予告編(当時)
「……蝕まれているんだ」
ぽつり、と、まだ幼い少年が呟く。
「この世界が、そうであるように」
薄く、自嘲じみた、憎らしげな、そして諦めさえも滲んだ笑みを浮かべて。
覚悟と共に、その手を取った筈だったのだ。
その時は。
霞む世界の中に、その青年は立っていた。
「逃げ出したいのでしたら、手をお貸ししますよ」
酩酊した視界でも判る、美しく手入れされた金髪。そのにこやかな笑み。
優雅に差し出された手を、魅入られたように男は取った。
「我が竜王ニネミアが、まさか三度も君の侵入を見逃すと思っていたのか?」
嘲るように、風竜王の高位の巫子は告げる。
湖を吹き渡る冬の風は、着の身着のままの二人の逃亡者へ無情に吹きつけた。
「クセロ……!?」
甲板に姿を見せた幼い巫子が、信じられないというように叫ぶ。
「だから言ったじゃないか。彼をちゃんと捕まえておけって」
血の混じった唾を吐いて、オリヴィニスは八つ当たり気味に呟いた。
「……大将」
小さな声は、風に消える。
その姿と共に。
「私は逃げない。我が身に流れるこの血にかけて」
暗い瞳で、異形の角を頂く青年は誓う。
「だって、グラナティスだぜ? お前の気持ちが世界で一番判るのは、多分俺だ」
同じ角を持つ少年は、対照的に、弱々しく笑う。
「何のために、生きているのです? 取るに足りない生命なら、潔く我がきみに捧げてしまえばいい」
とろり、と質感すら判りそうな声で、龍神の使徒は請う。
そして。
「来たのか」
やつれた顔で、幼い巫子は相手を出迎えた。
「どの面下げてやって来るかと思っていたが。酷いものだ」
「……おれのこと、言えるのかよ」
燃え盛る炎は、そのまま彼の怒りとなる。
だが、金髪の男はそれに全く動じなかった。
「あんたの前に立つには」
声には、微塵も震えはない。
「あんたの下にいるおれじゃ駄目だったんだよ」
『いつか、竜の舞う丘で。』
小説家になろうにて、[地の章]連載中。
※この予告編はフィクションです。実在する人物、団体、事件、『いつか、竜の舞う丘で。』とは一切関係ありません。




