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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
竜の章

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209/252

16

 そのようなことが数年続いた後、カゼルセイドは父親と共に竜王宮を訪れた。

「グラン! これ!」

 得意げな顔で披露したのは、古ぼけた革装丁の一冊の本だ。

 もどかしげに、紐を挟んであった場所を広げる。

 不審そうな顔で、グランはそれを覗きこんだ。

「これは……」

 僅かに顔色が変わる。

「古き竜王のことが載ってる。貴方が探していたのは、これじゃない?」

 得意げにカゼルセイドは告げた。

 見るからに無理矢理羊皮紙から視線を引き剥がし、グランは若き〈魔王〉の(すえ)を見据えた。

「カゼル。これを、どこで見つけてきた?」


「パストル郷の、ある商人が持ってた。偶然耳に入ってさ」

 無邪気に、青年はそう告げる。

「偶然? 竜王宮が、百年近くもかけて全力で探していたのに見つけられなかったのを、お前が偶然見つけだしたと? 白状しろ、カゼルセイド。一体どれだけの貴族に頼みこんだ?」

 グランの追求に、一瞬、後ろめたそうな表情になる。

「そりゃ、最初のうちは領地まで招待して貰ったりして、足がかりを作ってはいたけど。でも、誰にも地竜王のことなんて話してない。誰が龍神に通じているか、俺には判らないんだから、慎重にしないと。その後で、自分で足を運んだんだよ」

「お前が一人で?」

 だが、次々に痛いところを衝いてくる。所詮、この幼い巫子相手に(しら)を切ろうなど無理があるのだ。

「……基本的には。近辺で潜んでる巫子たちに協力して貰ってたりはしたけど。できるだけ関係があるような行動は避けたし、俺だって変装してたんだから、大丈夫だって」

「変装だって? その目だけでお前が誰かだなんて、子供にでも判る」

 呆れたように、グランは返した。

 〈魔王〉の血族は全て、人には存在しない紫色の瞳を持っている。

「それが、そうでもないんだよ」

 にやにやと笑みを浮かべながら、今まで黙っていたアーデルオーグが口を挟んだ。伸ばした掌を、カゼルセイドの顔の前で広げる。

「包みこめ、黄昏」

 小さく呪文を唱え、手を戻す。

 カゼルセイドの瞳は、暗い青に染まっていた。

「何を……?」

 流石に驚愕して、グランは身を乗り出した。

「色を変えたんだよ。正確には、眼の周辺の光の色を」

 得意げに、アーデルオーグは説明する。

「それは、ずっと維持できるのか?」

 思案しつつ、尋ねる。アーデルオーグはあっさりと頷いた。

「ああ。多分、俺が自分で解くか、死んでしまうまでは継続できる」

「それはあまり安心できる条件ではないな」

 少しばかり呆れて、グランは片手を振った。その手を、卓の上の本に乗せる。

「これを見つけてくれたことには感謝する。だが、無茶をするな、カゼル。お前は、少し無鉄砲すぎる」

「気をつけますよ」

 親子は、そっくりな顔で笑ってみせた。




 ある時、王都の一角にある、小さな小間物屋で一家が殺された。

 そこはさほど治安の悪い地域ではない。深夜の犯行だと思われるが、周辺で朝まで気がついた者はいなかった。

 まるで、降って湧いて、空気に溶けて消えたかのように。

 その後、違う地区で、今度は酒場が襲われた。

 宿に泊まっていた者たち全てが生命(いのち)を奪われている。

 このような事件がぽつりぽつりと起きては、しかし人の口に上ることもなく、消えた。


「奴らの尻尾は捕まえられんのか!」

 アーデルオーグが大きく吼える。

「全力を尽くしている。お前が、そう憤るな」

 疲れた表情で、グランが諌めた。

 城下で襲われた場所は、竜王宮が情報収集のために設けていた拠点であった。殺されたのも殆どが身を(やつ)していた巫子たちだ。

 最初に襲撃されて以来、静かに、ひっそりと竜王宮は動いている。

「どうせ例の龍神の下僕とやらがやったことだろうに。こちらも奴の隠れ家を幾つか掴んでいるのだろう? とっとと全て潰してしまえばいい」

「根拠も何もなく、そんなことができるか。もしも間違って奴とは無関係の者を死なせてみろ。竜王に顔向けができん」

 苦りきった表情のグランを、男は鼻で笑う。

 〈魔王〉の血を引く者たちは、基本的に竜王に隷属(れいぞく)しない。だが、ここまである意味竜王をないがしろにするのは、一族の中でもアーデルオーグが最たるものだった。

