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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
風の章

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39/252

08

 山を越えた先の街が見えてきたのは、午後を回ったあたりだった。

 平地に入ると、街道に合流する道がちらほらと増え始め、それにより人通りも多くなる。

 アルマとノウマードは相変わらずフードを深く被っているが、冬の初めというこの時期が幸いして見咎められることもない。

 やがて、一頭の馬が横道から姿を現した。さり気なく、馬車に寄せてくる。

 細く窓が開くのを確認して、馬に乗った男は声をかけてきた。

「竜王宮は駄目だ。見張られてる。先行するから、距離を空けてついてきてくれ」

 無造作に踵で馬の脇腹を蹴り、速度を上げる。御者台に座るプリムラに小さく身振りして、そのままクセロは先へと向かった。



 クセロは街へは入らず、他の道へと馬首を向ける。

 森の中を数十分進んだところで、煉瓦造りの建物がひっそりと建っていた。

 門をくぐり、扉の一つに近づいていく。

「何だ? ここは」

 周囲を見回しながら、アルマが訊いた。

「倉庫、だ。うちの坊ちゃんの家が所有している」

 意味ありげに、背後へ、今まで進んできた道の方へ視線を流しながら、クセロが答えた。

 頷いて、それ以上の発言を控える。

 両開きの扉が、内側から開かれた。馬車はそのまま、中へと入っていく。

 内部は、広いが殺風景な部屋だった。特徴のない服装をした男が三人ばかりいて、一人が待ち構えていたように先に立つクセロの馬の手綱を手にした。金髪の男は、そのまま鞍から滑り降りる。

 扉が閉められ、ごとん、と閂がかけられるまで、誰も口を開かなかった。

「ご来訪を歓迎致します。大公子」

「巫子……か?」

 次いでアルマの馬に近づいた男に、小声で戸惑いがちに尋ねる。

「はい。馬はこちらで面倒を見ますので」

 男が視線を向けた先を見ると、部屋の突き当たりに厩が作られていた。馬房には柔らかな藁が敷いてある。前夜、屋内とはいえ冷たい石の床で休ませたことを思えば、格段の扱いだ。

 プリムラは壁際に馬車を寄せた。扉が開いて、二人の高位の巫子が降りてくる。

 深々と、最も年上の巫子が頭を下げた。

「ご来訪の栄に浴しましたのに、このような場所にお迎えするなど不敬の至りではございますが、」

「いい。それよりも今はどうなっている?」

 長々と続きそうな挨拶を、ばっさりと遮る。一瞬口ごもったが、頭を上げぬまま、巫子は続けた。

「奥へ参りましょう。こちらは、まだ安心できる場所ではありません」


 石作りの廊下を歩き、辿りついたのは、そこそこ落ち着いた内装の部屋だった。

 若い巫子にマントを脱がされながら、グランが性急に口を開く。

「竜王宮は見張られていると聞いた。どうなっているんだ?」

 壮年の巫子が軽く頭を下げた。

「今朝方、そちらの急使が山賊の情報を持って来訪された折、うちの竜王兵を警備隊へ使いにやりました。その際、遠回しに貴方がたの行方を知らないかと探りを入れられまして。どうやら、昨日のうちに手配書が届いたようです。こちらは、竜王宮が使えない場合に用いる建物で、存在を知るものは少ない。竜王宮が見張られている気配がございましたので、念のためです」

