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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
地の章

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71/252

07

 午後を回って、船に残っていた者たちが食事を作って持ってきた。一階の広間に全員が集まる。

 机や椅子を持ち出すのは危ないので、床に直接座っての昼食だ。まあ、旅の間はよくやったことだし、特にどうということはない。

 イグニシアの民とフルトゥナの民は、一応別れて座ってはいるが、何となく警戒心が薄れだしているようだ。互いに困難な仕事に携わっているという連帯感か。その根本には徒労感があったとしても。

 巫子たちとアルマ、プリムラはまた違う輪を作っていた。静かに、進捗状況を話し合っている。

 それが一段落した辺りで、アルマがふとオーリに尋ねた。

「そういえばさ。お前、何で昔ここに入ったんだ?」

 鍵を壊している、ということは、押し入ったのだろう。おそらくは、呪いが国に蔓延した後に。

 その頃に、執政所へ入ることの利点など、考えつかなかった。

 オーリが、困ったように笑う。

「ここだけじゃないけどね。あの頃、逃げ遅れた人は結構あちこちにいたからさ」

「逃げ遅れた、って……」

 その言葉に、僅かに顔を強ばらせる。

「最初から言うと、フルトゥナが滅亡した直後かな。国内に呪いが広がるのを食い止めようとしても、無理でね。しばらく、何とか解こうとしたけど、やっぱり駄目だった。それを諦めるなら、早く決めないといけなかったんだ。アーラ砦の周囲は結構激戦地で、死体が山を作ってたから。きちんと埋めておかないと、疫病が蔓延するかもしれない。まあ、それにかかるような人間は、もういなかった訳だけど」

 砦の周囲の、草原を思い返す。

 あそこに、埋葬していったのだろうか。

 この青年が、たった一人で。

「それが済んだら、とりあえず街を巡った。街の数は少ないし、私一人なら時間をかけずに移動できるからね。家の中に取り残されていた人もいて、一軒一軒入ってみたんだ。ここに入ったのも、その時だと思う。あと、家畜も生き残ってたものは草原に放さないと死んでしまうし。主だった野営地の跡も見て回ったけど、それでも何十年も経ってから骨を見つけたりもしたな」

 いつしか、しん、としてその場の全員がその話に聞き入っていた。

 だから、まあ、三百年の間遊んでいた訳じゃないんだよ、と、少しおどけたように青年が話を終わらせる。

「……あの、巫子様」

 おずおずと、親衛隊の一人が声を上げた。

「何だ?」

「この街でも、死者を埋葬されたのですか? でしたら、祈祷を捧げに行きたいのですが」

 ぱらぱらと、同意の声が漏れる。

「駄目だ」

 しかし、オーリはそれを拒絶した。

「巫子様?」

「駄目だよ。彼らを悼むのは、君たちの役目じゃない。私だ。前に進むべき君たちの(かせ)にはさせない」

 どちらにせよ、場所を教えなければ、彼らには何もできない。

 そう言いたげに、その後彼は沈黙した。



 結局、その日は執政所の書類を半分ほど調べたものの、目的のものは見つからなかった。

 明日引き続き作業を進めることにして、夕暮れの中を一旦船へと戻る。

「……オリヴィニス」

 小声で、グランが呼びかける。

「なに?」

「お前に話がある。今夜、うちの船に戻って来るか? 遅くなっても構わない」

 風竜王の巫子は、これからまた古歌を教えに行く。徹夜は流石にしないだろうが、親衛隊の船に泊まりこむことは考えられた。

「今じゃ駄目なのか?」

「人目がある。誰かに聞かれるのは避けたい」

 オーリが、ぐるりと周囲を見回した。波止場に着いたところで、グランの肩を軽く叩き、横手に足を運ぶ。

「おい……?」

 気づいたアルマが声をかけるが、青年は軽く手を振ってそれをいなした。

 遠くから連れがこちらを見つめているのも気にせず、二十メートルほど離れて、オーリは足を止める。

「我が竜王の御名とその誇りにかけて」

 小さく呟いた瞬間、周りの空気が停滞した。湖から吹いてくる風も届かない。

「これで、私たちの周囲半径三メートルの音は、その外に漏れない。人が入りこんでくるのを止めることはできないけどね。……それで?」

 あからさまに密談をしている、という状況に置かれて、グランが溜め息をつく。

「昼間のことだ」


 少しばかり驚いたように、オーリは相手を見下ろした。

「……君からそれを言われるとは思わなかったな」

 他の誰から非難されても、不思議ではないとは思っていたが。

「前にも言った筈だ。お前には味方が要る。自発的にお前の元に集おうとしている奴らを、拒絶してどうする。そもそも、死者を悼むことぐらいはさせたっていいだろう」

 そうだった。彼は、竜王の御名に集う者たちを区別しない。

 オーリは、身軽にグランの前に膝をついた。視線を合わせて、口を開く。

「グラナティス。君は、この先にどんな未来を見ている?」

 突然話題が変わったようで、幼い巫子は僅かに眉を寄せた。

「私は、君たちと一緒に龍神の脅威からこの世界を救う、ということは可能だと思っている。だけど、フルトゥナの民がこの土地に戻ってくることは、殆どないとも思っているよ」

 静かに断言する。

「彼らは今、ロマとして世界を放浪して生きている。確かに厳しい生活だろう。だが、その場所は都市だ。彼らが草原に戻ってきて、牛や羊を飼い、遊牧民として生きることは、もうできない。草原で生きるために培った技能はほぼ失われているし、生まれた時から都市の裕福さに触れていた人間に耐えられる生活じゃないんだ」

