表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
竜の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

214/252

21

 明らかに龍神の力を用いた雷光や巨大な炎の球、そして氷の塊が立て続けに彼らを殲滅しようと出現する。

 イフテカールがそこまで規模の大きな魔術を駆使したことは、グランの知識の上で初めてだ。

 しかし、竜王たちはそれをこともなげに処理した。

 火竜王が顕現し、ある意味世界に大きく干渉したことは、その巫子たちには知れるところの筈だった。

 だが、それがどれほどの距離に及ぶものなのか、残念ながら試してみたことはない。

 少なくとも、高位の巫子が死去した場合、国内にいる巫子は竜王が顕現したことを知る。

 そして、竜王の世界の認識は、国境で区切られている訳ではないだろう。

 これは、賭けだ。

 どうかイグニシアの王都にいる巫子に、この騒ぎが届いているように、とグランは祈った。


 しばらく後に姿を見せたのは、エスタだ。見たところ、イフテカールが近くにいる様子はない。

 彼は暗い瞳で、竜王の高位の巫子たちを一瞥する。

 アルマが彼に斬りかかり、オーリが隙を狙っては矢を放つ。

 全員が立ち向かってはいないものの、それが可能な状態だ。

 しかし、さほどエスタは動じているようでもない。その様子は酷く不審だ。イフテカールが何を企んで彼をここへ送りこんだか、その真意も読めない。

 苛立ちが募る一方だった時に、とうとう彼が現れた。


「エスタ!」

 突然その場に転移してきたイフテカールは、エスタの先ほど矢を射られた肩を鷲掴みにした。

「い……っ!?」

 悲鳴のような声を上げ、手を振り払った青年はそのまま痛みに蹲っている。

 イフテカールの瞳には、僅かに焦りが見えた。

「ああもう一体何をしてるんですか貴方は! こんなところでぐずぐずしている暇はないんですよ!」

 次いで放たれる言葉に、確信する。

 遥か遠い地で、この戦場に呼応して任務が達成されたのだ。

 彼らの近くに立つアルマは、龍神の使徒に対し、明らかな殺意を向けている。

 だが、イフテカールはそんなものを重要視してはいなかった。

「莫迦なことは控えなさい。〈魔王〉ですら、私を殺すことなどできなかったというのに」

「試してみればいい、下僕。アルマに、お前の牙がいつまで通用すると思っている?」

 しかし、ここでグランが挑発するように口を挟む。

 イフテカールは、珍しくそれに反応を見せた。

「ほら、どうした。そのような大口を叩いておいて、まさか尻尾を巻いて逃亡しようとしている訳ではないだろう、龍神の奴卑(ぬひ)よ?」

「……まさか、これは全て貴様の差し金か? グラナティス」

 憎悪の籠もった、探るような視線を向けられる。

 今まで自分の無力感から発していたものを、逆に相手から受ける立場になる、というのは、意外と気分がいいものだ。

 とは言え、すぐに二人の敵はその場から姿を消してしまったのだが。


 呆然としていたのは、十数秒だった。

「……現れ出でよ、地獄の門よ!」

 アルマの声に応えるように、目前に轟音と共に巨大な門扉が出現する。

 そして断固として続けられた言葉に従い、その門扉はその場の者たちを引きずりこんだ。


 転移、という概念は、知識としては知っていた。

 〈魔王〉アルマナセルからも聞いていたし、先ほどのようにイフテカールが目の前で何度かやってみせたこともある。

 それでも、実際この身が意図せぬままに遠い地へ運ばれる、ということは初めてだ。

 空間が変化し、身体が冷たい石畳にぶつかる。

 仲間たちは、多かれ少なかれ気分が悪そうだった。そうでもないのは、アルマとグランだけだ。

 二人は、その肉体に、転移の途中に通った〈地獄〉の要素を持っている。影響は少ないのだろう。

 ここは、王宮の庭のどこかだ。三百年も王宮に近寄らず、そもそも住んでいた時でさえ出歩かなかったグランは、現在位置を把握できない。

 だがアルマかクセロであれば容易く判るだろう。そして、イフテカールが向かう先は知れている。

 さほど遅れることもなく、追いつける筈だった。


 元火竜王宮の建物の壁を壊したのは、クセロだった。

 石と漆喰で建てられた建築物を崩壊させるのは、地竜王にはお手の物だ。

 グランが請願を呟き、礼拝堂の中に火球を出現させる。

 赤々とした光に照らされたのは、イフテカールとエスタ。そして、予測してはいたが歓迎できない人物だった。

「久しぶりだな、(せがれ)

