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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
魔の章

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19

 一昨日の移動に比べて距離が短く、さほど速度を上げなくても進めること、この地を覆っていた呪いが晴れて、呪術的脅威が減ったこと、公的には無人ではあるが、昨夜突然襲われたことなどを考えて、オーリは今日は一行を眠らせないと決めた。

 時々、風景が急に変わることがあっても気にしないように、と言い含めて。

 馬たちは、普段よりものんびりとしたペースで足を進めている。

 オーリはリュートを抱え、馬上で歌を歌っていた。

 思えば、彼のその行為は、行軍していた頃以来だ。

 人目を憚る必要がない、という状態は、程度の差こそあれ、皆を開放的にしている。

 その中で、一時間ほど一人で思い悩んでいたアルマは、意を決して馬を寄せた。

「クセロ」

 金髪の男は、ちらりと視線を向けてきた。

「よぅ」

「……昨夜の、ことなんだけど」

 クセロは、何のことだ、と言いたげに首を傾げる。

「グランの怪我は酷かったのか?」

 それでも直接は問い質しにくく、遠まわしに尋ねてみる。

「あー、まあ、酷いんじゃねぇの? 大将は今まで矢面に立つことは殆どなかっただろうしな。掠り傷だって珍しいだろうよ」

 呆れた風に答えが返ってきた。

「いや、相対的にどうとかじゃなくてさ」

 意図が通じていなくて、もどかしげに続ける。

 クセロが少しばかり真面目な顔で見つめてきた。

「具体的なところが聞きたいのか? 外傷は六ヶ所。傷口は直径一センチから四センチ。あまり綺麗な傷じゃない。深さはさほどでもなかったが、そもそも大将があの身体の大きさだ、出血はそれなりだっただろう」

 アルマが手綱をきつく握り締める。

「まあそれを、何十分かで綺麗に治しちまうんだから、大したもんだよな」

 片手を振って、クセロは感心したように締めくくった。

 しかし、釈然としない風のアルマを見て、溜め息をつく。

「あのさ。おれは上流階級出身じゃないんだから、そっちの流儀には疎いんだよ。訊きたいことがあるなら、はっきり言ってくれ」

 まっすぐに切りこまれて、たじろいだ。

「ああ、いや、はっきり、っていうか」

 クセロは視線を外してこない。

 俯いて、アルマは呟いた。

「……俺は、グランに信頼されてないのかな」

「は?」

 心底意外なことを聞いた、というように、素っ頓狂な声を上げられる。

「ほら、昨夜、あいつ俺には触るな、って言ったのに、お前にはおとなしく連れていかれてただろ。そんな酷い怪我をしてるときに、俺には頼って貰えないのかって」

 たどたどしく、自分の気持ちを説明する。言葉を繋げるほど、その思いが子供じみていて我ながら少々情けない。

「そりゃ全然違うだろ、旦那」

 呆れた風に返される。

「何が違うんだよ」

 拗ねたような言葉が、口を衝く。

 だが、クセロはあっさりと答えた。

「おれも旦那も、大将のために汚れ仕事を請け負ってる。だけど、その役割は全然違うじゃねぇか。それこそ昨夜みたいに、あんな人間離れした奴らを相手どって大立ち回りとか、おれにはできねぇよ」

「いやあれは」

 立ち回ったというか、立ち回られたというか。

 少々ばつが悪いが、クセロは気づかないように更に続ける。

「逆に、善良な人間を口先でごまかすとか、旦那はできねぇだろ。どっちかって言うと、そういう取るに足らない汚れ仕事がおれの役割だ。大将を連れ帰って血で汚れた服を始末するぐらい、おれにしたって大した仕事じゃない」

