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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
竜の章

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217/252

24

 ある昼下がり、火竜王宮の居間の一つに、アルマとオーリは座っていた。

「結局、カタラクタに行くことにしたんだって?」

 面白そうな顔で問いかける青年に、曖昧に頷く。

「ああ。グランが大公家を解放する、っていうのは本気みたいだし。親父も、俺の好きにすればいいって言うしな。向こうで俺に何ができるかは判らないけどさ……」

 オーリは、以前、この件が終わった後に風竜王宮に来ないか、とアルマを誘ったことがある。その提案を蹴る形になって、少々気まずいのだが、当の青年は全く気にしていないようだった。

「そうか。おめでとう。結婚式の日取りが決まったら教えてくれよ」

 にこやかに告げられて、眉を寄せる。嫌味だ。

「莫迦なこと言うなよ」

 だが、オーリは小首を傾げた。

「それはまあ、君もペルルも、二人ともまだ若い気はするけど。でも、あと数年ってところだろう」

「結婚なんて、できる訳ないだろ。……ペルルは、巫女なんだから」

 しかも、高位の巫女だ。

 苦い思いを胸に、言い放つ。

 だが、風竜王の高位の巫子は、きょとん、としてこちらを見つめている。


「え?」

「……え?」


 異口同音に、小さく呟いた。

 何やら、嫌な予感が湧き上がる。

 ふと、何かに気づいたように、オーリが表情を変えた。

「あー……、ああ、確かに、私が知っている竜王宮の規律は三百年前だからね。今だと、変わっている可能性があるのか。うん」

 奇妙な顔で、取り繕うように言いながら、さり気なく立ち上がる。

「おい、待てよオーリ。お前何を……」

「何って、そりゃ、今の規律を知っている相手に尋ねに行くんだよ」

 奇妙な表情を、つまり笑いを堪えていたのを崩し、楽しげに彼は手近な窓から身を躍らせた。

「待ちやがれてめぇええええええ!」

 少年の怒声が、神聖な竜王宮に響き渡った。


 こん、という小さな音に顔を上げる。窓の外のテラスから、見知った青年が手を振っていた。

「……何をやっているんだ……」

 僅かに呆れ、腰を上げる。閂を外し、ガラスの嵌められた扉を開くと、何が楽しいのか笑みを浮かべたままオーリは入ってきた。

「具合はどう?」

「まあまあだ」

 一応は気遣ってくる言葉に肩を竦め、椅子に戻る。

「それでお前は一体そんなところから何を」

「グラン!」

 怒声と共に、ばん、と、扉を開いて、つんのめるようにアルマが姿を見せた。

「……お前たちは何をやっているんだ」

 ほとほと呆れて、幼い巫子は呟いた。


「竜王の巫子は、婚姻できないと思っていた?」

 眉を寄せ、訝しげな表情で、グランが繰り返す。

「風竜王宮ではそんなことはなかったし、昔はよそも同じだったと記憶しているんだ。今、規律が変わってしまっているのかと思って、尋ねに来たんだよ」

 オーリが説明する。

 余計なことをつけ加えないように、アルマが睨みつける。

 正直、ペルルのところに行かれたらどうしようかと思ったが、流石に彼もその程度の分別はあったのかもしれない。

 尤も、代わりの相手がグランなら状況はどっこいどっこいだが。

「一体、どうしてそんなことを思いついたんだ?」

 グランは視線をアルマに向けた。

「いや……。ほら、オーリは『純潔』をやたら重視してただろ」

 以前、ステラに対して(はかりごと)を仕掛けていた、と告白した時に、彼はそこを熱弁していた。

「こいつは異常だ。基準にするな」

「酷いな、君は!」

 きっぱりと言い切ったグランに、風竜王の高位の巫子が抗議する。

「それに、火竜王宮の巫子で、誰か結婚しているか?」

 憮然として、アルマは続けた。

 子供の頃から王都の火竜王宮に通っているが、男女とも、巫子の中に既婚者はいない。

 だから、漠然と、巫子というものは竜王に対して純潔でなければならないのだ、という思いこみがあったのだ。

 その言葉に、グランは少しばかりばつの悪い顔になる。

「それは……まあ、うん、僕のせいだ。僕がずっとこの年齢から成長しないから、なんとなく、皆が気を使っていたんだ。本宮に仕えている者が婚姻を結ぶ時は、他の竜王宮へ異動することが慣例になってしまっていた。僕がそれに気づいたのはかなり経ってからで、もう止めるように、と言うことも難しかったんだ」

