Ⅳ
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私はヴェスタの女神に身を捧げるヴェスタの巫女として育ってきた。その為、幼い頃から、私の周りには大人しかいなくて、友達などいるはずがなかった。
町の子供達には友達がいるのに、何故、私にはいないのだろうか?そんな寂しさを覚えたものである。
教皇である父はそんな私を可哀想に思ったのか、それとも、その繋がりを利用としたのか、町の有力な貴族の子供と遊ぶことがあったが、それは上っ面だけの関係だった。
心から信頼し、心から笑い合える友達が欲しかった。そんな時だった。彼が屋敷に侵入してきたのは……。
最初、彼は私を見た途端、逃げ出してしまったが、それ以降、毎日、私の屋敷に忍び込んだ。その度に、いろいろな話をしてくれた。
自分の家族のこと。
友達のこと。
今日会った出来事のこと。
全てが私にとって新鮮で、とても楽しかった。彼は私にとって大切な友達になるのに、そう時間がかからなかった。
そんなある日、私は屋敷の中を歩いていると、何処から話声が聴こえて来た。
『―――あの実験にはたくさんの人が必要ですよお。何処を使うのですかあ?』
初めて聞く声である。とは言え、実験?何のことを言っているのだろうか?私は聞く耳を立てると、
『なら、あそこはどうですか?サーラ山脈のふもとに鉱山町があります。あそこにいる人間なら、十分でしょう。あそこの子供には程々に困っているんです』
何たって、娘に不必要な情報を与えるのですから、と父の声が聴こえて来た。娘とは私のこと?そして、あそこの子供とは彼のこと?
『そうですかあ。貴方がそう言うのなら、そうしましょお』
では、私はこれでえ、とその人が部屋から出ていこうとしたので、私は急いで物陰に隠れた。
あの時、私が彼らの真意に気付くことが出来れば、あんなことが起きずに済んだのだろうか?
もし私が彼と出会うことがなければ、彼が死ぬことはなかったのではないだろうか?
***
今日は準備の為に、断罪天使のところに泊まることになった。
この部屋にはベッドが一つしかないので、残り二人ソファーと地べたに寝なければならない。
彼は地べたに慣れているから、俺達がベッドとソファーを使うように言って来た。青い鳥は遠慮と言うものを知らないので、ソファーで寝た。遠慮していないなら、ベッドで寝ればいいと思うが、こいつにはベッドにトラウマがあるので(厳密に言えば、ベッドの上で起きた出来事)、ベッドでは寝ることができないそうだ。
長時間睡眠者である青い鳥はソファーに横になると、すぐ寝てしまった(恐らく、超朝型人間になってしまったことも原因の一つ)。
「………断罪天使、一つ訊いていいか?」
俺は毛布を掛け、地べたに寝転んでいる断罪天使に話しかける。
「………何だ?」
彼は起きていたようで、視線をこちらに向ける。
「あんたが持っているサーラ輝石はあれだけなのか?」
「………そうだ。ここは所有権があるわけではないからな。納入する為に、この倉庫に置いてあったに過ぎない。本来はこれらのものを教会に納めるべきなのかもしれないが、俺が納めに行くわけにもいかないだろう」
彼はそう言い返してくる。事実上、彼は数年前の盗賊団の襲撃で殺されたことになっているので、当たり前である。
「………なあ、できればいいんだが、それを俺に譲ってくれないか?」
代金は払うから、と俺が真剣な眼差しで言うと、彼は目を見開く。
「………確かに、ここに置いておいても、使い道がないが、何に使うつもりだ?」
使い道が不明なものに渡すわけにはいかない、と彼は言う。確かに、サーラ輝石は使い方次第で強力な武器にもなる。頂戴と言って、簡単に貰えるものでもないのは分かっている。だけど……。
「………青い鳥の目が魔力以外視えないのは知っているか?」
「………ああ。鏡の中の支配者達に聞いた。それを聞いた時には驚いたが」
彼は複雑そうな表情を浮かべる。普通に振舞っていた少女が実は何も見えていなかったと言われても、中々信じることができないだろう。俺も黒龍さんに言われた時、信じることが出来なかった。
こいつは俺の顔は勿論、今まで出会ってきた人達の顔を知らない。今まで出会ってきた景色も分からない。
俺達が普通に見えているものをこいつの目がどんな風に視えているのかは分からない。だからこそ、俺はあいつに自分自身の目で俺達が住んでいる世界を見せてやりたい。
「一週間後、あいつの誕生日なんだ。その時に、俺はあいつにこの世界を見せてやりたい」
あいつの目が魔力しか映らない原因は分かっている。あいつの身体から特殊な魔力の波動が出ている所為である。特に、あいつは手と目に影響がでているようである。
だからこそ、あいつは魔力あるものの波長を変えることが出来た。
だからこそ、あいつは魔力を視ることが出来た。
これらの所為で、あいつは魔法が使うことが出来なく、この世界を見ることができない。
