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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
魔の章

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12

「久しぶりだな。エスタ」

 懐かしさに、顔が綻ぶ。だが、それはアルマだけだったようで、青年は一瞬で豹変した。

「久しぶり? 久しぶり、の一言で片づけられる状況ですか! 私が一体どれほど心配したとお思いです?」

「え、あ、いや、ええと」

 その剣幕に怯んで、思わず一歩下がる。

「それに、お怪我をされていたそうではないですか! 経過はどうなのですか、まだ完治していないなんてことはないでしょうね」

「ええと、怪我?」

 言い募る言葉についていけなくて、とりあえず尋ねる。

「御者が、竜王宮に運んだと。あのロマと一緒に」

「ああ、うん、あれか。大丈夫、治ったよ」

 角の傷は、自分で見られる場所ではないが、もう痛みはない。グランが言うには、今は角鞘にうっすらと痕が残っている程度らしい。

「『あれ』? まさか、まだ他にも何かあるのですか?」

 しかし安心させようとした言葉に、更に食いつかれて、空を仰いだ。

 まあ、あの日、ロマに襲われた後にオーリに切りつけられ、その後山賊に殴り倒され、またオーリと殴りあい、風竜王宮親衛隊に拘束されたり、フルトゥナにはびこる呪いにあわや何度か貫かれるところだったりしたのだが。

 思えば濃密すぎる一ヶ月である。

 詰め寄ってくるエスタに、閉口しながらも笑みが漏れる。

「笑ってごまかそうとされても……」

「お前がいなくて寂しかったよ」

 ぽつり、と零した言葉に、エスタが口を(つぐ)んだ。

 マントの下から伸びた両手が、ぐい、とアルマの胸倉を掴む。

「……でしたら、黙っていなくなるなんてこと、しないでください」

 歯を食いしばって、低く呻く青年に、素直にアルマは頷いた。

「うん。ごめん」


 数分後、何とか落ち着いたエスタが、仕切り直すように口を開く。

「それで、一体何があって、こんなところまで来ているんですか?」

 二人は草原にぽつんとある岩に、もたれるように座っていた。今夜は、月は昇っている。エスタはその影が落ちる辺りに座っており、相変わらずフードを被っているために、その表情は見えにくい。アルマの視力でなければ、殆ど判らないだろう。

「ああ、それがグランがさ……」

 話し出そうとして、ふと気がつく。

「いや、知ってるはずだろ。王都を出る前に、グランがうちに伝言を送るって言ってたぞ」

 エスタが露骨に眉を寄せる。

「届いておりませんよ」

「え?」

 予想もしなかった答えに、問い返す。

「貴方も、グラナティス様も、ペルル様も行方不明ということになっています。竜王宮は一切情報を出さないし、王宮は手を打ちかねていて、旦那様はお屋敷に半軟禁状態です」

「親父が?」

 流石に、それはただごとではない。

「ともかく、理由をお聞かせください」

「……ああ、いや、俺から話すことはできない」

 ふと、この旅の最初に、グランが最高機密も同然だ、と言っていたことを思い出す。急かすようなエスタの言葉を拒絶した。

「私に話せないような理由なんですか? まさか、本当に、ペルル様と駆け落ちされたなんてことは」

「ちょっと待て何だそれは!」

 更にただごとではない理由が出てきて、怒声を上げた。

「王宮の、というか、議会が査問会を開いたんです。議事録に目を通すことができたんですが、何人かの議員はそう考えていたようですよ」

「……冗談だろ……」

 片手を額に当て、力なく俯く。

 欠席裁判じみたものが開かれた、とは聞いていたが、まさかそんな流れになっていたとは。

「違うんですよね?」

「当たり前だ! 名誉にかけて、そんな真似はしていない! そもそも、駆け落ちにグランとノウマードたちを連れていく訳がないだろ!」

 重ねて問いただされて、怒鳴りつける。

「ノウマード。……やはり、あれが一緒なのですか」

 低く、エスタは呟いた。

 しかしそんなことに気を回す余裕もなく、アルマは考えを巡らせている。

「……親父は、どう考えてる?」

「旦那様ですか? あれにそんな度胸はないだろう、と一笑されたとか」

「そっちじゃねぇよ!」

 実は核心を衝かれていたことにも苛立ち、掌で膝を叩く。だが、その程度の威嚇が効く相手でもなく、じゃあどっちですか、と短く問い返された。

「グランと俺が揃って姿を消したこと、だ。王宮の査問会ではともかく、うちの中はどうなんだ? ちょっとでも不安か不審に思っていたか?」

 記憶を浚うように、数秒間考えこむ。

「……いいえ。特に動揺もされず、心配ない、とだけ、お話しされました」

「そうか。じゃあ、やっぱり知ってるんじゃないか」

 さらりと結論づけた言葉に、エスタは首を傾げた。

「伝言は、多分親父に伝えられた。それで、その態度だ。俺が今動いているのは、竜王宮の仕事で、しかも隠密活動だ。口外が許されないなら、そりゃ親父は何も言わないだろうよ」

