Ⅴ
今日はヴェスタ祭初日。私が外に出ることを許される数少ない日でもある。
私は人前で舞う。ヴェスタの女神に、また一年、平和が続くように、と。そして、
―サーラの舞はとても綺麗だな―
私のことを褒めてくれた唯一の人物である彼に、感謝の気持ちが届くように………。
彼はもう私に笑いかけてくれない。話かけてくれない。姿を現してくれない。
そう、私が彼を殺した。だから、彼はもう私の前に姿を現してくれない。貴方に貰ってばかりで、何も恩を返せず、殺してしまった。
だけど、貴方が好きだったこの舞いだけは天にいるだろう彼に届いて欲しい。
恨んでもいい。憎んでもいい。それでも、私は貴方への感謝の気持ちを込めて舞をする。
それが貴方のことを助けられなかった私が出来る償いだから………。
そんな時、広場がざわつき始めた。私は広場を見ると、フードを被った人物が姿を現し、こちらに向かってくる。
私を警護していた神父や軍の人達がその乱入者を取り押さえようとするが、その乱入者は彼らをあしらいながら、こちらにやってくる。
ストンと舞台に姿を現す乱入者。その人物は一歩、一歩と近づいてくる。その乱入者が何の目的にやって来たのか分からなかった。私は怖さに足が竦んでしまい、動くことが出来なかった。
私の護衛の人達が私の前に立ち、その乱入者と対峙する。その瞬間、フードの隙間から金色の髪と金色の瞳が見えた。
その時、私ははっとした。私が最後に見た時より大人びた顔つきだけど、見間違えることなどしない。その乱入者は……。
「………前よりも綺麗になったな」
その乱入者はそれだけ言うと、姿を消してしまった。すると、私を心配した世話役のシスター達が私の近くに駆け寄ってきて、軍や神父さん達がその乱入者を探し出そうとする。
声変わりしたようで、最後に聞いた時より低くなっていた。
無意識に、私が涙をこぼすと、シスターは怖い想いをしたからと勘違いし、舞台から私を降りさせる。
だけど、この涙は恐怖からによるものではなく、安堵。
貴方は死んでいなかった。今まで生きていた。私はそれだけで良かった。
***
「どうやら、断罪天使は上手くやっているようです」
断罪天使が騒ぎを起こしている間、俺達は修道服に身を包み、教会に向かっていた(どうやって、修道服を調達したのかは分からない。これぞ、まさしく青い鳥マジック)。
死んでいるはずの彼捜しに血眼になっている為、教会は手薄になっているはずである。俺達はその隙を突いて、教会に侵入を試みている。
断罪天使が神父や軍に簡単に捕まるはずがないので、そこら辺は心配していない。執行者とは敵対してばかりで、苦しめられていたが、味方になってくれると、これ以上心強いものはない。敵対したくなければ、お兄さん達の味方になりますか?と、とある外道&鬼畜の自称・お兄さん(年齢的にはもう少しでおじさん)の姿が浮かぶが、それだけはお断りである。俺はああ言った仕事に適さない。と言うか、人様の為に自分が血を被るような行為は流石にできない。
彼のお陰で、すんなりと教会の中へと侵入できた俺達はサーラ輝石が保管されている宝庫に向かう。
なるべく、教会の人達には会わないように、もし会っても不自然にならないように行動する。
「……おかしいです。教会の全てのところから魔力が充満しています」
青い鳥は突然立ち止まり、怪訝そうな様子でそう言ってくる。サーラ輝石は魔力を寄せ付けない性質を持つ。もしサーラ輝石が保管されているのなら、魔力を感じない場所があるはずである。それなのに、青い鳥の眼では魔力を感じない場所が見当たらないようである。
これはどういうことだ?
「ですが、こっちの方から濃い魔力が漏れ出しています。かなり密度が高い魔力です」
どうしますか、とこいつは訊いてくる。魔力を感じない場所が視えない代わりに、魔力が集中する場所がある。これは雲行きが怪しくなった。
「………念の為に、感知魔法を使ってみるか」
俺は魔法陣を展開して、青い鳥が指した場所を中心にサーチをかけていく。すると、歪な魔力を感知する。これは魔力と思うが、魔力にしては異様な感じがする。パレットにたくさんの色を無理矢理混ぜ合わせたようなものである。どうしたら、あんな魔力が出来るのだろうか?俺はその先にもサーチを広げるが、感知魔法を解いてもいないのに、途中でその魔法が解けてしまった。
この現象を考えると、その先にサーラ輝石があると言ってもいい。だが、俺が感じたあの魔力は一体何なのだろうか?
あの先にはサーラ輝石の防壁みたいなものがあると言ってもいい。だが、そのサーラ輝石の防壁から漏れだすとはどれほどの魔力があそこで燻っていると言うのだろうか?