「なら俺が出ようか。奴らの痕跡を辿っていけばいい」

「何日経ってると思っている。それに、お前が現場に出て、それと知られない訳がないだろう」

 根気よく、高位の巫子はその提案を潰していく。

 アーデルオーグの角は目立つ。瞳の色以上に、彼の存在を喧伝するだろう。

「それより、カゼルはどうしている」

 グランが話を変える。

「また街の外に出ているよ」

 次期当主は、一つところにじっとしていない。時折王都へ戻ってはくるが、一年の大半を旅に費やしていた。

「今はむしろ王都にいない方が安全かもしれないとはいえ……。無事ならいいんだがな」

 王都の外まで、イフテカールの手が伸びていないなど、楽観的に考えてはいられない。

「大丈夫だ。もしもあいつが死んでしまえば、かけている魔術が切れるから俺には判る」

「……もう少し安心できる条件を出してくれ」

 更なる心配事に、グランは溜め息をついた。



 その後も、襲撃は続いた。

 竜王宮側は速やかに場所を変え、罠を仕掛け、少なくない敵を討った。その報復か、更にまた襲撃を受ける。

 この、血で血を洗うような抗争の時期は、数十年続くことになる。




 ある日、帰郷したカゼルセイドから、グランに面会が申しこまれる。

 その形式ばったやりとりに不審を覚えつつ、高位の巫子はそれを了承した。

 カゼルセイドに連れられて竜王宮へやってきたのは、初めて見る男だった。

「グラン、こちらは画家のオーリム。カタラクタで、かなりの名声を得ていらっしゃる。オーリム、こちらが火竜王の高位の巫子グラナティス」

 さらりと紹介した言葉に、眉を寄せる。

 オーリムという男は、年齢は四十過ぎほど。やや腹回りが立派になってきている。彼は両手でグランの手を握りこみ、勢いよく上下に振った。

「おお、これはこれはお目通り叶いまして光栄です、グラナティス様! 伝説の不死なる幼い巫子にお会いできるなど、我が人生においてこれほど素晴らしい日はございません!」

「……こちらこそお会いできて嬉しいですよ」

 無邪気に瞳を煌かせる男に、当たり障りない挨拶を返した。

 そして、隣に立ってにこにこしている青年を睨め上げる。

「カタラクタまで行っていたのか? お前は?」

「ああほら、色々物騒だっただろ。調べてたらなんとなくあっちの方に繋がっててさ。俺が一度戻ってから他の人を送りこむより早いかなー、って」

 小声で問い詰められて、僅かに視線を逸らせ、カゼルセイドは返す。

「しかも簡単に他人へ正体を明かしているのか? 自分が何故変装していたかすら忘れているのか? お前は莫迦か? 血筋か?」

「ちょっとそういう罵倒のされ方は傷つくんだけど」

 二人が囁き交わす雰囲気が険悪なことには気づいているのだろうが、オーリムは嬉しげな笑みを湛えたままだった。

「まあいい。それで、一体どうして彼をここへ?」

 ともあれもうどうしようもない。本格的に罵倒するのは後回しにすることにして、グランはそう問いかけた。

「ああ、オーリムはフルトゥナ戦役の絵を描いているんだよ」

「はい。ロポスの岩山の攻防からアーラ砦陥落まで、全てを描ききることを目指しています」

 胸に手を当て、誇らしげにオーリムは告げた。

「それで、当時のことを知っているのはもう貴方だけだから、ちょっと話して貰えないかなと」

「……僕だって戦場にいた訳じゃない。知っていることは、全て伝聞でしかないぞ」

「それでも充分です。〈魔王〉アルマナセルより、直接お聞きになったことも多いのですよね? どうか、お忙しいとは思いますが、お時間を頂けないでしょうか」

 熱の籠もった視線で見つめてくる画家に、僅かに視線を上へ向けた。

 十数秒考えて、薄く笑む。

「そうだな。我々が、カタラクタへ進出する足がかりを作るのに助力をお願いできるだろうか。なに、小さな家を借りたりとか、周辺の有力者に口を利いて貰ったりする程度だ。資金は勿論、こちらが全部持つ」