「……やっぱり親父か……」

 ここへ辿りつくまでの間に、魔術を使えなくなってしまっていたアルマが、がっくりと肩を落とす。

「それを手に入れたら、早々に逃げるか隠れるかしろと言っておいただろう。どうして今でもここにいる?」

「私も、たまには最後まで成り行きを見届けたいのですよ、グラン」

 苦言に対していけしゃあしゃあと答える当主を、呆れて見上げる。

「どうしてお前の一家は、いつも僕の言うことを聞かないんだ?」

 だが、何故かレヴァンダル大公家の親子は揃って非難するようにこちらを見つめてきた。

 久闊(きゅうかつ)を叙することができたのは、ここまでだ。

 この状況に苛立ったイフテカールが声を荒げ、それにグランが応じている時に。


「一体何をやっているの!?」


 その場に招かれざる王女が姿を現した。



 この時、無理矢理にでも彼女を排除しなかったことが、後々大きな失態を生むことになる。

 レヴァンダル大公の傍へと避難したステラは、大公を襲い、龍神の像を奪い返したのだ。

 〈魔王〉の(すえ)の二人はそれに動揺し、ほぼ戦線を離脱した。

 ペルルとクセロは、大公を救うため、やはり手を取られてしまう。

 その隙に、ステラは自らの身すら顧みず、龍神をイフテカールへと手渡していた。

「……全く、使えぬ駒ばかりだ」

 吐き捨てるようにグランは呟いた。

 この三百年の(はかりごと)が、この半年の旅が、この瞬間、ほぼ無に帰したのだ。


 ほんの一瞬でプリムラを攫っていったイフテカールが、勝ち誇った視線を向ける。

 彼らが、その、何の地位もない幼い少女を見捨てることはない、と信じているのだ。

 そして龍神の使徒は、最もグランが恐れていた、水竜王の高位の巫女の身柄を要求した。

 仲間たちが口々にペルルを止め、イフテカールを挑発する言葉に、しかし青年はもう動じはしない。

「別に、グラナティスは子供だから認めたという訳ではありませんよ。彼はもう必要ないからです」

「必要ない……?」

「イフテカール。よせ」

 余裕の表情で言い放つイフテカールを、思わず制止する。

 するべきではなかった。

 幼い巫子の、殆ど唯一と言っていい、未だ振り捨てられぬ弱みを知られてしまったのだ。

 うっすらと笑んで、イフテカールは口を開く。

「おや。グラナティス、ひょっとして何も話していないのですか? 一番大事なところだと思うのですが」

「説明などいらん。黙れ」

 そんな言葉一つで沈黙を強いれるような男ではないのに。


 龍神を解放するための、手段。

 それを知った仲間たちは、流石に言葉を失った。

「てめぇ……、じゃあ、じゃああれはそのためか!」

 クセロが、イフテカールを怒鳴りつける。

「憤るな、クセロ」

 彼は、この件に関しては少々感情的になりすぎる。グランは短く部下を制止した。

 苛立たしげに何やら呟くと、金髪の青年はその場に座りこんだ。階段の踊り場ということもあり、姿は見えなくなる。

「その手袋を外して見せて差し上げたらどうですか、グラナティス?」

 甘い声で、イフテカールが提案する。

 逃げ場は、既にない。

 まあいい。もう、大して時間が残っている訳でもない。

 溜め息を一つ落とし、グランは無造作に手袋を引き抜いた。

 掌の中ほどから先端までが、赤黒く変色している。下手に触ると、ぐずり、とへこんでしまう場所もある。僅かながら腐敗臭が鼻を衝いた。

 我ながら、酷い有様だ。

 それを目にして、楽しげに、イフテカールはグランの肉体の秘密を暴露する。

 この際、時間が稼げればその他は二の次だ。

 そう結論づけて、グランはもう彼を止めなかった。

 優位に立っている、とあの青年が信じている間に、何か打開策があれば。

 幸い、ペルルやオーリが口論を始め、幼い巫子の状況は意識から逸れていく。

 礼拝堂の壁に沿って作られている上階の廊下に、一瞬ちらりと金色の光が反射する。

 僅かに不安にもなったが、しかしグランは彼に任せることにした。今更制止もできない。

 ペルルがイフテカールに近づき、その対処に青年が動こうとした瞬間に。

 廊下の手摺を乗り越え、クセロが龍神の使徒へと襲い掛かった。


 オーリが小さく息を飲む。

 手荒くイフテカールの肩を掴むと、クセロは叫んだ。

「今だ、おやっさん! ひっくり返せ!」

 次の瞬間、彼らの身体は天井へ向けて一気に落下していく。

「……力技だな……」