嫌な予感がする。ここで、俺達が予想もしない出来事が起きている。これは俺達が処理できる容量を超えている。ここから脱出して、断罪天使に伝えて、執行者の応援を呼んだほうがいいかもしれない。
「……青い鳥、退くぞ。ここはやばい。俺達二人でどうにかなるレベルではない」
本当は先にあるものを見た方がいいかもしれないが、これだけの情報を得られれば、執行者も動くことができるはずだ。これ以上、俺達が突っ込むことではない。だが、
「………お前達、ここで何をしている?」
見覚えのある神父が姿を見せる。確か、教皇の近くにいた神父である。不味い。彼には俺達の姿を見られている。
「ここは立ち入り禁止だ。何処かで見たことのある……お前達は!!」
気づかれた!!このままでは応援を呼ばれてしまう。神父は応援を呼ぼうとした瞬間、青い鳥が神父の腹に蹴りを入れ、気絶させる。だが、教会に残っていた神父に騒ぎを嗅ぎつけられたようで、入口の方から足音が聴こえてくる。
このままでは不味い。
「………どうしますか?」
青い鳥は切羽詰まった様子で尋ねてくる。このまま二人で逃げ切るのは不可能だ。なら、一人を逃がして、断罪天使を呼びに行き、その間、その一人が応援を呼ぶ。それが最善の策だ。青い鳥なら、もうその策に辿り着いている。だが、それを言い出さないのは誰を囮役にするか、だ。
普通なら、青い鳥が囮役を引き受けるだろう。だが、逃げているだろう断罪天使と合流するのは至難の業だ。残念ながら、俺は断罪天使を探し出すことができても、時間がかかってしまう。逆に、青い鳥にはあの眼がある。俺よりも早く合流できるだろう。そして、相手は俺のことを重要視し、青い鳥のことに気付いていないはずである。俺が囮をした方が効率いい。
「俺が囮役をする。お前は断罪天使と合流して、このことを知らせてくれ」
「………ですが」
青い鳥は引き下がらない。青い鳥の心配も分かる。ここから先は未知の領域だ。俺一人で行動するのは危険だと思っているのだろう。それは青い鳥が囮役をしても同じだ。
「お前のことを信じている」
俺はいつもお前のことを信頼している。どんな無茶な難題でも、こいつを信じてきたから、ここまで生きてこられた。
「だから、今回も幸せと奇跡を起こしてくれ」
何処にいようと、俺達は一緒だ。俺がそう言うと、青い鳥は折れたようで、
「………貴方は本当に救いようのないお人好しで、どうしようもないほど馬鹿です。分かりました。私が断罪天使を呼びに行くまで死なないで下さい」
「お前もな」
俺がそう言うと、青い鳥は窓を破って、外へと脱出する。
「お前、何をしている!!」
すると、神父たちが俺の姿を見つける。青い鳥が戻ってくるまで時間を稼がなければならない。とは言え、俺は攻撃に特化した魔法使いではないので、一人で行動する為に適する魔法を持っていない。なら、俺に出来ることをするまでだ。
俺は魔法陣を展開し、大型の犬を召喚する。
「行け!!」
俺がそう師事すると、その犬は僧兵達を撹乱させる。その間に、俺は奥へと逃げる。この先に何があるか分からない。だが、あそこにいても意味がない。なら、逃げるついでに、あそこの正体を確認できるところまで行こうと思う。今は一時撤退が使えないのだから。
俺は奥へと進むと、一つの扉を発見する。そこへと入ろうとすると、封印魔法でロックされているのか、開かない。ますます怪しい。俺は大剣で手を少し切り、無理矢理ぶち壊す。最近、俺はいろいろなものを壊してばかりのような気がする。棺桶を壊し、扉を壊し、鏡の中の支配者と黒龍さんの骨を折り……。
前者の二つはとにかく、後者の二人は頑丈なので、問題ないし、青い鳥のように古代文明の叡智とも言える貴重なものを壊していない。この扉だって、青い鳥が壊した封印の鎖やレイモンドさんの家にあった儀式用の剣よりは高くないはずだ。高いはずがない。
俺は中へと侵入すると、この部屋は教皇の執務室のようで、いろいろな書類が置いてある。周りを見回すが、サーラ輝石らしきものは何処にもない。確かに、ここら辺から歪な魔力を感じた。俺は再度、感知魔法を使うと、本棚の方から魔力を感じる。
「……隠し扉って奴か」
手の込んだことをしてくれる。教皇は俺が思っている以上に悪党らしい。ここで、情報収集をするのもいいが……。
『侵入者は教皇の部屋に侵入した。包囲しろ』
そんな声が聴こえてくる。どうやら、俺の召喚獣も訓練されている僧兵相手に撹乱し続けることは不可能だったらしい。
一か八かで、奥へと進むしかない。とは言え、一応、ここに罠を仕掛けておくか。俺はこの部屋に魔法を展開してから、魔力が漏れ出している本棚をぶち壊して、奥へと進む。
