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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
地の章

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09

 翌朝、姿を見せたペルルは顔色は悪くないようだった。昨日、一日休んだのがよかったのだろう。

「大丈夫ですか? 今日もお休み頂いても構いませんが」

 アルマが、舟を前にして気遣う。

「大丈夫ですよ」

 ペルルは柔らかく微笑んで、それを断った。

 そして湖に出て、また何の気負いもないように水へ入っていく。

 だが、今日は前よりも広い範囲を探すつもりだと言っていた。彼女が水から害されることはないとは言え、水中を進むということは単純に抵抗が強く、地上よりも体力を消耗するものだ。

 グランとオーリは、書類を捜すために部下たちと共に上陸している。

 自分ばかり楽をしているようで、長閑な青空の下、アルマはそっと溜め息を落した。



 休憩を挟みながら、夕方までペルルは周囲数キロを捜索していたが、結局竜王の気配や奇妙な痕跡は見つからなかったようだ。

 疲労が著しい彼女を、部屋の中まで送り届ける。

 船の中は、広さが限られている。ペルルの部屋も、小さな一つの部屋に寝台や卓が備えつけられていた。竜王兵は大部屋で生活しているのだから、彼らは個室があるだけまだましだ。

 その卓の上に、小さな白い薔薇が咲いていた。

 椅子に腰を下ろしたペルルが、アルマの視線を辿る。

「先日、頂いたものですわ。頑張っていたのですが、やはりそろそろ萎れてきてしまって」

 申し訳なさそうに、力なく笑う。

 季節外れに咲いていた、野生の薔薇だ。あまり強くはないだろう。

「花が散るのは自然なことです。また、機会があり次第、新しく花をお贈りしましょう」

 ペルルの温かな手をとってそう約束する。

 しかし、身体を濡らしたままのペルルにプリムラがそわそわしだしているので、早々に部屋を辞した。

 甲板に出て、街の方を眺める。

 陽が傾いてきているが、執政所へ向かった一行はまだ姿が見えない。

 またも濡れた衣服を古参の竜王兵に咎められたりしながら、アルマはじっと佇んでいた。



 グランたちがようやく帰ってきたのは、もう陽がとっぷりと暮れた頃だった。

 彼らの顔には疲労の色が濃く、明らかに目指すものは見つかっていないと知れた。

 向こうも、こちらが浮き足立っていないことで、成果はないと判ったのだろう。グランが力なく片手を振っただけで、会議室へといざなわれる。

 アルマが扉を閉めたところで、オーリは呻きながら椅子にどさりと腰掛けた。

「何かあったのか?」

「埃が酷くて、喉ががらがらなんだよ。歌えなくなったらどうしてくれるんだ」

 疲れた表情のまま、ぼやく。なるほど、少しばかり声が荒れている。

「それは困るな」

「……真面目に困られるとは思わなかったよ」

 思ったところを返しただけなのに、少しばかり身を引かれた。

「大体判っていると思うが、こちらは収穫なしだ。ペルルの様子はどうだった?」

 グランがその場の空気を気にする様子もなく、話を進める。

「俺が聞いたところでは、何も気づいたことはないらしい。疲れたみたいだから、部屋で休んで貰ってる」

 アルマの報告に、むっつりと、幼い巫子は腕を組んだ。

「……この際、本当に王都の執政所に潜りこむ算段をつけた方が建設的かな……」

「まだ二箇所しか見てないのに、諦めが早いね」

 地図に視線を落として、オーリが軽く返す。

 元々、フルトゥナには街が多くない。執政所が置かれるような規模のものは、湖岸には八ほどある程度だ。

「想像したよりも、皆の意気が低い。それに、龍神の下僕には、おそらくまだ僕たちが何を目指しているか知られていない筈だ。間諜を置くには、この地は適していないからな。だが、長引けばまた妨害に出てくるかもしれない。ただでさえ風竜王の封印を解いて、奴には煮え湯を飲ませているんだ。これ以上竜王を復活させたくはないだろうよ」

