Ⅷ
『………お前がヴェスタの巫女なのか?』
初めて会った彼はそんなことを言ってきた。
『私はまだヴェスタの巫女ですが、何か文句がありますか?』
初対面の相手にそんなことを言うのは失礼ではないのですか、と私が言うと、彼は気まずそうに、
『………村のじいさんがヴェスタの巫女はナイスバディーな別嬪のお姉さんだって、言っていたから』
そう言って、下を向く。
『それは悪かったですね。私のような子供がヴェスタの巫女で』
『………いや、その。悪かった。お前はナイスバディーでも、別嬪でもないが、か、可愛い』
彼なりにフォローをしているようだが、フォローにも何もなっていない。だが、彼があまりにも一生懸命に言い訳をしていたので、いつの間にか笑ってしまった。
『………おかしいことを言ったか?』
彼は不服そうな様子を見せていた。
『……い、いいえ。あまりにも一生懸命に言っていたから、つい』
私の周りには彼のような子はいなかった。私の周りは威張り散らしていた子が多かった。それは貴族出なので、仕方がないのかもしれない。
それを抜きにしても、彼には何か特別な力があるような気がした。
『そう言えば、私の名前を名乗っていませんでしたね。私はサーラです。貴方は?』
『………俺か?俺は―――』
***
断罪天使の介入で、一気に俺達が優勢となる。教皇が魔法陣破棄できても、それは子供騙しのようなものである。本物とは格が違う。
断罪天使は魔法を連発させ、教皇に攻撃をする暇など与えない。流石、魔法の専門家である鏡の中の支配者が自慢したがるわけだ。
もしそれを赤犬さんに知られたら、あの対抗心の強い赤犬さんのことだ。俺を彼以上にすると、地獄の特訓を始めるだろう。はっきり言って、俺は彼の域に行くことはできないだろう。
どのような方法でやっているかは分からないけど、魔法陣破棄をすることができるということは化け物と言ってもいい。
そのことを黒龍さんがしったら、喜々として、断罪天使を捕まえ、ボロボロになるまで揉まれることだろう。
そんなことを思っていると、
「私が、私があんな餓鬼如きに負けるはずがありません」
教皇は血走った様子で、紅い石を行使しようとすると、突然、紅い石が紅く光り出したと思うと、石から突起物が現れ……、
「………うあああああああ」
教皇の叫び共に彼の中に食い込み、そして、侵食していく。
「………お父様!!」
突然、女性の声が聞こえてきた。俺が振り向くと、そこにはヴェスタの巫女がいた。どうして、彼女がいる?偶然いるはずなどない。
もしかしなくても、青い鳥が彼女を連れて来たのだろう。俺のところに行く為に、彼女が知っているだろう秘密の入口を通って……。
青い鳥は取り乱している彼女のところへ行き、気絶させる。
「………こんなことになるとは思いませんでした」
こんなことになると知っていたら、青い鳥とは言え、彼女をここに連れてくるはずがない。彼が救いようのない悪党だと言っても、こんな姿になるのはむごすぎる。
「青い鳥、彼女を安全な場所に連れて行け」
「分かりました。貴方はどうするつもりですか?」
「決まっているだろ。あの化け物を流石に断罪天使一人相手するのはしんどいだろう。俺も加勢する。ああ言った化け物相手は断罪天使より俺の方が適任だろ?」
何たって、俺には切り札がいるんだから。
「……貴方と言う人は死にそうな怪我をしていると言うのに、そこでケルベロスを出すつもりですか?」
青い鳥は呆れている様子を見せているが、止めるつもりはないらしい。
「彼女がここまで真実を受け入れました。それなら、私が彼女に幸せを運んであげるつもりです」
「そうかい。なら、早く彼女を安全な場所において来い」
お前がまた奇跡を起こしてくれると信じているから。
俺がそう言うと、こいつは彼女を抱いて、安全な場所に移動する。