「私どもにも、ですか?」

 僅かに傷ついたような表情になる青年を、まっすぐに見つめる。

「大公家の第一の忠誠と義務は、竜王宮に対するものだ。グランが沈黙を要求するなら、俺たちは一言も喋らない。それぐらい、お前もよく知ってる筈だ」

「……あの腐れ巫子が……」

 エスタが視線を逸らせ、低く毒づく。その言葉に耳を疑って、アルマは数度瞬いた。

「……エスタ……?」

「判りました。もう、お訊き致しません」

 そんな主人をよそに、気持ちを切り替えたのか、きっぱりと青年は言い切った。

「では、お屋敷へ戻りましょう。アルマ様」


「……お前、俺の話聞いてたか?」

 何だか酷く徒労感を感じて、力なくアルマは呟いた。

「勿論です」

「俺は今、竜王宮の仕事中だって言っただろう!」

 怒声に、しかし青年は動じることはない。

「はい。貴方とグラナティス様のご不在で、王都での竜王宮の影響力は日に日に衰えています。竜王宮にはグラナティス様に代わる人材がおられないのですから、仕方がありません。が、大公家がそれに巻きこまれることはないのです。貴方さえお戻りになれば、大公家はまだ立て直せるでしょう」

 真面目な表情で、そう告げてくる。

 そんなことは、考えもしなかった。アルマは軽く眉を寄せる。

 グランはこの三百年、殆ど王都の竜王宮から出ていない。その間に築き上げた権力は大きく、アルマにはそれが揺らぐことなど想像もできなかったのだ。

 しかし。

「竜王宮を見捨てろって言うのか?」

「大公家の爵位と財産を認めているのは、王家です。竜王宮ではありません。忠誠と義務、とおっしゃいますが、その理由が何かに明文化されておりますか? グラナティス様の主張だけでしかないのです」

 エスタから、俗な理由を告げられて、思わず反論する。

「爵位と財産が大事だなんて……」

「それを全て含めての、名誉です! それとも、それらを失って、まだ名誉が無事であるとでもお思いですか」

 確かに、失脚してしまった後で、名誉のみが残ることなどはあり得ない。

「だけど……」

 段々と歯切れが悪くなるアルマの肩を、青年が強く掴む。

「大公家の、〈魔王〉アルマナセル様の血を引く嫡子は、貴方一人です。今、旦那様にもしものことがあれば、それだけで大公家はおしまいです。お戻りください、アルマ様。少しでも、大公家が大事であるならば、どうか」

 まっすぐに見据え、説得してくるエスタから、アルマは視線を逸らせた。

「……悪ぃ。俺は、戻れないよ」

 エスタの両手が、主人の肩から、力なく滑り落ちた。


「アルマ様……」

「や、ほら、大体、親父のことは心配ないだろ。あれでもグランに育てられて、今まで何十年と王家とやりあってきたんだぜ。そうそう簡単に何とかなる訳が」

「アルマ様」

「それに、グランと言えば、あいつが何ヶ月か留守にするぐらいで、竜王宮が弱体化するような作り方はしてないだろ。最低でも現状維持はできる筈で」

「アルマナセル様!」

 思いつくままに考えを口にして、エスタを宥めようとしていた少年は、相手の叫びに口を閉じた。

「……貴方にとって、大公家は大切ではないのですか」

 縋るような声に、胸が痛む。

 だけど。

「……ああ。俺には、今、家よりも大事なものがある」

 三竜王の高位の巫子が、世界を救うために立っている。

 そして、そのために自分が必要だと求められたのだ。

 だがそれは、大公家をないがしろにしていたとしても、〈魔王〉の血筋を軽く見ている訳ではない。

 この、生まれてからずっと重荷でしかなかった血筋が、その力が、望まれて役立っているのだから。

 それを、目の前の兄とも慕う青年に判って欲しい。だが、グランの要求する沈黙が、それを果たさせない。

「一応、この場所でやらないといけないことは、昨日で終わったんだ。ひょっとしたら、この後は王都に戻ることになるかもしれないしさ。待っててくれよ。時間はかかっちまうだろうけど……」

