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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
風の章

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35/252

04

 元別邸までの距離は、驢馬で行けばここから三十分ほどだ、と少女は告げた。

 馬ならば、走れば十分で着くだろう。そうグランが決めつけたために、彼らは山道を駈けた。

 途中で、草に埋もれかけた横道へ入る。大きな枝が落ちている時は、馬車を止めてそれをどかさなければならない。

 暗がりが増し、頭上から落ちてくる雹の数も増えてきた頃、アコニートゥが叫ぶ。

「あそこです!」

 指さした先には、木々に隠れるように、一棟の屋敷が見えた。もう、さほど距離はない。


 廃墟というだけあって、鉄の門扉は既に外れ、地面に転がっている。石造りの塀は、門扉を中心に十メートルほど崩れていた。

 瓦礫を避けながら、中へ入る。幸い、馬車も乗り上げずに進むことができた。ぱきぱきと小さな音を立てて、地面に落ちている(ひょう)が車輪に潰される。

 玄関の扉は、こちらも外れてしまっている。ぽっかりと開いた戸口の内側は薄闇が満ちているが、所々、屋根が落ちていて弱い光が差しこんでいるのが窺えた。

「大将! 馬車はどうするよ?」

「近くまで寄せておくしかないだろう。馬は外せ。厩を探す時間はない、中に入れよう」

「家の中に馬を?」

 流石に驚いたように、ノウマードが訊き返す。

「主人はいないのだから、失礼にはあたるまい。この屋敷は、コンウェニエンティア様式だ。玄関から入ってすぐ、広い部屋がある筈だから、そこに繋いでおけばいい」

 彼らは馬から下り、手綱を引いてゆっくりと戸口をくぐった。疾走した直後の馬の肌は汗ばみ、気温が下がったせいもあって、白い湯気を立てている。

 心許ないとはいえ、とりあえずは屋根と壁に囲まれて、ようやく安心した。

「ア……、おい、従兄弟殿。右手に進んだら、居住部だ。女性たちを連れて、無事な部屋で火を熾しておいてくれ」

 クセロが、身軽に馬車まで戻ると、薪を一束手にして戻ってきた。ほい、と軽く手渡される。

「お前は?」

 アコニートゥを連れている以上、自分が馬の世話ができないのは仕方がない。だが、頑なに彼女の視界には入らないようにしているグランに、問いかける。

「僕はこいつたちと後から行く」

 まあ、グランは王都にいる間、全く人目に晒されていなかった訳ではない。彼の姿を見知っている民もいるだろう。

 頷いて、アルマは指示された方向へ進みかけた。

 が。

「エスタ様。こんな足場の悪いところ、私、一人ではとても歩けません。手を貸して頂けますか?」

 杖を片手に立っていたアコニートゥが、困ったように頼んでくる。

「え? ええと……」

 馬車から降りていたペルルとプリムラがこちらへ近づいてくるのに、視線を向けた。

「あら。私のエスコートでしたら、お気になさらないで。脚がお悪いかお悪くないのかでしたら、お悪い方を優先されるべきですもの」

 アルマが呼びかけられた名前が違ったせいか、僅かに訝しげだったが、すぐに笑みを浮かべ、ペルルがそう告げる。

 やはり、彼女は姫巫女に相応しい、慈愛に満ちた心を持っている。その気遣いに感謝して、アルマはアコニートゥの手を取った。

 ペルルの隣に立つプリムラは、酷く険しい表情を浮かべていたが。人見知りにも、ほどがある。

 少女たちを連れ、グランに指示された右手の方向へ足を向ける。

 しばらくは窓もあり、まだ廊下は明るかった。が、途中で建物内部へと曲がっていくと、かなり闇が濃くなる。

 数メートル歩いたところで、プリムラが後ろから声を上げた。

「ちょっと、灯りもなしにこんなところ行くなんて無理だよ」

 慌てて足を止めた。アルマは普通の人間よりも夜目が利くため、ついそのまま進んでしまっていたのだ。

「そうだな。カンテラを取ってくるから待っててくれ」

 軽く踵を返そうとするが、アコニートゥがぎゅっ、と腕にしがみついてきた。

「エスタ様、こんな暗くて恐ろしいところに置いていかないでくださいませ」

「え、いや、でも二人もここにいて貰うから」

 ペルルたちを示しながら告げるが、少女は首を振った。

「女だけでここにいるなんて、そんな、心細くて……」

「ちょっとあんた、いい加減に……!」

 プリムラが怒声をあげかけるが、ペルルはその肩にそっと手を置いた。

「構いませんよ。私たちが取ってきましょう」

「お嬢様!」

「それは駄目です!」

 プリムラと、そしてアルマが声を揃えた。

