暗闇からすり寄るもの
朝晩は涼やかな風が吹くようにはなったが、昼間はまだまだ暑さが厳しい。
そして、夜ですら、閉め切った部屋の中に何人もの人間がいるとなると、妙な蒸し暑さを感じてしまう。
「……後ろから、みしり……みしり……と、小さな軋みが聞こえてくるんだ。ちょうど、数歩後から誰かがついてくるみたいに」
数本の蝋燭で照らされた室内は、ゆらゆらと揺れる人の影を長く壁に縫いつけている。
「振り向いても、そこには誰もいなくてね。その頃は、アーラ宮も無人になってすぐだったから、本当は誰か生きているんじゃないかと思って、通路をずっと戻ってみても、鼠一匹見ることはなかった。……だけど、向きを変えて歩き始めると、また、みし……みし……と」
低い声で語っているのは、オーリだ。
吟遊詩人として生計を立てていたこともある青年の声は、床板の軋みや風の音までも再現するかのようだ。
彼を囲むように座っている者たちは、掌に汗を感じながら、じっと次の言葉を待った。
「流石の私も薄気味が悪くなって、足早に歩いて行ったんだ。だけど、その軋みが聞こえてくるペースは変わらないのに、距離は遠ざからない。ずっと、背後を着いてきている」
ごくり、と、誰かが喉を鳴らす。
ペルルは、プリムラの小さな手を励ますように握っている。尤も、握られている少女の方は主に比べて平然としたものだったが。
「何度も振り向いて、最後の方は半ば走るようにして、寝室に飛びこんだんだ。ばん! と大きな音を立てて扉を閉めて、そしてそのままじっと耳を澄ませていた。そしたら、もう、何も聞こえてこないのさ」
小さく苦笑して、オーリは片手を広げた。部屋の中が、ほっとしたような空気に変わる。
「きっと、私の足音が変な風に響いていたんだろうと思ってね。ほら、アーラ宮は岩山だからさ。やれやれ莫迦なことを考えたものだ、と、扉から離れて、部屋の中に進んだんだ。一歩、二歩、三歩。……そうしたら、突然、しっかりと閉めた筈の扉が突然、ばたん! って」
青年の声が、突如、大声となった瞬間に。
ばん!
唯一の扉が大きく開かれて、一同が悲鳴を上げた。
「……どうした」
呆れ顔で戸口に立っていたのは、見慣れた少年の姿である。
「グラン……!」
「大将!」
「お前、ノックもしないで一体何の用だよ!」
「……お前達が揃って姿を消しているから、何か悪巧みでもしてるんじゃないかと心配されたんだ。……杞憂だったようだがな。情けない」
口々に涙目で非難されて、幼い巫子はかなりむっとしていた。
「……そもそも、アーラ宮には床に板なんか貼っていなかっただろう」
詳しい話を聞いたところで、更に呆れた顔でグランは感想を述べる。
視線がゆっくりと集まった先で、オーリはにっこりと笑ってみせた。




