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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
火の章

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14

 アルマが、唖然として青年を見つめる。

「お前……」

 掠れた声を、僅かに笑みを浮かべて挑発的にノウマードは見返した。

「ステラ。あの跳ねっ返りか」

 それこそ大したことではないと言いたげに、グラナティスが呟く。

「あいつには関わるな、って、あれほど……!」

 激昂しかけて、アルマの声は宙に浮いた。呆れ果てて、ぐったりと体を椅子にもたせかけ、じとりとノウマードを睨みつける。

「気にかけることはないよ、アルマ。ああいう手合いの扱い方は、三百年前からさほど変わらない。彼女は、手に入るか入らないかという相手に執着する。刺激的な出会い、拒絶、誘惑に揺れる意思。その辺りを適当に混ぜてやれば、面白いほど思った通りに動く。慎重にことを進める必要はあるが、大して難しいことじゃない」

 さらりと手管を披露するのに、また唖然とする。

「ステラを手玉に取ろうとしたって言うのか?」

「今のところ、王家につけ入れそうな隙は彼女だけだったんだ」

 言い訳のように答えられて、その方向性の違いに頭痛を感じた。

「王家につけ入る、か。お前の目的は何だった?」

 遠慮も何もなく、直球でグランが尋ねてくる。こちらもまた迷うことなく、ノウマードは答えた。

「特に、何も」

 その言葉には、流石に皆が首を傾げた。その様子に小さく笑って、青年が更に続ける。

「まあ、期限は過ぎてしまったし、今更どうしようもないから話してしまうけど。そうだな、八ヶ月前、フルトゥナの地を抜け出した時は、ただ人に会いたかったんだ。三百年、ニネミアと馬と牛、羊とぐらいしか一緒にいなかったんだから、仕方がない。カタラクタとの国境を越えて、小さな村や街を流れ歩いていた。そのうちに噂で、イグニシアの侵略が始まった、って聞いて、……正直、いい気味だと思ったことは否定できない」

 ふと、瞳を陰らせて呟いた。

 三百年前のフルトゥナ侵攻において、カタラクタはイグニシア軍を、〈魔王〉アルマナセルを行軍させるのを黙認した。

 ペルルが複雑な表情で、それでも黙って話を聞いている。

「そのうち、〈魔王〉の(すえ)が軍に参加しているということが判った。戦場が近づくにつれて、彼が数少ない兵士と共に、水竜王の姫巫女を連れて帰国するということも聞いた。チャンスだ、と思ったんだ。アルマに取り入って、一緒に旅をして。少しずつ、君の警戒心が薄れてきていたのが判った」

 アルマは、表情を硬くして見据えてきている。

「君のすぐ傍でずっと馬を駆っていて、君を殺してやりたい、と思ったことは、一度や二度じゃない」

 躊躇いなく、ノウマードはそう断言した。

「どうして殺さなかった?」

 聞きようによっては呑気に、グランが尋ねる。

「……迷ったんだよ。アルマは、〈魔王〉の血筋とはいえ、本人じゃない。三百年前にフルトゥナを蹂躙した〈魔王〉が生きていたら、迷わず殺しにかかっただろう。だけど、そんな昔の怨みを、アルマにぶつけるのは、理不尽だ」

 一言ずつ、区切るように、自らに言いきかせるように、ノウマードは答えた。

「変なところで律儀なんだな」

 感心したように、幼い巫子が感想を述べる。ノウマードが肩を竦めた。

「確信の持てない復讐は実行すべきじゃない。……魂が迷う」

 夕闇が漂い始めた部屋の中に、その言葉がゆっくりと沁みていく。

「まあ、それでイグニシアに入って、王都に着いて。ちょっとした巡り合わせで貴族に気に入られて、舞踏会に参加したんだ」

「舞踏会?」

 ペルルが羨ましげに尋ねる。少女は、ある種の憧れを持っていたのかもしれない。だが、彼女は立場上、あの舞踏会に参加することはできなかった。

「歌い手として、ですよ。そこで、ステラ王女と会った。後はまあ、偶然を装って再会して、誘いを断ったり、焦らしたり、条件つきで譲歩したり。ありふれた手管だったけど、結構簡単に乗ってくれたな。……あの娘、もう少し慎重に行動した方がいいと思うよ」

