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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
火の章

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28/252

11

 馬車がオーラレィの街に着いたのは、夜明け前だった。

 ごとごとと音を立てながら、寝静まる街路を抜け、そっと竜王宮へと辿りつく。

 結局徹夜で移動していた彼らは、一旦それぞれの居室へ案内された。

「数日、ここに滞在しよう。何か話したいことや訊きたいことがあれば、いつでも遠慮なく来てくれていい」

 それだけを告げて、グランが早々に部屋に入る。

 中身はともかく、彼の身体はまだ幼い。疲れもするだろう。

 とりあえず、アルマも倒れこむように寝台に入り、かろうじて午前中という時間に目を覚ました。

 ペルルが部屋に尋ねて来たのは、そのしばらく後のことだった。


「おはようございます」

 笑顔でそう挨拶を口にしながら現れた少女に、呆気に取られて立ち竦む。

 今まで、水竜王の姫巫女たるペルルは、決まって純白の聖服を身につけ、長い髪は自然に背に流し、額に銀とアクアマリンのサークレットを頂いていた。

 だが、今朝の彼女は、淡い水色のドレスに身を包み、亜麻色の髪を柔らかな、娘らしい形に結い上げていた。

 半ば口を開けてただ見つめてくるアルマに、ペルルはやや不安そうな視線を向けた。

「あの……、おかしい、ですか?」

「あ、いえ、そのようなことは全く! その、お似合いです」

 慌てて告げると、ペルルは恥ずかしげに頬を染めた。

「ありがとうございます。プリムラが見立ててくれたのですよ」

 ペルルの後ろから部屋に入ってきた少女が、ぺこりと頭を下げた。

 ドレスは決して質素ではないが、華美でもない。フリルは一段だし、裾飾りも派手ではない。冬が近いこともあってか、襟は慎ましく首元を覆っている。

 しかし、何故か、貴婦人相手ならすらすらと口を衝いて出る美辞麗句が、つっかえたように発せられない。

 尤も、ペルルはそのことに不満などないようだったが。

 居間のソファに案内して、腰を下ろす。プリムラは壁際の椅子に行儀良く座り、じっとアルマを見つめていた。

 理由に心当たりがなくて、内心小首を傾げる。

「よくお休みになれましたか?」

「はい、充分に」

 穏やかに言葉を交わすのは昨日までと同じで、昨夜、グランから無理難題を突きつけられたことが嘘のようだ。

 だが嘘ではないことを示すように、話題は自然とそのことへと移っていく。

「驚きました。……まさか、ノウマードが風竜王の巫子だったなんて」

 頬に白い手を当て、ペルルが零す。

「あの二人の話を、信じていらっしゃいますか?」

 アルマの問いかけに、きょとんと見返してくる。

「貴方は信じていらっしゃいませんの?」

「グラナティスは、今まで何度も目的のために虚言を弄することがありました。ノウマードは……、そもそも、巫子だということを我々にずっと隠していた人間です。彼らが言うことが全て真実だとは信頼できません。とはいえ、グラナティスの動機だけは、疑うつもりはありませんが」

「動機?」

「彼はね。何て言うか、竜王の巫子として、民を庇護することへの情熱だけは隠さないし、そのための手段からは目を逸らさない。あんな姿をしてはいますが、イグニシアの全ての民に対して、父親として在ろうとしているようなものです。今、本当に世界の危機が迫っているのだとしたら、その庇護欲が他国に及んでいても、まあ驚きません」

「信頼されているのね」

 柔らかく笑んで、ペルルが返す。

「そのために俺がこき使われることについては、確実に」

 アルマがはぐらかした言葉に、顔を見合わせて、二人はまた笑った。

 横合いから発せられる、プリムラの憮然とした視線を時折気にしつつ、穏やかに談笑は続く。

 が。

「そう言えば、ペルル様は……」

 と、口にしかけたところで、少女は僅かに眉を寄せた。

「まだ他人行儀ですよ、アルマ様」

 ついうっかり、名前に敬称をつけていたことに気づいて、口ごもる。

「すみません。ですが、その、女性に乱暴な口をきくことはできませんし」

「乱暴にして欲しいと言っている訳ではありません。親しく、して頂きたいのです」

「……はぁ……」

 視界の片隅で、プリムラが、酷く暗雲立ちこめたような顔をしていた。




「邪魔するぜ」

 扉をノックしたと同時、返事も聞かずに押し開ける。椅子から立ち上がりかけていた滞在者が、目を見開いて凝視してきていた。

「……アルマ?」

 片手を上げて応えながら、遠慮なく室内に入りこむ。

 そこは、自分が割り当てられているのと同じような居間だった。少なくとも、同じ部屋の中に寝台はない。

「従軍中よりはいい扱いされてるんじゃねぇ?」

 辺りを見回しながら呟く。

 まあ、あの頃、彼は重要人物でも関係者でもなく、ただの部外者だったのだから仕方がない面もあるが。

「……ええと、何か用なのか? いつでも訊きにくるように、と言ったのは、グラナティスであって私じゃないんだが」

 かなり狼狽えながら、ノウマードは問いかけてくる。

 苦笑して、アルマは片手をひらりと振った。

「いや、そうじゃなくてな。どっちかと言えば、聞いて欲しい方だ」

「聞く?」

「愚痴」

 一言で答えたところ、ノウマードは数度瞬いてから力ない笑みを浮かべた。

「全く……。昨日の今日で、どうして君はそう今までと変わらない態度でいられるんだ?」

「昨日の今日、ってのは、お前がただのロマじゃなくて、風竜王の高位の巫子だった、ってところか? 勘違いするなよ。俺は、お前に会った時から、ロマってことで充分警戒心を持ってた。実はお前がロマじゃなかった、っていうのなら態度も違うだろうが、実質、それほど事態が変わった訳じゃねぇだろ」