 火竜王宮の諜報部隊がカタラクタへと密かに潜りこむのは、この後一、二年先のことである。




 カゼルセイドは、旅先で花嫁も見つけてきた。

「プラテアだ。素敵だろう?」

 瞳を輝かせて紹介する青年に、両親と高位の巫子が苦笑する。

 プラテアは、亜麻色の髪の、おとなしい少女だった。はにかむような笑みを浮かべ、カゼルセイドの少し後ろにいる。

 だが、二人は、彼女の出自については頑として話そうとしなかった。

 溜め息混じりにグランが説得を続ける。

「もしも彼女の家が爵位を持っていないとしても、僕たちがそれを気にするとでも思うのか? 竜王の前では、貴族だろうが平民だろうが、全ての民が等しく同じ存在だ。そもそも、お前の始祖はこの世界の人間ですらなかったじゃないか。今更身分がどうのと言える立場か。図々しい」

「いや何でそういう方向で非難されるんだ?」

 話の途中からカゼルセイドが首を傾げる。

「だが、僕たちには敵が多い。微塵も隙を見せるつもりはない。その娘が、奴と無関係だと判るまでは歓迎できん。それは、お前だってよく判っている筈だ」

 ここのところずっと、龍神の手先と竜王宮の間は酷く緊張している。間諜が入りこむことを警戒するのは当然だ。

 カゼルセイドは、それに関して異議がある訳ではない。

「……どうして、彼女の家に爵位がないって言うんだ?」

 それでもまだ食い下がる。

 幼い巫子は肩を竦めた。

「そのドレスはお前の見立てか? よく似合っている。だが、まだ少し馴染んでいないな。生まれた時から絹を身につけていた人間の振る舞いじゃない。後は手だな。少し日焼けしているし、何よりそれは働いている人間の手だ」

 グランの観察眼は相変わらず厳しい。

 すっ、とプラテアが小さく会釈した。

「私の父はオルドー森で(きこり)をしております。物心ついて以来、村の人以外と喋ったのはカゼルセイド様が初めてですわ」

 それは事実、平民の娘だということだ。両親が僅かに驚いたような顔をする。

「オルドー森か。それは、確かに遠い地だな。どうしてこいつがそこに?」

 少し意外そうに、グランは問うた。

「その辺は別に……」

 僅かに視線を逸らし、カゼルセイドがごまかす。

 大人たちはまっすぐに少女を見つめた。

「カゼルセイド様が森の中で行き倒れていたのを、父が見つけたのですわ」

「プラテア!」

 いきなり暴露されて、慌てた声を上げる。

 あらまあ、とシニスフォラが小さく呟いた。

「カゼル……」

 明確に呆れた視線をグラナティスとアーデルオーグが向ける。

「仕方がないだろ。財布を()られて無一文だったんだよ。次の街まで近道しようとして森に入ったら迷ったんだ」

 両手を広げて言い訳をする。

「それでは貴女がたご一家はこやつの恩人だな。礼を言う」

 何の拘りもなく頭を下げるグランに、プラテアが怯んだ。焦ったように、幼い巫子と婚約者とを交互に見つめている。

「おかしな人だろう?」

 カゼルセイドが微笑みかけた。



 結局その一家に不審な点は見つからず、カゼルセイドとプラテアはやがて結婚した。

 彼ら関係者は、プラテアの身分をさほど気にしなかったが、それでも今後貴族社会で生きていかねばならないのだ。シニスフォラの実家の方で、親戚の養女、という体裁を整えて貰った。

 その後、カゼルセイドが旅に出る頻度はがくんと減る。

 妻子を置いていくのが気が進まない、ということ。後々大公家を継ぐのであれば、父親が存命のうちに仕事を覚えておく必要があることなどを考えたのだ。

 将来、アーデルオーグが亡くなれば、変装もできなくなる。潮時ではあった。


 この頃、未だ竜王宮を巡る状況は不穏であり、彼らは一年のうちの大半を竜王宮で過ごすこともあった。

 本宮から王都の外へ通じる脱出路を作らせたのも、この時期だ。

「奴が僕を生かしておきたい以上、本宮を襲ってはこないと思うが、奴の意図通りに全てが動くわけでもないからな」

 疲れた様子で、グランは言い訳じみた言葉を漏らす。

 事実、龍神の手の者と思われる襲撃騒ぎは、竜王宮とは全く無関係な場所で起きることもある。

 イフテカールがどれほど部下を制御できているか、少々不安でもあった。

 そんなことを気にしてもいない、という可能性もある。

 龍神の最終的な目的は、結局、この世界を滅ぼすことであるのだから。



 カゼルセイドの息子には、角はなかった。

 彼が成人する頃には、何とかこの表立たない抗争は終息していた。

 被害が大きく、益も得られなくなって、イフテカールは飽いたのだろう。

 この先はまた、事態は更なる闇の中で動いていく。




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