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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
地の章

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「いやまあ、俺も悩んではいたんだよ。ノウマードでも苦戦したって言うしさ。グランがいれば抑えることもできるだろうけど、いつでも傍にいる訳じゃないし。結構すぐに意識が飛ぶから、自害するっていうのも現実味がなくて」

 その雰囲気をどう解釈したか、言い訳するようにアルマが言葉を続ける。

 ほんの僅かの躊躇もなく、少しばかりの恐怖もなく。

「お前は、そんなことを考えていたのか……?」

 愕然とした表情で、グランが問いかける。

「そりゃまあ、最悪の事態には備えておかないといけないから」

「莫迦を言うな! お前が死ぬことが何より最悪だ!」

 珍しく、グランが腹の底から怒鳴りつけた。

「そうですとも、アルマ! そんなこと、私が絶対に認めません!」

 その横から、今までおとなしく黙っていたペルルが参戦する。

「だからほら、そうなるつもりは全然ないんだけど、もしもの話で」

「お前が存在しなくては、僕らの勝機はほぼゼロだ! 僕が一体何百年お前を待ったと思っている! 簡単に死ぬなどと言うんじゃない、しかも自分からだと? 話にならん!」

「私と共に、カタラクタへいらしてくださるとお約束したではないですか! いつだって、アルマは約束を守ってくださっていました。なのに、まさかそんなことを考えていたなんて」

「いやごめん、ちょっと落ち着いてくれないと二人分の話とか聞き取れない。ノウマードじゃないんだから」

 あの巫子も、いいのは聴力だけで複数の会話を全部聞き取れる訳じゃないんじゃないのか。

 かなり呆れてクセロがそう考える。

 おろおろとその修羅場を見ているプリムラに、放っておけ、と片手を振った。

 次の瞬間、大声で地竜王が笑い出した。

 ぽかん、とした表情の、その場の殆どの人間の視線が集中する。

 ああまあ驚くよなぁ、と微妙に懐かしい心持ちでクセロが内心呟く。

『よかろう。ぬしが心意気、しかと受けとった。万一の場合、わしが責任を持ってぬしを止めよう。安心せぃ』

「……止める……?」

 誰からか、小さく言葉が漏れる。

『〈魔王〉の子が、龍神との戦いに不可欠なのだろう? ならば死なせはせんよ。人の子の血が混じったものなど、わしにかかれば殺すまでもない。心配せずともよい、フリーギドゥムの娘よ』

 重ねて告げられて、ペルルが小さく身体を震わせる。僅かに俯いて、はい、と言葉を落した。




「そりゃあ君が悪いよ。何を考えてるんだ」

 翌朝、仲間たちに合流してきたオーリは、アルマが引き起こした騒動を聞いて、呆れたように感想を漏らした。

「そうかなぁ……」

 しかし何となく釈然としない風で、アルマは首を捻っている。

 だが、僅かに険を含んだ表情で、風竜王の高位の巫子は言い募る。

「そうだよ。そういうことを考えているなら、当事者以外の前で一切口に出しちゃ駄目だ。周りに知られたら止められるか咎められるか悲しまれるかしかない、ってことぐらい、予測はつくだろう。よしやれ、って言ってくるほど、流石に彼らは鬼じゃない。決意は、ただ胸に秘めておくものだ。それとも、ひょっとしてそう言って欲しかったのか? やめときなよ、愛情に飢えている子供じゃないんだから」

