歌えや、歌え
その部屋には、先客がいた。
「あれ」
燭台を手に近づいてきたグランに、きょとん、として椅子にかけて羊皮紙の束を捲っていたオーリが視線を向ける。
「お前がここにいるとは珍しいな」
「なんだい、それ。草原の民は本なんて読まないって?」
苦笑する青年の言葉に、確かに偏見か、と思い返す。
だが、実際、今まで彼が図書室にいるところなど見たことはなかった。
「うん。まあ、ちょっとね。ここには楽譜が沢山あるって聞いたからなんだ」
グランの偏見があながち間違ってはいない、と、オーリは笑いながら告げた。
火竜王宮の本宮にある、図書室。
ここには過去数百年に及ぶ知識が地層のように積み重なっている。
グランは、仕事の合間に暇があればここへやってくることが習慣になっていた。
しかし、彼も未だここで楽譜を読んだことはない。
それに興味を持つことがなかったからだ。
「面白いのか?」
隣の椅子にかけて、青年の持つ羊皮紙を覗きこむ。
「うん。知らないものがとても多い。知っているものも、うちの方とはところどころ違っていたりするしね。……例えばここだ」
がさがさと束の中から一枚の羊皮紙を取り出して、指先で音階をなぞる。
小さな歌声が、その唇から流れ出した。
「これが、フルトゥナではこうなる」
そして、似たような歌が紡がれる。
普段はしんと静まり返っている図書室の薄闇に、それはとても心地よく響いた。
「どうして変わってしまったんだろうね。時間か、それとも距離かな」
珍しく、皮肉さのかけらもない笑みを浮かべる青年に、苦笑する。
「お前が楽しそうで何よりだよ」
好きに歌っていい、と御墨付きを貰ったオーリは、その後誰憚ることなく図書室で何曲も歌い上げ、全くそれに動じずに隣でグランは自分の読書を続け、後日それを知ってあからさまにアルマがごね、最終的にオーリの知らない曲を写譜することを条件に同席する、という結末が訪れたのだった。




