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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
人の章

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「……あいつか」

 むっとしたように呟いて、グランは腕を組んだ。

「私も、君が飛び降りた窓から彼を見たけれど、あの格好じゃ正体を断定するのは無理がないか?」

 オーリが問いかける。確かに、あの外見では精々背格好が判別できる程度だろう。

「俺には判るよ。十年、一緒にいたんだ。立っている時の重心の寄せ方、歩くときの左右の歩幅の違い、視線の向け方、幾らだって特徴はある。あれはエスタだ。間違いない」

 だが、アルマは強固に主張した。

「どちらにせよ、あんな立ち去り方ができた時点で、そいつは僕らの敵だ。しかも、姿を見せただけで、特に何も仕掛けてこなかった。侮られているな」

 満足げに笑んで、グランが結論づけた。

「嬉しくねぇよ」

 憮然として、アルマが返す。

「無駄な上下関係は捨てろ。敵に侮られるほどありがたいことはないぞ」

 だが、あっさりと諫められる。

 エスタのことは、多くの面で使用人というよりは兄のように思っていたつもりだ。上下関係、と言われて、更にアルマの機嫌は悪くなる。

「しかし、今日が無事だったからといって、今後もそうだとは限らない。ペルルが礼拝を執り行わなければ、危険は少なくなるのだが。……無理だろうな」

「だろうね。ペルルがいれば、信者の熱意も上がるだろうし、あれだけの人数が来たら、単純に献金は増える。止めて欲しいと言っても、ウィスクムはいい顔をしないだろう」

 グランの思案に、オーリが同意する。

「……嫌な言い方をするんだな、ノウマード」

 不機嫌だったところに聞こえた言葉に、反射的に返す。

「アルマ。名前を間違えている」

 そこで、淡々とグランが指摘した。

 オーリは、今はもう正式に風竜王の高位の巫子の立場を取っている。風来坊だったノウマードではない。

 アルマとペルルは、少し前から呼び方を変えるようにと言われていたのだが、意識していなければふいに戻ってしまいがちだった。

「……悪い」

「無理はないよ。私もまだ、君に呼ばれるのはどうも慣れない。それに、まあ、金勘定に嫌悪感を持つのも判る。でも、懐具合はいつだって竜王宮の悩みの種だからね」

 苦笑して、オーリが返す。

「全くだ。金食い虫が多すぎる」

 溜め息を漏らしつつ、グランが零した。

「ああ、それで思い出した。クセロ」

 ふいに視線を上げて、金髪の男を呼びつける。

「何だ?」

「今朝の戦利品だ。出せ」

「……何のことだ?」

 無邪気な表情を貼りつけて、クセロが再度問いかけた。

「お前のやりそうなことは判っている。また、ドゥクスに足を掴んで持ち上げられたいのか?」

「そこまでされたことはねぇよ!」

 ぶつぶつと文句を言いながら、服の隠しを探る。鮮やかな宝石の嵌めこまれたブローチが三つ、取り出された。

「どうしたんだよ、それ」

 首を傾げて、アルマが尋ねる。

「まあそれは色々とな」

 謙虚にクセロが答えた。

「プリムラ。ドゥクスを呼んでくれ」

「大将!」

 しかし、静かに命じたグランに抗議する。

「あれだけの時間があって、この程度な訳がないだろう。腕が錆びついたのか? 全てだ、クセロ。全て出せ」

 溜め息を漏らし、更に服の中を探る。ブローチが二つ、そして指輪が五つ、腕輪が二つばかり追加された。

「これで終わりか? 現金は?」

「冬場は巾着切りには辛い季節だよ。大抵の人間は何枚も着こんじまうからな」

 肩を竦めて、金髪の盗賊は告げた。

「どうやって指輪や腕輪なんて盗れるんだ?」

 興味深げに、オーリが訊く。

「サイズが緩いものをつけてる奴は、そこそこの割合でいるんだよ。人ごみの中で何かにひっかかってすっぽ抜けちまうのは、まあ不可抗力だな」

 ようやく事態が飲みこめて、アルマは驚愕に口を開いた。

「クセロ! ……お前、これ、盗んだのか?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれよ、旦那」

 露骨な言葉に、クセロは眉を寄せた。

 ペルルがただ驚いたように装飾品を見つめている。

