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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
地の章

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12

 内側は、人が立って歩けるほどの高さがあった。奥へ向かって何列か棚が作られている。棚の上には整然と木箱が並べられていた。今まで書類を保管されていたものよりも小さく、そして装飾が施されている。

 クセロが手前の箱を一つ、開けてみる。

 中には、羊皮紙が数枚収められていた。

「ちぇ」

 つまらなそうに呟いて蓋を戻す。

「漁るのは後にしろ、クセロ。先に必要なものを探し出すぞ。ああ、それに、中に入っているものは、法的には全てオリヴィニスのものだからな」

「ちょっと待てよ大将!」

 横から口を出したグランに、慌てて返す。

「国が滅亡して、王家の生き残りもどこにいるか判らない状態だ。現在も存在する人間で、かつフルトゥナの公的な地位にいた中での最高位がこいつだからな。責任は全てオリヴィニスにある」

「あ、さり気なく何か押しつけてきてないか?」

 言葉尻を捕らえてオーリが追求する。二人は扉の隙間を抜けて、中へ入ってきていた。

「いやでも開いたのはおれのおかげなんだからさ」

 更に言い募るクセロの前をグランが通り過ぎる。片手を上げて、とん、と後ろのオーリの腕を押した。呆れた顔で、しかしオーリは足を止める。

「まあ、開ける前に条件を詰めなかった君の落ち度だね。私も鬼じゃないから、少しは考慮するよ。約束する。でも、今はちょっと待っててくれないかな。グランは多分徹夜してでもこの中身を捜索したいだろう」

「徹夜?」

 露骨に眉を寄せ、クセロが呟いた。

「お前は帰っていいぞ。ご苦労だった。ついでに、女性たちを送り届けてくれ。アルマは残れるな?」

「判ってるよ」

 肩を竦め、隣に立つ男を見上げる。ペルルたちを頼む、と言いたかったのだが、彼が気遣わしげに二人の巫子を見送っているのに、首を傾げた。

「どうした?」

「ああ、いや。……大将を頼むよ。全く、子供なんだから、夜はちゃんと寝ないと大きくなれないってのにな」

「余計な世話だ」

 金庫の奥から、耳聡く聞きつけたグランの声が飛んできた。



 三人だけでの捜索が始まった。

 箱一つあたりに入れられている羊皮紙の枚数が少ないせいか、オーリもあまり周囲に放り出すことはない。金庫内の通路が狭いこともあるだろうが。

 予想した通り、金庫内にある書類は殆どが王家直々に発行されたものばかりだ。それらは、最低一度はグランの目を通された。

 羊皮紙と埃に触れすぎて、指先がかさついてくる。

 一体幾つの箱を空にした頃か、グランが小さく不審の声を上げた。

「どうした?」

「偽造の痕がある」

「偽造? 王家の書類にか?」

 オーリが驚愕して問いかけた。

 幼い巫子は、アルマが作り出した光球に、一枚の羊皮紙を透かして見ている。

「お前は政治に関わっていなかったのか? 珍しくはあるが、事と次第によってはままあることだ。しかし、これは……」

 アルマとオーリが、グランの傍へと近づいていく。

「どうやって偽造するんだ?」

 好奇心に駆られて、アルマが尋ねた。

 羊皮紙にインクで書かれている書類だ。まさか、塗り潰したりしている訳ではないだろう。

「ある溶剤を使うんだ。インクを溶かすから、それを拭き取って上から書き直す。慎重にやれば、さほど難しい手順じゃない。だが、何十年も時間が経つと、そこだけ変色の度合いが違ってくるから一目瞭然なんだがな」

 ほら、と指で示した場所は、なるほどそれ以外の場所に比べて白っぽい。

「許可が出された期間と、場所が変更されている。回数は判らないが、一度以上だな」

「元々何が書いてあったのかは読めるのか?」

 オーリが問いかける。

「無理だ。が、必要ない。これが下僕の用意した書類だと仮定すると、多分、簡単には龍神が見つからなかったんだろう。だから期間を延ばして、捜索の場所を移動している。ここに書かれた内容が最後に変更されたものだから、龍神はこの領域にいる筈だ」

