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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
キャラクター紹介・番外編

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225/252

その貴き黄金は。(上)

 腹が減って、目が覚めた。

 がりがりと短い金髪をかき乱しながら身を起こす。半ばまだ呆けた顔で、大きく欠伸をした。

 固い寝台。木材が露になったままの室内。適当に脱ぎ散らかしていた衣服を蹴飛ばして、扉に向かう。


 これが、彼の王国だ。



 鉱山町の朝は、意外と早い。

 もう、山の方では男たちの野太い声が響いているし、路地では子供が走り回り、女たちが大量の洗濯物を干している。

「お早う、巫子様!」

「巫子様、寝坊ー」

 口々に声をかけてくるのに、金髪の男は苦笑しながら手を上げる。

 ここでは、巫子なんて、『親方』程度の意味しかない。

 町に一本しかない大通りの真ん中、最も重要で大きな建物に入る。

「おや巫子様、今日は遅いんだね」

 大柄な女が声をかけてきた。

「悪ぃ。残ってるか?」

「巫子様の分を忘れる訳がないじゃないのさ」

 笑って、奥の扉へ入る。幾らも待たないうちに、肉の浮いたスープと幾つかのパンが出てきた。パンは、ほのかに温かい。焼き立てである訳はないから、少し炙ってでもくれたのか。

「ありがてぇ。女将の飯は美味いからな」

 その言葉に、食堂の主は大きく口を開けて陽気に笑う。





 地竜王の高位の巫子、クセロ。

 突然出現して、世界を驚嘆に陥れた竜王と男は、龍神との死闘に勝利を収めた後、イグニシア王国より直轄地を賜ることになった。

 しばらく考えさせてくれ、と言ったのは、無論辞退する訳ではない。

 彼らには時間が必要だったのだ。……主に、地竜王が地図を読み解いて実際の地形と照らし合わせることができるまで。

『ふむ。ぬしの要求が全て満足するような地は、ここぐらいじゃの』

 地竜王の前肢が、無造作に地図上の一点を示す。

「……結構遠いな」

 眉を寄せて、クセロは呟く。

 そこは、イグニシア王国の北東部、クレプスクルム山脈に近い山だった。

 この半年で世界を一周近く移動したが、しかし彼は本来、王都から殆ど外に出たことのない人間だ。生活基盤を都市から離す、ということは、かなり思い切りが必要だった。

『断るか? 今までのようにここにおっても、さほど文句は言われまいよ』

 だが、地竜王の言葉には更に渋い顔になる。

 クセロは、既に今まで使われていた火竜王の高位の巫子グラナティスから解雇を言い渡された身である。現在、まだ事後処理が残っているから火竜王宮にいるのも許されている。しかしこの先もずっとは居座りにくいし、そもそも一つの竜王宮に二柱の竜王がいる、という事態もどうかと思う。

