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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
地の章

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02

「話が逸れがちだな。まあ、これはこれで有意義だが」

 グランの言葉に、ペルルが僅かに身を乗り出した。

「あの、先ほどのお話では、地竜王様は湖底におられるとのことでしたが」

 ペルルは、このような会議では殆ど発言しない。基本的に自らはグランの保護の基にあるという立場でいるからだろう。

 そもそも、一行の最年長者たちが陰謀を巡らせ始めると、彼女だけではなく他者にはおいそれと口は挟めない。

 グランは頷いて説明を始めた。

「ああ。古文書に基づいての推測ではあるが。だが、地上におられるのなら、多少なりと人の口に上るだろう。フルトゥナの古歌でさえ、把握できているものは一曲のみだし、今まではそれすら判らなかった。ここまで人目につかないとなると、水中、というのはそれなりに説得力はある」

「……それで、私の協力が必要なのですね」

 ペルルが静かに呟く。

 アルマが驚愕して彼女を見つめた。

 全ての計画を把握しているグランが、続ける。

「そうだ。貴女に、湖に潜って地竜王の痕跡を見つけて頂きたい」

「お役に立てるのならば、喜んで」

 柔らかく笑んで、姫巫女は軽く頭を下げた。


「なに……言ってるんだよ、お前」

 掠れた声で、何とか呟く。

 訝しげに、グランが視線を向けてきた。

「聞こえなかったのか? ペルルに、湖に潜って」

「聞こえたよ! 正気の沙汰じゃねぇだろ、この冬の湖になんて!」

 淡々と繰り返されかけて、怒声を上げる。

「あの、アルマ、大丈夫です。私は水竜王の高位の巫女ですから」

 宥めるように片手を添えて、ペルルが声をかける。

「だからって、そんなことは」

「ですから、私は水竜王のご加護によって、水に関する全てのことから護られます。水中で息が詰まることもありませんし、水の冷たさも熱さも、私を害することは一切ありません」

 更に言い募ろうとしたところを、遮られる。

 グランがそれに加勢した。

「お前は、僕が炎に害されないことを知っているだろう。ペルルもそれと同じだ。何も心配することはない」

 確かに、火竜王の高位の巫子は、炎の中に手を突っこんでも平然としており、火傷一つ負うことはない。アルマは幾度となくそれを見ていたが、しかし、それとこれとは話が別だ。

「駄目だと言ったら、駄目だ! 危険すぎる」

 困ったように、ペルルは僅かに首を傾げた。

「私には、それぐらいは散歩へ出る程度のことなのですが」

「貴女と出会ってから、一人で散歩へ行かせたことはありません!」

 とりなすような言葉を、一息で断じる。

 驚いたように数度瞬いて、そしてペルルは幸せそうに微笑んだ。

「ええ。そうでしたね」

 にこにこと笑みを浮かべる少女に、更には言い募れない。

 ならば、とグランに視線を転じるが、その場にいた男たちは、何故か全員気が削がれたような顔をしていた。

「あー、もう、いいんじゃないか、好きにさせたら。何なら今すぐ湖に蹴り落してやれば、自分がどれだけ彼女に対して足手纏いなのかちょっとは判るだろう。即座に心臓が止まらなければ、だけど」

 投げやりに、ぱたぱたと片手を振って、オーリが言い放つ。

「お前な、他人ごとだと思って」

「うん、他人ごとであることにこんなに感謝したことはないよ」

 皮肉げな表情を崩さずに、告げられる。

「もういい、オリヴィニス。こんな莫迦者でも、いないとなると色々困るものなんだ」

 溜め息混じりに、グランが静止してくる。

 プリムラが、心配そうな表情でペルルの袖に掴まった。姫巫女は優しくその赤銅色の髪を撫でる。

「ありがとうございます、アルマ、プリムラ。でも、何も心配はいりませんから」

「しかし」

 それでも食い下がろうとしたところで、どん、とグランが卓を叩いた。

「聞き分けろ、アルマ。まだ続けるなら、今すぐ岸に取って還して、馬の世話係に変更してやるぞ」

 じろりと睨みつけられて、ようやく少年は口を噤んだ。


「しかし、問題は山積みだねぇ」

 眉を寄せて、オーリが呟く。

「判っている。何より、地竜王がいる場所を絞りこめていないからな」

 グランが頬杖をついて、地図を眺めている。

「場所が確かじゃないのに、ペルルを潜らせるのか!?」

 アルマが驚いて割りこんだ。少しばかりうんざりした顔で、幼い巫子が片手を振る。

「そうは言っても、情報が少なすぎる。単純に考えれば、落ち窪んだ大地の底だろうが、最も深くなった場所が戦いが終結した場所とは限らない。一万年の時間が経って、湖底の地形も変わっただろう。湖畔だって同様だ。今の地図での湖の中央が当時の中央ではないかもしれない。そもそも、竜王がひとところに留まっているかどうかも定かじゃない」

