
回転、炎が巻き上がる。
炎を纏った両腕がパンチの連打を浴びせ、
剣で受け止めるのが精一杯のシルバルドは、次第に後ろに追いやられていく。
「うりゃあ」とファイヤーアーマーの渾身の一撃で、後方の壁に叩きつけられるシルバルド。
「トドメだ!」と右脚を前に出し上体を屈め、
右脚のアーマーが展開。
「これで、決めるぜ!」
と、右脚に炎を纏って高くジャンプする。
「ライドバーストキック!!」
キックの体勢から一気にシルバルドに突っ込んだ。
大きな爆発音とともに強い風と土煙が舞い上がる。
少女は腕で顔を隠し爆風に飛ばされないように
前屈みになる。
ファイヤーアーマーは「よっしゃ」と土煙が晴れて足元を見るとシルバルドの姿はなかった。
「あれ?」と辺りを見渡す。
少女は、自分を助けてくれた人物が味方なのか?敵なのか?
疑心暗鬼に彼の姿を見つめている。
辺りにシルバルドの気配を感じないことを確認したファイヤーアーマーは
変身を解除する。
薄暗く、影で人物の姿をはっきり確認できない。
目を凝らす少女は、人物の正体が明らかな軍人もしくは、
裏社会の人間と思しき者であれば逃げなくてはならないと身構えた。
だが影の中から出てきたのは、白いキサヒメ学園の制服に身を包んだ男子生徒=火条ツカサだった。
「学生⁉︎」
想定の範囲を超えたその正体に驚きを隠せなかった。
***
「ツカサー!」と、直江尊とラルフがやって来る。
ツカサの足元には膝を抱えしゃがみこんでいる少女がいる。
「この子か?」
「この国の娘じゃないみたいだね」
各国の研究機関が集まってできた国のため、人種は豊富では
あるが、髪の色、服装、土埃で汚れている上にとこどころ破れて
はいるがブランド物のドレス。そこからラルフは推察した。
「背格好から見て俺たちと歳は変わらないくらいか」
車がブレーキをかけ止まる音が聞こえて来る。
「君たちー!」と、ウルヴァが駆けてくる。
息を切らしながら「ちょっとどいてくれ」と、尊とラルフの間に割って入って来る。
「やはりそうか」とその場に片膝をついて跪き、頭を下げる。
「おっさん⁉︎」
「お目にかかれて光栄でございます。グリティシア王国第一皇女アルテミア・グリティシア様」
頭を下げるウルヴァに口を開く少女。
「国を出て来てから数日、様々な人に会いその手を借りましたが、誰も私に敬意を払うものはおりませんでした。
こうして姫であることを再び実感できたのは、とても久しい。ありがとう」
「君たちも頭が高いよ」
慌てて、ウルヴァのように跪く三人。
「姫様、何があったかお話し頂けますか?」
「はい・・・国王である父が捕縛される直前、協力者の手引きで国を脱出しました。
父の冤罪を晴らすためにドルスへ行き、星帝イエミツ公にお会いしたいと考えていました。
この島に来たのは首都国ドルスへの船に乗るためです」
ドルスは、国際政府がある人工島で今や世界の中心ともいうべき島だ。
スメラギ国とは隣り合う島で直線距離で5km離れている。
現在、スメラギ国からドルスに渡るには船しかなく、現在は交通手段の改善のため、
2島を繋ぐ橋が建造されている。
***
スメラギ国国際空港
着陸する飛行機。
***
スメラギ国国際空港前
複数の黒塗りの車と黒ずくめの男達が待機している。
入り口の自動ドアが開きアルテミアが出てくる。
「空港にたどり着いて、そこで協力者の用意した車に乗る手筈でした。
そこを先ほどの銀色の仮面に襲われました」
黒ずくめの男達とアルテミアの間に複数の銃弾が着弾し火花が弾ける。
そこにシルバルドが現れる。
「その協力者というのは何者なのですか?」
「私にもよく分かりません。父の知人が用意してくれた者達と聞いています。
そのような者でも今の私にはすがるしかありません」
「グリティシア王国ってなんだ?」と、ツカサは尊に小声で投げかける。
「知らないのか?クーデターが起きて国王が逮捕され国家が転覆した。
それで世界に混乱が起きないようにと国際政府が事態の沈静化に躍起になっている」
「じゃあ、姫様を襲ったのはクーデターを起こした奴らてこと?」
ラルフがアルテミアに投げかける。
「それは何とも・・・言えません・・・」
「それは救世の巫女だから?ですね」
「⁉︎・・・否定は・・・できません」
「おっさん、何だそれは?」
「救世の巫女とは数十年に一度現れるという世界に救世を持たらす神の使いだ。
その力を持って生まれる人もいれば、ある程度の年齢になって発現する人もいる
救世の巫女を4人集めると世界の全てを手に入れることができるなどとの伝承もある。
星の巡りや周期などで4人揃うのは数百年に一度とされる。それが今この時期何だ」
「じゃあ、すげえ力って言うか、何か手から炎やらビームみたいのが出せるのか?」
「いえ、救世の巫女と言っても、異能と言いますか、そんな力や能力はありません。ただ祈るだけです」
「祈る?」
「私にも救世の巫女というのはよくわからないのです。本当に何もないですから」
「姫様は、生まれた時からその力を持ち、救世の巫女として国民に祀られてきた。
国を出たところを狙って姫様を手に入れようとする組織があってもおかしくありません。
それも一つや二つではない。その協力者達というのもあなたを連れ去ろうとしていたに違いありません」
「国の中からも外からも狙われたら誰も信用できねぇな」
「私を助けてくれたあなた方なら信用してしても大丈夫のはず。お願いがあります!