「では、やるか」
教皇だったモノは人間だった頃の面影はなく、とても禍々しいほどの姿で咆哮を上げ、建物を壊していく。
彼は許されない人間である。だが、彼をこのまま死なせるわけにもいかない。今までやったことを償わせなければならない。
そう、無念にも死んで行ってしまった人達の為にも。
俺は魔法を展開させ、相棒を呼び出す。相手は理性をぶっ飛ばしているとは言え、魔法陣破棄は使ってくるだろう。俺は断罪天使のような反則技は使えない。だが、一つだけ反則技を行使できる裏ワザがある。
化け物相手なら、尚更のとっておきの。俺は空間魔法で地上に姿を現し、空中にいる断罪天使に、
「ケルベロスを呼び出す。その間、時間稼ぎをしてくれ」
「………分かった」
そう言うと、彼は黒い化け物に攻撃を与えるが、全く効いていないようで、化け物はお返しと言わんばかりに魔法を展開させる。
このままでは町が全滅してしまう。町外れに移動するつもりがある。
「出ろ!!俺の魔犬」
ケルベロスが姿を現す。久々の登場だ。大いに暴れてくれ。
「アレがお前の獲物だ」
俺がそう黒い物体を指すと、ケルベロスは咆哮を上げ、教皇だったモノに襲いかかり、町はずれへと誘導する。
ケルベロスは教皇だったモノと拮抗した勝負を繰り広げている。遠くに行ったら、ケルベロスに指示が行きにくいかと思えば、そうでもなく、言ってみれば、ケルベロスはもう一人の俺と言っても過言ではなく、俺とケルベロスの意識は共有されている。その為、ケルベロスが見ているものは、遠くにいても俺も視ることができる。
その代わり、ケルベロスが負った傷は俺にも返ってくる。黒龍さんの言う通り、この魔法はハイリターンハイリスクの魔法である。
だが、俺はケルベロスに頼らなければ、化け物と互角に戦うことが出来ない。だから、それに賭けるしかないのだ。
断罪天使がケルベロスの援護をしてくれるので、まだ攻撃を受けていない。だが、こちらの攻撃も通っていない。
一発でも攻撃を今の俺が受ければ、意識は飛ぶだろうし、いたずらに時間がかかったら、俺の魔力が尽きる。
できることなら、早くケリを着けたいが、中々攻撃が決まらない。
このままでは八方塞がりだ。そんな時、教皇だったモノが魔法陣を展開させる。何だ?この大きな魔法陣は?
この大きな魔法陣が発動すれば、間違いなくこの街は滅びる。
「ケルベロス、止めろ!!」
俺はそう叫び、ケルベロスは教皇だったモノに飛びつくが、魔法陣が発動し、炎の渦がこちらに向かって、襲ってくる。断罪天使がとっさに町全体に防御壁を展開してくれた為、どうにか防ぐことが出来た。
だが、その攻撃の余波で強い風が吹き荒れる。俺は大剣を地面に突き刺し、とうにかやり過ごしたが、近くの建物の瓦礫が下に落下する。その下を見てみると、彼女を抱いた青い鳥がいた。
「青い鳥、逃げろ!!」
一方、青い鳥もその瓦礫に気付いたようだが、彼女を抱いた状態ではどうにもならないようである。
魔法で助けたいのは山々だが、ケルベロスが教皇だったモノと戦っている為、放すわけにもいかない。青い鳥達を助ける方法はないのか?考えろ、俺。必死に考えだそうとするが、中々思いつかない。その間にも、瓦礫が青い鳥達を襲う。
すると、断罪天使がいち早く気づき、急降下し、青い鳥達を守る為に防壁を張る。俺はホッと一安心するが、断罪天使の様子がおかしい。
その魔法を使った直後、身体に攻撃を食らったわけでもないのに、しゃがみ込んでしまった。
そして、追い打ちを掛けるかのように、教皇だったモノは第二撃を撃つために、魔法陣を展開する。ケルベロスで止めようとするが、教皇だったモノの攻撃を受けてしまい、吹き飛ばされてしまう。
「………うう」
俺は意識が飛びそうになりながらも、気力で踏ん張る。とは言え、これでは間に合わない。