 胸を張って言い切るのに、呆れたように青年は視線を天井へ向けた。

「なるほど。……血筋か」

 小さく呟いた後、片手で目の前の椅子を示し、自分も再び腰を下ろす。

「まあそこはともかくとして。どうして、私にその愚痴とやらを?」

「他に誰がいるんだよ? グランは一切聞く耳を持つ訳ないし、あのクセロって男とはそう親しくない。この街の巫子たちに、いきなりこんな話ができる奴はいないし……」

「ペルル様のことか?」

 どすん、と腰掛けてぼやく言葉を、ノウマードが聡く遮る。

「ん……。まあ」

 愚痴を言いに来た、という割には歯切れが悪く、アルマは口ごもった。

「それこそ私に話すことじゃないんじゃないかなぁ」

 アルマが来訪した直後とは違い、僅かに余裕すら見せて、ノウマードは苦笑する。が、心なしか少年が肩を落とした気配に、続けた。

「君、友達いないだろう」

「余計な世話だ!」

 追い打ちをかけられ、間髪を容れずに吠える。まあ、いたところで、今この場に存在する訳もないのだから、同じことだが。

 彼に会いに来たことすら後悔しかけたところに、ノウマードが肩を竦めた。

「でもまあ、それぐらい構わないよ。私の考え事ぐらいなら、君の話を聞く片手間にできるし」

「凄ぇなそれ」

 素で驚いたらしいアルマに、無言で柔らかな笑みだけを向ける。

 ちょっとはぐらかされた気分になり、何となくアルマは頬杖をついて、視線を逸らせた。

「ええと……。だから、ペルルのことなんだが。俺と、親しくなりたいらしいんだ」

 青年が、数十秒ほど沈黙した。

「それはおめでとう。それこそ愚痴を言うところじゃないとは思うけど」

「俺がお前やグランに対するような親しさを要求されていてもか?」

 じろり、と睨みつけるような視線を向けて返す。

「あー……」

 小さく、低い声を漏らしながら、ノウマードが窓の外を注視し始めた。

「まあ、姫巫女っていうのは大体が世間知らずだからなぁ。ペルル様はまだお若いし、竜王宮に入られたのも幼い頃からだろう。女性が、男性と親しくなるってパターンをあまりよく知らないんじゃないかな。そもそも、その要求に従うなら、彼女もグラナティスや私が君に対するような態度をとるべきだし」

「お前女性に対してなに要求しようとしてるんだよ」

 呆れて少年が呟く。

「とにかく、ただ相手を変えることは難しいんだから、君が彼女に対する態度を適切に変えていけば、軌道修正もできるんじゃないか? こっちはさほど難しくもないだろう」

 さらりと、いかにも簡単だという風にノウマードは結論づけた。大した愚痴でもない、と言いたげに。

 しかし、憮然としたままのアルマに、小首を傾げる。

「……まさか、君の方が女性と親しくなるパターンを知らないとか言うんじゃないよね?」

「悪いかよ」

 僅かに顔を赤くして、少年はぶっきらぼうに返した。

「いや、悪くはないよ。ただ、貴族の子弟がまさかそんな初心(うぶ)な状況にあるとは思わなかったというか」

初心(うぶ)じゃねぇよ! 単純に、個人的に親しくなったことが今までないだけだ!」

 威張れることではないが、彼の育った境遇を聞いた限り、まあ仕方がないのかもしれない。

 何より、彼は母親と生き別れている。子供が成長する過程で、最も親しい大人の男女の関係性を知らない、というのは、そこそこハンデではあるだろう。

「……君、許嫁がいたよね」

「ああ」

 いきなり話を飛ばされて、不審に思いつつ頷く。

「もし将来、その許嫁と結婚するとして、どういった態度で接するつもりでいたんだ?」

 ノウマードの質問の意図が掴めない。眉を寄せ、アルマは椅子の背に体重を寄せた。胸の前で腕を組んで見返す。

「どういうも何も。普通にしてるだろ、多分」

 しかし、彼の普通は、大目に見て貴族としての普通としても外れていそうだ。

「常に礼儀正しく、敬語で会話をして、ただ跡継ぎを産むことだけを期待するのか? 最初から希望の持てない結婚だと思っていても、それじゃあ継続すら望めない」

「お前に、そんなことを言われる筋合いは……」

 激昂しかけたが、にやりと人の悪い笑みを浮かべ、人差し指を突きつけてきたノウマードに、反射的に言葉を止める。

「私を、誰だと思っている? これでも吟遊詩人として、古今東西の恋歌を全て身につけているんだ。安心するといい。君に足りないものぐらい、ちゃんと教えこんであげられるよ」

「……ごく普通の関係性の知り合いが欲しいもんだな……」

「それは君の人徳の問題だね」

 皮肉をさらりと返されて、悩める少年は、長々と溜め息をついた。




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