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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
地の章

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06

 翌朝は、今にも雨が降りそうな曇り空になった。

 フルトゥナに入ってからというもの晴天が続いていたので、奇妙に懐かしい。

 波止場に船をつけ、上陸した一行は、苛々と沖を見据えるグランを微妙に遠巻きにしていた。

 沖には、風竜王宮親衛隊の船が二艘とも漂っている。

「ドゥクス。奴は、自分が行くまで待て、と本当に言ったんだな」

 幾度目か、同じことを問いただされて、竜王兵隊長が規律正しく肯定の声を上げる。

「全く、何のつもりだ。もう昼になってしまうぞ」

 いやまだ充分早朝の時間帯なんだけど。咄嗟にそう返してしまいそうになって、アルマは慌てて顔を背けた。

 酷く苛立っている時のグランには、あまり関わらない方がいいことを、彼はその人生のかなり早い時期に学んでいた。

 彼らが待っているのは、オーリである。あの青年は夜明けになってすぐに、竜王兵に伝言を残して親衛隊の船へと移っていったらしい。

 別に、そのまま逃げ出すとかいうことを心配している訳ではない。何時間が経ってもその船が元の位置を移動していないのだから、尚更。

 しかし一向に波止場にも向かってこない船に、グランは我慢の限界らしかった。

「先に行くか」

 ぼそり、と呟く。

「……執政所の場所、判るのか? 俺はフルトゥナの市街計画とか教わってないぞ」

 無謀な試みに、流石にアルマが止める。

 ここがイグニシアであれば、大方の場所は推測できる。だがフルトゥナの街並は彼らには全く馴染みがない。

「市街計画を勉強されるのですか?」

 不思議そうにペルルが尋ねてくる。

「ええ、まあ。他の領地に侵攻する際に、重要な情報になりますので」

 各都市のことを個別に学ぶ訳ではなく、どの辺りに重要拠点があるなど、年代別に標準的な形を学ぶ程度だが。

 尤もレヴァンダル大公家にとっては、さほど意味がない授業ではある。

 あえて領地、と言ったのだが、イグニシア軍がカタラクタへ侵攻したことを思い返したのだろう、ペルルは僅かに暗い顔になった。

「プリムラのところへ行ってみましょうか。馬に、人参でもやりましょう」

 さりげなく、軽く誘ってみる。

 プリムラはオーリを待っていることに早々に飽きて、港に置いてきた馬たちの様子を見に行っていた。ここに駐留していた竜王兵がしっかり面倒を見ていてくれたとは思うが。

 ドゥクスに視線だけで知らせて、二人はその場を離れた。


 結局、オーリの乗った船が波止場へ入ったのは、更に一時間近く後のことだった。


「何をしていた?」

 舳先近くでこちらを見下ろしているオーリに、グランが苛々と声をかける。

「昨日、話しておいただろう。古歌を伝える人材を選んでいたんだ」

 親衛隊たちは、桟橋と接触する際の衝撃を和らげるために、船の側舷に緩衝材を下ろしている。時間がかかりそうだと思ったか、オーリは、身軽に桟橋へと飛び降りた。

「今日、この時間までかけないといけないことだったのか? 今夜でも構わなかっただろう」

 グランは、その行動に全く動じず、非難を続ける。相手はそれに小さく肩を竦めた。

「人手が必要だっただろう。古歌を覚える人数が二十人。それに十人を加えて、三十人で二艘の船の維持にあたって貰う。で、残りの十人に、執政所の捜索へ来て貰った。待たせて悪かったとは思うけど、これでも精一杯早くやったんだよ」

 グランが沈黙する。

 確かに、竜王兵の人数はさほど多くない。捜索に割けるのは、こちらも十人といったところだ。ざっと百年間の書類の中から、一枚を探し出すには、人手が多いほどいい。

「……気遣い、感謝する。よろしく頼む」

 オーリと、その背後の親衛隊たちへ頭を下げる。

 その態度には、思わずその場の全員が呆気に取られた。

「協力しあう、って言ったじゃないか。そんなに格式ばらなくたっていいんだよ」

 苦笑して、オーリが返した。何故か、幼い巫子の頭にぽんぽんと触れている。

「お前は略式にしすぎだ」

 またむっとして、グランはその手を払い除けた。



 捜索隊が全員集まったところで、オーリが一度手を叩いた。注目を集めて、口を開く。

「では、これからアウィスの街に入る。三百年の間、誰も手を入れていないから、建物の強度は酷く落ちている。下手に衝撃を与えると倒壊しかねないから、充分に注意してくれ」

