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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
キャラクター紹介・番外編

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223/252

僕らの明るい未来のために。(上)

 晴れた空に、鐘が響く。

 広い構内は、ざわざわとして騒がしい。殆どがまだ若い声だ。

 人の間を縫って進む。通路だろうがパティオだろうが、突然立ち止まっては議論を始める者たちばかりだ。ぶつかりそうになる寸前に避けることにも、もう慣れた。

「あ、おい! 明日からの祭り、一緒に行かないか?」

 通り過ぎた相手から、突然声をかけられた。級友だ。

「ごめん、先約があるから」

 軽く手を振って、断る。

「ほら、あいつ、竜王宮に」

 ひそひそと交わされる言葉には、惑わされない。

 ここに来てから、随分とその類のことは鍛えられた気がする。

「そうか、じゃあまたな!」

 だが、当の相手にはあっさりと解放された。彼は、以前には紹介してくれ、と、しつこく言い寄られたものだが。

 他の手段を考えているのか。だが、今は早くこの場を出たい。頷いて、先に進む。



 街は、祭りの準備に浮き立っている。

 明日から始まるのは、風竜王から火竜王の季節に移り変わることを祝う祭りだ。

 真っ直ぐに、街の中央にある、大きな丸屋根の建物を目指す。

 水竜王フリーギドゥムを祀る、水竜王宮の本宮を。



 礼拝堂に入り、祭壇の前で跪いた。

 目的はこの後だとは言え、ここを何もせずに通過することはできない。

 しばらく祈りを捧げてから立ち上がる。礼拝堂の脇の通路へ入り、奥へと進んだ。

 竜王兵の前で、名前を控えられる。

 高位の巫女は、先の戦いの間に何度か誘拐されかけたことがあるらしい。警備が厳しいのは当然だ。

 だが、幾度もここへきたことがある彼は、すぐに奥へと通された。

 立ち並ぶ建物の間を繋ぐ通路を進む。そこは細い、優美な柱が屋根を支えており、じりじりと照りつける日差しを遮ってくれている。

 彼が辿りついたのは、こじんまりとした建物だった。公的なものではなく、居住に適したものだ。

 駆け寄るように玄関に近づき、ノッカーを叩く。

 ほんの数分で、それは開いた。

 顔を出した相手は、こちらを予測していたのだろう、にやりと笑む。

「よぅ。早かったな、パッセル」



 レヴァンダル大公子アルマナセル。

 彼がカタラクタで竜王の巫子たちとイグニシア王国軍に対して叛乱を起こしたのは、二年前。

 その蜂起の地となったのが、パッセルの父が治める藩、モノマキアだった。

 パッセルの住む城塞に一月ばかり滞在した間に、彼はアルマへの憧れを募らせた。

 ただでさえ、イグニシアでは彼の始祖〈魔王〉アルマナセルの人気が高い。〈魔王〉の英雄譚に胸を躍らせなかった若者などいないほどに。

 だから、パッセルはひたむきにアルマを慕い、そして、大きな失態を犯した。


 その後半年もしないうちに、イグニシア王国との間に休戦協定が結ばれ、何とかカタラクタの国土は戦乱から逃れられた。

 そして、先の風竜王の季節が始まった頃に、パッセルはフリーギドゥムにある、貴族の子弟を集めた学校へと入学した。

 彼の故郷にはそのような学校はなく、最も近く、規模の大きいものがフリーギドゥムにあったという理由である。

 だが、今、そのフリーギドゥムの水竜王宮には、アルマがいるのだ。

 おそらく、父親が多少なりと面識のある彼に自分のことを頼む、と言っているのだろうことは察していたが、願ってもないことなのでパッセルは特に気にしていない。



「午後ぐらいに来るかと思ってたよ」

 既に見慣れた居間へ通される。手にした荷物を、適当に扉の傍に置いた。

「僕が遅れる訳がないじゃないですか」

 もう一ヶ月も前から、この祝祭はアルマのところで過ごすことになっていた。もう少し長期の休みであれば帰郷するが、十日間では流石に片道だけで休みが終わってしまう。

「まあ、そりゃそうだろうけどさ」

 アルマが苦笑する。

 彼とは、モノマキアを出陣してから会っていなかった。その頃の彼は、もう少し堅苦しく、他者に対して丁寧に接していた印象がある。

 が、数ヵ月後、イグニシアとカタラクタの休戦協定の調印式にパッセルが王都へと呼び寄せられ、再会した時には、彼はもうこのようにざっくばらんで自信に満ちた態度に変わっていた。それは、自分に対してだけではない。