「……全然駄目じゃねぇかよ」

 ここまで言われると怒るというよりも呆れて、アルマは呟いた。

「だからこそ、一度ペルルが潜って、地竜王の気配を探って貰いたい、ということでもある。水中となっては、僕もオリヴィニスもお手上げだ」

 火竜王と風竜王の巫子が役立たずだとさらりと告げる。

「例の古文書とかには、手がかりはないのか?」

 少しでもペルルの負担を減らしたくて、更に尋ねた。

「なんともあやふやな表現ばかりでな。オリヴィニス、古歌の方はどうだ?」

 それに関しては同意らしく、グランがすぐに答える。促され、オーリは考えこむように視線を天井へ向けた。指先が、楽器を奏でるように小さく動く。

「……いや。具体的なところはない」

「そうか。後で聴かせて貰う時に、注意しておこう。なにか判るかもしれん」

 それでも希望を捨てずに、そう予定を立てる。

「ですが、その、地竜王様を見つけることができたとして、その後はどうされるのですか? つまり、私は水竜王の巫女ですから、地竜王様のお言葉も御力も受け取れません」

 竜王と意思の疎通ができるのは、その高位の巫子だけだ。竜王自身は他者からもその意思を読み取ることはできるが、竜王の意思を受けとる方はそうはいかない。

「確かに、巫子は必要だな。竜王と人を繋ぐ者が」

 その困難さに、オーリが溜め息をついた。

 世界に存在する人間は、基本的にその属する国によって信仰する竜王が既に決まっている。敢えて言えば風竜王の加護から放逐されたロマだろうが、呪いを破り、風竜王が解放され、障害が減った今、彼らを地竜王の巫子として据えては風竜王の怒りを買いかねない。

 だが、それに関してはグランは軽く返した。

「心配には及ばん。巫子なら既に用意してある」

 きょとん、として、その場の一同が視線を交わす。

 当然、三竜王の高位の巫子は無理だ。竜王兵と親衛隊も、竜王に深く帰依している。そして、アルマは火竜王宮の管轄であるが、それを除いても〈魔王〉の血筋という時点で、竜王と深く関わることができない。

 と、なると。

 半ば唖然とした視線が、グランへと集中する。

「……ッ、大将っ!?」

 その背後で、金髪の悪党が驚愕の叫びを上げた。


 グランが軽く振り返って、相手を見上げる。

「何を驚いている。お前は竜王への信仰は一切持っていないのだろう」

「え?」

 信じられない、という表情で、イェティスが小さく呟く。

「いや、それはそうだけど、そんな人間は他にもいるだろ!」

「プリムラか? あれは普通に火竜王に信仰を持っていると言っていた。それに、ロマに育てられて、風竜王とも関わりがあるしな。ペルルに仕えているから、ある意味水竜王もか。ふむ、これでクセロが地竜王の巫子になったら、四冠だな。民にはまずありえないことだぞ」

 面白そうに、まだペルルの隣にいたプリムラに笑いかける。プリムラは何故か照れたように微笑んだ。

「いやそうじゃなくて! お偉いさんたちは知らないだろうが、特に信仰を持ってない奴なんて、巷にはごろごろしてるって話だよ」

「君ほど徹底したのはいなかった気がするけどなぁ」

 フルトゥナを出てから半年は気ままにカタラクタ王国を放浪していたオーリが呟く。

「それでも、だ。僕の前に現れたのは他でもないお前だった。しかもカタラクタとの戦が始まろうというタイミングで。お前を遣わしてくださったことに、僕はどれほど火竜王に感謝したか知れない」

