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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
竜の章

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206/252

13

 それ以降、アーデルオーグが竜王宮を訪れる頻度は減った。

 来たとしても、殆どグランの前には現れない。

 王宮でも数度揉め事を起こしている。被害は、最初のものほどでもないが、そちらもやがてアーデルオーグを伴わないようにすることで解決した。

 アーデルオーグは、腫れ物を触るような扱いとなっていったのだ。



「最近、あれはどうしている?」

 数年経った頃、グランは父親に尋ねていた。

「友人たちの家を渡り歩いているようですね」

「ほぅ。あいつに友人がいたのか」

 苦笑しつつ答えたラスダフリックへ、皮肉げに幼い巫子は返す。

 困ったように対している男は、疲れが滲んで見える。

「今度、奴が帰ってきたら、ここへ連れてこい。……いや、僕が出向こう」

 おそらく、即逃亡するだろうことに思い至って、グランはそう言い直した。



 ある日、ふらりと帰宅したアーデルオーグは、夕食の知らせを受けて、部屋へ入ってきた。

 だが、扉を開けたところで、思わず足を止める。

 最近は殆ど顔を合わせていない、火竜王宮の高位の巫子が座っていた。

 反射的に部屋を出ようとするが。

「席につきなさい」

 父親が、断固とした声で命じてくる。

 あまり叱責してくることはない父親だが、礼儀作法に関しては厳しい。家族がいる時は、一緒に食事を摂るべきだ、というのが彼の信念だ。

 そして、レヴァンダル大公家は、流石に食事は他家よりも美味い。食べ盛りである少年は、できれば食べ逃したくはなかった。

 渋々、椅子に座る。

 気を張っていたが、グランはちらりと視線を向けただけで、静かに父親と会話を再開させていた。

 できる限り早く食事を進めたアーデルオーグは、最後の一皿をさっさと平らげると、即座に席を立った。

 だが。

「アーデルオーグ」

 平坦な声が、かけられる。

 睨みつけるように顔を向けると、そんなものは何でもないと言わんばかりの視線がグランから返された。

「お前、最近いかがわしい辺りに出入りしているようじゃないか」

「あんたには関係ないだろ」

 相手の言葉が終わるかどうか、というタイミングで返す。

 グランは、僅かに口角を上げて見返してきた。

「そうだな。お前がどこにいようと、僕には関係ない。だが、言っておくが、アーデル。子供を作るような真似だけはするんじゃないぞ」

 その内容を理解して、少年は一瞬で赤面した。

「な、何言ってんだ、このエロジジイ! そんなこと……」

「アーデル!」

 声を荒げかけたラスダフリックを、ひらりと片手を振ってグランは止めた。

「お前が、おとなしくその相手をここへ連れてくるか? どこか、人知れない場所で出産に臨んだ場合、医師もおらず、僕も駆けつけられない状態で、その娘が無事に生き延びられる、とどうして思えるんだ?」