「こういうことは控えてくれ、クセロ。少なくとも、僕らの勝利が確定するまでは。お前が何かを隠しに入れているところを見られでもしたら、僕らは全員破滅する」

「……いくら大将でも、おれを侮辱していい訳じゃないぜ。おれが何かをくすねてるとこなんて、もう十年ほど目にした奴はいないんだ」

 苦言に、腕を組み、グランを見下ろしながらクセロは言い放った。その目には苛立ちが露骨に表われている。

「それは怒るところなのかなぁ」

 苦笑しながら、オーリが口を挟んだ。

「お前、もう少し、巫子としての自覚とかそういうのはないのか?」

 呆れて、アルマが呟いた。

「おやっさんは、別におれ個人の行動に興味はねぇよ」

『うむ。奪い奪われるは世の習いじゃしな』

 突然、そんな声を発しながら、地竜王が定位置に顕現した。気配を予測できないアルマとプリムラが僅かに怯む。

「ご無沙汰しています、地竜王。でも、人々の間でそれを為すのは、今は無作法ということになっているのですよ」

 挨拶がてら、さらりとオーリが忠告した。

『なんと。それは知らなんだの』

「……お前らは本当に余計なことばっかり言うよな……」

 肩を落して、クセロは手近な椅子にどすん、と座りこんだ。

「で、これはどうするんだ?」

 アルマが、卓の上で煌く宝石たちを指さして尋ねる。

「よければ私が預かるよ。この後、エスタの痕跡を探すとか適当に言って、礼拝堂の辺りを調べてくるから、落し物として誰かに渡してこよう。私は礼拝の間、二階から下りていなかったし、怪しまれることはないだろう。持ち主が探しに来たらどうするか、それはまあ竜王宮の方針によるね」

 オーリが、軽く志願する。

「そうだな。頼む」

 グランが、小さく頭を下げた。

 それを目にして、クセロが僅かに驚いた顔をする。しかし、彼はその後無言を通した。




 その後も彼らは警戒を続けたが、特に何も起きずに日が進む。

 そして、竜王宮に滞在して五日目の午後に、それが訪れた。



「……招待状?」

 唖然として、言葉を繰り返す。

「はい。アルデア様より、皆様に舞踏会の招待状が届いております」

 戸惑った表情を隠せずに、ウィスクムが再度説明した。

 全員が顔を見合わせる。

「あー……。私はこちらの、特に現在の習慣に馴染みがないんだけど。領主が、竜王宮にその手の招待をする、っていうのは普通なのかな?」

 オーリが言葉を選びながら問いかけた。

「いいえ。何らかの高貴な来訪者があった場合、例えば王家に連なる方々のようなときには、伯爵の城塞へお招きいただくことはございます。が、それでも精々が晩餐会程度で、舞踏会などに招かれることは前例がございません」

 ウィスクムは自らの腐敗を追及されているかのように、至極真面目な表情で説明した。

 そう、竜王宮は基本的に俗世の風習を取り入れない。

 どれほど王家と縁が深くても、グランは巫子として竜王宮に入って以来、そのような社交界とは切り離された生活をしている筈だ。

 以前、アルマたちがイグニシアに帰還した際に開かれた舞踏会は、勝利によって戦争が終結した、という面もあって、ペルルも招かれていた。が、火竜王宮はきっぱりと断っている。

 双方、真の狙いは別にあったようだが。

 伯爵はそれなりの年齢だった。その辺りの慣例を知らない訳がない。

「招待状を見せて貰えるだろうか」

 グランが手を差し出した。ウィスクムが一通を選び、その小さな掌に載せる。そのまま、全員へ招待状を配りだした。

 赤い蝋の封印を、剥がす。流れるような筆跡でしたためられたそれは、特に通常の招待状と変わりはない。

「なるほど。サピエンティアとスクリロスの領主一家が来訪するとの追記があるな。モノマキア藩の郷司たちも参加するだろう。つまり、例の話をここで進めておきたいらしい」

 ペルルもそれに頷いている。二人宛の招待状だけに、詳細が書かれていたようだ。

 おそらくは、この話がなくなってくれればいい、と願っていたに違いないウィスクムが顔色を青褪めさせる。

「領主と我々が話してから今日が四日目、開催は明日。となると、おそらく他の者たちへ話を詰めている時間はなかっただろう。招待状を送っただけで、後は僕たちに説得をさせるつもりか。信用されたものだ」

 皮肉げな笑みを浮かべ、グランが呟く。

 領主が参戦を決めたとしても、その下に位置する郷司ら下級貴族がいつでもそれに従うとは限らない。まして、これは謀反すれすれの行為である。正義感から領主を裏切り、王家へ走る貴族がいてもおかしくない。