 かと言って、下町に戻って、二年前までのように小悪党として生きていけるかと言えば、それも難しいだろう。

 いや、一人ならば何とか生きていく自信はある。

 しかし、今では、否応なくこの古き竜王がついてくるのだ。そして、その高位の巫子としての地位も。

「あーもー……。本当に大将も面倒くせぇこと押しつけやがって……」

 三ヶ月前に散々迷い、とりあえずなし崩しに納得して引き受けたことではあるが、ぼやく。

 暗に自分が厄介だと言われていても、地竜王は全く動じずに卓の上にちょこんと座ったままだ。

 腕を組んで、じっくりと考えこむ。

 経緯はどうあれ、地竜王の巫子としての地位は引き受けてしまったものだ。こちらの方は、今更解雇を望むことなどできない。そう、文字通り、死ぬまで。

 ならば、その地位を利用できるうちは利用し尽くすのが道理というものだ。

「……そこにしよう」

 無駄に座った肝を発揮して、クセロはとうとう決断した。




 ワスターレ藩の領地内にある、イクソス山周辺。それが、クセロが望んだ地竜王の直轄地だった。

「山を?」

 王宮の担当官は、最初に申し出た時に至極不思議な顔をした。

「ああ。なんせ、地竜王だからな。街中とかよりは落ち着くらしい。確かに辺鄙(へんぴ)なところだが、どうせ信者が来るわけでもないんだし、構わない。大丈夫そうか?」

 さらりと竜王の好みの問題に()り替える。そうなると更に反論もしにくいらしく、担当官は頷いた。

「交渉はこれからになりますが、まあ大丈夫でしょう。正直、豊かな農業地や繁栄した街などを望まれれば、領主もいい顔をしなかったでしょう。ですが、ここは(きこり)や猟師で生計を立てている民ばかりだった筈ですから」

「手放しても痛くもないって?」

 皮肉げな顔で、クセロが混ぜっ返す。役人はやや苦笑した。

「ですが巫子様、それだけに、生活は豊かではないと思いますよ。直轄地からの税収はさほど高くはないでしょう。考え直すなら、早目にお願いします」

「聞いておくよ」

 忠告にやんわりと返す。

 ここであまりこの土地に固執する態度を見せれば、何かがあるのかと勘ぐられかねないからだ。



 交渉には、一ヶ月ほどかかった。王都からの距離を考えれば、早い方だ。殆ど即座に了承されたとみえる。

 ほぼ二束三文だろうが、王家から土地を買い取る金が出ている筈だ。税収もあまり見こめない山なら、売ってしまってもいいという判断だろう。

 その後、藩都に赴いたクセロは領主に面談する。

「これはようこそおいでくださいました、巫子様。お目にかかれて光栄です」

「こちらこそ」

 短く、にこやかに返す。

 これでもクセロは物覚えがいい。まして、これから相手を詐欺にかけようというなら、全力を尽くすべきだ。

 しばらくの儀礼の後で、彼らは本題に入る。

「竜王宮の建立には、数年かかると予想されます。腕のいい建築家を呼び寄せて、幾つか案を作らせておりますので、見て頂けますか」

 竜王宮を建てる資金は、これも王家から出される。実際には領主の手を通すことになるから、多少の利鞘が残るのだろう。その程度は残してやった方が今後のつきあいは楽になるだろう。が。

「ああ、そんな大層な建物は要らないな。必要なのは、宿泊用の建物と、倉庫だ。この辺は冬はかなり寒くなるだろうから、その対策はしっかり頼みたい」

「……巫子様?」

 何やら、覚束なげな表情になる領主に、にやりと笑いかけた。

「竜王宮はいらねぇ。作るのは、おれの町だ」



 小悪党が、支配者を気取りたいのだろう。そう、思われたのかどうかは判然としないが、やがて領主はその案を了承した。

 結局、町を一から作ることなど、クセロの手には余る。なんとなくの要望を伝えて、殆ど建築家とやらに丸投げした。

 壮麗な建物を作る、ということを夢想していた建築家はかなり不満そうだったが。


 現地に入ったのは、雪が溶け、その水も引いてきた頃だった。

 そこそこ平らな地面が続く土地は、しかし木々に覆われている。

 この山に住む者は、樵が多い。幾つかある集落に話をつけ、更に離れて住む者たちも集めて貰う。

 彼らの表情は、都会から来た余所者に対する不信感で満ちている。

 クセロが口を開く。

「地竜王の高位の巫子、クセロだ。この山を、地竜王の直轄地として所有することになった。地竜王には、基本的には護るべき民はいない。ここに住んでいるお前たちが帰依する必要はないし、今までのように樵やら猟師やらで生きていきたい、という者に、無理強いはしねぇ。特に、税も納める必要はない」