「お前が言うなよ」

 憮然として、アルマが返す。

「具体的には、何をしていたんだ?」

 しかし彼を誤魔化すことなど全く期待できず、グランは端的に問い質した。

「彼女と、賭けをしたんだ。十日間、他の誰でもなく、ただ二人だけで夜を明かす。夜会にも舞踏会にも、他の賛美者との逢瀬にも行かずに。そうでもしないと、彼女の誠実を信じられないと言ったのさ。それでも、正直全然信じられはしないけどね。ああ、念のために言っておくと、その間、私の純潔は一応無事だった。我がニネミアの名にかけて。……君の命令で私が拉致されたのは九日目の夜だったから、ステラはそりゃあ怒っただろうねぇ」

 その様子を想像したのか、楽しげにノウマードは笑う。

 アルマは、竜王宮の内情は火竜王宮しか知らない。幼い頃から出入りしていた王都の火竜王宮には、巫子は独身者しかいなかった。竜王兵には所帯を持っている者もいたが。

 何となく感じてはいたが、巫子には純潔、という概念が重要だったりするのだろう。

 小さく、心に棘が刺さるような痛みを覚える。

 だがそんなことは、既に確固としてある障害に更に加わったところで、別段大したものではない。

「もう一度訊こう。ステラを誑かして、お前は何をするつもりだった?」

 グランは、本当に大切なことから一瞬たりとも注意を逸らさない。

先刻(さっき)も言っただろう。特に何も、だ。王女の気を惹いて取り入って、何をしようとかは全然考えていなかった。……いや、決められなかった、という方が正しいな。彼女を私の支配下に置くか、王家に、イグニシアの政治に入りこむか、隙を見て王家の者を一人残らず虐殺するか。どれも、できないとは思わなかった。……だけど、彼らも、三百年前に生きていた訳じゃないんだ」

 うっすらと侘びしげに笑い、ノウマードは軽く両手を広げた。これで、話すべきことはもうない、と言わんばかりに。

「なるほど。つまりこれは、お前を鼻先からかっ攫われたステラが発布したものか」

 とん、と指先で卓に置いた手配書をつつきながら、グランが呟く。

「だから言っただろうが。あの女には近づくなって。お前は、今すぐできる限り全速力で逃げ出すべきだ。それでもステラの両手から逃れられるかどうか、俺には保証できないけどな」

