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「レディル様、ようこそいらっしゃいました」

 笑顔を浮かべて、貴族の男性を出迎える教皇である父。私はそんな彼について、愛想笑いを浮かべる。

 あれから数年がたつ。あの頃、私に笑顔を向けてくれた彼はいない。その頃から、私は心から笑えなくなってしまった。あの時は数人いた候補者がいつの間にか姿を消しており、私がヴェスタの巫女となっていた。恐らく、彼が手回しをしたのだろう。恐らく、あの事件も。だが、その証拠は何もない。怪しいというだけでは国も、教会も重い腰をあげてくれない。

 私はただ彼の操り人形として哀れに踊ることしかできないでいる。


***

「―――そういや、断罪天使エクソシア

 俺はこいつが持ってきたお菓子を頬張りながら、断罪天使エクソシアの方を見る。

「どうして、ヴェスタに行くんだ?任務かなんかか?」

 断罪天使エクソシアのプライベートについては全く知らないが、彼の性格上、用もなく出歩くことはないだろう。

「………任務ではない。里帰りみたいなものだ。正確に言えば、ヴェスタを経由するすると言った話だ」

 断罪天使エクソシアは短く答える。里帰り?確か、彼の故郷は壊滅したと言う話ではなかったか?もしかして、彼は両親や友人の墓参りに来たのではないだろうか?

「そうなんですか?それなら、両親が心配しないように、顔を見せに行くのは必要なことです」

 こいつは次々とお菓子の袋を開けて、そんなことを言ってくる。

「……なら、青い鳥さん。故郷へ行って、両親に会いに行きますか?」

 以前、こいつの故郷に行ったが、いろいろな事情があって、こいつの両親に会うことはできなかった。その論理でいけば、こいつは8年の間、両親に会っていないのだから、両親はとても心配していることになる。

「………遠慮します。私の家族は一般方式から外れていますので、それには当てはまらないと思います」

 こいつはそう返してくる。確かに、その通りかもしれない。あいつの両親、いや、コンビクトの住人に、その方式を当てはめるのは無理がある。それを言ってしまえば、断罪天使エクソシアも当てはまることだが、彼の場合は孤児だったわけではない。その為、当てはまらないのかもしれないが。

「………お前らがヴェスタに行くのは青い鳥の思いつきか?」

 断罪天使エクソシアは俺達を見てくる。

「……いつも、私が彼を巻き込んでいるように聞こえます」

「………その通りじゃねえか」

 何処か遠出する時はいつも決まって、青い鳥が言いだしっぺである。ただし、この前、鏡の中の支配者(スローネ)に誘拐されたような例外もあるが。

「貴方は酷いことを言います。もしそれが本当だと認めましても、今回は彼が発案者です」

「正確に言えば、俺が一人で旅行をしようとしたところ、お前が付いて行こうとしただけだろうが」

 こいつが俺のことを見送ってくれたら、予定通りに一人旅を堪能できたかもしれない。そうだとしても、断罪天使エクソシアとの遭遇エンカウントは避けて通れないことかもしれないが。

「………黒犬が旅行?インドア派だと思ったが?」

 彼は不思議そうな表情をこちらに向ける。確かに、家で本を読んだりして、魔法を開発に勤しんでいる方が好きなのは事実である。

「それは私としても嬉しいことではありますが、近々、私の誕生日です。そんな日に、一人で出かけるとは酷いと思いました。サプライズで、私に旅行をプレゼントしてくれると期待していたのですが」

 こいつはそんなことを言ってくる。こいつは俺が誕生日を忘れて、何処か一人で遊びに行こうとしていると思ったわけだ。そう言うことなら、納得はできるが、そうでなくても、こいつは俺が一人で旅行に行こうとしたら、付いてきそうな気がするが。

「………」

 彼は俺に一瞥して、

「………お前らが何しに行くのかは知らないが、この時期はヴェスタ祭があるから、観光客でごった返すぞ」

「うげ。まじかよ」

 確かに、ヴェスタ祭が近いと言うことは先ほど青い鳥から聞いていたが、そこまで込むとは知らなかった。

「………ヴェスタ祭はこの国の三大祭りの一つだ。しかも、人前には出てこないヴェスタの巫女が姿を現す日でもあるからな」

「………へえ」

 俺がヴェスタにやってきた目的は他にあるが、ヴェスタ祭にしか現れないヴェスタの巫女を見てみるのも悪くはないかもしれない。とは言え、俺の目的など知る由もない青い鳥はそのつもりで付いて来たのだとは思うが。