 その、ざっくばらんで乱暴ですらある言葉が発せられて、人々はざわめいた。

 生活ががらりと変わると思いこみ、不安と(てき)(がい)(しん)すら持っていた者たちが、顔を見合わせる。

「ま、ここを切り開いて村を作る間、手伝ってくれるならありがてぇが。勿論、賃金は出る」

 ぐるりと見回して、クセロは人々の顔つきを伺った。

「その後も、おれについてきてもいい、って奴がいたら、頼む。おれには、人手が必要だ」

 そして、にやりと笑む。

「お前らを、豊かにしてやるよ」


 その話をどう判断したかはともかく、相当数の樵たちが仕事に加わった。木を切り出し、板に加工するのは彼らにはお手の物だ。

 クセロは、それを偉そうに睥睨(へいげい)していた訳ではない。

 丸太を軽々と運んでいく巫子に、男たちは畏怖の目を向けた。

 焚火を囲んで酒を酌み交わし、莫迦な話をしては笑いあった。

 都会育ちだった男に、山で生きるコツを教えては、感心するクセロに満足そうな顔を作った。

『順調か? 我が巫子よ』

 時折、誰もいないところで、地竜王は定位置から彼の巫子に声をかける。

「ああ。面白ぇな」

 薄く笑い、クセロは、少しずつできていく彼の町を見つめた。


 建物は基本的にレンガ造だ。漆喰を惜しみなく使い、冬の寒さを遮断する。室内は板張りで、壁紙など値が張るものは全く使われていない。

 大通り沿いに、小さな建物が整然と並ぶ。町の奥、山に近い方には幾つもの倉庫を設置した。

「ここで何をするんだ、巫子様?」

「そろそろ教えてくれたっていいだろう」

 すっかり馴染んでしまったクセロに、住人たちは問いかける。

 だが、クセロはまだ口を割らない。

 やがて、王家から派遣された担当官と、領地内の執政所からの役人が、町が完成するのを見届けて帰還する。

 その夜、とうとうクセロは広場に集まった民の前に立った。

「長い期間、働いてくれて助かった。礼を言う。一番最初にも言ったが、これからのお前たちの生活は、好きにしてくれていい。だが、今後もおれを助けてくれれば、嬉しいよ」

「何をするかによるよ、巫子様!」

「わしらにお針子は無理だからな」

 口々に野次が飛び、豪快な笑い声が起きる。

 楽しげに笑んで、クセロは周囲を見回した。

「まあ、そろそろ紹介もしておいた方がいいだろう。おやっさん」

 軽く呼んだ言葉に応じて、次の瞬間、体高十メートルはある大きさになった地竜王が、その場に顕現する。

 小さく悲鳴が上がり、人々が及び腰になった。

「これが、うちの竜王。地竜王エザフォスだ。晴れて直轄地になったんだから、よろしく頼む」

 ぎろり、とその黄金色の瞳が小さな人間たちを見下ろす。

 一瞬で静かになった彼らに、クセロは声を張り上げた。

「大地を司る竜王の名の元に、今後、おれは、この山から(きん)を掘り出すことにする!」



 鉱夫、という仕事は、確かに住人には不慣れなものだ。

 だが、かなりの人数の男たちとその家族が残ってくれた。おそらく、今後噂を聞いてここへやってくる者たちもいるだろう。

 彼らに対して排斥をしないこと。そして、この先、この山から産出された(きん)を、クセロの許可なく、一かけらも持ち出さないこと。

 それだけを、クセロは山の住人に固く命じた。

 まずは、坑道を作らなくてはならない。クセロは、町の奥から少し山に入ったところを、入口とした。

 まあ先に地図上でその場所を決めてから、町の場所を決定したのだが。

 町を作る時に残った丸太や板を使い、坑道を補強していく。

 勿論、すぐに鉱脈に行き当たった訳はない。そんなに簡単に金脈が露出しているようなら、もうとっくにこの山は金山として有名になっている。

 だが、彼らには地竜王がついている。的確に方向を指示し、最短かつ崩れにくい道筋を辿る。

 住人と巫子がともども泥にまみれ、穴に潜る日々が続く。

「全く、これだけ肉体労働に勤しむなんて、二年前のおれは考えもしなかったぜ」

 クセロが軽口を叩く。

 自信に満ちたその態度と、地竜王の存在だけが、鉱夫たちを支えていた。

 最初の鉱脈がカンテラの光に照らされ、鮮やかに煌いたのは、竜王とその巫子が世界を賭けて戦ってから一年が経った頃のことだった。



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