 グランは片手を胸に当て、敬虔な表情を浮かべて告げる。

「初対面からおれをそんな目で見てたのかよ!」

 そのわざとらしさに苛立って、クセロが怒鳴りつけた。

「まあ、他に選択肢はないしねぇ。諦めた方がいい、クセロ。竜王にお仕えするのも、慣れればそう悪くはないものだよ」

 オーリが軽く忠告する。

「そういうことだ。諦めろ。ここは既に湖の上で、お前にもう逃げ場はない」

 この場所に追いこむまでが計画の内だと告げられて、クセロは絶望したように周囲を見回した。





 深夜に近い時刻に、男は暖炉の傍に椅子を寄せて座っていた。

 膝にかけた毛布の上に、分厚い書物を広げている。

 しかし、どちらかといえば物思いに耽っているようで、そのページはさほど捲られていない。

 やがて、扉が小さく叩かれた。

「遅くに失礼致します、旦那様」

 聞き慣れた声が、許可を請うてきた。


 室内に入ってきた青年が、マントを脱いでおらず、フードも被ったままなのを訝しむ。

「ここ数日、姿が見えなかったが、どうしていたのだ、エスタ?」

「アルマ様をお探ししておりました」

 深く一礼して、答える。

 当主は眉を寄せてそれを見返してきた。

「あれのことは放っておけと言っておいた筈だ」

「はい。そうしておりましたら、私は今でも愚かしい幸福の中にいられたことでしょう。ですが、もう、そうはしていられないのです」

 顔を上げ、まっすぐに主人を見据える。

 使用人たちは、大事な話があると言ってこの部屋から遠ざけてある。

 マントの内側から現れた手が、掴みかかるかのように指を曲げ、相手へと向けられた。

「貴方のお命を頂戴いたします。旦那様」




「俺は聴いちゃ駄目なのか?」

 夕食後、リュートを手に席を立ったオーリとグランについていこうとして、アルマは素気無く断られていた。

「まだきちんと思い出せてもいないし、まして人に聴かせられる状態じゃないんだ。君も、イェティスも遠慮してくれ」

 当然のように主人につき従おうとしていた親衛隊隊長が、失望した表情を浮かべる。

「グランはいいのかよ」

「僕は、古歌の内容を思い出すための過程を全て把握しておきたいだけだ。お前のように下心があるわけじゃない」

「いやこの場合、どっちが下心なんだ?」

 腑に落ちなくて、首を傾げる。オーリが小さく笑った。

「まあ、君たちにはちゃんと聴かせられるような形になったらね」

 そう言い残して、二人の巫子は船室へと籠もっていった。

 不満そうな顔をする仲間の家族が王都で危機に陥っていることを、誰も知らないままに。




 汗が、額から顎へと滴り落ちる。

 腕が重くて持ち上げていられない。

 眩暈が酷く、視界が揺れる。

 膝から力が抜けて、倒れてしまいそうだ。

 酷く動揺して、エスタは目の前の男を見つめていた。

 彼は、先ほど部屋に入ったときと同じく、ゆったりと椅子に腰掛けたまま、こちらをじっと見つめ返してきている。

「こん、な」

 アルマと違い、その父親は外見上はただの人間である。角は生えておらず、魔術は使えないし、身体能力も通常の範囲を逸脱はしていない。

 なのに、エスタの魔術は一切が彼に通用しなかった。

 発動さえすれば、今までにこの屋敷が三回は崩壊するほどの魔術を叩きつけているのに、男は涼しい顔を崩さない。

 魔術が使えなくなっている訳ではない。だとすれば、これほどの疲労感は覚えない筈だ。

 なのに、何故。

「……エスタ。私が、妹の存在を知ったのは、父の死の床でのことだった」

 男の、深い声が室内に響いた。

「妹はそっとしておくように、と父は言い遺したが、葬儀の後で私はすぐに彼女を探し始めた。だが、彼女はその頃には、駆け落ち同然に恋人と姿を消していた。私がどれほど残念だったかしれないよ」

 当主の話に、唇を引き結ぶ。

 既にエスタのフードは外れてしまっており、その長く生えた角が露になっている。

「そして、十年前だ。母親が死んだ、と言って、お前が私を頼ってきてくれた。せめて甥として正式に遇しようとした私に、立場が悪くなるからと、お前はそれを断ったな。それからずっと、お前は(せがれ)の影となって忠実に仕えてくれていた。お前には、本当に感謝している」

 今一度放った魔術は、しかしまたしても何の痕跡も残さずに消えた。

「なんだ、というのだ」

 息が苦しい。

 動悸が頭の芯に響いている。

「一体何なのだ、貴方は!」

 悲鳴じみた声で、叫ぶ。

 それについては、レヴァンダル大公家の当主は一切の沈黙を守った。



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