この手は、とても小さいけれど。
夜も遅い時間。窓の外に、独り月を見上げる少女を見つける。
「……風邪をひくぞ」
「きゃぁ!?」
突然声をかけられて驚いたか、赤銅色の髪の少女は、飛び上がらんばかりに驚いた。
「大丈夫か?」
振り返り、慌てたようにプリムラは何度も頷いた。
「グラナティス様……。どうしてここに?」
「そこから見えたからな」
無造作に、横手を示す。そこには本館へ繋がるバルコニーと窓があった。
「お風邪を召しますよ。さあ、戻ってください」
「先に言ったのは僕だが」
プリムラは、普段から少々世話焼きのきらいがある。藪蛇だったか、と思いかけたところに。
「特に大したことをしていたわけじゃありません。色々考えていたんです。……両親のこととか」
小さく寂しげに笑って告げられた言葉に、眉を寄せた。
プリムラの両親は、彼女が物心つく前に亡くなってしまっている。育ててくれたロマや、今面倒をみている男がいるにはいるが、それは別の話だ。
まだ幼い少女であれば、両親が恋しいものだろう。
数秒考えて、口を開く。
「プリムラ。お前は、火竜王の民だ。たとえどんな人間でも、火竜王はその平穏と幸福を保つよう、加護を与えてくださるものだ」
そう、今まで盗賊の手の者として動いていたとしても。
グランは、彼にしては珍しく、僅かに視線を和らげた。
「僕も、お前たち民の平穏と幸福のために、日々祈っている」
プリムラが、小さく目を見張る。そして、屈託なく笑った。
「ありがとうございます、グラナティス様」
彼女はロマとして育てられた。意図的に感情を隠すのは、お手の物だ。
生真面目な顔で、幼い巫子は続けた。
「風竜王の加護も、近々その民に届くようになるだろう。僕が、そうしてみせる。だから安心するといい」
少女の笑みが、凍りついた。少しずつ、まるで泣き出しそうな表情が滲み出る。
「……ありがとうございます、グラナティス様」
同じ言葉を繰り返す彼女の声は、しかし、先のものとは全く違う。
頷くと、グランは踵を返した。発した言葉には、一言残らず何の気負いもなかったかのように。
彼のために、竜王の高位の巫子のために、生命を投げ出してもいい、と。
少なからぬ人々がそう誓う理由を、少女はうっすらと理解し始めていた。