 まっすぐに告げられて、アーデルオーグは言葉に詰まった。

「いいか。僕は、二度とあんなことを繰り返すつもりはない。お前の妻を死なせることも、まして、お前の子を失うこともだ。絶対に」

 言葉を重ねるグランから、ふぃ、と少年は視線を外した。

「……二度と、じゃねぇだろ。一回目がそもそもあっちゃいけなかったんだろうがよ」

 小さく呟いて、そして彼は部屋を出た。

 扉が閉まるのを確認して、グランは、長く息をついた。




「あんの野郎が!」

 荒々しく罵声を上げて、ジョッキを卓に叩きつける。零れたエールは、かなり薄い。おまけに卓の天板は既に染みだらけだ。アーデルオーグは気にもしなかった。

「どうしたよ。荒れてんなぁ」

 のんびりと、隣から声をかけたのはまだ若い男だった。割と派手な色彩の服を身に着けているが、その素材は綿や麻だ。

「聞いてくれよ! あのジジイ、好き勝手なことばっか言いやがって……!」

 愚痴を吐き出そうとするアーデルオーグの傍に、更に数人の青年たちが近づいてきた。だれもが、陽気な笑みを浮かべている。

「なんだ、例の巫子様の話か?」

「様なんてつけることねぇよ! あのクソジジイが!」

 更に怒鳴り声を放つアーデルオーグの背を、まあまあ、と宥めるように叩く。

「全く、身内面しやがって……! 巫子なんだから、人ん家に関わってくんなってんだ」

「で? 今回は何言われたんだよ」

「ああ、それがさ」

 穏やかに促されて、つい話しかけるが、グランが釘を刺した話題を思い出し、慌てて口を(つぐ)む。

「どうした?」

「い、いや別に。大したことじゃねぇよ」

 顔が紅潮しているのは、酒を飲んでいるせいだ。

「でもまあ、心配すんのも仕方ねぇんじゃねぇの? どう考えても、大公家のお坊ちゃんが来るような店じゃねぇしさ」

 違いない、と、皆が笑う。

「止めろよ、そういうの。お前ら、友達じゃねぇか」

 眉を寄せて、アーデルオーグは止めた。

「いやいや、普通、貴族の子息様は来ねぇよ」

 自嘲気味に、一人の男が告げる。

「ハイレシスとかタクサティオとかも来てただろ」

 彼らは、アーデルオーグを最初にこの界隈に連れてきた貴族の若い子弟たちである。子爵や男爵、といった、位はやや低くはあったが、それでも貴族の出だ。

 そういえば最近彼らを見ないな、と、アーデルオーグはぼんやり考えた。

「全く、気取りやがってよ……。来たことも会ったこともないくせに」

 天井を見上げ、熱い息を吐く。

 暗い明かりしかない酒場の天井が、揺らいで見えていた。

「会って貰えりゃ、そりゃ判ってくれるかもしれねぇけどよ。そもそも無理だろ。お前のお屋敷にゃ俺たちが入れる訳ねぇし」

 肩を竦め、一人が告げる。

 確かに、レヴァンダル大公家も火竜王宮の本宮も、警備は厳しい。幾らアーデルオーグの口添えがあっても、下町に住むような若者たちがやってきて、入れて貰える訳がない。

「行けねぇなら、来て貰えばいいだけじゃねぇか」

 ふらり、と近寄ってきた男が口を挟む。

 その場の全員が、顔を見合わせた。




「パーティだと?」

 珍しく呆気に取られて、グランは問い返した。

「はい。アーデルの友人たちが開いてくれるとかで」

 薄く笑みを浮かべ、ラスダフリックが告げる。

 場所は、下町の公園。なけなしの金を出し合って、場を設けてくれるのだ、と、アーデルオーグは説明した。

 どうか彼らと会って欲しいと頼みこむ息子に、ラスダフリックは二つ返事で了承している。

 だが、グランに直接話を持ってこないところを見ると、まだまだだと幼い巫子は思う。

「貴方も来て頂けませんか?」

 様子を伺うように、レヴァンダル大公はおずおずと尋ねた。

 全く、こうなると彼もただの父親だ。

 苦笑して、グランは小さく頷いた。



 パーティが開催されるのは、夜中だった。

 友人たちには働いている者が多いため、昼間には無理なのだ。

 敷地内の庭でなく、野外、というのは珍しいが、夜に宴席が開かれるのはそうでもない。

 馬車の中は静まりがちだが、そわそわしているアーデルオーグは気づいていなかった。

 ラスダフリックに是非に、と頼みこまれたこともあり、グランも特に波風を立てるつもりもない。

 穏やかな空気の中、石畳の上をがらがらと走っていた馬車はやがて止まった。


 その公園は、静まり返っていた。

 今夜は月も出ておらず、酷く暗い。

「本当にここなのか?」

 周囲を眺め渡しながら、グランが尋ねる。

「二人を驚かしてやりたいんだよ。ほら、道に沿って蝋燭が立ってるだろ」

 アーデルオーグが指差した方向には、確かにぽつりぽつりと灯りが見える。

 カンテラを手に下げ、少年は意気揚々とその小道を歩き出した。

「お前も準備に加わっていたのか?」

「ああ。途中までな。仕上げは俺も知らねぇ」

 楽しげな声に、連れの二人の頬も緩む。

 小道が、薔薇の咲く茂みの横を通り、表通りから視線が遮られた辺りで。

 アーデルオーグの持つカンテラが地面に落ち、闇が深みを増した。


「ぅああああああああ!」

 その直前、鈍く殴りつける音と共に、悲鳴が上がる。

 蹲るアーデルオーグへ、草の上を駆け寄る足音が響いた。

「アーデル……!」

 叫びかけて、ラスダフリックは自分たちへも迫る足音に、剣を抜いた。庇うように、グランの前に立つ。

「我が竜王の名とその誇りにかけて」

 小さく請願が唱えられると、彼らの頭上に、一抱えほどはある火球が出現した。赤々とした光が、一帯を照らす。

 深い闇の中、突然光源に照らされ、怯んだのは十人は越えようという男たちだった。手に手に、木の棒や錆びついた剣を構えている。