 せめて、と話し出したところで、言葉が宙に浮く。

 エスタは、沈痛な面持ちでこちらを見つめている。

「……エスタ。お前、どうやってここに来た?」


 フルトゥナを覆う呪いが解けたのは、昨晩だ。それまでは、どうしたって誰もこの国土の内部へは生きて入れなかった。唯一の例外は、風竜王の加護を受けられていた、彼ら一行のみだ。

 アーラ砦はフルトゥナの中心にある。イグニシアからは、船を使い、湖から来るルートが最も早いだろうが、湖岸からここまで辿りつくのは、一日では無理だ。

 アルマ達が、国境から一日でここまで進んだせいで、ぴんときていなかったせいもある。久しぶりに会ったことで、喜びが勝っていたせいもあるだろう。

 しかし、そもそも彼らは追っ手に行く先を気づかれてはいなかったのに、どうしてエスタが、今、ここにいるのだ?

 納得できる答えが、出てくるとは望めない。

 それでも、説明を聞けると思っていた。荒唐無稽であっても、何かしらの理由を。


 だが、次の瞬間、エスタの掌はアルマの口を塞ぎ、その勢いのまま、背後の岩へと身体を叩きつけていた。


「……ッ!?」

 後頭部が岩にぶつかって、一瞬目の前に火花が散る。

 近く寄せられた、目深に被ったフードから除く目が、酷く据わっていた。

 問い質したくても、声が言葉にならない。

「ならば、腕ずくでも。……おとなしく連れ戻されるなり、この場で死んで頂くなり、私はどちらでも構いませんよ」

 低く囁いてくる声に、ぞっとした。

 相手は、貴族ではない。ロマではない。

 自分に怨みを持っている人間では、なかったはずだ。

 ほんの数分前まで、過剰と言えるほどに自分を案じていた人間から突きつけられた殺意に、血の気が引く。

 落ち着いて考えれば、アルマがその身体を引きはがせない筈がない。相手が年上で、身体を鍛え、その行動に躊躇がないとは言え、アルマは〈魔王〉の血を引いている。一対一であれば、そもそもの身体能力で、普通の人間には勝ち目がない。

 にも関わらず、アルマの藻掻く動きは、微塵も効果が見られなかった。

「まあ、いい。貴方は、まだ判っていないだけなのだから。貴方の力も、レヴァンダル大公家の真実も、世界の本当の在り方も。私がそれをお教えしたら、きっと判ってくださいますよねぇ? ……殺すことは、いつだってできるのですし」

 空いている片手が、アルマの頭の布をまさぐった。岩に押しつけられているために、解くことはせず、ぐい、と引いて緩めることにしたらしい。

 乱暴に圧迫され、角に鈍い痛みが生じる。

 混乱していても、アルマの行動の切り替えは早い。今までに何度も受けた経験が、感情を切り離し、とにかく早く手を打つことを求めている。

 エスタを振り払おうとしていた手を、離した。一瞬の後に、その掌が眩く発光する。

「何を……?」

 手の中に現れた光球が、視界を縦に引き裂いた。凄まじい速さで放たれた光球は、そのまま真っ直ぐに天へと昇っていく。

 そして、遙か上空で、明るい光を放ったまま爆ぜた。

 音はしない。彼らの呼吸音以外は、ほぼ静寂が満ちている。

「……呪文を唱えずに、魔術を使うなんて……。だとしても、あの程度のことしかできないのに、一体何のつもりだったのですか」

 眉を寄せたまま、問いかけてくる。答えを聞きたいのであれば、まず言葉を解放して貰いたい。

 だが、アルマは声を出そうとする努力すらせず、ただ、目の前の青年を睨みつけた。

 それでも、少しばかり冷静になったのか、相手からあからさまな殺意は消えた。

 尤も、事態が好転した訳ではないが。どう見ても、今のエスタは今までにないほど酷く不安定だ。あと数分も時間を稼げず、即座に殺されてしまうかもしれない。

 しかし、エスタは迷っていた。

 布を剥ぎ取ることを続けようとはせず、かといってアルマを連れて行こうともせず、そして幸いなことに、殺してしまおうともしていない。

 ただ、主の意図を推し量るかのように、じっとこちらを見つめている。

 しかし、それもほんの数分程度のことだった。

「………………にかけて!」

 やがて上空から微かに声が聞こえた瞬間、幾つもの炎がエスタに向けて降り注いだ。



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