 流石に呆然として、グランは呟いた。

 そのうち通常の重力に負けて落ちてきたプリムラを救出し、クセロ以外の一行がグランの元へ戻ってくる。

「彼一人に任せていて大丈夫なのか?」

 気遣わしげに、オーリは天井を見上げた。他の者には聞こえないやりとりが、彼には知れているのだろう。

 プリムラに手袋を嵌められながら、グランは肩を竦めた。

「奴はお前が思うほど無力じゃない。一人ではないのは言うまでもないが。気にするな、奴はやるときはやりすぎるほどやる男だ」

「褒めてないだろ、それ」

 呆れた風に、アルマが呟いた。


 確かに、やりすぎるほどやる男だった。

 地竜王が顕現した気配を感じた直後、礼拝堂の屋根は凄まじい重力によって崩壊した。


 地竜王が連れ帰ったクセロは、意識を失っていた。

 単純に気絶している、ということではない。言うなれば、魂の内側に押しこめられてしまっているのだ。

 何らかの常軌を逸した事態に直面し、自己防衛に陥った者が稀になる状態だ。これは、時間が経てば自然に目が覚める、ということにはならないことが多い。

 グランはその手をクセロの額に乗せた。

 魂の在り処を探し出す。そして、ゆっくりと、ほぐすようにして、意識を解放しなくてはならない。

 それは、彼を隅々まで晒けだす作業でもあった。

 この男のことはよく知っている。ペルルやオーリに知られたくないこともあるだろう。

 自分ならば、まあ仕方ない、と諦めるだろうことも。

 だが、その間、地竜王と共に龍神の前に立っていたアルマが、小さな物音と共に、その身体を弾き飛ばされた。


 どん、という鈍い音を立て、少年の身体が床に叩きつけられる。

 呼吸すら止めて、その場の全員が彼を見つめていた。


「アルマ! しっかりして、アルマ!」

 ペルルが叫びながらその身体に取り縋る。

「くそ……! 早すぎる!」

 グランは思わず毒づいた。

 龍神に対し劣勢となった時点で、アルマを〈魔王〉化しなくてはならないことは覚悟していた。

 だが、それには繊細な主導と、〈魔王〉アルマナセルを象徴する陣が必要だ。陣の方は、代替となるものがあったが、それでも圧倒的に余裕はない。

 確かに、前もって行っておくのが賢明だっただろう。

 しかしそうすると、イフテカールと龍神には容易にそれと知れてしまう。アルマの〈魔王〉化は、一つの切り札だ。ぎりぎりまで伏せておきたかった。

 それに、もしも万が一、彼が人間のままで全てが終わるのであれば、それに越したことはなかったのだ。

 自らの甘さに、歯噛みする。

 それ故に、今、龍神の力によってアルマの人としての生命(いのち)が奪われた。

 ここからは、ただアルマの生命力と魂となりゆきに賭けるしかなくなってしまう。

「とっとと起きろ、クセロ!」

 苛立ちを声に籠めて、怒鳴りつける。殆ど条件反射で、クセロは覚醒した。

「何があったんだ? 旦那は……」

「死んだ」

 我ながらぶっきらぼうに告げると、立ち上がる。

「死んだ……って、大将!」

 意識がない間に一体何があったのか、飲みこめていないのだろう。だが、それこそそんなことを話している余裕はない。

「何を動揺している。手駒が一人死んだ程度で、心が折れることが許されるような状況じゃない」

 とにかく、時間だ。アルマが戻ってくるまでの、時間を稼がなくてはならない。

 幸い、こちらに駆けつけてきたエスタをアルマやペルルの護衛に残すことができた。

「悪ぃ、大将。どうすればいい?」

 袖で血まみれになっていた顔を拭いながら、クセロが後ろに立つ。

「全く、君はどこまでタフなんだ」

 聞き慣れた、呆れた声でオーリが隣に並んだ。

 高位の巫子は、三人いる。地竜王もだ。何とか凌ぐことはできるだろう。

 グランは、悲壮な決意で夜の闇を見上げた。



 龍神と対峙している間に、背後でざわり、と気配が動く。

 ……きた。

 ちり、とうなじの毛が逆立つような気配とは裏腹に、期待に心がざわめいた。

 アルマが、〈魔王〉アルマナセルが戻ってくる。


『……待つつもりでいるのじゃな?』

 地竜王が確認するように問いかけてきた。

 あえてそれには答えない。

 どうせ、グランの意思など竜王には筒抜けなのだし、彼はアルマを見殺しにしたことで、未だこの古き竜王に密かに腹を立てていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