「何でそこまで言われてるんだよ!」

 途中までは何となくいいことを言っている気がしなくもないが、結局いつものように勝手な方向から諭されて少年が怒鳴り返す。

「上機嫌だな、オリヴィニス」

 むっつりと、グランが口を挟んだ。彼はあまり機嫌がいいようではない。

「……何かあったのか?」

 小声で、アルマは尋ねた。

 グランは早朝、風竜王宮の船が本拠地へ戻る前に挨拶に行っている。オーリが一緒ではあったし、色々と協力してくれた相手だ、妙なことはしなかったとは思うが。

「いや。特に何も。君のことでまだ怒ってるんじゃないの?」

 さらりと青年が返す。

 だが、地竜王が場を収めた後で、更にアルマは二人にそれぞれ小一時間叱責されている。もうそろそろ気を落ち着けてもいいのではないか。

 ペルルの方は、今は一見穏やかにプリムラと話をしているが。

「そういえば、その地竜王とクセロは?」

 その場にいない二人の動向を、オーリが尋ねる。

「昨日の今日だ。疲れているんだろう。アウィスに着くのは明日になるだろうし、今後についての会議はそれまでに済ませればいい。寝かせておいてやれ」

 さらりとグランが告げた。

 僅かに、違和感を覚える。

 グランは確かに秘密主義だ。必要な時まで情報は開示しない。それこそ、胸に秘めたままでいる。

 だが、状況が整えばそれを明かすことに躊躇することはない。策を披露し、話し合い、突き詰め、練り上げるための助力を容易く受け入れる。

 現状、その条件は地竜王を見つけ出すことだ。

 ならば、昨日、クセロが地竜王と共に戻ってきた時点で、すぐに次の手段を話し合っていて不思議はなかった。

 前回、状況を整えるための最後の要因は、地竜王の巫子とするべくクセロの退路を断つことだった。

 今、彼は一体何を待っている?



 クセロが憮然とした顔で現れたのは、昼に近くなった辺りだった。

 一同の視線が集まったことで、更にその表情が険悪になる。

『皆のもの、大事ないようで結構じゃ』

 対して酷く御満悦な口調で、地竜王エザフォスが告げる。

 クセロの頭頂部に頭と前肢を乗せ、首から肩に後肢をひっかけ、尻尾をゆらゆらと揺らした体勢で。

 グランですら、呆気に取られた顔を崩せない。

 プリムラが、堪りかねて小さく吹きだした。

「ちょっと、なに、クセロ、それ可愛」

「うるせぇよ!」

 自棄っぱちに金髪の巫子が怒鳴りつける。

「まあ、クセロ、駄目ですよそんな大声を出しては」

 ペルルが穏やかに諭した。その目は、流石に笑いを湛えているが。

「ええと……。一晩で随分仲良くなったんだな」

 とりあえずアルマが感想を述べておく。

「違う。これには立派な理由があるんだ」

『うむ』

 苛立たしげに告げたクセロに、重々しく地竜王が同意する。

「理由?」

 訝しげに、オーリが尋ねた。

「この地竜王が、船の中を自分で通れるサイズになると、どうしても人から見下ろされちまうのが嫌だって言い張るんだ」

『む。それは間違っておるぞ。わしはただ、わしが通るたびに周囲の者を跪かせるのは大変じゃろうと気遣ってじゃな』

 地竜王は、片方の前肢で、ぽふんぽふんとクセロの少し伸びた金髪を叩く。

 うっかり笑い出しそうで、さり気なくアルマは視線を逸らせた。

 確かに、クセロは成人男性としても長身の方だ。彼を見下ろしてくる者は殆どいないだろう。

「あと、自分の気に入らないことをしたら、一気に体重を増やしておれの首の骨を折ってやると脅しをかけてきやがる」

 次いで不機嫌な顔を保ったまま、クセロが言い放った。

 それには流石に驚いたが、三竜王の巫子たちは酷く平然としたままだった。

「え。竜王に生殺与奪を握られてるのは、当たり前だけど」

「聞いてねぇよ、そんなこと!」

 だん、と掌を卓に叩きつけてクセロが叫ぶ。

「そうだっけ? 当たり前すぎて言ってなかったかなぁ」

「いいやわざとだろ!」

 オーリに詰め寄るクセロをよそに、恐る恐る、アルマは口を開いた。

「本当に、当たり前なのか……?」

「ああ」

「うん」

「ええ」

 三者から一様に頷かれて、青褪める。

「まあ、あまりお気になさることはありません。竜王様は寛大で辛抱強いお方です。御自ら巫子の生命(いのち)を奪われることなんて、今までにも滅多に例はないのですから」

「たまにはあるってことですよね、それ!?」

 笑みを浮かべて説明するペルルに、アルマは悲鳴じみた声を上げた。

「うん、流石に竜王自身が手ずから首を折るなんて手段に出るのは初めて聞くけど」

 半ば感心したように、オーリが呟く。

 そういえば、彼は以前に役目を果たせなければ愛想を尽かされる、というようなことを言っていたか。ここまで物騒な意味だとは思いもしなかったが。

 尊大な態度で、地竜王が告げる。

『まあこれもしきたりらしいからの。気にせずに忠義に励むがよい』

「おやっさんは黙ってろよ!」

 ほぼ条件反射的に、クセロが怒鳴る。

「おやっ……」

 しかし、静まり返った場に、一瞬はっとした後、気まずげに視線を逸らせた。

「まあなんだ。上手くやっていけているみたいじゃないか」

「当たり前だ。僕の見立ては必ず上手くいく」

 小声でオーリが囁くのに、満足げにグランが返した。





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