「時間が勿体ない、というのは同感だけど」

 オーリが、含みを持たせて言葉を切った。

 イフテカールが王家への支配力を持っている以上、執政所へ彼らが正面から訪れて、四百年も前の書類を閲覧できる訳がない。

 つまり、こっそり忍びこんで探し出すしかないのだ。

 そして、おそらくその任務に最も適した男は、未だ彼らの前に姿を見せていない。

 そもそも、彼が地竜王を復活させるための任務に就いてくれるかどうかを考えれば、その確率は酷く小さい。

「次の街は? どこだっけ」

 アルマが地図を覗きこむ。オーリがすぐに指で示した。

「ペルノだね。ここは、結構大きかった。西側の貿易の拠点でもあったから」

「とりあえず、そこまでは行くか。そろそろ食料の補給に船が来るはずだ。一度アウィスを経由するから、次の街ぐらいで追いついてくるだろう」

 アウィスには、馬の世話がてら、数名の竜王兵を残している。王都を出た時点では、アウィスからどこへ行くか決まってはいなかった。故に後続の船は一旦アウィスへ向かわせ、そして残した兵に、船の行き先を教えるように指示していたようだ。

「一体いつから、この計画を立ててたんだ?」

 少しばかり呆れて、アルマが尋ねる。

「王都を出る前には、大体。王都の竜王宮は確実に見張られているから、他の都市の竜王宮からばらばらに船は出ることになっている。僕らの元に届くのは、その一部だ。全てを監視して、その行き先を個別に突き止めるのは困難だろう。間に何度か、他の手を挟むしな」