私をドルス行きの船のところまで連れて行って下さい。」
「どうしても行かれるのですね?」
「お願いです」
「それはよした方がいい。空港で敵が待ち伏せしていたということは、ドルス行きの船乗り場にも待ち伏せしている可能性がある」
「確かに尊君の申す通り」
突然、ブーンと、蜂の羽音のような大きな音が聞こえてくる。
空を見渡すツカサ達。
気づくと背後に大きな黒いドローン3機がいた。
さらに奥の土手の方から黒ずくめの男達が駆けて来るのが見える。
「ここは俺たちに任せて」と尊とラルフは右手首に巻いたブレスを展開。
二人はソードアーマーとシューティングアーマに変身する。
「ひとまず学園へ」と、ウルヴァとツカサは、アルテミアを連れその場から逃げる。
***
スメラギ国防衛省外観
門柱には大きく防衛省と札が掛けられている。
***
スメラギ国防衛省大会議室
複数の通信機器やパソコンが置かれ、スーツの男達が書類を持って慌ただしく
室内駆け回っている。
正面の大型モニターには、アルテミアとシルバルドの写真が大きく映し出されている。
ヘッドホンを頭につけ、パソコンを凝視していた男が大きな声を出す。
「丸対を追っていたドローン3機の通信が途絶えました。破壊された模様です」
辺りから落胆の声とため息が漏れる。
机に書類をバーンと叩きつける手。
「何をやっているの!!これで2度目よ」
と、女性指揮官の立上マイ(たつがみまい)が声を荒げる。
黒髪にショートカットの凛々しい目をした女性軍人だ。
「追跡班は何しているの?」
「昨日の空港で襲ってきた銀仮面に遭遇。交戦しましたが、撤退を余儀なくされたとのこと」
「あなたたち、本当に使えないわね!全員クビ!人選を変えて立て直す必要があるわ」
上官がマイの傍に来てなだめる。
「もう手を引け。これ以上、この件に関わればお前のキャリアに傷が付く。
希望していた国際軍への栄転の話も白紙になるぞ」
「私は指揮官です。グリティシア王国皇女の保護の任務は、最後までやり遂げる責務があるんです」
「士気が下がって来ている。女に指図されるのをおもしろく思っていない奴もいるんだ」
周りの男たちはマイから目を逸らし距離を置いている。
「無能の集まりね」
***
スメラギ国防衛省休憩室
カップコーヒーを手に、マイが肩をいからせながら、近くの丸テーブルに座る。
「皇女様の身柄確保にまた失敗したようですね」
向かいの席に新聞を広げ座っている男がいる。
「あなた誰?」
新聞紙から黒縁メガネの男が顔を出す。
ギャング組織レッドワイズに出入りしている男だ。
男は「申し遅れました」と、名刺を差し出す。
「(名刺を見て)軍事企業の⁉︎」
名刺には"クリエスル 林田誠一郎"と書かれている。
「売り込みなら別の機会にして、日が悪いわ」
「パワードスーツの様なものを身に付けた相手に苦戦しているとか?」
「なぜ、あなたがトップシークレットの任務を知っているのか?までは問わないけど、
あなたのところの製品かしら?」
「いいえ」
「銀色のスーツと、それにさっき破壊されたドローンから送られた映像には、青と緑のスーツが
映っていた。これまでに3体が確認されている。とんでもない武装組織がこの国に
潜伏しているようね」
「アーマードギア」
「・・・」
「そのスーツの名称です」
「提供してくれるのかしら?」
「いえ、それよりも優れた物を」
林田は、テーブルの下からアタッシュケースを取り出し、中を開けて見せる。
「シール?本当にこれでアーマードギアに勝るの?」
林田は、ニヤリとして頷く。
***
キサヒメ学園生活安全部部室
部室のソファに座っているアルテミア。
その後ろで、ツカサが指輪を持ってサヨを追いかけ回して困らせている。
「頼むから受け取ってくれよ。サヨちゃん」
「何で先生が付けるの⁉︎ 困ります!」
「おっさんがせっかく作ったんだ。これでサヨちゃんもアーマードギアに変身できるんだぜ」
「だから何で先生も変身する必要があるの⁉︎」
「顧問だろ?一緒に戦おうぜ」
「顧問はそういうものじゃありません!」
窓際では、ラルフが先ほど交戦したドローンを修理している。
尊も側で様子を見ている。
ドローンのカバーを外して、内部の基板があらわになる。
「これやっぱり軍事用に作られた物だね」
「やはりか。黒ずくめの男たちのあの動き確かに軍人だ」
尊は何かを確信したのかアルテミアに近寄り問いかける。
「姫様は、本気で星帝にお会いするつもりか?」
「はい。何としてもイエミツ公にお会いし、国民の父に対する誤解を解いて頂きたいのです」
尊は厳しい表情でアルテミアを見る。