 その説明に、ちらほらと失笑が漏れる。

「信じられないなら、どこでもいいから石組みを観察してみればいい。漆喰が風化してぼろぼろになっているのが判るはずだ。私がこの三百年、こういった街に入ってもずっと無傷でいたとでも思っているのか? 高位の巫子でなければ、とっくに死んでいる」

 叱責するのではなく、ただ真剣な口調で告げる。ざわついていた集団が、しん、と静まった。

「執政所の中には、書類を保管してある部屋が幾つもある。とりあえず、二手に分かれよう。風竜王の親衛隊は私と、火竜王の竜王兵はペルル様とプリムラと一緒に部屋に入ってくれ。私たちが、もしも部屋が崩れそうになったら何とか支えるようにする。グランとアルマは、出してきた書類の判別を頼むよ」

「二人もいるか?」

 人員の構成を不思議に思って、尋ねてみる。

「少しは私を信用しろ。もしも手が空くようなら、その時体制を変更すればいい」

 僅かに疲れたように、オーリが返した。

「お前の街だ。お前の判断に任せる」

 グランが決断した。

「どうもありがとう」

 オーリはあまり嬉しそうではなかったが。



 大通りを、二列縦隊で進む。

 石畳が割れたり、浮き上がったりしている場所が結構あり、歩きづらい。先ほど警告したおかげか、誰も周辺の建物に近づこうとはしなかった。

「慎重に行動すれば、そんなに簡単には崩れないとは思いますが。できる限り、一つの部屋だけにいてください」

 アルマに手を預けているペルルに、オーリが注意すべき点を教えていた。

「建物の軋み、揺れ、あと、隙間風の動きを追っていれば、危険な兆候は大体判ります。その辺は、プリムラも判るね?」

 手を引いている少女に問いかける。プリムラは、黙って頷いた。

「もしも倒壊が始まったら、全員が退避するまでの間、御力で建物を支えていてください。そうなったら私たちも手伝いますし、お任せするのは最初の数分もないと思いますよ」

 ペルルは緊張した面持ちで、それを聞いている。

 十分ほどそうして歩いた先に、目指す執政所はあった。皆が、恐々と二階建てほどの高さの屋根を見上げている。

 オーリは無造作に正面玄関に近づいた。

 見ると、扉はドアノブの傍の板が乱暴に割られ、鍵が開いている。

「荒らされてるのか?」

 アルマの言葉に、視線も向けずにオーリは首を振った。

「昔、私が入った時のだよ」

 そのまま、鈍い軋みを上げながら、扉を開いた。


 扉の中は、ちょっとした広間になっているようだった。

「アルマ、来てくれ。場所の見当をつけに行こう」

「俺が?」

 訊き返すのに、少し呆れたような視線を向けられた。

「作業には灯りがいるんだよ」

「お前も便利に使ってくるようになったな……」

 ぶつぶつと呟きながら、玄関へと歩み寄る。

「蝋燭をつけて、うっかり書類を燃やしたいのなら私は構わないよ」

 言いながら、オーリは戸口をくぐった。広間の突き当りから、左右に廊下が延びている。

「漁業関係の部屋を探せばいいとは思うんだけど」

 青年が自信なさげに呟いて、とりあえず右手に折れた。扉にはそれぞれプレートがとりつけられている。

 二階の部屋まで見て回って、三部屋、それらしきものを見つける。近くにあった会議室のような部屋にも灯りを残した。

「さて。じゃあ、始めようか」



 書類は、基本的に木箱に詰められて保管されていた。

 かなり古いもので、しかもここ三百年は放っておかれていたが、幸い羊皮紙は多少変色しているものの、判別できないほど酷いものはあまりなかった。

 オーリは、探すものは『四百六年前から三百二十年ぐらいまでの間』の、『イグニシアから来訪した船の許可証』であることを説明したが、特に前半の、年代だけを重視してもいい、と強調した。

