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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
風の章

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14

 森を出ると、数十メートルの距離を置いて、地面はなだらかな下り坂になっている。

 それは、ドロモス河の川辺へと続いていた。

 ドロモス河は、内陸湖であるペルデル湖から海へと流れ出す河のなかで、最も大きなものである。彼らは今、どちらかといえば湖寄りの位置にいたが、それでも川幅は五百メートルほどになるだろう。

 そして、その川の向こう側が、元フルトゥナ王国の版図だ。

 川辺は、両岸ともに草木が雑多に生えており、互いにあまり差異は見られない。

 だが、向こう岸の坂を上がった辺りで、ややごつごつとした岩山が聳え、視界を遮っていた。

「旦那、一緒に探してくれよ。この近辺に、竜王兵が待機してる筈なんだ。他の奴らに見られない様に、姿を隠してる」

 クセロに頼まれ、慌てて周囲を見回す。

 やがて、ある木々の塊に目を止める。

 風とは無関係の動きで、がさがさと梢を揺らしていた。

「……あそこだ。赤い制服が見える」

 指を指して告げる。目を眇めて見ていたクセロが、頷いた。


 馬車をやや広くなった場所に停め、近づく。藪の外で、竜王兵が五人、立っていた。

「ご無事で何よりでした」

 深々と頭を下げる先頭の男には、アルマも見覚えがある。

「ご苦労だった、ドゥクス」

 彼はがっしりとした身体つきをした、三十代半ばほどの男だ。王都の竜王兵の隊長を務めていた。

「船を隠しております。出して参りますので、馬車を川岸までつけて頂けますか」

 無駄なことを一切告げず、ドゥクスは要請した。グランは無言で頷く。

 石畳で舗装された道は、川岸へ向けて縦横に何本も広がっている。

 三百年前、ここは割と大きな街だった。フルトゥナとの国境ということで、両国民が行き交い、関税所が設けられ、川を渡る桟橋が幾つも作られていて、多くの船が渡っていたという。

 しかし、既に建物は土台が残っているばかりとなり、それも草木に埋もれている。川に突き出している石造りの桟橋はまだ幾つかあったが、かなり崩れてしまっていた。

 川岸に生えている木々の間から、ゆっくりと船が進み出てきた。甲板が広く、喫水が浅い。外海ならともかく、湖や川を渡るなら、この方が安定する。

 竜王兵の一人が、無人の馬車を御した。桟橋へ注意深く進めていく。斜めに渡された板の上を、二人の兵が馬車を引く馬を先導しながら甲板へと移動させた。乗馬も次々に引かれていく。

 足場の悪い桟橋の上を、歩いて進む。怯えを見せるかと思ったが、アルマの手に掴まったペルルは、あっさりと船に乗りこんだ。

「物資は五日分で宜しいですか?」

「ああ。それまでには充分片がつく」

 ドゥクスの問いに、グランが答えた。竜王兵たちは、船を出す準備に余念がない。

「帆を張るのか? 風は弱いな」

 クセロが、周囲を見渡しながら呟く。王都から殆ど出たことがない、という男は、船に乗りこんでからやや落ちつかなげだった。

「向こう岸がさほど遠い訳じゃないからね。この辺りはまだ川の流れが早くもないから、帆と船の角度を調節すれば、そう難しくもなく向こうの桟橋につけるだろう。……残っていればいいけど」

