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第三章 映る面影

二日連続で、掲載予定。

「……はぁ」

 息を吐くと、息が白い靄となって周囲に散った。

 ここ最近、急に冷え込んできたこともあって、冬だなぁ、と思わせる季節になっている。空を見上げれば厚い雲が青空を覆い隠していて、雪でも降りそうだ。……そういや、初雪が観測されるかも、とか天気予報で言っていた気がする。

 そりゃ、寒いわけだな。幾重にも重ね着した衣服を無視して、寒さだけが身に染みる。

 ……けど、寒さなんかより、問題なのはこの状況なんだよ。

 サクラのもとへと行けない、っていうこの状況。

 その原因は、一週間前にサクラと喧嘩をしたことに起因する。……いや、喧嘩じゃないのかもな、あれは。どっちにしろ、サクラのもとへ行けない、ってことに変わりはない。

 色々あった結果、サクラを泣かせてしまった。

 そのことともう一つ、理由があるために気持ちの整理がつくまで、顔を合わせられない。泣かせてしまったことに関しては、俺が悪いことは嫌になるほどわかっている。

 けど、もう一つの理由には、どうすればいいのかわからない。

 サクラの話したあの話が――喧嘩の、すべての発端なのだから。


* * * 


 『白雪』もすっかり葉を散らして、寒々しい姿となっている。

 そんな樹の幹に背中を預けて寒空を見つめていると、くしゅん、と隣からくしゃみが聞こえた。そちらを見ればこの桜の樹の精霊である、サクラが口元を両手で覆って顔を赤くしていた。

「……風邪か?」

「い、いえ、私はそう言った病気とは、無縁なので」

 そりゃ便利なことで。

 くしゃみの原因は風邪じゃないなら、サクラの服装が原因だろう。

 サクラが着ているのは、長袖だけれども、防寒には適していないと思われる薄手の洋服。見ているだけで寒くなってくる。……先ほど、寒くないのかと訊いたときは、大丈夫です、と答えていたけど、さすがにくしゃみまでされると見過ごせない。

