フクジュソウ
第9話
起こされたのはその日の真夜中10分前。寝たという気はしないが頭はスッキリしている。どうやら今からちゃんとした式を挙げるらしい。
「何で真夜中かなんかに…」
「この国の王家の伝統といいますか、“しきたり”のようなものです」
ビージーに言われたもののあまり納得はいかなかったが、仕方のないことなのだろう。最初は真っ白な純白のドレスを着せられたが、銀の髪に合わないとわかりすぐに脱がされた。
「綺麗な髪なのに、こういう時残念ですよね」「そうね」
あれでもないこれでもないと何度も着直させられ最後は黄色のドレスを着せられた。所々にフクジュソウの花の刺繍がしてある。
「福寿草の花言葉は“幸せを招く”です。さぁ、行きましょう」
「どこへ?」「教会です」
レンスイはビージーに手を引かれるまま歩いていく。教会にいたのは要と彼の父親と神父の3人。
「見れば見るほど綺麗な子じゃないか」
「僕もそう思います」
レンスイは要の手をとり隣に立つ。式は短いものだった。
「あなたには感謝してるわ」
「ん?それは僕のセリフだろう?」
ここで3週間過ごせばいいだけ。自由になれるまであとほんの少しだ。
「明日……いや、今日の朝から街でカーニバルがあるんだ。祭りみたいなものだけど、行ってみるかい?お忍びでだから特別扱いとかはないけど、写真を撮られまくるよりはいいだろう?」
「………行ってみたい」
彼はあまりよく教えてくれなかった。着いてからのお楽しみということだろう。ただ、お忍びといっても専属執事のゼクトだけは後ろからついてくる…念のためらしい。式が終わって少し眠るよう言われた。お祭りは9時ぐらいから行くつもりだとも言われる。
「おやすみ」「おやすみ、なさい」
レンスイは自室に戻りベッドに入ろうとした……視るための鏡が曇ってる!霧がかかったように何も見えない。鏡には視るための術をかるくかけていたのだが。
「誰かが私に何かを視せたくないのかしら?ごめんなさいね」
視せないと言われれば言われるほど視たくなるものである。レンスイは魔力を放出させた。
「フィジェ(消えろ)」
呪文を唱えると霧は消えたものの、鏡が薄汚れてしまった。明日の朝までは使えないかもしれない。レンスイは少し大きな容器をもって、誰も起こさないよう部屋から出て階段を降り、先ほどの教会へ。そこには聖水がありその水をもってきた容器の中に入れた。自分の部屋に戻る時も静かに……。
「明日までには戻るといいけど」
今晩聖水に鏡をつけといたら朝には元に戻るはずなのだが。仕方なくベッドに入り眠る。教会との往復に時間がかかり、彼女が眠ったのは朝の4時頃だった。
翌朝、もちろんのことながら彼女は寝坊した。世話係のビージーも昨日の披露宴で彼女は疲れたのだろうと思い寝かせたままで、特に予定もなかったので誰も来ず、カーニバルに行く約束をしていた9時に要が部屋に来るまでずっと寝ていた。
「行きたいと言ってたのに寝坊かな?……鏡?」要は水に浸かった鏡が輝いているのを見て覗き込む。
〜今日のカーニバル、昼の2時ぐらいだろうか。僕とレンスイの後ろをつけてくる男5人…手にはナイフ、迫ってくる男達〜
鏡から視えるのはそんな光景だった。
(なぜ、僕にも視える?この鏡が特別なのか、いやそれはない。ただの鏡のはずだ)
「要様、何をなさってるの?」起きたレンスイは丁寧に話しかける。一瞬、彼が鏡を視ていたように見えた。
「いや、何でもない。この水は聖水かと思って……」要は鏡から視えたものに関しては何も話さなかった。
「うっ……勝手にごめんなさい。私の予知の力を鏡に溜めるために必要で。妨害されたみたいだから防御を少し強めにかけてみた」
どうやらレンスイ曰く、彼女の予知は普段は自分の予知の力を鏡に移して鏡を護り、視るときは鏡に映して視ているらしい。
「自分の頭の中では視ないの?」
「自分自身で視ると頭の中にそのまま映像として送り込まれてくるから。それに視たくなくても入ってこられるし、体力つかう」
「へぇ、それより時間」要に時計を指差されて気づいた。カーニバルに行くと言っていたのに。レンスイは急いで着替える。平民が着るような白のワンピースにフード付きのワイン色のマント。髪は目立つため一つにまとめる。
「準備できた?行こうか」
彼も自分と似たような格好だ。平民の服に深緑のマント。
「ゼクト、Bプランでいく」「かしこまりました」
レンスイには聞こえぬよう小さな声で行われる2人の会話。もし気づいたとしても何の話かは分からないだろう。
第9話 END