「そういや、ヴェスタの巫女って、神子は同じじゃないのか?」

 青い鳥の話からすると、ヴェスタの由来は数百年前の神子、炎精という話だ。ヴェスタの巫女と神子は同じようなものに思えるのだが。

「………前に話したように、神子は“世界からの贈り物”。器を持った精霊という話はしたな?ヴェスタの巫女は役職みたいなものだ。炎の魔法を扱えることが条件だったはずだ。巫女は代々女性だ。今の炎精がなれるはずがない」

 そうか、そうか。ヴェスタの巫女は役職か。恐らく、名誉職なのだろう。神子とは別物と。なるほどなって、ちょっと待て。

「炎精って、今実在するのか?」

 風精カニスがいるのだから、炎精がいてもおかしくない。しかも、断罪天使エクソシアの口ぶりだと、男性。カニスからそんな話聞いたことがない。もし教会にいるのだったら、カニスとは会っていそうなんだが。それとも、そういう話はタブーなのか?

「………俺はあったことはないが、教会側は認知している。風精はあったことがなくても当然だろう。話によると、炎精は城で保護しているという話だからな」

 ちょっと待て、炎精は城にいるって。俺、1か月城勤めしたが、そんな存在いなかった。炎精さんだから、城が厳重に保護しているから、会えなかったのかもしれないが。

「………あれは城で保護しているというのですか?保護しているようには見えなかったのですが」

 青い鳥は珍しく苦言を呈している。ちょっと待て。お前あったことがあるのか?

「貴方も会ったことはあると思います。もしかしたら、カニスもあっている可能性もあるかもしれませんが」

 ちょっと待て。その炎精さん、自由に動き回っていいのか?

「私に言われても困ります。教会が認知しているところを見ると、ありなのでしょう」

 曖昧な答えを貰った。青い鳥にここまで言われる炎精さんは何者なんだ?


 数時間が経つと、ヴェスタに着いた。当初のプランではこの近辺で、例の物を調達する予定だった。

 とは言え、青い鳥が何処まで俺の計画を看破しているのか分からないが、ヴェスタ山脈を登ると言ったら、感づかれる可能性は高い。どうやって、青い鳥を撒けばいいだろうか?

「………ヴェスタには質のいい鉱石が発掘される山が多い。ヴェスタの工芸品も有名だから見ておくといい。あとの見どころは教会くらいだろう」

 まあ、コンビクトほどではないが、かなり立派な造りではある、と断罪天使エクソシアは説明してくれる。

「あそこの教会が異常すぎるようにも思えるがな」

 一度、青い鳥の里帰りで、コンビクトの教会に行ったが、あそこほど立派な教会は見たことがない。おそらく、コンビクトが教会の総本山なのかもしれないが、それでも、立派すぎるのは変わらない。

「………俺は故郷に向かうから、ここでお別れだ。少なくともヴェスタ祭が終わるまでは故郷に滞在するつもりだが、出来ることなら、またお前達とは鉢合わせしたくないものだ」

 断罪天使エクソシアはそう言って、人混みの中へと消えた。彼は人混みや騒がしいところが好きではなさそうなので、ヴェスタ祭の期間中にはここには寄りたくないのだろう。そして、出来ることなら、その間に俺達も帰って欲しいことだろう。

 俺にしては不本意だが、彼にとって、俺達(正確に言えば、青い鳥)はトラブルメーカーと言えるだろうから。

「………と言うことですが、貴方はどうするつもりですか?」

 青い鳥はそんなことを訊いてくる。一応、俺の用事でここに来たわけだから、俺の予定に合わせてやろうという優しさはあるらしい。できることなら。その優しさを別のところで発揮してもらいたかった。

「………せっかく、ヴェスタに来たんだから、ぶらぶらと歩くか」

 その時、例の物が手に入ったら、新魔法の開発の為に必要なものと誤魔化せばいい。

「そうですか。前から、ヴェスタの工芸品には興味がありました。いいものが手に入ると嬉しいです」

 こいつは嬉しそうな様子を浮かべる。とは言っても、こいつの目は魔力しか映らない特異体質の為、その工芸品を見て楽しむことはできないと思うが。

「素晴らしい工芸品にはいい魔力が宿るものなんです。古代文明の魔法具はまさに天下逸品です」

 こいつはそんなことを力説しているが、その天下逸品の品を壊しまくっている奴がそれを言えることではない。

 俺は青い鳥の話を半分聞き流しながら、露天商に並ぶ品を眺める。赤犬さんの話によると、それは透明な鉱石だという話だが、赤や青、緑など鮮やかな石はたくさんあれど、透明な石は何処にもない。