「……本当に寒くないのか?」

 最終確認として、一応は訊いておく。

 ……寒くない、って言ってもやることは決まっているけど。

「…………寒い、です」

 先ほどからかすかに体が震えているし、表情も固まったまま。

 ……そりゃそうだろうな。

 その無駄な努力に苦笑しながら、羽織っていたコートをサクラの肩にかけてやる。

「あ、ありがとうございます」

 温かいです、と表情を緩めるサクラ。

 けど、どこかその表情には暗いものが映っているように思えて、妙な胸騒ぎがする。

「……ここまで寒くなると、さすがにつらいよな」

精霊でも冬は寒いらしいので、何か暖を取る方法を考えなきゃな。

「……そう、ですね」

 やはりどこか元気がないような気がする。

「どうかしたか?」

「……え? な、なんで、です、か?」

「いや、歯切れが悪いというか、表情が暗い」

 そ、そうですか? と慌てて頬に触れるサクラ。

 どこか無理をして作ったような笑みを浮かべたと思うと、すぐに暗い表情に戻る。

「……話さなければ、いけないですよね」

 と、聞こえるか聞こえないかわからないような小さな声で呟くと、顔を上げた。

 その瞳に宿る、何かを決めたと思わせる意思を見て、胸騒ぎが広がっていく。

「……ひろゆき。伝えなければならないことが、あります」

「……な、なんだ?」

 どくん、と心臓が跳ねる。

 おそらく先ほどからの表情の原因は、その話なのだろう。そこまで理解して、俺は訊き返したことを後悔する。

「……この子。『白雪』と私について、です」

 早鐘のように心臓の音が異様に大きく聞こえる。

 脳が話を理解するのを拒むように、悲鳴を上げるかのように頭痛を訴えてくる。

 おそらく、それはサクラが何を言おうとしているのかを、理解してしまったのだと思う。

 サクラは身を裂かれる痛みに耐えるかのように、様々な感情の葛藤を押し殺したような表情で、無情にも口を開いて――。


「……この子は、もうじき枯れてしまいます。

そうしたら、この子の精霊である私も――一緒に、消えてしまうと思います」


 と、自らの余命宣告にも似た、別れを示唆することを口にした。

 早鐘のように鳴り響いていた心臓の音は、この一瞬だけは静まり、耳が痛くなるような静寂が訪れる。

「……………」

 何も言えない。

 言葉が、見つからない。

 心臓が動き出したのか、また心臓の音が先ほどより大きな、壊れると思わせるほどに大きな音を体の内側から響かせてくる。

 ――『白雪』が枯れて、サクラも一緒に消えてしまう。

 その可能性は、何度も考えたことがあった。

 けど、そのたびにこの樹は樹齢五百年を超えるほどの古木なのだ。ほんの一、二年で枯れるわけがない、と言い聞かせるようにして、その可能性を否定し続けてきた。

 決して可能性は、ゼロではないのに。

 普通、信じられると思うか?

 何百年とそこにあったものが、唐突に消えてしまうなどと。

「……たぶん、この子はあと一回、花を咲かせたら枯れてしまうと思います」

「……嘘、だよな」

 気づけば、そう声がこぼれていた。

「……本当のこと、です」

 サクラは紫色の瞳を伏せて、つらそうな、悲しげな表情をしている。

 その表情を見ただけで、無情にもこの話が真実なのだと、無理やりに理解させられる。

「……どうして、もっと早く、話してくれなかったんだ?」

 抑揚のない、乾いた声。

「……話せるわけ、ない。こんなこと話したら、ひろゆきは会いに来てくれなくなる。そうなったら……私はもう、耐えられないよ」

 表情をつらそうにゆがめながら、サクラはそう吐露する。

「それでも……それでも話してくれたら、俺だって色々と解決策を考えたよ。なのにいきなり、もうすぐ消える? ……んなこと、いきなり言われても、俺みたいなのにどうしろって言うんだよ!」

 サクラに信頼されていなかった。

 信じられない、という感情が、信頼されていなかった、にすり替わる。

 感情が高ぶっているからか、そんな歪んだ過程を経た結論として出来上がる。

 それは間違っている、と冷静に判断を下す部分をあったけど、一度でも思ってしまったらその感情が大きくなっていく。怒りのような、それでいて悲しみに似た感情が溢れてきて、歯止めが利かなくなっていく。

「この樹が枯れることも、自分が消えることも全部わかってて、俺と一緒にいたのか? 消えることをわかっていながら、一緒にいたのかよっ!」

「――わ、私だって、好きで消えるわけじゃないよ! できるならずっと、ずっとひろゆきと一緒にいたいよっ! でもっ、でも……この子が枯れることも、私が消えることも、私にはどうしようもないんだよ!」