 正直、当時はそれに(かかずら)っていられる状況でもなかった。

「そうなのか?」

 流石に少し勢いを落として、アルマは訊き返した。

「ああ。ほら、オーラレィの竜王宮に、カペルがいただろう」

 四ヶ月前、王都を逃げるように脱出して、すぐに立ち寄った街の竜王宮だ。そこには、アルマの見知った顔がちらほらあった。

「あれは三年前、結婚するからと異動していった」

「聞いてなかったぞ、そんなの!」

 さほど深く関わっていた訳ではないが、水臭い。

「だから、皆が僕に対して過剰に気を使うんだ。お前が僕の前で話題に出したらどうしようかと思ったんだろう」

 僅かにうんざりした顔で、グランが説明する。

「苦労するねぇ。君の部下は」

「要らん苦労だ」

 楽しげに感想を述べるオーリに、憮然として返す。

「ともかく、竜王宮の巫子は、特に婚姻を禁じられてはいない。勿論、相手が俗世の人間でも構わない」

 気を取り直し、アルマに向き直ると、グランはさらりと纏める。

 混乱して、アルマは椅子に(もた)れかかった。片手で額を押さえる。

 勿論、ペルルはそのことを承知しているだろう。

 彼女が今まで自分に向けてきた笑顔の、言葉の、態度の意味が、一変する。

 そもそも、水竜王宮に誘われたこと自体が、つまり。

 ふらり、と立ち上がる。

「アルマ?」

「……一人で考える」

 力なく肩を落として、扉へ向かった。

「今更断るなんてことをするんじゃないよ。ペルルが傷つく」

「判ってるよ」

 失礼にも念を押すオーリを一瞥し、アルマは部屋を出て行った。

「……手を貸すべきかな」

「放っておけ。他人の人生を操ろうなんて、いい結果になったためしがない。例え、それが好意からであっても」

 オーリの呟きに、冷たいとも取れそうな口調でグランは返した。

「君とは思えない言葉だね」

「僕があいつを操る理由なんて、もうないだろう」

 扉へと向けられたその視線は僅かに寂しげではあったが、オーリはそれに言及することはやめた。




 翌日、アルマとペルルは懸命に話し合っていた。

 と言っても、前日にアルマが知った衝撃の事実についてではない。数時間それについて考えこんだ後、アルマは実直にペルルへ今までの自分の思い違いを話しに行ったのだ。

 そこで、幾らかの複雑な経緯を経てではあるが、結局、ペルルは笑ってそれを流していた。

 今、彼らが説得しているのは、もう一人の少女である。

「だって、両親のことを知りたいって言ってただろ? 何だったら、うちに雇って貰えるように親父に言ってもいいんだぞ。他の貴族の屋敷にだって、多少は顔が利くし」

「そうですよ、プリムラ。もしも何かの事情で、この街にいたくないと言うのでしたら、貴女も私と一緒にフリーギドゥムへ来てもいいのですから」

 二人の前で、その気遣いを一身に浴びた少女は、嬉しげに笑みを浮かべて口を開く。

「ありがとうございます、ペルル様。それに、アルマ。ただ、あたし、何も考えていなくてここを出る、って言っている訳じゃないの」

 プリムラは、クセロと共に、グランの元で働く義務を終わらされた。

 そしてその後、彼女は王都から離れる、と決めたのだ。

「確かに、父さんと母さんのことは今でも知りたいと思ってる。あたしはまだ子供だし、他のやりたいことはもう少し大きくなってからでもいいかな、って、この間までは思ってた。だけど、駄目なの。大人になったらとか、力がついたらとか、そんなことを待ってたら、その間に取り返しがつかないことになるかもしれない」

 戦場で、人々が次々に死んでいった様を、グランが誰にも告げずに死を覚悟していたことを、彼女は目の当たりにしたのだ。

 当たり前に来ると思っていた明日は、確かに来る訳ではないと。

「だから、本当にやりたいことを、今から掴んでおくことにしたの。別に、何も考えないで言っている訳じゃないわ」

 きっぱりと、大人びた表情で、少女は告げる。

「だけど、またロマの生活に戻るなんて……」

「一人は無理だろう。せめて、誰かに頼めればいいんだが」

 ペルルはまだ不安を消せない。アルマはやや前向きに考えを変えている。

「大丈夫。あてなら、あるの」

 プリムラは自信たっぷりに告げる。

 彼女の背後の窓からは、庭を所在なげに散歩している、一人のフルトゥナの民の姿を見ることができた。




 彼らは、あまりのんびりもしていられなかった。

 イグニシア王国の休戦協定案を携えた特使と共に、カタラクタへ戻らなくてはならなかったのだ。

 現在、自ら蜂起した反乱軍を放置している状況だ。やむをえない状況だったとは言え、ユーディキウム砦の戦いから、既に二十日ほどが経過している。

 イグニシアの現状を思うと、気が重くなる。

 だが、カタラクタ王国軍の撤退を盛りこんだ提案は、状況を改善するに足るものだろう。

 グランとクセロは、イグニシアに残ることになった。

 グランは静養のために、王都から動くことができない、という名目だ。地竜王宮は配下の兵士もおらず、その巫子はこの件で特に利益を得たいとも思っていなかったため、もう関わらずともいいだろう、と主張した。

 アルマは火竜王宮の責任をも負い、ペルルとオーリと共にカタラクタで部下たちをきちんと統率し、その後撤退させなくてはならない。

 オーリは、その悩みを「まあいい気分転換になる」と渋い顔で評していた。

 プリムラは勿論、彼らについていく。狙いをつけた保護者候補を口説き落とす時間は、まだある。

「何かあったら、すぐに連絡しろよ。俺一人だったら、王都に戻るのはすぐなんだから」

 心配そうに告げたのは、アルマだ。普段なら逆の立場であろうグランは、やや疎ましげに片手を振る。

「大丈夫だ、心配は要らん。こちらには、まだ、お前の父親が健在なのだからな。それに、そう簡単に地獄の[門]を開くものじゃない」

 あまりにもあっさりと、彼らは挨拶を交わし、そして道を違えていった。

 今後の世界を作り直していく過程で、皆がまたすぐに顔を合わすのだろうという予感と共に。




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