 貴重な鉱石だと言う話なので、一市場には滅多に出回らないのかもしれない。

「アンちゃん、何か探し物かい?」

 工芸品を眺めていると、その露店の店主らしいおじさんが話しかけてくる。

「もしかして、あの彼女へのプレゼントかい?」

 これも綺麗です、あれもいいです、と工芸品を眺めている青い鳥を見て、そんなことを言ってくる。このおじさんが俺とあいつの仲をどう思っているのかは分からないが、あながち間違いではない。

「“サーラ鉱石”と言う鉱石を探しているのですが、ここでは扱っていませんか?」

 青い鳥にこの話を聞かれると不味いので、小声でそう言うと、おじさんは驚いた表情を浮かべ、

「アンちゃん、どっかの貴族のボンボンなんかい?あれ一個で山が何個も買えると言われるほど貴重なものだよ?」

 どうやら、一般人が買うことができないほどのものであることは分かった。とは言え、貴族連中がちゃらちゃらとアクセサリーとして付けるよりは有効活用するつもりではあるが。

「………生憎、貴族ではありませんが、少しばかり必要でして。何処に行けば、手に入れることができますか?」

 今回ここに来たのはそれを手に入れるためなので、それを手に入れずに観光ができても意味がない。

「アンちゃんが何者かは知らないけど、それは貴重なものだから、市場には出回らない。しかも、神聖なものだからと言って、教会が所有権をしているから、教会を仲介してしか手に入れることが出来ないんだよ。ただね、その教会の教皇が問題でね。噂では神聖なものと謳っておきながら、貴族達に高額で捌いているという話だからね。教会に行くのなら、気を付けた方がいいよ」

 おじさんはそんなことを言ってくる。それが貴重で、特殊なものだと言うことは分かっていたが、まさかこんな複雑な事情まで絡んでいるとは思わなかった。とは言え、ここまで来て、はい、そうですか、と帰るわけにもいかない。駄目下で行ってみるか。

「忠告感謝します。………おい、青い鳥、行くぞ」

 青い鳥をここに置いておくのも手だが、そんなことをすると、その後どうなるのか、予想したくない。問題児は放っておくよりは手元に置いておく方が無難である。

「行く、ですか?何処へ行くのですか?」

「教会に用が出来たから、そこへ行くつもりだが、ここで見ていたいのなら、ここで待っていても………」

「教会ですか?貴方はいつの間に教会マニアになったのですか?」

「流石に、マニアと言われるほど教会には行ってねえよ」

 俺が行ったことのある教会は地元とコンビクト、そして、王都くらいなものである。

「貴方は知らないのですか?この国の三大教会とは王都とコンビクトとここの教会のことを指します」

 つまり、貴方はもう少しで教会マニアの称号を貰えるのです、とこいつは人差し指を俺に向けてそう言ってくる。

 とは言え、俺自身、神に信仰などしていないし、教会自体にいい感情を抱いていない。そもそも、教会と対立しているような奴が信仰心などあるはずもないのだが。

「教会マニアだろうと、オタクだろうと今はどうでもいい。俺は教会行くぞ」

「それなら、私も行きます。運が良ければ、ヴェスタの巫女と鉢合わせできるかも知れません」

 ヴェスタ祭の前に会えたら、ラッキーです、とこいつはそう言って、俺の後に付いてくる。

「教会に行くからと言って、めったに表に出てこないヴェスタの巫女に会えるはずがないだろう」

「私は幸せを呼ぶ青い鳥です。幸運と幸せを呼ぶことなんて造作もありません」

「トラブルと不幸の間違いじゃないのか?」

 現に、俺はこいつに幸せと幸運を運ばれたことなんて滅多にない。

「失礼なことを言います。私は幸せを呼ぼうと頑張っています」

「………ああ、頑張ってくれ。ただし、人様に迷惑がかからないくらいにな」

 こいつの妄言を聞き流していくと、コンビクト程ではないが、豪華な造りの建物が見えてきた。おそらく、そこが教会なのだろう。

 問題なく、譲ってもらえればいいのだが………。俺はそんなことを思いながら、その建物を見ると、

「―――今回もいいものをありがとうございます」

 高級そうな紳士服を身に包んだ男性がその建物から出て来た。

「いえいえ、レディル様はお得意様ですから」

 その後に、祭司のような格好をした男性が出てきた。とは言え、普通の司祭とは違い、豪華な飾りを身につけているので、教会でも位が高いと思われる。

 そんなことを思っていると、彼の後ろから、純白の修道服に身を包んだ俺と同い年くらいの少女が現れる。

 透き通るような白い髪に、白い肌。そして、群青色の瞳。一眼見ただけで、心奪われるとはこのことを言うのかもしれない。青い鳥の友人である再生人形の時もそうだったが、彼女も人離れした美しさをしている。

「次回も期待していますよ」

 その男性はそう言って、教会を後にした。

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