 悲鳴のような、サクラの言葉。

 目じりに涙をためて、泣きそうになりながら叫んでいる。

「……私だって、私だって消えたくないよ……でも、わかっちゃうんだよ」

 そう一言を紡ぐと、サクラは崩れ落ちるようにして泣き出してしまう。

 その涙を見て、ようやく俺は自分が何をしたのかを理解した。

 本当に、最悪な気分だった。

 ……誰かをこんなに傷つけて、泣かせてしまったのは人生でも、初めてのことだった。サクラが泣いている様子を見ていると、罪悪感に潰されてしまいそうになる。

「……っ、ごめん」

 自分を殴りたい衝動を抑え込みながら、サクラに向けて一言だけ告げる。

 そして俺は逃げるように、サクラから――『白雪』から、離れた。


* * * 


 真っ先に浮かぶのは、サクラの泣き顔だった。

 冷静になって思い返してみると、やはり悪いのはすべて俺なのだと嫌でもわかる。

 そして思い返すたびに、大きな後悔と自己嫌悪。その繰り返しをこの一週間、ずっと続けている。

 身に染みる寒さに意識が行くと、本格的に寒さに体が震えてくる。

 ……サクラ、寒がってないといいけど。

 想像しようと思えば、容易に寒がっている様子が想像できる。だけど、俺にそれを確認する術はない、とその思考を遮断する。

「……戻るか」

 いい加減に風邪引くな、と呟きながら教室に戻ることにした。



 教室に戻るといつものように、視線が集まっては逸れていく。

 誰もこちらに話しかけてくることも、かといって逃げていくようなこともない。

「……いつも通り、だな」

 教室内を一瞥して、誰にも聞こえないような声で呟く。

 サクラが消えてしまうことも、喧嘩をしたこともなかったかのように、ただいつも通り。それが不思議でならないけど、世界にとってはサクラのことも些細なことなのだろう。

 席に腰を下ろすと、そのまま腕を枕代わりにして、机に伏して目を閉じる。

 すると視界の閉ざされた暗闇の中で、サクラとのことが嫌でもぐるぐると回って、自己嫌悪に苛まれ、一向に眠れる気がしない。

 ……どうすりゃ、いいんだよ。

 そんな心中の呟きに、誰も答えを返してくれはしない。

 そのまま思考の海に、暗く、何もない暗闇へと落ちるような感覚を憶えながら、沈む。

「…………の」

 どこか遠くから、声が聞こえる。

 教室で俺に話しかける奴はいないので、きっと他の奴に話しかけているのだろう。

「……あ、あの」

 誰だが知らないけど、さっさと答えてやれよ。可哀想だろ。

「……あの、高瀬君。寝て、る? えぇと、どうすれば……」

 ……ん?

 誰かの声の中に、聞きなれた苗字があることに気づいて、意識が浮上する。

 ……高瀬、ってのは、俺のことか?

 ざっと思い返してみても、このクラスに同じ苗字の奴はいなかったはずだ。そうなると、話しかけている相手は俺なのだろう。……そうなると、何の用か、って話すだよな。

 思案した結果、体を起こして声のする方向へと顔を向ける。

 すると、そこにいた少女の表情が困惑から、安堵へと移行する。

「あっ、あの」

「……あ?」

 と、つい威嚇するような口調になって……はぁ、これだから孤立すんだよ、俺。

「す、すみません」と頭を下げてくる少女に申し訳なく思いながら、彼女が誰なのかを思い出そうとしてみる。……あー、確か学級委員だったか? 教卓の前にいた気がする。

「……えーと、なんだ?」

 自らの対話能力のなさに呆れつつ、できるだけ普通……に、聞こえるように返事をする。

「あ、はい。先週お配りした学校アンケートを集めているんですけど、その……高瀬君だけ、提出していないので……」

 そういや、そんなものも配られたな。

 ……にしても、一枚くらい適当になかったことにしちまえばいいものを、律儀なことで。

 なんて思いつつ、曖昧な記憶と照らし合わせながら、アンケート用紙とやらをどこにやったかを思い出そうとすると、その記憶とともに、サクラの声が浮かんだ。

 ――しっかり書いてください! サボりは駄目です!

 そうだ。

 この前、鞄に入っていたアンケート用紙をサクラが引っ張り出してきて、これは何かと訊いてきたのだ。それに適当に答えて終わりにしようと思ったら、サボりは駄目、と言われてしまった。それで無理やり書かされて、鞄の中に――。

 鞄の中を漁ってみると……おっ、教科書の間に挟まっているプリントを見つけた。

「……ほい。一応書いた」

 そう言って委員長……だった気がするのでそう呼ぶことにする、にプリントを渡す。

 すると時間が止まったかのように、教室にいた生徒たちが動きを止めた。

 委員長もその例にもれず、プリントを受け取った状態のまま固まっていて、彼女は信じられないものを見るような表情を浮かべていて、「……どうした?」と試しに声をかけてみると、はっとして頭を下げてから、逃げるように集団へと戻っていく。

 ……本当に、なんなんだ?

 そんな理解できない行動に疑問を抱きながら、少女の様子を窺ってみる。

 すると彼女の回りに集まった生徒たちから「あの高瀬が出したぞ」とか「あいつ、一体どうしたの?」と口々に驚きを口にしていた。

 ……おい、そこの連中。聞こえてるぞ。つーか、お前らは俺を何だと思ってたんだよ。

 なんて心の声が彼らに届くことはなく、こちらのことなどお構いなしにいつも以上の盛り上がりを見せ始める。

「……はぁ。まぁ、どーでもいいか」

 深いため息を吐きながら、机に倒れるようにして伏せる。

 心底、嫌になってくる。

 こんな日常にまでサクラの存在が影響していることが。

 それほど俺にとって、彼女は大きな存在になっていた、という証明にしかならなくて。



 授業が終了した放課後。

 いつもならサクラと一緒にいる時間帯に、俺は一人でふらふらとさまよっていた。

「……俺って、本当に馬鹿だよな」

 こうして一人でいることがそれを証明している。

 ……自分が悪いことを自覚していて、行こうと思えばすぐに行ける距離。

 それなのにいつまでも迷って、足踏みをしているこの状態なのだから。これが何でもない、普通の喧嘩だったのならすぐに謝りに行って、仲直りをしようとすることもできる。けど、そこに悩む理由があって、それを解決しない限りは合わせる顔がない。

