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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
竜の章

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210/252

17

 レヴァンダル大公家の新たなる嫡子には、角が生えていた。

「二、三代に一人産まれるようだな」

 興味深げに、グランは感想を述べる。

 母親は出産に当たって生命(いのち)だけは無事であったが、完全に政略結婚でもあり、産後すぐ実家へ戻ってしまっている。

 それなりの金額を、大公家から毎年彼女に送り、彼女が我が子に会いにくることは二度となかった。

 その後、殆どの当主が程度の差こそあれ、このような夫婦関係を構築することになる。

 じわじわと広がっている、大公家への拒否感が原因だ。

 表だって何かがある、という訳ではなく、効果的な対抗手段はない。

 ひたすら忠実に王家に仕えていても、その背後にいる者が大公家を(いと)うているのだから。



 八代目の当主、リアンステッドの息子には、角がなかった。

 三代目、六代目とが魔術を使える者であったために、予測が外れた感がある。

 だが、誰もそれを残念だ、などとは言わなかった。

 それでも、リアンステッドが密かに妻以外の女性を身篭らせたのは、その期待を過剰に意識していたからなのかもしれない、と、後々グラナティスは悔やんだ。

 彼の知らぬ場所で子を産み、母子共に生き延びた、というのは、正直運がよかったのだろう。

 子供が娘だったということも、何か関係していたのかもしれない。

 事実、その更に息子であるエスタは、〈魔王〉の血筋の証である紫色の瞳を持っていないのだから。



 しかし、角を持たぬ九代目当主は、密かに特異な能力を持っていることが、その息子アルマナセルが産まれた直後に判明している。

 彼は、アルマの振るう魔力を打ち消すことができたのだ。

 一度、試しに彼を竜王宮の地下室へと近づけたことがある。

 グランの新たな身体を保存しているシステムが全て機能を停止し、管理する巫子たちは恐慌に陥りかけた。

 あまり長時間停止させていては、イフテカールが気づく恐れもある。慎重に距離を測り、彼の能力は半径が五十メートルほど、ということが判明した。

 竜王宮での彼らの滞在する館は、地下室から充分に離れた場所に決める。

 アルマが魔術の制御のために竜王宮へ通う時には、父親は同伴しないことになった。研鑽(けんさん)を積もうにも、まず打ち消してしまうのであれば、意味はない。

 王宮に出仕して、イフテカールに不審に思われないかということが一番の懸念ではある。

 だが、龍神のいる旧竜王宮へは近寄らないことさえ徹底しておけば何とかなるだろう、と彼らは判断した。

 やや閑職へ追いやられつつある大公家の離宮は、王宮の中心部から離れていたし、イフテカールもあの地でそうそう派手な魔術も使うまい。


 この親子の能力を把握して、グランはとうとう三百年の沈黙を破ることに決めた。




 宝物庫の扉を開く。

 細長い箱を、グランは取り上げた。幼い身体には、それは不釣合いに長い。

「それが、〈魔王〉アルマナセルが使っていた剣ですか?」

 興味深そうに当主が尋ねてくる。

「ああ。〈竜王殺し〉だ」

 懐かしげな瞳で一瞥し、グランは傍らに立つ男を見上げる。

「王家から、カタラクタ侵攻の軍に参加するようにと要請が来ただろう?」

「ええ。アルマにね」

 肩を竦めて答える男に、頷く。

「悪いが、今度の狩猟で、お前は落馬して骨折して欲しい。その身体では、従軍など無理に決まっているからな」

「大公家には貴方がついているのに、ですな」

 楽しげに片方の眉を上げ、返す。

「茶番だが、表向きは繕うべきだ。アルマには、お前が魔術を打ち消すから僕の使う御力も通用しないのだ、と言っておけ」

「信じますかね」

「疑う理由がない」

 自信たっぷりに、グランは言い切る。

 ばちん、と音を立てて、箱の蓋を開く。

 革作りの鞘から、剣を引き抜いた。青白い鋼の刀身が高位の巫子の姿を映し出す。

 その切っ先を、無造作に当主は掴んだ。

「いくぞ」

 小さく告げて、グランは目を閉じた。

「我が竜王の御名とその燃え盛る誇りにかけて」

 請願と共に、炎が剣の柄から先端へ向けて迸る。

 平然とした顔で、〈魔王〉の(すえ)はその剣を握っていた。

 グランが火竜王の祝福を加え、地獄から発する呪いを当主が打ち消す。

 数十分それを維持し、グランは炎を収めた。