 アルマなどはそれを不審に思っていたが、理由が判明するのは二時間ほど後だった。

 捜索を始めて一時間ほどは、会議室に待機していたアルマとグランの元へ運ばれる書類も少なかった。しかし、その後、数は倍増する。

「ノウマード!」

 作業している部屋の一つの戸口に立ち、苛立ち紛れに怒鳴りつける。

「廊下は静かに歩いてくれよ」

 眉を寄せて、オーリが返す。

「もう少しちゃんと選べよ! これ、日付は合ってるけど、税収の書類じゃないか!」

 そう、運ばれてきた中には、全く関係ない書類が大量に混じっていたのだ。

 アルマとグランは、まずそれを選り分けるのに時間を取られていた。

 オーリが腕を組んで少年を見下ろす。

「中身までこっちで選り分けていたら、時間が幾らあっても足りないんだよ」

「……何で?」

 言っている意味が判らなくて、問い返す。

 オーリは、首をくい、と回して、背後の光景を示した。

 そこでは親衛隊員が、木箱の中から羊皮紙を取りだしては選り分けている。窓から差しこむ細い光の中に、埃が舞い踊っていた。

「あの、床に置かれた書類。あれが、目指している年代のものとは違うやつだけど、その三分の一ぐらいが、そもそも漁業関係じゃない」

「……え?」

「だから。昨日も言っただろう。フルトゥナの民は、書類の整理や分類や保管が苦手なんだよ。業務も違えば年代も百年ぐらいずれている書類が、一つの箱に雑多に収まってる」

 うんざりした顔で、オーリが告げた。

「いやおかしいだろ、それ! 部署ごとで書類を混ぜないとか、一年ごとに箱を分けて蓋に中身を表記するとかは当たり前だろうが!」

「分類学とやらが学問として成立してるイグニシアと一緒にしないでくれよ。うちの王家や執政所が書類を要求するから、一応作っておいて後は放置しておくのがフルトゥナの流儀だ。それで上手く回っていたんだから、まあいいじゃないか」

「よくねぇよ!」

 流石に分が悪いと判っているのか、視線を逸らしながら青年は言い訳した。それに怒鳴り返して、アルマは頭を抱える。

「該当書類かどうか判別するのは、二人でも余裕だったんだろう? 頑張ってくれ」

 あからさまに追い返されそうになって、腹を括る。この状態が続いては、効率が悪い。

「よし。じゃあ、流れ作業だ。五人で、まず年代だけ分けろ。その後、当てはまった書類を三人で部署別に分けろ。で、残りの二人が持ってくればいい。そうやって、全員が全員、箱から取り出して全部を判別しようとするから、ごっちゃになるんだよ」

 アルマが示した方法は、本当に初歩の初歩のやり方だったのだが、フルトゥナの民は皆が感心したような視線を向けてきた。

「……お前の国、大丈夫だったのか?」

 かなり不安になって尋ねる。

「社会のつくりが違うんだから、それは余計な心配だね」

 やはり視線を逸らせたままで、オーリは返した。

 踵を返しかけて、ふと思いついたところを告げる。

「ああ、そうだ。運ぶ役は暇な時間があるだろうから、必要じゃない書類を空いた木箱に詰め直しておいたらいい。片づけやすいだろう」

 が、風竜王の高位の巫子はきょとんとした顔で見返した。

「え? 何で? どうせもう使わないんだから、このまま置いておけばいいじゃないか」

「本当に大丈夫じゃないな、お前の国は!」


 とりあえず会議室に戻り、ことの顛末をグランに報告する。

 眉間に皺を寄せ、幼い巫子は考えこんだ。

「……ということは、他の部署に、目当ての書類が紛れこんでいる可能性があるってことか?」

「……あ」

 結局、調べるべき書類は更に倍増した。




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