 ――『白雪』はあと一回、花を咲かせたら枯れてしまうこと。

 それだけなら、割り切ることはできなくもない。

 ――そして、あの樹と一緒に、サクラも消えてしまうこと。

 これは俺には信じられず、割り切ることはできない事柄だった。

 樹が枯れてしまうことには頷けるのだ。けれどそれと一緒に、一人の少女までもが消えてしまう、と言うのはどうしても信じることができない。

 サクラが精霊だということはもう疑ってはいない。

 けど、それでも彼女がいなくなることは、信じられないでいる。

「……どうすりゃ、いいんだよ」

 相談できる相手はいない。

 ……それに、これは俺が決めなきゃいけないんだよな。きっと。

 その答えを探すように適当に歩いていたはずなのだが、気づけばある建物の前にいた。見て取れる窓の高さから地上四階のその建物の壁には植物が茂っている場所、亀裂や欠損の見られる個所があり、窓硝子などは割れていて周囲に小さな欠片となって落ちている。

 廃墟、と呼ぶのが相応しい古い建物。

 十数年前に潰れてしまったホテルの抜け殻のようなもの。

 この廃墟は俺が『白雪』に出会うまでの一年ほど、足を運んでいた場所でもあった。

「……なんか、懐かしいな」

 一人になりたいときに、ここの屋上で空を見上げることが好きだった。

 何の気兼ねなく建物へと足を踏み入れて、もう体に染みついている道程を歩いていく。劣化した階段を踏みしめながら、最上階のその先へと歩みを進める。

 屋上の扉の前に辿り着くと、錆び付いて壊れかかったドアノブの付いた、蹴れば開きそうな鉄製の扉。……でも、一度も蹴破ったことねぇな。

 そっとドアノブに触れると、ひんやりとした感覚が手のひらに伝わってくる。

 ドアノブを捻り、扉に体を預けるようにして押し出すと、錆びた金属特有の軋みを上げながら、ゆっくりと押し開かれていく。

「ここにくるのも、一年ぶりくらいか?」

 誰かに訊いているかのような口調で一言だけ呟く。

 久しぶりに見る、この屋上からの景色は懐かしさもあり、けれども複雑な感情にさせる。

 ……ここには、俺の過去しかねぇからな。

 嫌なことがあったりして、一人になりたいときにここで過ごしていただけで、楽しい思い出があるわけでもない。……そう考えると、この建物には悪いことしたよな。こんな悪い思い出の場所、にしちまって。