 その変化にやや戸惑いもしたが、しかし、親しみが増したようで嬉しくもある。

 ハウスメイドが紅茶を淹れてくる。

 ここは竜王宮で、本来、貴人の世話は下位の巫女たちがする。アルマも母国ではそうだったらしいが、水竜王宮に属することになって、少々遠慮があるようだ。大抵のことは自分でできる、と言い張り、結果、このやや年配の女性が一人、通いで身の回りの世話をすることになった。

 静かで穏やかなこの館が、パッセルは気に入っている。

「だけど、俺たちはずっと一緒にはいられないぞ。学校の友達とかとは会わないのか?」

 アルマの言葉は、痛いところを衝いてくる。僅かに顔を曇らせたのを察して、〈魔王〉の(すえ)は肩を竦めた。

「今が、一番爵位なんて関係ないって言える時代だ。手広く(よしみ)は結んでおけ。絶対に、将来、役に立つ。俺がお前の誼に頼ることにだってなるかもしれないんだからな」

 こういうところ、彼は狡い。パッセルは、普段からアルマの役に立つのならどんな努力だってする、と言っているのだから。

 不承不承、少年は頷く。

「……うん。空いてる日に、一緒に街に行ってみる」

 その言葉にアルマは笑い、パッセルの頭を強く撫でてきた。

 全く、いつまで経っても彼は自分を子供扱いする。


 昼前になって、館には訪問者が増えた。

「まあ、パッセル、お久しぶり。ご機嫌いかが?」

 混じり気のない笑みを浮かべているのは、水竜王の高位の巫女ペルルだ。

「ご無沙汰しています、ペルル様。おかげさまで元気です」

 パッセルは優雅に一礼した。

 この優しく、穏やかな姫巫女がパッセルは好きだ。彼女を嫌う人間なんていないと思っている。

 彼女が自国の高位の巫女だということは、誇り高い事実だ。

 が。

「前日から押しかけるとか、少しは遠慮したらどうなんだ」

 その姫巫女の警護と称して一緒にやってきた青年は、あからさまにパッセルを邪魔者のように見下ろした。

 むっとして、パッセルもそれを見返す。

 彼は、レグルス。マグヌス子爵の嫡子で、ユーディキウム砦の戦いではアルマと共にイグニシア王国軍と戦ったという。

 子爵の嫡子、という点では、一見、モノマキア伯爵の嫡子であるパッセルの方が地位が高く見えるが、マグヌス子爵は更にマグヌス公爵の嫡子でもある。つまり、将来的にはこの青年は公爵位を継ぐのだ。

 あまり、盾突いていい相手ではない。

「アルマにはちゃんと許可を取ってるんだから、あんたにとやかく言われる筋合いはないよ」

 まあ、パッセルはその辺りかなり自分に正直なのだが。

「お前たちは本当に仲が悪いよなぁ」

 この辺りはもう見慣れたものなのか、アルマはむしろ感心したように呟く。

「本当に。もう少し、仲良くできないものですか?」

 ペルルは咎めるように告げた。二人は僅かにばつの悪い表情を浮かべる。

「しかし、私が覚えている限り、アルマとオリヴィニス様の方がもっと言い争っていましたよ。それに比べれば特に大したことはありません」

 が、レグルスはさらりと友人を引き合いに出した。

「それもそうね」

 そしてあっさりとペルルは同意する。

「あいつと比べるとか、お前それは狡いだろ」

 アルマは渋い顔で呟いた。

 ペルル以外の高位の巫子たちともパッセルは面識があったが、どちらかと言えば苦手な相手だった。

 口を出せなくて、少年は黙りこんだ。



 一年は、三竜王の季節によって区切られる。

 真冬から春までを司る、風竜王。

 春から真夏までを司る、火竜王。

 そして真夏から真冬までを司る、水竜王だ。

 四柱目の竜王である地竜王が復活されても、暦は改正されはしなかった。もう、何千年もこの周期で人は暮らしてきている。新しい暦を決めるにも時間と手間がかかりすぎる、と、以前学園の教師は言っていた。