 その衣服は、鮮やかな色や模様で彩られている。

「……フルトゥナの民か……!」

 低く呻く。

 アーデルオーグが、再び振り下ろした角材で打たれる。

「ああああああ!」

 それは、的確に彼が頭に戴いている角を殴りつけていた。

「ラス、向こうへ!」

 鋭く、グランが示す。

「ですが……」

 苦悩の色を浮かべ、しかし彼の主たる巫子を護る位置から動かないラスダフリックに、苛立った視線を向ける。

「僕を誰だと思っている。いいから行け!」

 眉を寄せ、しかし父親は息子の下へと駆けた。間に立ちはだかる男たちに、容赦なく斬りかかりながら。

 彼の剣は、どちらかといえば型に嵌っている印象だったが、しかし市井のならず者たちが相手になる訳もない。悲鳴を上げて、数名がたちまち地に伏せる。

 じり、と距離を詰める男たちを、ただ静かにグランは見つめた。

「邪悪なる巫子が……!」

 わめき声を上げて殴りかかってくる男の持つ角材が、その一瞬で先端から手元まで燃え上がった。その炎は、容赦なく男の腕へと燃え移る。

「ぎゃあああ!」

 思わず武器を放り捨て、素手で叩いて消そうとする。だがそれは果たせず、彼は数秒で全身が炎に包まれた。悲鳴を上げて倒れると、ごろごろと地面の上を転げ回る。

「無駄だ。それは、火竜王の炎。そう簡単に消せると思うか」

 冷徹に告げる幼い巫子を、おぞましいものでも見るかのように凝視して、襲撃者たちは数歩後ずさった。

「僕を火竜王が高位の巫子と知った上での狼藉、まさか一人として生きて帰れるとは思っていまい?」

 軽く片手を振る。炎が、まるで鞭のようにその指先から迸った。




 鈍い痛みに、呻く。

 寝返りを打った瞬間にそれが脳天を貫いて、息を飲んだ。

 反射的に開いた瞳が、状況を把握できなくて、動く。

 そこは見慣れた、火竜王宮で彼に与えられている寝台の中だった。枕元に椅子を寄せ、父親が座っている。緊張しているような、泣き出すのを堪えているようなその表情は、しかし確実に怒りを含んでいた。

 そして、頭に包帯を巻き、左腕を吊っている。土に汚れた服を着替えてもいない。

「……親父……?」

 弱く声を上げると、ラスダフリックは僅かにほっとした顔になった。

「アーデル。もう大丈夫だ。痛むか?」

「少し……。何で俺、こんなところに」

 頭ががんがんしてうまく考えられない。

「公園で襲われたんだ。お前の……友人たちに」

 言いにくそうに放たれた言葉に、苦痛も無視して、思わず上体を起こす。

「嘘ついてんじゃねぇよ! 奴らが気に入らないからって、何でそんな」

「お前の痛みも、嘘か? 執拗に角を殴られた、その痛みが」

 角を。

 ぞく、と背筋が冷える。

「まあ、角は強度としては強い。お前に他に外傷がなかったのが幸いだった」

 溜め息と共に、ラスダフリックは呟く。

 その父親の怪我は、つまり。

「何で……」

「彼らはフルトゥナの民だった。知っていたか?」

「ああ。親が向こうから逃げてきた、って言ってた」

「知っていてどうして彼らとつきあっていたんだ?」

 僅かに非難するような響きに、むっとする。

「関係ねぇだろ。俺がやったことじゃねぇ」

「だが、お前の祖父がやったことだ。そして、お前の国が」

「関係ねぇよ! あいつらだって、みんなそう言って」

 しかし、その友人たちが、彼を襲ったのだ。

「……そう言って、みんなで、楽しくやってたんだ」

 力なく、呟く。

 ラスダフリックは淡々と続けた。

「お前につけ入るための方便だ。生き残りがそう証言してる」

「生き残り……?」

 嫌な予感が胸に兆す。

 ラスダフリックが真面目な顔で頷いた。

「竜王宮の面子が潰れたからな。巫子も親衛隊も、これ以上ないほど怒っている」

 面子、という言葉が、引っかかる。

 竜王宮の管轄にあるレヴァンダル大公家が襲われた、というのは、確かにそこそこの醜聞だ。だが、二人とも無事なのだし、どうやら襲撃者も捕らえているようだ。

 何が怒りの要因なのか、と考えて、今ここにいない相手に思い至る。

 ……グラン。

 彼がいれば、父親の怪我も、自分の苦痛も、全く跡形も残さず癒すことができる。

 何より、彼の性格ならば、父親よりも早く自分に雷を落としたがる筈だ。

「まさか、グランは……」

 乾きかけた唇を開いて、問いかける。

 ラスダフリックは、僅かに視線を逸らせた。

「……あの時、お前が最初に殴られた。角を殴られ、抵抗できないお前を救え、と、グラン様は私に命じられたのだ。本来、私はあの方の剣である筈だというのに」

 唖然として、その言葉に聞き入る。

 あの、グランが。

「そんな、莫迦なこと、あるわけないだろ。あいつ、不死なる巫子だとか呼ばれてるじゃねぇか」

「別に、不死である訳ではない。ただ生き延びられるだけだ。生き延びられなければ、彼だとて死は免れない」

 厳しく現実を告げる言葉に、アーデルオーグは俯いた。

「判んねぇ……。何だよ、それ……」

「そうだな。私たちは、まだお前が子供だと思って何も言わずにいすぎたのだろう」

 溜め息とともに、小さく零される。

 続く沈黙が、酷く痛い。

 友だと信じていた者たちからの裏切り。

 確固として存在していた者の、喪失。

 その全てが、自分の軽挙から発している。

 じっと見据えていた拳が、徐々に滲んできた時に。


「全く、口の堅い奴らだ。もう少し立場を判らせてやった方がいいな」

 突然扉を開けて、火竜王宮の主が姿を見せた。


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