 なんて考えている自分に苦笑しながらも、次は掃除でもしに来るかな、と思う。

 空を見つめてみても厚い雲に覆われたまま、青空を拝むことはできそうにない。なので、眼下に広がる街並みに視線を落としながら、息を吐く。

 すると、ポケットに入れていた携帯が震えて、着信を知らせてくる。

 ほぼ自動的に携帯の画面を見ると、知らない番号。……しかも、国際電話と表示される。

 国を超えてまで俺に電話してくる奴には……心当たり、あるな。

「……もしもし」

『――ん、浩之か? 久しぶりだな』

 どうしていつも、こう微妙なときに出てくるんだよ。

「……ああ、久しぶりだな。一紗」

 久しぶりに口にする悪友の名前に、何とも懐かしいような、苦いような気持ちになる。

『……どうした? とか、訊いてきそうだから先に言っておくぞ。お前の声が聞きたかったわけじゃない。そんな冗談はいらんからな』

「……毎度のように、言葉を取らないでもらえるか?」

 冗談めかして言ってやろうと思ったこと、すべて言い切りやがって。

『んで、要件としては二、三の質問に答えてくれ。面倒なことに『あなたの友人について』だとさ。なんで高校生にもなって、んなことせにゃならんのだ』

「……知らねーよ。っていうか、お前。そっちでもまともに話せる奴いないのかよ」

『…………ほっとけ』

 本当なのか、電話越しに拗ねたようにぶっきらぼうに言い放つ。

『んじゃ、質問その一。その友人は異性ですか?』

「……おい。そのくらいわかんだろ」

『ああ、すまん。摩訶不思議な力で性別が変わっているかも、と思ってな』

 ないだろ、んなこと。

『その二、その友人の好きなものは……桜だろうな』

「……なぁ、俺が答える意味あるのか?」

 答えるよりも先に、答え出てんじゃねぇか。

『その三、知り合ったきっかけ』

「無視かよ」

『……確か、入学式の日に私が助けられたんだよな』

「そうだっけか?」

 そんなことした記憶はないんだが。

『ああ、足を捻って立ち尽くしていたら、お前が声をかけてきたんだろう』

「あー、あれか」

『何でもない、と言っているというのに、こちらの話も聞かずに保健室へと強制連行』

「仕方がないだろ。無理してるようにしか見えなかったんだからさ」

 隠してはいたけど、つらそうにしているように見えたのだから。

『いや、本当にあれには感謝してる。……それに、こんな私でも、人に頼っていいのだと、初めて知ったわけだしな』

 後半は、声が小さくて聞き取りづらかったけど、どうにか聞こえる程度。

「本当に、お前も丸くなったよな。そのときなんか『私はだれにも頼らない』とか言ってたのに、普通にこうして聞いてくる辺り、本当に丸くなった」

『……仕方がないだろう。あの頃は、まぁ、色々あったんだ』

「んで、数日経ってから教室にいきなりやってきて、人を面倒に巻き込み始める、と」

『あれは……悪気があったわけではない』

 悪気がないから、余計にたちが悪いんだよ。

『まぁいい。その四、その人とはどんな仲か……友人が前提ではないのか?』

「中には恋人だとか、そういう類の連中もいるんじゃねぇか?」

『こ、恋人、か』

 急に歯切れが悪くなる。

「どした?」

『な、なんでもない。私たちは……親友とでも書いておけばいいか?』

「悪友の間違いじゃないか?」

 主に俺から見て、だけど。

『それでは仲が悪いみたいではないか』

「……なら、親友でいいんじゃいか?」

 間違ってはいないだろうし。

『そうさせてもらう。その五、これで最後だな』

「やっぱり、俺が答える意味あったのか? これ」

『まぁ、私の息抜きだと思ってくれればいい。それで最後は……』

 そこで言葉を詰まらせてしまう。

「一紗?」

『……その友人は、あなたのことをどう思っているか……だ、そうだ』

「…………」

 その課題、おかしくないか? とは言いだしづらかった。

 同性同士でもハードルの高い質問を、異性の相手に聞かなければならない場合、訊く側も聞かれる側もたまったものではない。

「……そだなぁ」

『……………』

 お願いだから、黙らないでほしい。

「……マイペースで、しかも人を面倒に巻き込むことに関しちゃ超一流。唯我独尊、とでもいやいいのか、他人のことなどお構いなしで暴走するし、面倒の後処理を押し付けるわでかかわるのが嫌になる」

『……それは、ひど――』

「でもまぁ、俺にとってはかけがえのない、唯一無二の存在だよ」

 面倒やら何やらを起こすけど、いないことを考えたらそれはそれで微妙なんだよな。

『……………』

「おーい、どうした? 急に黙り込んで」

 気恥ずかしいから、何か答えてくんねぇか?