 まあ、それ自体は想定していた。説得の場が、舞踏会になろうとは思わなかったが。

「アルマ。お前だけが、僕らの中で社交界に精通している。準備を頼むぞ」

「……嫌な予感がしたんだよ」

 長く溜め息をつく。だが、本当に久しぶりに、掛け値なく期待に目を煌かせているペルルを見て、彼は全てを承諾した。




 その日、モノマキア伯爵の城塞は華やいだ雰囲気に包まれていた。

 一年近く前、イグニシアが侵攻を始めてから、このような催しは自粛されていた。敗戦が決定してからは、尚更だ。

 モノマキアのみならず、カタラクタ南部、いや全土がどんよりと重い空気に包まれていたのだ。

 ただでさえ、季節は最も寒い時期である。ここを越えれば春だとは言え、民の気分は重苦しい。

 そんな時に開催される久々の舞踏会は、集まった人々を明るい顔にさせていた。

 既にモノマキア領内の郷司たちが、家族と共に大広間に集っている。夫人や娘たちが、色彩豊かなドレスに身を包み、談笑していた。

 やがてスクリロス伯爵とその連れが、紹介と共に大広間へ通じる階段上へと現れた。

 笑みを浮かべ、ゆっくりと下りてくると、下で待ち受けていたモノマキアの一家が歓待する。

「招待状に書いてあったことは本当かね、アルデア」

 差し出された手を握りながら、それが冗談でもあるかのように軽く尋ねてくる。

「私が今まで貴方に嘘を言ったことがありましたか?」

 にやりと笑いながら、そう返す。

 スクリロスの当主はアルデアの義兄にあたる。夫人が、懐かしそうに兄の頬に唇を当てた。

 次いで登場したサピエンティア辺境伯は、やや気難しげな表情を浮かべている。

「君の冗談も年々笑えなくなってきたようだな」

「まあ、もうすぐにお会いできますとも。ごゆっくりお寛ぎください」

 七十に近いこの貴族は、自分が主賓でなかったことに苛立っているのだ。軽くあしらって、アルデアは最後の客の出現に備えた。


 階段の最上部に立つ召使が、小さく咳払いする。

「水竜王宮の高位の巫女、ペルル様。イグニシア王国レヴァンダル大公家ご子息、アルマナセル様。風竜王宮の高位の巫子、オリヴィニス様。地竜王宮の高位の巫子、クセロ様。火竜王宮の高位の巫子、グラナティス様をご紹介申し上げます」

 大広間のざわめきが、一瞬途絶えた。

 視線が、一点に集中する。

 アルマに手を取られて姿を見せたペルルは、聖服を身につけていた。しかしそれは普段着ているものとは違い、最高級の絹で織られた布が幾重にも純白のひだを重ね、銀糸でかがられた刺繍は、ペルルが動くたびに、まるで彼女自身から光が発しているように煌いた。首には二重になった大粒の真珠の首飾りが下げられている。湖畔の土地であるモノマキアでは、滅多にこれほどの真珠は手に入らない。女性たちが、悩ましげな溜め息を漏らした。そして、穏やかな笑みをたたえた姫巫女の瞳は、額のアクアマリンに負けぬほど輝いていた。

 アルマは、基本的に先日モノマキアへ上陸した際と同じ服装である。だが、二本の鋭い角の先端に被せるように、新しく黄金の飾りがつけられていた。細やかな模様が打ち出されたそれの先からは、複雑にカットされた紫水晶が下がっている。

 実は、アルマの角が伸びたことで、ピアスがつけにくくなったのだ。角と頭の間に手は入りはするのだが、ピアスを着脱するために指を曲げるだけの隙間はない。そのうち面倒になって、ずっと外してしまっていた。

 ところが前日、グランからそれを渡されて、一番金食い虫なのは高位の巫子ではないかとアルマは呆れていた。

 そう、彼は、示威行為のための出費は惜しまない。トルミロスの屋敷に滞在した一ヶ月の間に、一体どれほどの準備をしていたか、〈魔王〉の(すえ)は考えないことにした。

 彼らの後に続く、竜王の高位の巫子たちも、先日と同じ格好だ。そして、アルマと同様に装飾品を増やしている。

 と言っても、女性を凌駕するほど派手ではない。小さな宝石のついたピンであったり、帯に巻く金の鎖であったり、どっしりとした指輪であったりとその程度だ。

 だが、クセロには、その額に新たなサークレットが乗せられていた。それは磨き上げた鋼鉄の地金に、大粒のダイアモンドという、類を見ない代物だった。

 視線を一身に受けて、一行がゆっくりと階段を下りる。既に人目に晒されることに慣れた巫子たちはそれなりににこやかな表情だったが、やはり、クセロの表情はやや強張り、身を隠すかのように背後についている。

 ペルルが僅かに視線を上げた。

「私たちには笑顔を絶やさないように、と言っておいででしたのに、貴方はどうしてそう難しいお顔をされているのですか?」

「俺はそういう役回りなんですよ。ご存知でしょう?」

 小さく、囁くように言葉を交わす。

 実際、アルマは文句があるなら言ってみろ、と言わんばかりに、周囲を睥睨した。

「でもこんなことは滅多にない機会ですのに、思い出の中で貴方が怖い顔ばかりなのではつまりませんわ。それとも、本当に楽しんでおられないのですか?」

「楽しんでいますとも、ペルル」

 嘘をついて、小さく笑みを浮かべる。

 安心したように笑うペルルに、ほっとする。

 しかし、イグニシアの社交界は、彼にとっては戦場も同然だったのだ。

 そして、おそらくはここも。



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