なら、その魔力の波動を目の部分だけ取り除いてやればいい。
そこで、俺は魔力の波動を打ち消すことができるものはないか、と赤犬さんや黒龍さんに相談した。すると、黒龍さんがサーラ輝石のなら、できるかもしれない、と教えてくれた。あれは魔力を通さない成分があり、範囲5センチ以内なら、魔法を打ち消すことができるそうだから。
この輝石なら、あいつの特殊な魔力の波動も打ち消してくれるのではないか?そう思い、サーラ輝石の産地であるヴェスタにやってきた。計画はずれてしまったけど、青い鳥が輝石に触って、大丈夫だったことが判明したのは俺にとって大きな一歩である。これを加工して、眼鏡にでもすれば、俺の目論見は成功する。
俺はあいつに助けられてばかりだから、少しばかり力になりたい。
何よりも、あいつの喜ぶ顔が見たい。
「………そうか。だったら、これを渡さない理由はない」
青い鳥が悪用することはないだろうからな、と彼は言う。
「それじゃあ……」
「ああ、それを譲ってやる。代金もいらない。どうせ、ここにずっと置いてあるのだから、それなら、必要とする奴が使うべきだろう。ただし、それを渡すには条件がある」
「条件?」
条件だろうと、何だろうと、これを譲ってくれるなら、何でもする。まあ、俺に出来る範囲ならだが。
「そんな難しいことではない。これは条件と言うよりも、お願いと言った方がいいかもしれない」
彼はそんな前書きを入れ、その条件を口にする。
翌日、俺が起きると、青い鳥はソファーにいなかった。断罪天使と言うと、まだ夢の世界の仲である。昨日は夜遅くまで付き合わせてしまったので、寝ていてもおかしくはない。それにしても、あいつは何処に行ったのだろうか、と思い、小屋を出ると、お墓の前にあいつはいた。
「………青い鳥、そんなところにいたのか?」
俺が墓の前に行くと、
「………彼らはどうして殺されなければならなかったのだと思いますか?」
青い鳥は墓石をみたまま、呟く。
「どんな人間にも殺されなければならなかった理由なんてねえよ」
命あるもの、いつか死ぬ。だけど、人には人の命を奪う権利などない。それも、何の罪ない人たちなら、尚更だ。
と言っても、死んだ人は生き返らない。それは世界の摂理だ。人の命は儚いからこそ、輝ける。終わりのない人生など、ただの絶望しかないのだ。そう、あいつの友人である再生人形は絶望の中生きてきたと言ってもいいだろう。彼女の絶望は計り知れない。
だからこそ、彼女は人の命を奪うことに躊躇いがあった。彼女ほど、人の大切さを知る者はいないから。
俺達はこの命が続く限り、一生懸命生きなければならない。そして、最後が来た時、笑って逝こう。それが最高の終わり方だと思うから。
「………そう言えば、ヴェスタ祭は今日から三日間だったな」
この時期にヴェスタに来たのだから、こいつはヴェスタ祭を楽しみたかったに違いないだろう。話によると、今日の夜行われる迎えの儀と明後日の夜に行われる送りの儀のヴェスタの巫女による舞が一番の注目らしい。できることなら、それを見てみたいものだが、その時が一番教会の警備が手薄になっていることだろう。
その時、狙わない手はない。
「迎えの儀の舞が見ることができないのは残念だな」
「サーラさんの舞がみたいのなら、送りの儀の時見ればいいことです。その時は二人で見ればいいのです」
こいつはそんなことを言ってくる。
俺達は戦いに行くのではない。教会で何が起きているのか、もしくは、起きようとしているのか、確かめに行くのだ。
もし何もなければ、それでいい。もし何かあれば、その時は執行者が本格的に動き出すだろう。
だから、今回、頑張る主役は俺たちではない。そう、真の主役がいるとしたら、彼だろう。それはあの話を聞いたら、余計に。
「………そろそろ、断罪天使を起こして、遅い朝食を食べるか」
食材は彼がここに来る前に買ってきたようで、結構あった。と言っても、彼は自分用を一週間分ほどの量しか買ってきてないと思うので、予想外の来客の所為で、彼が滞在する間は持たないかもしれない。その時は足らない分を買ってあげるべきだろう。
「私は昼食です。朝食は冷蔵庫から材料を拝借して作って、食べました」
「……お前には俺達の分を作ってあげようと言う優しさはないんだな」
俺はとにかく、宿を提供してくれた断罪天使の分は作ってやるべきだと思うが。
「それは甘い考えです。働くべきもの、食うべきからず、です」
「それは酷い考えの間違いだと思うぞ。それを言ったら、お前が食べてはいけないことになるからな」
この材料はすべて、断罪天使が稼いで買ったものなんだからな。
「ムウ。とにかく、お腹がすきました。早くご飯にします」
「相変わらず切り替え早いな」
こいつは何を言っても聞かないので、放っておくしかない。
俺達は断罪天使が寝ているだろう小屋に戻る。
俺は願う。彼の望みが叶うことを。
俺は願う。あいつに幸せが来ることを。