 視線を、桟橋へ向ける。そこでは、親衛隊たちが船に乗りこみ始めていた。

「彼らはまだ大丈夫だろう。定住しているとはいえ、草原の端で、家畜を飼って生活している。だが、世界に散らばった民が戻ってくる数は、多分、多くない。そして、私がそれを強制すべきでもない」

「オリヴィニス……」

「私は竜王を呪いから解放して、せめて彼らに再びその加護を与えたかったんだ。でもね、グラナティス。フルトゥナは滅亡したんだよ。三百年も前に」

 相手の目を見据えて、静かに、ただ静かに、断言する。

「……お前は、それでいいのか」

「彼らを連れ戻すことは、私の仕事じゃない。王や族長の仕事だ」

 グランの言葉にあっさりと返すと、オーリはどさりと地面に座りこんだ。相手を見上げながら、話題を変える。

「むしろ、君は自分の心配をした方がいいんじゃないか?」

 軽く責めるような言い方に心当たりがなくて、首を傾げる。

「クセロだよ。あのまま放っておくのか?」

「それこそ、お前には関係ない」

 少しばかりむっとして言い返すが、オーリは人差し指を突き出してそれを止めた。

「君の計画に乗っている以上、私に関係ないとは言わせないよ」

「では言い直そう。お前が心配する必要はない」

 頑なにそう言い張るグランを、思案しながら青年は見上げた。

「そうは言うが、もう二日、彼は部屋から出てきてないだろう。旅に出てからずっと、殆ど君から目を離さなかった彼がだ。イフテカールが来ていた時だって、クセロは君の命令に背いても近くにいた」

「大丈夫だ。奴は、結局は僕の言う通りにする」

 自信ありげに告げるグランに、オーリが首を振った。

「私は、以前、クセロから聞いたことがある。彼は、竜王への信仰を持たないことを、『何も束縛されない、自分の意思で自分の人生だけに責任を持って生きる』ということだと表現した。想像できるか、君に?」

 マントの胸の辺りを、ぎゅっと掴む。

「私には、できなかった。ニネミアの、竜王との関わりが一切ない人生なんて、どれほど恐ろしいものだ? 私にとっては、そんなこと、死んだも同然だ。逆に、彼にとって、竜王に仕える人生が同じようなものなのかもしれないと、君は思いつかないのか?」

 虚を衝かれたような表情で、見返してくる。

「……死んだも同然だと?」

「死んだ方がましか、とも考えたよ。そういう意味では、彼の逃亡を阻止するために湖の上に船を置いておくのは、逆に危険かもしれないね」

 グランは、初めて、焦りすら見せて船を振り返った。

「言っておくけど、私は、クセロを地竜王の巫子に据えることには異論はない。というか、それ以外に手段はないからね。でも、扱いを間違えると、クセロの君に対する恩義すら彼を押し留められなくなるよ」

「……判った」

 幼い巫子は踵を返し、桟橋へと向かう。

 それを見送りながら、オーリは立ち上がった。

 小さな背中が、遠ざかる。

 二メートル。三メートル。四メートル。

 くるりと方向を変え、近くに立つ建物に近寄った。小さな、物置小屋のようなものだ。

「……いいわけがないだろうが!」

 低く、吐き捨てるように叫ぶと、青年の拳がその小屋の壁に突き立った。ぐらり、と一瞬揺れたかと思うと、土埃を上げて小屋が崩れ落ちる。スレートが数枚、オーリの身体を掠めて落下し、割れた。

 しかし、その物音は、彼以外の人間には一切届かなかった。




 翌日も同じような作業を繰り返し、そして、結局アウィスの街には目指す書類がなかったということが判明した。

 全員が一階の広間に集まる。

「二日間、よくやってくれた。明日は西側の街、カロに移動する。明後日には、そこで、また書類を捜さなくてはならない。できる限り気力を回復しておいて欲しい」

 短く、グランが激励する。達成感の得られない作業に、皆、疲労が溜まっているのだ。

 執務所の外へ出たところで、風竜王宮親衛隊がオーリへ向き直る。

「あの、高位の巫子様。今日は、我々は、少し街を巡って参ります」

 一人がかけた言葉に、僅かに眉を寄せる。

 彼らの意図は明らかではあった。

 が、オーリはすぐに小さく笑みを浮かべると、頷いた。

「気をつけて行くといい」

 少し驚いたようだが、緑色の服に身を包んだ男たちは、真っ直ぐに大通りを湖とは反対方向へ進んでいった。

「……いいのか?」

 昨日、彼らの要望を拒絶したというのに、今日はあっさりと許可を与えた青年に、アルマが小さく尋ねる。

「何がよくないんだ? 道路が荒れているから気をつけろとか、建物に潰されないように気をつけろとか、陽が暮れるまでには帰ってこいとか、そういうことを言わなかったからか? 彼らは子供じゃないんだよ、アルマ」

「うわあすっげぇむかつく」

 ここしばらくはなかった、オーリの揶揄(やゆ)混じりの言葉に、久しぶりに苛立つ。

「そう。子供じゃ、ないんだ」

 青年は頑なに背後を見ようとせず、波止場へと足を向ける。

 死体を埋葬した場所は教えていないが、どうせ街の中には埋められない。石畳の途切れた、街外れ辺りだろうと思っているのだろう。

 遠くに、死者を悼む歌が聞こえてきた。




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