 さらりと、手管を説明する。

「王都に戻るとすると、船は幾つかあった方がいい。伝言もあることだし」

 そう締めくくると、グランはアルマを見据えた。

「心配なのは、ペルルの体調だ。まだ若いし、女性だからな。無理はさせられない。気を配っておいてくれ」

 指揮官の言葉に、少年は黙って頷いた。





 翌日は、前に船で移動していた日と同じように過ぎた。

 違うといえば、ペルノがカロに比べて遥かに大きな街だった、ということだ。波止場からですら、大通りが数本延びている。

「ここは、結構ごちゃごちゃした街だからね。下手に他の通りに入ると、迷子になるよ」

 オーリが忠告する。彼らの通る道は広く、そして目的地まではかなり遠かった。

 往時はさぞにぎやかだっただろう、と思われる街には、今、風が吹き抜ける音しかしない。

 そして辿りついた執政所は、アウィスのものに比べても、酷く巨大だった。

 高い塀で囲まれた三階建ての建物を、唖然としてアルマが見上げる。

「……なあ、ここに、どれぐらいの書類があると思う……?」

「途方もない量だろうね」

 肩を竦め、オーリは門扉に手をかけた。ぎぃ、と不吉に軋む蝶番は、何とかまだ強度を保っているようだ。

「年単位で時間がかかりそうな気がする……」

 がっくりと肩を落して呟く。ふらりと、オーリは足を進めた。

「まあ、そう悪い方向にばかり考えるものじゃないよ。物事はいい面も見ないと」

「どこにいい面があるんだ?」

 憮然として青年の後につく。相手は軽く振り返って、口を開いた。

「ペルル様が少しは休めるじゃないか」

 その言葉に、胸を衝かれる。

 結局、ペルルは前日に臥せってから、今日は全く姿を見せなかった。

 アルマも経験があるが、疲労を回復させるのは、ひたすら安静にして休むのが一番だ。薬草や滋養のある食事も効果はあるが、現在、彼らの食料は減少する一方で、余分はない。

 それでも、あの華奢な少女が辛い思いをしている、というのは、胸が痛む。

「……うん」

 小さく頷いて、建物を見上げる。予想できる困難さも、少しは和らぐ気がした。



 書類の保管してある部屋全てに、今灯りを残すのはさほど意味がない、とオーリが判断する。

「どうせ何日もかかるんだし、君も一緒に来ることがあるだろう。今日は、多分書類がある可能性がまだ高い、漁業関係の部屋だけにしておこうか」

 それでも、その部屋を探すのに建物の中を歩き回らなくてはならないのだが。

 東翼の中央部辺りに差しかかったところで、彼らは足を止めた。

 横手に、階段があったのだ。登るものと、降りるものが。

「……ああ、そうか。ここは、あれがあった街か……」

 オーリが小さく呟く。事態が把握できないアルマナセルを振り返った。

「降りよう、アルマ。灯りを強めにしてくれないか」


 石造りの階段は、時折ぐらつく段があって油断できない。

 地下階の深さはさほどでもなく、すぐに廊下へと降り立った。そして、目の前に大きな扉が立ち塞がる。

 まあそれも、過去の高位の巫子の蛮行で破られていたのだが。

 その部屋の中には、黒々とした巨大な塊が鎮座していた。


「……金庫?」

 鋼鉄製の、ちょっとした部屋ぐらいはありそうな塊を見て、アルマが呟く。

「みたいだね。まあ、大きな執政所には時々あったんだ。中に人がいるってことはないだろうから、放っておいたんだけど」

 もしも人がいても、鍵がかかっていればこればかりはどうしようもないが。

 オーリが金庫の扉に近づく。その面には色の違う金属板が複雑な意匠を描いて貼りつけられていた。鍵穴が数カ所空いている。

「三百年経ってるからどうかとは思ったけど、さほど腐食はしてないな……」

 破壊できないかと思っていたらしい。肩越しにアルマを見る。

「君、これ、こじ開けられる?」

「無茶言うなよ。俺は普通の人間よりも力は強い方だけど、こんなもんをどうにかできるか」

 即座に否定したアルマに、溜め息を漏らす。

「全く、何のために〈魔王〉の血を引いてるんだか……」

「金庫破りのためじゃねぇよ!」

 勝手に失望されて、怒鳴りつけた。

 まあその失望も本気ではなかったようで、特に残念そうでもなくオーリは金庫を眺めている。

「この中に書類があるかもしれないのか?」

「可能性は高いと思う。あの協定で船の行き来が許可制になったからって、正式に往来する数がさほど減った訳じゃない。一年あたり、かなりの船に許可が出ていた筈だ。イフテカールの書類は見つけられていないけど、それ以外の船のものは結構あっただろう?」

 確かに、一般の船に与えられていた許可証は、今までの二つの街にも相当数あった。

「普通の船は、王室の名の下に、それぞれの地方の執政所が許可を出していた。でも、イフテカールがイグニシア王室を支配していたとするなら、それを最大限に利用して、王室から直接の許可を出してたんじゃないだろうか。その方が色々と便宜が図れるからね。そして、今までに、王室の印が捺された書類は見つかっていない」

 だから、彼らは手がかりを求めてここに来たのだ。

「王室の印が捺されたものは、どう考えても重要書類だし、後ろ暗いところを隠蔽するためにも、金庫へ保管してある、というのは不思議じゃない」

 腕を組んで、オーリの推量を考える。かなり信憑性はあるように思えた。

「鍵がどこにあるか、知ってるか?」

 アルマの問いに、青年が眉間に皺を寄せる。

「私も家捜しをした訳じゃないからなぁ。あるとすると、執政官の部屋か……。でも当人が持ちっ放しだったら、もうここにはないと思うよ」

 この地から逃げ出したか、運悪く呪いによって死亡して、オーリによって埋められたか。

 しかもどこが彼の墓なのかは埋めた当人も判らないだろう。

「ちょっと探してみようぜ。金庫が開いて、そこに書類があれば、それで解決だ」

「やってみる価値はあるね」


 執政官の部屋は、すぐに見つかった。最上階の、中央部だ。

 しかし、机の引き出しや戸棚の中などを全て捜し回っても、それらしき鍵は見つからなかった。

「これは執政官と一緒に行方不明かな」

 服の袖で汗を拭い、オーリが呟く。

 彼は引き出しや棚の中身を全て床に放り出しており、部屋の中はそれこそ押しこみにあったようだ。その乱雑さを、アルマが諦めたように見回す。

 念のために、周辺にあったおそらくは高官の部屋も同様に家捜しする。

 結局、幾つかの鍵は見つかったものの、どれも金庫のものには合致しなかった。

「まあ、他の部屋からひょっこり出てくるかもしれないし。明日からの書類探しと並行して進めてみよう」

 そう結論づけて、その日の捜索は終わらせた。


 そして最初に予定していたよりも船に帰るのが遅くなってしまい、待っていたグランに彼らは散々叱責された。



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