「別に、取るに足らなくないだろ。それに」

 クセロがいると知らなかった時から、自分は拒絶されていた。

「それに、まあ、旦那に対しては多少、面子ってもんがあるんだろうよ」

 しかし、ひょい、と肩を竦めて金髪の男は告げた。

「……面子?」

「大将は、旦那のことは生まれた時から知ってるんだろ。そんな相手に、下手打ったところなんて見られたくねぇよ。沽券に関わる」

「そんなもんか?」

 ぴんとこなくて、首を傾げた。

 しかし、それに関してはクセロは絶大な自信を持っているらしく、きっぱりと頷く。

「そりゃ大将はあんななりだし、子供扱いされることは慣れてる。許すかどうかは別だけどな。だからって、あんたには特に、弱ってるところなんて見せたくないさ」

「……お前はどうなんだよ」

 訳知り顔で告げられるのが、少しばかり面白くなくて尋ねる。

「言っただろ。取るに足らない仕事を任せるのは、取るに足らない人間なんだ。大将がおれに対して維持したい面子なんざないよ」

 自嘲すら滲ませずに、笑う。

 何かが、しっくりこない。

 とはいえ、グランもクセロも自分より歳上だ。単純に、人生経験では彼らに及ばない。

 彼の説明で満足するべきなのだろう。

 長く溜め息をついて、気持ちを切り替える。

「そういえば、クセロは何でグランの下で仕事をしてるんだ?」

 ふと思いついて尋ねる。

 今度は掛け値なしに自嘲して、クセロは口を開いた。

「大した経緯じゃない。一応、恩があるんだよ」

「弱みでも握られてるのかと思ってた」

 率直に返すと、ぱたぱたと片手を振ってきた。

「似たようなもんだ。一年少し前かな。まだ王都でも暑さが残っていた頃だ。おれはプリムラと一緒に、竜王宮の宝物庫に盗みに入ったのさ」

 その辺りは、ちらりと以前にほのめかされている。

「プリムラも?」

「冬でもなきゃ、空気取りの窓は鍵がかかってないことが多い。子供が小さいうちは、そこから中に入れるんだ。で、内側から他の入口の鍵を開けておれが入りこむ。良くある手だよ」

「考えるもんだな。けど、竜王宮なんて警備が厳しいことぐらい判ってただろ?」

 不思議に思って訊くが、男はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「難攻不落、って宝物庫があるなら、男なら一度は挑んでみたいものじゃねぇか」

「結局難攻不落だったんだよな」

 盗みに入られた、とは噂にも聞いていない。クセロは目に見えて肩を落した。

「まあ、うん、なんだかんだでとっ捕まったんだよ。で、大将が幾つか個人的な質問をしてきた。身内はいるかとか何とか。おれは親兄弟はいないし、プリムラもそうだ。汚れ仕事をさせるには最適だったんだろうな。こっちとしても、縛り首になるところを勘弁して貰ったんだから、否とは言えないさ」

「……男のロマン、ってやつは追及しない方がいいんだな」

 とりあえず感想を述べておく。

「旦那はまだ若いんだから、ちょっとばっかり冒険しておけよ」

「お前に(そそのか)されても、説得力がない」

 楽しげに言う男の言葉を、きっぱりと却下した。




 出発前に、オーリが一行を運ぶことに伴い、突然風景が変化することがある、と警告していた。

 が、周囲は一面の草原である。街もないし、森もないし、人もいない。

 時折、微妙に違和感を感じることがあったが、その程度だ。

 しかし、夕刻になった頃、突然目の前に湖が広がった時には流石に驚く。

「うぉぁっ!?」

 それぞれが反射的に手綱を引いたため、馬が(いなな)いた。

 平然としているのはオーリとその騎馬だけだ。

「そろそろ普通に進んでもいい頃だからね」

 目の前、と言っても、そこは湖岸に向かってなだらかに坂になっている辺りだ。岸辺に広がる街にはまだ入っていない。

 見たところ、アウィスの街は、国境の港に比べてまだ原型を留めているようだ。

 しかし、オーリは厳しい顔で告げた。

「この辺りは戦乱に巻きこまれてはいないから、さほど破壊はされていない。けど、三百年誰も住んでいないんだ。いつ、どこが崩れてもおかしくない。あまり建物に近づかないように」