「大丈夫ですよ。少し戻れば明るいですし、そろそろ馬も落ち着いた頃でしょう。皆様もこちらに向かっているでしょうから、すぐに会えます。お待ちくださいね」

 そう告げると、微塵も躊躇いを見せずに廊下を戻っていく。プリムラがもの凄い目でこちらを睨みつけ、急いで後を追った。

 暗い廊下には、燭台や以前は絵画が飾られ、壁に掛けられていたのであろう額縁の残骸が散乱している。はらはらしながらペルルを見送っていたアルマは、気づかなかった。

 彼の背後にいたアコニートゥが、身体を支えていた杖を両手で持ち、ゆっくりと振り上げたことを。



 何かがぶつかったような鈍い音が響き、次いで床に重いものが落ちた音がした。

 不審に思って足を止め、振り返る。

 アルマと地元の娘を残してきた場所は酷く暗く、何も見えない。

「どうしました?」

「もういいよ」

 問いかけた後に発せられた声は、しかし自分たちに向けられたものではなかった。

 廊下の奥、暗闇の中に一つ、灯りが浮かぶ。

 それはすぐに三つばかりに増え、こちらへ近づいてきた。

 プリムラが息を飲んで、素早くペルルを庇うために前に出た。

「プリムラ……?」

「喋っちゃ駄目です、お嬢様」

 固い声で囁きかけられる。

 灯りはやがて、アコニートゥとその足元に倒れ臥すアルマを照らし出した。

 悲鳴を上げかけるのを、何とか堪える。

「向こうに二人、女がいる。静かにね。男たちが馬の世話をするのにはもう少しかかるだろうけど、時間がある訳じゃないから」

 アコニートゥが、淡々と指示を出す。

 数人、こちらに近づいてくる。体つきががっしりとした男たちだ。

 プリムラは、ペルルの気づかないうちに片手にナイフを構えていた。幼い少女だというのに、その手つきに危なげなところはない。

 しかし、男は下卑た笑いを浮かべながら、手にした一メートルほどの棒を振った。その棒で殴られれば、ナイフなど相手に届くまでもなく倒されてしまうだろう。

 叫び声でも上げれば、連れの三人には聞こえる筈だ。しかし、未だアコニートゥが手にした杖が、アルマの身体に突きつけられており、更に彼女の傍には一人の屈強な男がいる。

 男たちが、ペルルたちまで三メートルほどの距離まで迫った時に。

 廊下の奥で、激しい光が迸った。



 爆風に、プリムラの身体が浮きかける。

 だが、背後に立っていたペルルが咄嗟に支え、何とか転倒せずに済んだ。

 眩い光に、目を凝らす。

 アルマが立ち上がっていた。

 彼の周囲に、光の帯のようなものが流れており、そのそこかしこでばりばりと放電している。

 この場に現れた男たちとアコニートゥは、先ほどまでとは逆に、身動き一つせず倒れていた。

 低い呻き声が漏れる。

 ゆらり、とアルマが身体を揺らすと同時、ばん、と鈍い音がして、一人の男の身体が跳ねた。

「……っ!」

 プリムラとペルルが息を飲む。

 力強く、幼い少女はペルルの手を掴んだ。

「早く、お嬢様! 逃げないと!」

「ですが、アルマ様が」

 状況が飲みこめず、そう反論する。

 プリムラは、恐怖すら浮かべた瞳で、ペルルを見上げてきた。

「駄目です、逃げて! あたし、あれを知っています。あたし、あれを知ってるんです!」


 ペルルは一瞬で決断し、その場に膝をついた。プリムラと目を合わせ、口を開く。

「判りました。貴女、一人で行ってください」

「お嬢様!?」

「グラン様を呼んでこなくては。この状態を何とかできるのは、おそらくあの方だけです」

 グラン、という名前に僅かな希望を見たのか、プリムラの表情から恐怖が薄れる。

「だけど、お嬢様は……」

「誰かがあの方を見ていなくてはいけません。大丈夫。アルマ様にはこれ以上近づきません。こちらに近づいてきたら、その分距離を取りますから」

 その、冷静な口調に納得し、プリムラはようやく頷いた。

「すぐに戻ります!」

「まだ他に人がいるかもしれません。充分に用心して」

 身軽に走り出す少女を見送って、立ち上がる。

 〈魔王〉の血を引く少年の周囲は、放電によってますます明るさを増している。

 彼と、周囲の者たちの様子に気を配りながら、ペルルはじっと待っていた。




 規則正しく、鈍い痛みを感じる。

 鼓動に合わせて響くそれが、頭から感じるものだと気づいて、恐怖に背筋が冷える。

 半ば無理矢理に目を開いて、呻き声を上げた。

「……アルマ様!?」

 最初に視界に入ったのは、目を大きく開いてこちらを見つめる、少女の姿だった。

「……ペルル?」

 状況が把握できずに呟くと、次の瞬間、その淡い水色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「え、や、あの、えええ!?」