 書類に書かれた時期は、探している期間と一致する。場所は、ペルレから北北東に百から二百キロほどの領域だ。

「変則的だな。この頃はもう貿易でもなければわざわざこの書類は発行されなかった。単純に漁で発行するには件数が多くて煩雑すぎる。貿易ならば、行き先は単純に立ち寄る街の名が記されるだけだ」

「これが、探していた書類なのか?」

 アルマが勢いこんで訊くが、グランはそんなに興奮してはいない。

「可能性は、確かに高い。だが、目的をごまかすのなら、目立たないように貿易と同様に記入するだろう。何日も同じところで停泊していれば目を引くかもしれんが、だからと言って詰問されることでもないしな」

「ごまかす必要性はなかっただろう、って君が言ったんじゃないか」

 数日前の会議での発言を取り上げて、オーリが返す。

「だから、可能性は高いと言っている」

 そう告げて、傍らの空箱を引き寄せると手にした書類を中に入れた。

「君は本当に回りくどいな」

 呆れたように零して、オーリは再び捜索へと戻った。



 結局のところ、イグニシア王家が発行した許可書で時期が一致するものは、金庫の中に四枚あった。偽造されているもの以外は、全て貿易のための書類である。

「とりあえず、最初にこの北北東の領域を調べてみよう。それで駄目なら、貿易ルートのフルトゥナ側を辿ってみるしかないな」

 グランが予定を立てる。

「それで駄目なら?」

 オーリが尋ねてきた。

「戻ってきて残りの部屋を捜索するか、金庫のありそうな他の街へ行くか、方針を変えて王都に戻るかだ。王都の執政所に入りこむ手段がないではないが、危険が大きすぎる。どのみち、今回の捜索にはかなりの時間がかかりそうだし、その後でも決めるのは遅くないだろう」

「調べるっていうのは、結局ペルルに任せないといけない訳だよな」

 眉を寄せて、アルマが確認した。

 真面目な顔でグランは頷く。

「そうだ。僕もオリヴィニスも、お前ですら捜索の手助けはできない。僕も気を配ってはおくが、お前の方が彼女に近い。充分体調を把握しておいてくれ」

 アルマが頷くのを確認して、立ち上がる。

「ああ、ちょっと待って。クセロにお礼を持って帰らないと」

 オーリが、金貨の袋が積んであった一角へと足を向けた。

「そこまで気を遣わなくてもいいんだぞ」

 クセロの直接の支配者が、呆れた風に告げる。

「今後も、彼の特技に頼ることがあるだろうしね。ここで少しばかりはずんでおいても、悪いことはない。具体的に私たちの懐が痛むわけでもないんだから」

 さらりと返すと、視線を仲間に向けた。

「だからアルマ、頼むよ」

「俺かよ」

 憎まれ口を叩くが、既に力仕事は大体彼に任されるようになってきている。何故こうなっているのかとぼんやり考えながら、オーリに近づく。

 青年は革袋を一つ取ると、ぽいとアルマに向けて放り投げる。慌てて、それを両手で受け止めた。彼は更に三つ投げた後に、もう一つを手に提げて立ち上がる。

 グランは、書類の入った小さな箱を手に、先に金庫を出てしまっていた。

 街路に出ると、もううっすらと東の空が明るくなってきつつあった。

 朝の風が吹きつけてきて、ぶるりと身体を震わせる。

 波止場まできて視界が開けると、桟橋に見覚えのない船が停泊していた。

「補給物資を運んできたんだな。間に合ったか」

 ややほっとした顔で、グランが呟く。

 前日の午後になって到着したのだろう。湖の南側は詳しい地図も失われつつあり、暗礁や浅瀬を把握できていないので、夜間の航行はできない。灯台が機能してもいないのだから、尚更だ。