教皇だったモノが魔法を展開させ、再び炎の渦が町を襲う。だが、町全体に膜覆われているかのように、炎の渦から守られる。
断罪天使はあんな状態なので、そんなことができるはずがない。誰がこんなことを……。
「………貴方達は本当に困った人たちですね。自分勝手に突っ込むと、こうなると予想できなかったのですか?」
今日はピンクの髪で決めている青年が姿を現す。この話し方に、あの魔法。間違いなく、彼の仕業に違いない。
「………助けに来たのなら、早く助けてくれ」
あのまま喰らっていたら、ヴェスタの街が地図上から抹消されるところだった。勿論、俺達の存在も。
「お兄さんとしては、黒犬君や青い鳥ちゃんがくたばるのなら、それだけの力しか持たない貴方達が悪いのですが、これは予想外の展開ですし、貴方達を見殺しにすると、 ちゃんにお兄さんが殺されますから」
鏡の中の支配者はやれやれと言ってくる。赤犬さんなら、それくらいのことはやりかねない。あの人はあれで、俺達のことを大切にしてくれているから。
「これはどう考えても、あんたらの後始末だろうが。あんたらが教皇の悪事を見抜ければ、こんなことにはならなかったと思うが?」
「それを言われると、反論できませんね。まさか、お兄さんも教皇があんなことをしでかし、そして、あんな化け物になるとは思いませんでしたからね。化け物になった件については自業自得かもしれませんが。まあ、今回はこう言ったシチュエーションにピッタリな助っ人をご用意したので、それでお許しを」
彼がそう言うと、何処からか銀色の巨大狼が現れ、教皇だったモノに噛みつく。ケルベロスの戦友と言っても過言ではない銀色狼。その正体は箱入り息子っぷりを披露してくれたあのカニスである。
だが、今日は満月の日ではない。どうやら、満月ではなくても、銀色狼に変身できるようになったらしい。青い鳥にこのことを知られた以上、銀色狼に変身するようせがまれるとは思うが。
彼以上の心強い助っ人はいないが、風精である彼を投入して大丈夫なのか?
「今回は特例ですね。本当なら、再生人形を投入するところですが、さすがの彼女もあのサイズの化け物を人々を守りながらは無理ですからね。ちゃんとセラさんと上層部からは了承を取っています。お兄さんはカニス君に万が一のことがないための護衛です。もしカニス君でもダメだったら、カニス君連れて撤退するように言われていますしね」
教会にとってはこの都市の人々の命より、カニスの命の方が重要なのだろう。教会の判断は納得できないが、カニスに無理をさせたくない。早くにけりをつけたいが、二匹がかりで戦っていると言うのに、あの化け物は止まらない。
「………鏡の中の支配者、彼女をお願いします」
青い鳥はそう言って、彼女を鏡の中の支配者に渡す。
「おっと。何をするんですか?ん……彼女は?」
鏡の中の支配者は彼女のことを知っているようで、そんなことを言ってくる。
「断罪天使の想い人です。大切に扱ってください」
青い鳥はそれだけ言うと、俺に近づいてくる。
「……どうやら、私の力が必要のようです」
「そう思うのなら、早く魔法陣に手をおけ!!」
早くしないと、俺の魔力が尽きてしまう。すると、青い鳥は魔法陣に手を置く。すると、魔法陣は姿を変え、そして、ケルベロスも光の中に包まれ、蘇る。
俺達のブルーバード。俺達に、彼らに、幸せを運んでくれ!!
ブルーバードは空高く舞い、そして、青い炎を身に纏い、教皇だったモノに向かって、急降下する。
そして、直撃した後、青い光が視界を奪い、俺の気力もここまでのようで、その場で意識を失った。
とんでもない目に遭ったが、俺達の初めてのヴェスタ祭は忘れることができない一日となった。
思うところがあり、プロローグとⅠの一部編集しました