すると、僧兵達が部屋に入ってきたようで、悲鳴が聴こえてくる。どうやら、成功したらしい。とは言え、この仕掛けは俺が尊敬する師匠である赤犬さんには秘密にしなければならないものではあるが。
なんたって、この罠は赤犬さんが大っ嫌いな魔法を組み合わせたものだから。
俺はその奥へと進むと、とある部屋に辿り着く。
かなり広大なスペースがある。何かを囲うように透明な壁が覆っている。俺は魔法を展開して、火の玉をぶつけると、相殺されたかのように消えていく。
どうやら、これがサーラ輝石のようである。そして、この中に歪な魔力を発している何かがある。
壁を壊して中に入れないのなら、地面に穴を開けて、入ればいい。
俺はサーラ輝石の効力を考え、穴を空ける。そして、感知魔法を用いて、中へ侵入できる角度を調べ、中に通じる入り口を作る。
俺が中へと入ると、そこには台座の上に紅い石が鎮座していた。どうやら、この石がいびつな魔力の源のようである。
その石はただの綺麗な石にも見える。だが、その石をただの石とは思えなかった。
生きているかのようにキラキラと輝きを放っている。
恐る恐る石に触れると、ドクン、ドクンと鼓動が聴こえる。
何だ、これは?一体、この石に何が起きている?これではまるで………、
「生きているようだ、と思いませんか?黒犬様」
俺の心を代弁するような声が聴こえて、俺は後ろを振り向くと、いるはずがない教皇がそこに立っていた。
「なんで、貴方が……」
「驚きましたか?この部屋に何者かが侵入したら、知らせが入るようになっているのですよ。とは言え、私の方が驚きました。貴方が来た時、サーラ輝石以外に何か目的があると思っていましたが……、まさか、コレが目的だとは思いませんでしたよ」
これは国には知られていないと思っていたのですが、と彼は言う。
「……何のことだ?」
俺はサーラ輝石の為にここに来た。どちらかと言うと、これは予想外のおまけイベントみたいなものだ。とは言え、おまけイベントがここまでシリアスなものだったとは思わなかったが。
俺はとにかく、青い鳥はギャグ専門キャラだし、悲劇のヒロインよりは喜劇のヒロインだ。少しのシリアスは許されても、かなり重いシリアスイベントが用意するべきではない。
俺達は少しのシリアスに、ファンサービス旺盛のコメディくらいしか提供できないので、シリアス部分は他に任せたい。今、そんなことを言っていられる場合ではないが。
「どうやら、これのことは知らなかったと言う感じですね。これは失言でしたか。まあ、いいでしょう。どうせ、貴方はここで死んでもらうのですから」
その言葉に、ゾクッと悪寒が走った。その瞬間、教皇から魔法が展開され、氷の矢が俺目がけて、襲ってくる。俺は間一髪で避けると、その氷の矢はサーラ輝石の防壁に直撃した瞬間、消えてなくなる。
まさか、教皇が魔法を扱えるとは思わなかったので、油断していた。この男は一体何者だ?
「驚きましたか?私のような者が魔法を使えるとは思わなかったようですね。とは言え、貴方のように才能が溢れていたわけではないので、志半ばで断念せざるをえませんでしたが……」
彼はそう言い、紅い石を手に入れて、
「これさえあれば、凄腕の魔法使いである貴方にだろうと、最強の魔法使いである黒龍にだろうと、遅れはとらないはずです」
そう、あの執行者だろうと、と彼は不敵な笑みを浮かべる。
彼が執行者を知っている?コンビクトのシステムは勿論、執行者は一部の上層部しか知らない話である。まあ、俺たちみたいな例外はいるが、例え、この教会のトップだろうと、彼らは裏の住人なので、表の住人が知るはずがない。
一体、この男は何処まで知っている?
「お喋りはここまでにしましょうか。貴方の幸せを呼ぶ鳥がここに戻ってこられても、困りますから」
そう言って、彼は先ほどとは違い、魔法陣を展開させずに、魔法を出現させ、俺に向かって火の玉が襲う。危機一髪で避けきることができた。
だが、魔法陣がなければ、魔法が出るはずがない。この男は魔法陣をタイムラグなしで出現させたのだ。そんな馬鹿な。俺はそんな芸当ができる奴を見たことがない。
最強の魔法使いと謳われている黒龍さんだって、タイムラグなしで展開させるなどできるはずがない。
一体、どんなからくりを使っている。
冷や汗が額を伝って落ちる。このままではやばいな。青い鳥が来るまで、俺の身体が持つか、微妙だ。
だが、待つしかない。いや、それまで、俺は逃げ切るしかない。
そう、青い鳥が幸せと奇跡を持ってくることを祈って……。
俺が出来るのはそれくらいなものだから。