 そもそも立ち寄れる街もなく、南側に近づく船はないのだが。

 見張りに立っていた者がこちらに気づいたか、甲板の上がやや騒がしくなる。

「現地に着くのは、多分午後は回るだろう。その間は休んでおけ」

 渡り板に足をかけながら、グランが告げる。竜王兵にドゥクスを呼ぶように言いつけて、幼い巫子は船に乗りこんだ。

 残る二人は、連れ立って船室へと向かう。一つの扉をノックすると、さほど待つでもなく開いた。

「おぅ。お帰り」

 生欠伸を噛み殺しながら、クセロが出迎える。

「大将は?」

 廊下を見回しながら尋ねるが、グランの姿は当然ない。

「もうすぐ出航するから、ドゥクスと話してるよ。何時間か私たちはお役御免だ」

 ふぅん、と呟いて、彼は二人を招き入れた。不審そうな表情は、アルマが卓の上に革袋を置くにつれて、払拭される。

「金庫に入っていた金貨だ。君に四袋、私が一袋。分配に不服はあるかい?」

 オーリが、片手に提げた革袋を示す。

「それは、ねぇけど」

 少しばかり疑り深い視線を、相手に向ける。

「別に、君の信条を金で買うつもりはないから心配しないでくれ。ただ、今後も金庫のある街に立ち寄る可能性はある。その時、君の腕を引き続き貸して欲しいだけだよ。勿論、その時の報酬はまた別だ」

 さらりと説明したオーリの言葉に、声を詰まらせる。

「うー、あ、いや、それはまたその」

 迷う男の前で、風竜王の高位の巫子は卓の上の革袋の口を片手で器用に開いた。傾けると、ざら、と黄金色の硬貨が流れ出る。

 知らず、クセロの喉が鳴った。静かに彼を見つめる相手に気づいたか、ばつが悪そうに視線を逸らせる。

「ああ判ったよ。あれぐらい、特に大したことじゃねぇし」

「ありがとう」

 礼儀正しく告げて、彼らは部屋を辞した。廊下に出たところで、アルマがオーリを見上げてくる。

「どうかした?」

「いや。……お前がそれを取っておく、っていうのが意外だったっていうか」

 青年の持つ革袋を示して言う。

「君もまだまだ青いなぁ。全部クセロに渡したら、それはそれで警戒されていたよ。彼にはできる限り快く協力して貰いたいからね。君が欲しいのならあげよう」

 苦笑しながら、オーリがひょい、と革袋を押しつける。

「いらねぇよ」

 むっとして、アルマはそれを押し返した。



 午後を過ぎて、一眠りしたアルマが会議室に現れた時には、既にペルルとグランは地図を前に小声で話し合っていた。そのすぐ傍に、いつものようにプリムラもついている。

「おはようございます」

「おはよう」

「……おはようございます」

 こんな時間にそんな挨拶をかけられて、自分に非はないのにちょっと気まずくなったりする。

「どんな感じだ?」

 適当な椅子にかけて、尋ねた。

「もう一時間もすれば、例の領域に入る。今回はペルルに、かなり広範囲に潜って貰わなくてはならなくなからな。どう動けばいいか、ということを話していた。と言っても、まあ結局は虱潰しにいかなくてはならないのだが」

 溜め息をついて、グランがそう締め括る。

「距離が百キロだっけ」

 何だかぴんとこなくて、呟く。

「馬で進むなら二日といったところだ。勿論港からのライン上だけを捜索すればいい訳じゃないから、幅も百キロほどとっている。ペルルが泳いで、どれほど時間がかかるものか」

「私は、多分、普通の方よりは泳ぎは早いとは思うのですが」

 小首を傾げて、ペルルが口を挟む。

「直線で探すのではない。面積だ。しかも、深さもある。この範囲を、できる限り細かく探って貰いたい。それでも、貴女は地竜王を補足できるぎりぎり近くを掠めているかもしれないのだ」

「……途方もないな」

 アルマが溜め息を漏らした。

「まあ、同じ面積の地面を掘って探さなくてはならないよりは、はるかにましだ」

 グランが、おそらくはそれも入念に検討したのであろう説を持ち出して、彼らを慰めた。




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