 明日から始まる祝祭の準備で、昼食後すぐにペルルとアルマは竜王宮に行ってしまった。

 ペルルは勿論、竜王宮の主催する儀式を全て取り仕切らなくてはならない。

 そしてアルマは、貴族が催す夜会の殆どに招待されている。

 このフリーギドゥムは水竜王宮の直轄地だ。ここを治める領主はいない。

 だが、竜王宮の本宮があるという地は、民に、そして貴族たちにとって重要だ。年中を通して巡礼者はやってくるし、祝祭ともなるとそれは数倍に膨れ上がる。

 フリーギドゥムに別邸すら構えている貴族や商人は少なくない。

 世界の各地で催される無数の宴のうち幾らかが、このフリーギドゥムに集中しているのだ。


 レグルスの今の身分は騎士だ。

 彼は現在、修練という名目で、竜王兵に所属している。職業として竜王に仕えている訳ではない。一時的なものだ。時期がくれば、また、帰属は変わるだろう。そう、子爵位を継ぐ時などに。

 現在の仕事は基本的にはアルマの護衛だ。竜王宮の渉外として社交界に出ることの多い〈魔王〉の(すえ)だが、竜王宮の戒律の関係上、竜王兵はその場において彼の護衛に就くことができないからだ。

 アルマが外出していなければ、午前中のようにペルルの護衛にも就くが。

 その二人が揃って会議に出てしまった今、レグルスも暇である。

 廊下を歩く音に、パッセルは客間から顔を出した。

「どこ行くのさ?」

 青年は軽く振り向いて答える。

「塔に。街を見てくる」

 その手には、硬い木の板で作られた紙挟みが抱えられている。

「僕も行っていい?」

「暑いぞ」

 肩を竦めて言うが、拒絶されている訳ではない。パッセルは急ぎ、彼の後ろに続いた。

 暑いと言っても、物見台にはちゃんと屋根がある。風が吹きこんでくることもあって、さほどの不快さはない筈だ。

 が、地上十数メートルまでを階段で登ることは失念していた。流石に汗だくになりながら、二人は上階までを無言で進む。

 ここからは、街が一望できる。あちこちに色とりどりの旗がはためき、人々が街路に繰り出している様を、パッセルは目を輝かせて見下ろした。

 レグルスは手早く一枚の羊皮紙を取り出している。紙挟みの上に置くと、じっと眼下の街を見つめた。やがて、木炭が羊皮紙の上を滑るように動き始める。

 この青年が絵を描くことを好むのは、竜王宮内では公然の秘密である。

 貴族として将来その地位を告ぐ者としては、些か不釣合いな趣味とみなされがちであり、彼は父や祖父にはそれを打ち明けられていない。

 彼が竜王兵に所属しているのは、アルマに誘われたからでもあった。暗に、仕事がない時には思う存分絵を描ける、と持ちかけられて。

 最初に知った時には、パッセルも酷く驚いた。

 だが、それを知らされたのはアルマからの信頼の証でもあり、彼はすぐにその秘密を護ることを誓った。

 それに、普段は厳しく、嫌味の多いレグルスの描く絵は、とても柔らかく暖かな印象で、パッセルは密かに気に入っていたのだ。

 青年の方も、傍らの少年に見られながら描くことにもう慣れてしまっている。

 羊皮紙には、祭りに沸き立つ街の様子が、遠くからの視点で表現されていた。

「ねえ。街の中に行けば、もっと詳しく描けるんじゃない?」

 ふいにかけられた言葉に、青年は視線も向けない。

「アルマもペルルも忙しいのに、私が何の理由もなくここを離れることはできない。……祭りを見てみたくはあるが」

 彼も貴族の子弟だ。ここへ来る以前も、祝祭の日は社交界で忙しかったことだろう。庶民の祭りなど、無縁だったに違いない。

「レグルスは祝祭の間の用事っていうと、アルマと一緒に夜会に出ることぐらい?」

「まあそうだ」

「じゃあ、昼間は暇だよね」

 すらすらと続ける少年に、ようやくレグルスは胡散臭げな視線を向けた。

「暇じゃないと先刻(さっき)から言っている」

「でも、理由があれば、街へ出られるんだろう?」

 パッセルは、これ以上なく無邪気な表情で尋ねた。




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