「大丈夫だろ。壊れ具合は、こっちとどっこいどっこいだ」

 オーリの懸念に、目を眇めてアルマが告げる。流石に彼の視力を持ってしても遠いが、何となく判らなくもない。

「こちらに待機している間、夜間に一度、向こうへ渡っております。桟橋を調べましたが、使用に耐えられるものと判断しました」

 少し離れて立っていたドゥクスが答えてくる。

「随分前からここにいたのか?」

「一週間ほどになります」

「……俺たちも船で来たら早かったのにな」

 僅かに眉を寄せ、アルマが呟いた。

「確かに早いが、湖を行く船は目立ちすぎる」

 むっつりとグランが反論する。

「実際、我々も幾度となく警備隊に停められ、中を改められました。陸路を行かれる方が懸命でしたでしょう」

 ドゥクスが穏やかに補足する。

 ぎし、と綱が軋み、帆が風を孕む。

 彼らは封じられた死の王国、フルトゥナへ向けて水を切った。


 さほど距離はないため、船に乗っている時間自体は、あっという間だった。

 物資を積みこみ、馬車と馬を船から降ろす。

「それでは、三日後を目処に」

「ああ。宜しく頼む」

 竜王兵たちと簡単に挨拶を交わし、彼らは再び馬に乗った。

「封印が解けた、っていうのは本当なんだな」

 砂埃の舞う中で、アルマが呟く。生命(いのち)あるものが踏みこめば即座に死を迎えた、という伝説の呪いは、彼らに襲いかかってはきていない。

「いや、この辺りはまだ厳密にはイグニシアだよ」

 しかし、あっさりとオーリが否定した。

「川が国境じゃないのか?」

 首を傾げ、アルマが問う。

「昔、侵攻以前はそうだったんだけどね。イグニシアが攻め込んできて、前線がどんどんと内陸へ向かっていった。あの呪いが発動した時点で、フルトゥナが確保できていた土地が、呪いの範囲内だ。川から二十キロばかり、内陸に入ったところになる。カタラクタ側も同じだ。尤もあっちは、進軍の速さだけを重視して進んでいったから、イグニシア軍が占拠していた土地はあまり広くないけど」

「どちらにせよ、呪いの境界がはっきり判るような人間はそういない。川を国境としておいて貰えれば、こちらとしても好都合だ。呪いが及ぶ土地まで来たら、僕とお前とアルマでもう少し緩めよう。そうすれば、楽に進んで行けるはずだ」

「俺が?」

 驚いて少年が訊き返す。

「当たり前だ。何のためにお前を引き摺ってきたと思っている」

「色々心当たりがありすぎるよ」

 断言されて、溜め息をつきつつぼやいた。

「草原の国だって聞いてたけど……」

 坂道を上りきった辺りに聳え立つ岩山を見つめながら、プリムラが戸惑った。

「冬だからね。草はもう枯れてる。この岩山もそんなに長くは続かないよ。まあここにこれがあったおかげで、しばらくは侵略軍を抑えることができたんだけど。護るには容易い地形だ」

 岩山の間を風が通り、甲高い、奇妙な音を立てる。まるでどこかで人が泣き叫んでいるような。

 そして、整備すらされていない街道は、酷く状態が悪かった。石畳は割れ、剥がれ、落ち窪んでいる。

「オリヴィニス! どれぐらいかかりそうだ?」

 がたがたと揺れる馬車の窓から顔を出して、大声でグランが尋ねた。

「順調にいけたとしても、ほぼ一日近くかかるだろう。それに、できれば呪いを越える辺りまでは慎重に行きたい。今日はもう午後を回っているし、進めるだけ進んで、どこかで夜を明かして明日の朝から始めた方が……」


「……オリヴィニス……?」


 風の中に、小さな囁きを聞いた気がして、オーリが鋭く視線を上げる。

 石を踏んで土が崩れる音。呼吸音。軋み。弓の、弦。

「走れ!」

 叫びと共に、馬の脇腹に踵をぶつけた。がらがらと音を立てて疾走する一行の頭上を、放物線を描いて幾本もの矢が飛んでいく。

「きゃぁあ!」

 御者席を飛び越えて落下した矢に、プリムラが悲鳴を上げる。

 岩山のどこかに身を隠している襲撃者は、こちらに一切姿を見せない。

 長くは続かない、とは言ったが、だからといって数分で抜けられるものではない。まして、待ち伏せされていたこの状況で。

 ぎし、と奥歯を噛んで、オーリは顔を上げた。風切音を響かせながら、絶え間なく降り注ぐ矢の軌跡を計算する。

 しかし、当たりそうもない。一本も。

 ……これは、わざと外しているのか。

 嫌な予感に、眉を寄せる。

 谷底を走り抜ける一行が道なりに曲がり、そして急激に手綱を引いた。

 百メートルほど向こうで、二十人を越える男たちが、馬に乗ってこちらに対峙している。

 弓に矢を番え、一行へ向けて引き絞る彼らの装束は、深緑で統一されていた。

 頭上からざざ、と土を崩す音が響く。急勾配の崖を、一頭の馬が苦もなく下りてきていた。そのまま、彼らと行く手を阻む者たちとの間に入る。

 息を弾ませ、焦りに満ちた視線でアルマやクセロが周囲を見回す。

 オーリは、ただ、真っ直ぐに相手を見据えていた。

 岩山から下りてきた一騎が、前に進み出た。恭しく馬上で一礼する。


「風竜王宮親衛隊隊長、イェティスより、ご帰還をお喜び申し上げます。高位の巫子オリヴィニス様」


 ただ、真っ直ぐに、相手を睨み据えていた。



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