 憮然としてアルマが忠告する。ちょっと驚いた顔で、ノウマードがそれを見返した。

「……君は殆ど動揺しないんだな」

 自分に明確に殺意を向けていた、と告白した相手を、じろりと睨めつける。

「俺ももう一度言うぞ。お前が何をしようとしていたところで、実際、それほど事態が変わった訳じゃねぇ」

 ペルルが小さく笑い声を漏らした。

 ノウマードが呆れた視線をグランに向ける。

「……血筋かい?」

「多分にな」

 あっさりと同意して、グランはもう一枚、手元にあった羊皮紙を持ち上げた。

「ついでに言うとアルマ。お前も手配されているぞ」

「はぁ!?」

 驚いて身を乗り出す。彼に向けて、羊皮紙が手渡された。

 慌ててそれを取り上げる。隣に座っていたノウマードが、身を乗り出して覗きこんできた。

「レヴァンダル大公子アルマナセル。十六歳。黒髪、紫の眼。頭部を布で覆っている。拉致の実行犯と行動を共にしている疑いが強い。早急に保護の必要あり。……保護、ねぇ」

 青年は、意味ありげな視線を向けた。

「どう見ても共犯者だと言っているようなものじゃないか?」

「実行犯扱いされてる奴が言うなよ」

 憮然として、アルマは羊皮紙を睨みつけている。幸い、と言っていいのか、こちらには肖像画は描かれていない。

「そもそも、これはどこから手に入れたんだ?」

 自分に対する詰問が一段落したせいか、軽くノウマードは尋ねた。

「クセロが手に入れてきた。それらは明日には広場に貼り出される。一足先に地元の悪党たちに横流しされて、他の者よりも行動を先んじさせるのが慣例らしい。顔の利く男を使えると便利だ」

 あっさりとグランが答える。

 昼間、市場でクセロが伝えてきたのは、ノウマードを捉えようとする集団がいるということと、逃走経路である。

 功を逸った賞金稼ぎの振りをしてノウマードを取り逃がし、わざと追っ手の足を止めたのも、ほんの数分ほど時間が取れればよかったのだ。

 その隙にノウマードは、教えられた路地に面した小さな扉に入りこんだ。

 そこの家は無人で、奥の部屋にある戸棚の中で、彼は一時間以上も息を潜めていた。

 やがてプリムラが着替えの服を携えて迎えに来た。無愛想な彼女に従い、火竜王の巫女服を身につけ、バスケットの中に今まで着ていたマントや、矢筒を布で巻いたものを隠して帰ってきたのだ。

「報告によると、王宮でお前の欠席裁判も開かれたようだ」

 続けて告げられたその言葉に、流石にアルマも顔色を失う。

「なん、で……」

「お前の父親やら、従軍中の部下やら、顔見知り程度の貴族やらを集めて色々証言させたらしいな。まあ、大して効果がなかったからこその、その手配書だ」

 反射的に席を立ち、扉に向けて歩き出した。

「どこへ行く」

 グランの問いかけも、今はさほど強い制止力がある訳ではない。

「親父に迷惑がかかってんだろ。戻らねぇと……」

 しかし不死なる巫子は、それに嘲るような声を上げた。

「効果がなかった、と言っただろう。お前の父親は上手くやっている」

「だけど!」

 振り向いて吠えかかる。が、真っ直ぐに見据えられて、続く言葉を飲みこんだ。

「甘く見るな。あれの忠義は、お前如きとは比べものにならん。僕が手塩にかけて育て上げた犬だ。他の誰よりも、王都で上手く立ち回るだろう」

 グランの言葉よりも、むしろ自分に集中する視線の六割が憐憫混じりであることに肩を落とす。

 そんなことを一切気にかけず、さて、とグランは話を切り替えた。

「猶予はなくなってきている。オリヴィニス、そろそろいい返事を聞きたいものだな」

 水を向けられて、ノウマードは視線を天井へと向けた。

「……まあ、もう王都に戻っても王女に取り入るのは無理っぽいしなぁ……」

 口の中で呟く言葉が届いたのか、あっさりとグランが決定的な一言を告げた。

「ああ、とりあえず旅の最初の目的は、フルトゥナでお前と風竜王の封印を完全に解くことだ」

 一瞬唖然とした吟遊詩人は、次の瞬間立ち上がり、テーブルに両手を置いて幼い巫子に詰め寄った。

「どうしてそういうことを先に言わないんだ!」

「お前の都合のいい時に僕たちを見捨てて去って行かせるためにか? 欲しいのは理解と協力と誓約だ、オリヴィニス。我が竜王の名と燃え盛るその誇りにかけて、世界を救うために力を貸して欲しい」

 ほんの僅か、ノウマードの瞳に、確かな憎悪がよぎったように見えた。

 そう言えば三百年前に生きていた、という点ではグランは間違いなく当事者だよな、とアルマナセルが考える。

 だが、ノウマードは低く、軋むような声を漏らした。

「……我が竜王の名と吹き荒れるその誇りにかけて」




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