 これで、フルトゥナを覆う呪いはかなり揺れ動いた筈だ。完全に解呪はできないにしても。

「従軍前に、アルマに渡してやれ」

 鞘に戻し、父親へ柄を向ける。頷いて、彼はそれを受け取った。


 宝物庫の前には、一人の男が控えている。

「……そんな物欲しそうな顔をするな」

 呆れた口調で諌められるのに、あからさまに男は眉を寄せた。

「別に、もうここから盗みたいってんじゃないでしょうが。いつまでも昔のことを言い立てるのは度量が狭いですぜ、大将」

 小さく当主が笑う。

 この金髪の男は、前の夏に竜王宮へ盗みに入ったのだ。

 宝物庫を目指していたらしいのに、何故か地下室へ侵入したところを竜王兵に発見されている。

 イフテカールの手の者か、と当時竜王兵たちは色めき立ったのだが、グランはその可能性を一蹴した。

 あの男が地下室をどうこうしたい、と思っているのなら、他人を送りこむなどという真似をする必要はない。勝手に転移してきて破壊するなど、造作もないことの筈だ。

 第一、あれを向こうの思惑で破壊したいのなら、実のところ内心では願ったり叶ったりである。

 だが、無関係の者にあれを見られて、そのまま放免する訳にもいかなかった。

 更に少々の思惑もあって、結果、グランはこの盗賊を召抱えている。

 名はクセロ。濃い目の金髪を短く刈りこんだ、長身の男だ。

 引き合わされた当初から、レヴァンダル大公は彼を面白そうに見ている。クセロの方も、それに反発することもなかった。

「では、グラン。私はこれで」

 広間まできて、当主は一礼した。そのまま玄関へと向かっていく。

「さてと。オリヴィニスはどちらから脱出するだろうな。西から真っ直ぐにイグニシアを目指すか。カタラクタから、こっそりと侵入してくるか」

 小さく呟く。

 三百年の生の果てに、同じ仇を持つ男を思って。

「……嬉しそうだな」

 僅かに驚いたように、クセロが見下ろしてくる。

「そうだな。もうすぐ、方がつく。長くてもまあ十数年だ」

「長っ!」

 グランの返事に、間髪を容れずにクセロは声を上げた。




 王国軍は順調に侵攻していった。

 おそらく、カタラクタの王室は既にイフテカールの手に落ちている。そのものではなくても、ある程度は確実に。

 この戦争は、残る勢力を潰すためのものだ。

 ならば、敵対するカタラクタの軍は公になっている数よりも減る。司令部が壊滅的な被害をこうむることはまずないだろう。

 アルマをあっさりと従軍させたのは、その目論見があったからだ。

 イフテカールは、同じ過ちを繰り返さない。今度の戦役が失敗に終わらないよう、幾重にも陰謀をめぐらせている筈だ。

 奴の目的は、カタラクタ王国の実権を握ること。

 そして、水竜王の高位の巫女の身柄を確保することだ。

 王国を誰が支配しようが、正直どうでもいい。竜王宮は、世俗に干渉はしない。

 だが、高位の巫女となると話は別である。

 イフテカールの手がかかる前に、何とか火竜王宮で保護しなくては。

 故に、アルマを従軍させる際の条件として、彼女の引渡しを取りつけた。

 イフテカールならば、途中で横から攫う算段をつけるだろう。表向き、竜王宮からの要請、という形で通達できて助かったとすら思っているかもしれない。

 姫巫女を保護するために、グランはカタラクタに潜ませた間諜に全力を尽くせと命じていた。


 勿論、開戦してからは、両国の交易は全て停止している。人の交流もなく、当然間諜からの知らせは届かない。

 王宮から発表される公式の戦果を、グランは苛立ちながら聞いた。



 やがて届いた知らせは、カタラクタ王国が休戦を申し入れてきたこと、水竜王の高位の巫女ペルルがこちらに向かっていることだ。

 その護衛として戻ってくるのがアルマだと聞いて、少し驚く。

 まあ、彼は十六歳と少々若い。未だ、国家への義務だとか面子だとか権力だとかに興味はないのだろう。

 目端が利く者なら、この先のカタラクタでの利権を少しでも多く(むし)り取りたい、と、あの地に残る筈だ。

 だが、それは実に都合がいい。

 グランは国内の状況に目を配りつつ、待った。




 そして冬も近くなった頃、とうとうペルルを護衛する隊が王都の近くまで進んでいるという報せを受ける。

 今までにもイフテカールの使者を何度か妨害していた。そろそろこちらも強引に動いてもいいだろう。

 グランはここで直接的な手段に出ることにした。竜王兵を迎えに出したのだ。

 結果、(つつが)無く水竜王の姫巫女を本宮へ迎え入れることに成功する。

 その応接室へ入った時に、酷く中が暗いことに驚く。

「お待たせ致しました。グラナティスと申します。このような暗がりでお待ち頂くなど、無礼をお許しください」