 不機嫌そうにグランは眉を寄せた。どさり、と一脚の椅子に腰を下ろす。

「後をつけられている可能性は?」

「定期的に、竜王兵に周囲を巡回させています。今のところ、不審な者は見つけておりません」

 卓の上に置かれていた羊皮紙を、グランへ示す。

「手配書の写しを手に入れました」

 憮然としたまま、それを手に取る。すぐに、彼は仲間たちに向けてそれを押しやった。

「懸賞金が増えているな。二百だ。金貨で」

「二百っ!?」

 クセロが奇声を上げた。

「高いのか?」

 今ひとつ、貨幣価値というものを判っていないアルマナセルが小声で尋ねる。

「あー。大将のことをよく判ってても、おれがうっかり出来心で旦那を突き出しそうになる程度には高いな」

「……判りやすいよ」

 手近な椅子に身を沈めつつ、ぼやく。

「それ、私とアルマを合わせての懸賞金じゃないのかなぁ」

 呑気に言って、ノウマードがペらりと手配書を手にする。視線を落として、僅かに目を見開いた。

「時間がかかった割に、肖像画は随分下手になってるんだねぇ」

 楽しげに小さく笑いながら、再び卓の上に戻す。どれどれと覗きこむ一行に、苛立ったようにグランは軽くその天板を指で弾いた。

「地図を」

 慌てて、若い巫子が巻いてあった地図を広げる。

「整備された街道を進むか、細道を進むかといえば、やはり速さで言えば街道か」

「竜王兵を一隊、同行させましょう」

「駄目だ。目立つ上に遅くなる」

 今後、通る予定だった街道を指で辿る。もう一日ほど進めば、南北に枝分かれする地点に着く予定だ。

「あのさ。どうして、ここの竜王宮が見張られているんだ?」

 ノウマードがふいに尋ねた。

「僕とアルマが姿を消しているんだ。竜王宮に立ち寄ることは、充分考えられる」

 実際、街に入ったら頼ろうとしていたところだ。

「うん。でも手配書によれば、アルマが、君を、連れ去った、という嫌疑だよね」

「いやお前だろ」

 そこははっきりさせておきたくて、アルマが横槍を入れる。

「だとしたら、尚更だ。誘拐犯が、どうしてわざわざ攫った相手の本拠地に立ち寄ると思えるんだ?」

 青年の指摘に、考えこんだ。王都を出た時に敵対する相手は、王家と龍神の下僕だった。むしろ、ノウマードとアルマの手配書は茶番だと言ってもいい。

 しかし、今はその茶番へ真面目に乗る者たちが相手となる筈だ。

 にも関わらず、竜王宮が見張られているとなると。

「奴らの直接の配下か」

 むっつりと、グランが呟く。

「手回しが早いよねぇ」

 ノウマードは、あまり困った様子でもない。

「まあ、だからといって、そこの不忠者のようなごろつきを相手にしなくていい訳でもないが」

 ちくりと棘を刺されて、慌ててクセロが明後日の方向を向く。

「となると、どれぐらい本気でこの街に配置されているかだね。王都を出てからの日数で私たちが進めるだろう距離を推測して、全方位に配下を送ったのか」

「いや、僕らはオーラレィで数日滞在した。そのことが知られていなければ、もっと先へ行っていると思われている筈だ」

「そうだとすると、この先に更に本気の人数が控えているってことじゃないか?」

「ならば……」

 三百年前、防衛戦の最前線にいた青年と、三百年間、政敵と戦い続けてきた少年の視線が、地図上の一点に集まった。



 溜め息をついて、アルマは身を起こした。

 陽は沈んだが、まだ眠るには早い。何となく、提供された質素な部屋で独りごろごろしていたのだが、どうにも落ち着かない。

 しばらく迷ったのものの、意を決して部屋を出た。

 居室は二階だ。この建物は倉庫とされているせいか、窓は数えるほどしかない。彼らはその少ない窓にも近寄らないようにと言い渡されていた。万が一にも、外から姿が見えては困るのだ。

 廊下を歩いていると、階下から言い争う声が聞こえてきた。

「外に出たいとは言わない。ほんの少し、窓を開けて貰えればいい」

「ですからそれは致しかねますと」

「どうかしたのか?」

 近くから、突然声が発せられた。階段の方へ折れると、グランが下方へ顔を向けて立っていた。

「ああ、グラン。ちょっと口添えしてくれないか」

「グラナティス様。こちらの方が無理をおっしゃるのですが」

 階下から、二人の声が同時にかけられた。どうやらノウマードと、若い巫子だ。

「とりあえず何がしたいのかを先に話せ」

 やや呆れた口調で、グランは促した。

「こちらのお方が、外へ出たい、駄目なら窓を開けたいと」

「この中は、空気が詰まりすぎている。防音が行き届き過ぎていて、外の様子が窺えない。不安なんだ。ほんの少しでいい、外の空気に触れたら落ち着くと思うから」

「不安、だと?」

 訝しげに、グランが繰り返す。

 静かに、そこへアルマは近づいた。

「……俺も、何だか落ち着かないんだ。お前は?」

 眉を寄せ、数秒間考えこんだ後、グランは階段を下り始めた。

「どこか、人目につかない場所に窓を設けていないか?」


 巫子が選んだのは、屋根裏の窓だった。

 そこは敷地の奥へ向いている。そちら側には道も作られておらず、ただ森が見えるだけだ。

 ゆっくりと窓の掛け金を回し、ほんの指一本分程度、開く。鎧戸には手を触れない。

 それでも隠れるように、ノウマードは窓の横に身を隠していた。物音一つ立てず、その様子を見守る連れに、巫子は不思議そうな視線を向ける。

「……呼吸音がする。五……いや、八人か。足音と、何か軽いものを移動させるような音がしている。アルマ、君、ここから外が見えるか?」

 やがて囁くように告げられた言葉に、巫子が目を見開いた。無言で、アルマはノウマードと位置を代わる。そっと、鎧戸の隙間から外を覗き見た。

 昼間は晴れていたのに、いつの間にかまた雲が出てきたらしい。月の光も、殆ど差してはいない。アルマでなくては、何も見えなかっただろう。

 少年は目を凝らして闇を透かし見た。

 この建物から、敷地を囲む塀までは十メートルほどの距離がある。高さも三メートルは下らない。

 その向こう側に、何やら動く影が見えた。

「見える範囲では二人だ。塀の向こう側にいる。何か、手に薪……じゃないな、木の枝を束ねたみたいなのを持ってる」

粗朶(そだ)、でしょうか」

 巫子が口を挟む。彼にしては小声のつもりだったようだが、それは部屋の中に思った以上に大きく響いた。

 ひやりとするが、不審な者たちに気づかれた様子はない。

 視線をノウマードに向ける。一つ頷くのを確認して、ゆっくりと窓から離れた。再び、音を立てないように掛け金を掛ける。

 そのまま部屋を出るまで、誰も口を開かなかった。

「予測した以上に性急だったな。準備を急いでくれ」

 グランの言葉に、はい、と返して巫子が早足で廊下を進んでいく。

「……ねえ、グラン」

 考えこむように、半ば上の空でノウマードが呟いた。

「折角こんなところまで来てくれているんだ。追い立てられるよりは、派手に対処した方がいいんじゃないかな」

 グランは、不審そうにその長身を見上げた。

「何を企んでいるか、僕にちゃんと話してから実行してくれ。いきなりびっくりさせられるには、僕は歳をとりすぎてる」



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