『……お』

「お?」

『……お前は、何というか……ずるい、ぞ』

 なんか、前にも似たようなこと言われたような気がすんな。

「そうか?」

『……いや、もういい。そ、それで……まだ、治ってないのか?』

 ……はぁ、いきなりそれを訊く、のか。

 確認するように周囲に目を向けると、雲の切れ間から空が見えることに気づいてそちら目を向ける。そこから見えるのは青空――で、あるはずの空。

 俺の瞳には、その色は青ではなく、灰色として認識される。

 他もすべて、白と黒の二色だけに統一され、明度の違いだけが色を識別する唯一の手段。

「……やっぱり駄目だな。また色が欠け落ちてる」

『……そうか』

 まるで自分のことのように、落ち込んだ声を漏らす。

 それに苦笑しつつ、意識して明るい口調を装って話を始めることにする。

「まぁ、あと近況報告としちゃ、ちょっとある人と喧嘩してて気まずい、って感じだな」

『……優子さんか?』

「いや、母さんじゃない。ちょっと前に知り合った奴」

 サクラの顔を思い浮かべながら、どうしたもんかな、と呟く。

『ほう。私以外にも知り合いが……ん? ちょっと待て』

「なんだ?」

『さっき、なんて言った?』

「ある人と喧嘩してて……」

『もっと前』

「やっぱり駄目」

『……その後だ』

 ……なんなんだよ。やけに注文の多いな。

「えーと、また色が欠け落ちてる?」

『……それだ。『また』と言ったな? それはつまり、色が戻っていたという意味か?』

「あー、そういうことか。まぁ、一応はそうかもな。……戻ってた、だけどな」

 サクラと一緒にいるようになってからは、かなりマシになっていた。

 ……けどまぁ、サクラと喧嘩してから、また白黒の世界に逆戻り。

『……お前、なぜそれを早く言わないんだ』

 怒っているのか、声が少しばかり震えている。

「こうしてまた駄目になってるんだから、治ったとは言えないだろ」

『……はぁぁ。もういい。それで? どうしてまた駄目になったんだ?』

 深いため息を吐いた後、どこか怒っているように声のトーンが低くなる。

 ……いきなり、傷口えぐるなよ。

「……まぁ、色々とあってな」

『そんな説明でわかるわけがないだろ。……まぁいい。話したくないなら話さなくても。だが、一つだけ言わせろ』

 すぅ、と電話越しで息を吸うような音。

『――悩むな、馬鹿浩之。お前は悩むより、行動するタイプだろ』

 ……よくもまぁ、断言しやがって。

 俺がどんだけ悩んでいたか知りもしないでさぁ。……でも、そうなんだよな。

『……と、以上が私にできる最大の助言だ。せいぜいがんばれよ』

「……まぁ、参考にはさせてもらうよ」

 通話が切れる。

 それを確認してから、俺は深くため息を吐いた。

「……まさか、電話までしてくるとはな」

 たかが数個の質問と、俺の異常。……壊れた部分の確認のためだけに。

 ――心因性の色覚異常。

 それが俺の抱えているものらしい。

 心因性要因で起こる色覚異常の一つで、簡単に言ってしまえばうまく色が認識できない。俺の場合は『心因性』とついている通り、眼球に異常があったりするわけじゃなく、精神的な問題から起こっている。

 そのためなのかは知らないが症状は比較的に軽く、色を認識できたり、できなかったり、そんな状態をさまよっている。

 普段の生活に支障が出ない程度には、どうにかわからなくもない、ってところだ。

 けど大抵は色が薄くなり、白と黒の二色構成になるから、とても迷惑だったりする。

 色彩に欠いた世界は、『白黒の世界』と表現するにふさわしい。……わからないならば、モノクロ写真を思い浮かべてみればいい。俺の瞳には、あんな感じに映っている。

 サクラと出会ってから、そんな世界に色が戻りつつあったのだ。

 ……最初に会ったときは、『白雪』に見惚れて気にしなかったが、すごいことなんだよな。

 けど、あの喧嘩以降はまた白黒の世界へと後退して行っている。

 彼女のおかげでこの一年、俺は精神をすり減らすような日々を送らずにいられたのだ。

「……本当に、もう会えなくなるんだろうな」

 サクラの話が本当だと、そろそろ認めなくてはいけない気がしている。

 時間はもう半年も残されていないのだ。そんなに短い期間では、俺は何もしてやれない。

「……どうして話してくれなかったのか」

 言い出せなかったから、怖かったから、考えればいくつでも浮かんでくる。

 けど、どうしても、信頼されていなかった、と言う結論に至ってしまう。もし、俺がサクラにどんな話をしても離れない、と信頼されていれば話してくれていたかもしれない。

 そう考える結果、思考の沼に足を取られていく。

 ……悩むより行動、か。

 先ほどの言葉を思い出すけど、やはり悩んでしまう。

 けど、先ほどとは少し違うことについて悩みながら、その場を後にした。



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