 一礼した火竜王の巫子をきょとんとした顔で見つめ、慌てて姫巫女が立ち上がった。

「初めまして、水竜王の高位の巫女、ペルルと申します。あの、御気になさらないでください。先ほどまでは、空もまだ明るかったのです」

 視線を向けると、窓の外の雲が厚くなっている。

「冬場のイグニシアは、殆ど陽が射さなくなってしまいますので。気をつけるべきでした」

 そして、傍らの卓に置かれた燭台を一(べつ)し、小さく口の中だけで囁く。一瞬でそこに刺さったままの蝋燭に火が灯り、室内をぼんやりと明るくした。

「改めまして、ようこそおいでくださいました、ペルル様。我ら火竜王宮は貴女を歓迎します」

 邪気のない笑みを浮かべ、グランは告げた。



 翌日には、レヴァンダル大公家からの報告書が届けられる。

 興味深いのは、同行したというロマの青年の話だ。

 無論、イグニシアに入って以降、アルマの率いる隊は竜王宮の諜報部隊が様子を伺っており、そのような者がいることは報告されていた。

 だが、近くで彼に接し、印象を細かく知らせてくることはできなかったのだ。

「ノウマード、か」

 薄く、グランが笑みを浮かべる。

「衝動的にアルマを殺さなかったことは感謝しよう。だが、この王都で一体どう動くかな」

 外壁の門を潜った後のロマには、既に追っ手をつけている。叩き上げの人材ではあるが、相手が相手だ。どこまで行き先を掴めるか、あまり楽観的にはなれなかったが。




 一週間ほどして、アルマがロマの襲撃を受けた、と運びこまれる。

 驚いたことに、御者と共に少年を運んできたのは、(くだん)の吟遊詩人だ。

「貴様がやったのか!」

 動転した竜王兵が怒鳴りつけるが、青年は表情一つ変えなかった。

「よせ」

 流石に急いでアルマの傍に駆けつけたグランがそれを止める。

「失礼した。状況をお訊きしたいので、しばらくお待ちいただけるだろうか」

「……長くならなければ」

 見るからに警戒し、不承不承頷いた青年は、しかしアルマに服の裾を捕まえられたまま、結局その場を動けなかった。

 アルマの角は、魔力の真髄だ。人間となった肉体の中でも、最も〈魔王〉の血を色濃く残す部分である。

 竜王の御力が利きにくい場所でも、ある。

 とりあえずは傷口を塞ぎ、血を止める。角鞘が快復するのは、アルマの身体に任せるよりない。

 うなされる少年の横で、改めてロマに頭を下げた。

「重ねて、こちらへこの者を送り届けて頂けたことに礼を言う」

 ざわ、と周囲が驚愕に揺れる。

「頭を下げられることじゃない。私は彼に少しばかり借りがあるんだよ。結局、彼が傷つけられるのには間に合わなかったし」

 少しばかり暗い瞳で、うなされる少年を見下ろす。

「借り?」

「カタラクタからこちらまで来るのに、彼の部隊に同行させて貰った。聞いてはいないか?」

「ああ、では貴公があのノウマードか。それはアルマが迷惑をかけたことだろう」

 白々しさを、〈魔王〉の(すえ)を卑下することで覆い隠す。ノウマードは僅かに苦笑した。

「では、アルマを襲った者たちだが、貴公は目撃したのか?」

「……ロマだった。男が、十人ほど。二、三家族ぐらいだろう。場所は、公園の近くの路地だ。私は公園の場所をよく知らないが、御者ならば判ると思う」

 頷いて、グランは視線を背後に向ける。心得た巫子が一人、足早に部屋を出た。御者に話を聞き、竜王兵に知らせてくるのだ。その公園にいるロマは、全員が捕らわれることになるだろう。

 尤も、今の時点までまだそこにいるとは考えづらいが。

 ロマは機を見るに敏だ。まして、この青年がいて、彼らを逃がそうとしない訳がない。

 アルマを救ってくれただけでも望外だ。それ以上を期待するつもりもなかった。

 幾つかの質問が終わると、ノウマードは酷く帰りたがっていたが、アルマがその手を離そうとしない。

 半ば本気で呆れながら、少なくとも彼が目を覚ますまではいてくれないか、と要請した。ノウマードが、苦い顔で寝台の隅に腰かける。



 遠くに、微かに悲鳴が上がる。

 塀の向こう側が、ざわり、と動いた。

 息を殺し、路地の闇の中に蹲って様子を伺う。

 待ったのは、ほんの数分。

 鮮やかな異国風の衣装を身に着けた青年が、軽々と竜王宮の塀を飛び越えた。

 その高さは、塀の上に植えられた鋭い鉄の棒すら越えている。

「……っ!?」

 衝撃に息を飲みかけるのを堪える。

 すとん、と軽く地に足をつけると、ぐるりと周囲を見回し、そのロマは手近な路地へと姿を消した。

 この辺りは庭も同然だ。金髪の盗賊は、命じられた追跡を再開した。




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