 慌てて上体を起こす。

 嗚咽も上げず、ただ静かにぽろぽろとペルルは涙を流している。

「あ、あの、ペルル、一体どう」

「ごめんなさい……、ごめんなさい、アルマ様、私のせいで」

 ペルルの言葉に、更に動揺する。

「いやあ、ペルル様は全然悪くないと思いますけどね」

「ああ。悪いのはただひたすらにこの莫迦者一人だろう」

「まあ旦那が鼻の下を長くしてたのが全ての元凶だよな」

 しかし、続けざまに周囲から否定の言葉が降って湧いた。

 当惑して周囲を見回す。

 そこは、狭い部屋だった。壁に設えられた暖炉には暖かな炎が燃えている。その前にクセロが胡座をかいて座り、薪の一本を弄んでいた。

 グランとノウマードは、自分から一メートルほど離れたところに立ち、こちらを見下ろしている。

 自分が石造りの床に寝かせられていたこと、そして何よりペルルがその冷たい床に直接座っていたことに戸惑う。

「……鼻の下なんて、長くなる訳がないだろう」

 とりあえず、最後の言葉に反論しておく。

 男たちが互いに顔を見合わせた。

 アルマはアコニートゥに対して、純粋に、困っている相手の手助けをするという立場でしか行動していない。彼女が使った、色仕掛けを含む数々の手管は、正直、全く威力を発揮していなかった。

 とにかく、泣いているペルルを何とかしなくては。室内をもう一度見渡して、プリムラを探す。最初に行動するのが他力本願という辺りが実に不甲斐ない。

 だが、幼い少女は、クセロの影になるように身体を小さく縮めて座っていた。アルマが目を覚ましたのも、ペルルが泣いているのも判っているだろうに、こちらへは頑なに視線を向けようとしない。

「……何があった?」

 眉を寄せ、尋ねる。

「……以前もそうだった。こういう状態だと、記憶が欠落するのか?」

 ノウマードが、グランに向けて呟いた。

「単純に、記憶の連結が緩くなるんだろう。時間が経てば思い出す。要は、今、こいつは寝惚けているだけだ」

「俺がここにいないみたいな話し方するなよ」

 苦々しく言い放つ。

 しかし、アルマのその言葉に、高位の巫子からは酷く冷たい視線で見下ろされた。

「ほぅ。ならばここにいるとして訊こうか。どんな調子だ? 頭痛以外の点で」

「頭痛は除外かよ」

「原因は判っている。あの娘にしたたか殴られただけだ」

「あの娘?」

 この場にいない同行者を思い浮かべる。

 グランが、憎々しげな表情で告げた。

「お前の拾ってきた娘だ。あれは山賊の手引き役で、僕たちはここにおびき寄せられたんだ」


 状況を整理すると、こうなる。

 アコニートゥは、この付近を縄張りにする山賊の一味だった。

 山道で旅人を見繕っては同情を買って入りこみ、仲間の待ち伏せる場所へと誘導する。

 今回、雹が降ったのをいいことに、根城にしている廃墟に一行を呼びこんだのだ。普段は山道で襲いかかることが多いと言っていた。

「……言っていた?」

「お前を後ろから殴りつけたはいいが、当のお前がまた簡単に魔力を制御できなくなったんだ。その余波で、その場にいた六人ばかりがほぼ一瞬で昏倒したらしい。プリムラが僕たちを呼びに来て、お前を寝かしつける一方で、クセロとオリヴィニスが残党を狩り立てた。全員縛り上げて、倉庫だという場所に押しこんである。軽く尋問したが、他にすることが多かったから、今日はもう放っておく」

 山の夜は冷えそうだから、毛布だけかけてきた、と憮然とした表情で説明する。

「……って、まさか、実質二人だけで山賊を討伐したっていうのか?」

 信じがたくて声を上げる。

 山賊として行動できるとなると、残りは一人や二人といった人数ではない筈だ。

 ノウマードの主な武器は弓矢だ。屋内では役に立たない。それでも彼は高位の巫子だが、クセロはただの人間である。

「他にいたのは、二十人程度だね。クセロがそれこそ水を得た魚みたいだったよ。君が目をつけたのもよく判る」

 最後に、視線をグランに向けて、あっさりとノウマードは告げた。

「大したこっちゃねぇ。まだ若造ばっかりだったからな。あの程度の腕じゃ、街で通用しねぇだろうよ。山ん中で力任せに武器振り回すだけなんざ、誰にだってできるさ」

 金髪の男は、軽く片手を振り、謙遜じみた言葉でやけに物騒なことを言い放つ。

 呆気に取られて、男たちを見回す。

 だが、そんな状況に陥ったのは、間違いなく自分の行動が一端だ。

「そうか……。悪いな」

 何とか涙は止まったものの、目を真っ赤にしているペルルの手に、そっと触れる。

「ペルルも。怖い思いをさせて、申し訳ありません」

 言葉も出せず、少女は力なく首を振る。

「さて、今度はお前の番だ、アルマ。一体何でこんな羽目に陥った?」

「悪かったよ。ただ、俺は、アコニートゥが山賊だとは思えなくて」

「それじゃない」

 苛々と、グランは続けた。

「この程度で、魔力を制御できなくなった理由だ」




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