 大通りを選んで、慎重に進む。実際、そこここで崩壊している建物が散見できた。

 港の広場に着いた時には、皆がほっと息をつく。

 見回すと、沖合い、数百メートル離れた辺りに、船が三艘浮かんでいた。

「……なんだ、あれは」

 馬車を降り、桟橋へ近づきながらグランが眉を寄せて呟く。

 一艘は、国境で河を渡ったときのものだ。しかし、残り二艘には見覚えがない。

「竜王兵は捕まったのかな」

 落ち着かない気分で、アルマが口にした。

「だとしても、私なら竜王兵の乗っていた一艘だけでここへ来るね。油断させておいて、私たちを捕らえるにはその方がいい。わざわざ姿を見せるなんて、論理的じゃない」

 オーリも、難しい表情で考えこんでいる。鞍袋を探って、以前、額に巻いていた布を取り出した。

「ただの用心だよ」

 そう言い訳しながら、再び額に嵌められた宝石を覆う。アルマも、マントのフードを深く被った。

 やがて、船の方でもこちらに気づいたらしい。舟を下ろし、こちらへ向かって漕いでくる。

「グラン、馬車に戻った方がいい」

 舟を見据えて、アルマが忠告する。まだ、細部が見えるほど近くはない。

 オーリも、さり気なく弓に矢を番えた。今は手を下ろしているが、いつでも放てる状態だ。

 グランはおとなしく馬車へ乗りこんだ。プリムラが向きを変えていたので、窓から様子を伺っているのだろう。

 舟がぐんぐんと距離を縮めてくる。乗っているのは、四名。少なくとも、こちらを向いている一人は王都の竜王兵隊長、ドゥクスだ。

 そして、もう一人は。

「……え?」

 声が聞こえてきたのか、オーリが呆然とした呟きを落とした。


「皆様、大事ございませ」

「オリヴィニス様、ご無事で!」

 舟を桟橋から数メートルのところにまでつけ、ドゥクスが声を上げる。

 が、横から同乗者が身を乗り出すように遮ってきた。

「お前は少しは遠慮しろ!」

 竜王兵の隊長が怒声を上げる。

「誰の許しを得て、そんなことが言えるのだ?」

 が、相手は見下すような口調でそう応じた。

 舟に乗っている残り二人は竜王兵だったが、呆れたようにその様子を眺めている。

「あー……ええと、どうしてお前がここにいるんだ、イェティス?」

 腕を組み、憮然としているグランは口を開かない。とりあえず、困ったようにオーリが尋ねた。

 深々と風竜王宮親衛隊隊長、イェティスは頭を下げた。

「それは」

「大変申し訳ございません。ドロモス河を越え、皆様をお見送りした後、こやつらが卑劣にも攻撃を仕掛けて参りまして、拘束されておりました」

 今度はドゥクスが言葉を遮る。

「攻撃?」

 イェティスはあからさまにむっとしていたが、オーリが繰り返すのに頷いた。

「我らが領土を侵す者を、放置はしておけません」

 そういえば親衛隊は、一行にも攻撃と拘束を行っていた。そもそもが防衛のためにある拠点だ、渡河の時点から見張られていても、おかしくはない。

「法的には、フルトゥナの領土ではなかろう。イグニシア王国が、手を入れずに放っておいているだけだ」

「入れられずに、の間違いではないか」

 竜王兵の隊長と親衛隊の隊長が再び言い争いを始める。

「ドゥクス。報告だ」

 苛々と、グランが命じた。男は慌ててこちらを向き、姿勢を正す。

「はっ! 三日前の午前中まで拘束は続き、その後、奴らを同行させる、という条件で解放されました。無論、全員を斬り捨てて堂々と脱出を果たしてもよかったのですが、皆様の安全を確認もできぬ状況では、下手に逆らうこともできず、要求に従うことにした次第でございます」

「やれるものなら、やってみれば……」

「イェティス。黙って」

 突っかかりかけるのを、オーリが一言で止める。

「仲悪ぃんだな……」

 呆れて、アルマは呟いた。

 それを耳に挟んだらしい、舟を漕いでいた二人の竜王兵が苦笑する。

「まあ、体制の犬って奴はああいうもんだよ。組織が向く方向へきゃんきゃん吠えかかるのが主な仕事だ」

 一歩後ろに下がっていたクセロが訳知り顔で話しかける。

「今日のお前は本当に説得力がないよな」

 が、アルマに返されて、僅かに傷ついた顔で視線を逸らせた。

 グランが溜め息をつく。

「ならば、あの二艘はそいつらの船なのだな」

 いがみ合う二人が、揃って一礼して肯定する。

「では、さほど問題はない。勿論、火竜王宮の船は完全に解放して貰えるのだろう?」

 水面の位置は、桟橋よりも低い。その高低差を利用して、グランは存分に相手を睥睨していた。

 イェティスがやや居心地悪げな顔をする。

「勿論だよ。今までの護衛、ご苦労だったね、イェティス」

 さらりとオーリが口を挟む。

「とんでもございません、我が巫子」

 風竜王の高位の巫子の決定に、半ば残念そうに、半ばほっとしたようにイェティスは軽く頭を下げた。


 呪いは破れ、国土はもう安全だという言葉を受け、舟が桟橋につけられる。

 竜王兵の一人が桟橋の先まで走り、手にした旗を大きく振った。沖に停まっていた船が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

「馬と馬車を積みこみますか?」

 ドゥクスが尋ねてきた。グランが眉を寄せる。

「何日かかるか判らないからな……。何人か、世話をさせる人間を残せるなら、ここへ置いていこう。幸い、人手は増えたことではあるし。本格的に移動する前に拾いにくればいい」

 船に馬を乗せると、世話が大変だ。主に餌と排泄物の問題で。揺れる船の中では、馬も落ち着かないということもある。

 何の話かは気になったが、グランは自分で決めた時まで事情は漏らさない。

 諦めて、アルマはペルルと共に船の繋留作業を見守った。



 馬と何人かの人手を廃墟に残し、火竜王宮の船に乗りこむ。

 充分に沖に出たとグランが判断したところで、一行は船室へと移動した。

 少々手狭ではあるが、会議のできる部屋へ通される。

 三竜王の巫子と〈魔王〉の(すえ)が着席し、火竜王兵の隊長と盗賊たち、風竜王の親衛隊長がそれぞれの主の後ろに立った。

 一同を眺め渡し、グランが口火を切る。

「我々は、先日風竜王を解放することに首尾よく成功した。続く行動について、気を揉んでいる者もいるだろう。事情があってここまで話せなかったことを詫びておこう」

 軽く全員を見回す。

 特に口を挟む者がいないことを見て取り、幼い巫子は言葉を継いだ。


「……さて、その行動とは、もう一柱の新たな竜王を解放することだ」





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