「姫様が星帝にお会いすることは叶わない」
騒いでいたツカサとサヨは、ピタリと止まり二人を見やる。
尊の言葉に驚きの表情を見せるアルテミア。
「簡単にお会いできる方ではないことは承知しております。ですが父とイエミツ公は古くからの友人。
故にイエミツ公には幼き頃からお世話になっています。私が会いに来たとなれば必ずお会いになって下さります」
「姫様は分かってはおられない。あなたの存在が世界の揺らぎに繋がることを」
「どういうことだ尊?」
「姫様のお父上を早々と閣外に追放し、事態の沈静を図っている国際政府にとっては、
あなたが星帝と会うことは望ましく思わない。それは星帝も同じ」
「イエミツ公はそのようなお方ではありません!」
「星帝は簡単に一国家の内政に干渉しその力を行使しない!あなたの行動は戦争の火種となって
ひとつとなったこの世界を再びバラバラにすることになるんだぞ!」
「私の行動が浅はかとでも?」
「平和を保つためには時には非情にならなくてはならない。例え友人であろうとも切り捨てる。
それが星帝というお立場だ。仮にドルスに渡ったとしてもおそらく国際政府の立場としては
国際条約に基づき、自国で国賊とされているあなたを返還せざるおえない」
「このままではグリティシア王国は滅んでしまいます。私はどうなって構いません。
そのためにここまでやって来たのですから。お願いです私をドルスに!」
「別の手を考えるんだ」
「今さら別の手など・・・」
アルテミアはスメラギに辿り着くまでのおよそ1万キロ近い道のりでの出来事を思い出し
悔しさが涙となり溢れ出した。
尊に縋り付くアルテミア。
尊はそっとアルテミアの手をほどく。
失意にくれるアルテミアにサヨが話しかける。
「姫様、ここに来るまで疲れたでしょ?とりあえず休みましょう。食べたい物とかある?
何か欲しい物とか?」
「・・・シャワー・・・を」
「え?」
「おとといから一度も湯浴みをしておりませんので」
***
キサヒメ学園校長室
革製の応接ソファに座り、テーブルを挟んで話しをしているウルヴァとキサヒメ学園校長
「姫様をしばらくこの学園で預かっては貰えないだろうか?」
「いくらウルヴァ先生の頼みでもこれだけは聞けません。これは国際問題ですよ」
「そこを何とか」
「できません」
「では、ここにこんなような物が」
胸元の内ポケットから写真を取り出してテーブルの上に置く。
狼狽する校長の顔に冷や汗が滲む。
「とりあえず1枚」
その写真には、校長がキャバ嬢たちを両手に抱えた姿が・・・。
校長はシドロモドロになりながら
「ウルヴァ先生、これはですね」と言い訳を始める。
「ここにもう一枚」
「わかりました。なんとかしましょう」
「誠ですか?」
「ええ、まずは役員会通してそれでから結論を・・・」
ウルヴァは胸元のポケットから写真を覗かせる。
「急ぎ理事長に確認致します」
「では、よろしくお願いします」
***
スメラギ国国会議員庁舎の一室
窓外を眺めながら電話を取るグールド・グレモリー。
「なるほど。分かった、賓客として充分にもてなしてくれ」
校長は電話の向こうでグールドの意外な答えに戸惑う。
「ほ、本気で仰られているんですか?外交的にもマズイのでは」
「かまわないさ。私が理事長としてできる最後の仕事だ」
「理事長、それはどういう・・・」
「近く行われる内閣改造で外務大臣に内定した。これから忙しくなる。
学園のことは任せたよ。姫様にはくれぐれも粗相の無いように」
校長が矢継ぎ早に何かを訪ねている声が漏れているが、そのまま電話を切るグールド。
窓外に見える首相官邸を見やりその場を立ち去る。
***
キサヒメ学園体育館シャワー室
シャワーを浴びるアルテミアの背中。
モデルのような細い体型、張りのある肌と
豊満な胸元に水滴が垂れる。
シャワーの栓を止め、覚悟を決めた表情を見せるアルテミア。
***
キサヒメ学園生活安全部部室
引戸が開き、人影が室内に差し込む。
授業中で部室には誰もいない。
中央のテーブルの上にはサヨが拒否した指輪が置いてある。
指輪に手を伸ばす手。
***
キサヒメ学園エントランスホール
授業終わりで複数の生徒達が行き来する。
数十発の銃声が鳴り響く。
悲鳴をあげ逃げ惑う生徒達の間から現れるピンクのアーマードギア=ローズファリテ。
走って駆けつける生活安全部の3人。
「ローズファリテ!なぜここに?」
ツカサに銃口を向けるローズファリテ。
手を挙げ睨みつけるツカサ。
「ツカサ。私と一緒にグリティシア王国に来て」
「アルテミア⁉︎」
「私と生活安全部で国を取り戻すの!」