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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
贄の章

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189/252

15

 それからずっと、イフテカールは火竜王宮の地下、グランの予備の肉体を培養してある部屋に詰めていた。

 勿論、いつでも使えるようにはしておいていたが、それでも即座に、という訳にはいかない。色々と確認や準備が必要だ。

 以前に施術したのが十年以上前であり、その頃に関わった巫子たちで、今本宮にいるものは少ない。まして、記憶がはっきりしている者などは、更に。

 苛立ちを抑えながら、何とか作業を続けていく。

 深夜になって、その部屋を一人の人物が訪れた。

「……何の用事です」

 腕を組み、苛々と爪先を床に打ちつけながら、イフテカールが尋ねる。

「お前は、本気で彼に再び術をかけるつもりか?」

「当たり前でしょう。今更そんなことを確認に来ないでください」

 〈魔王〉が、長く溜め息をつく。

「お前の、龍神に対する忠誠心は判っている。だが、そのために、グランを犠牲にするつもりなら」

「貴方は」

 責めるような言葉を、強く遮った。僅かに怯んだように、アルマは口を(つぐ)む。

「貴方は、本当に、私があの方のことしか考えず、グラナティス様をいいように利用しているだけだと思っているのですか? 見くびられたものだ」

 アルマは、本心から、グランの死を望んでなどいない。ただ、契約に縛られ、主の意図に従っているだけだ。

 つけ入る隙など、幾らでもある。

「私は、確かにあの方が一番大切だ。あの方の命令であれば、グラナティス様も貴方も、世界の何者ですら、消滅させるつもりでいる。でも、今はそんな状況じゃない。可能なのであれば、グラナティス様に生きていて欲しい、そう願っている。心からだ」

「イフテカール……」

 強く、言葉と視線に力を籠める。アルマの声はそれに反して弱くなった。

 嘘をつくなら、その中に僅かな真実を混ぜこむことだ。

 真実のもつ輝きにつられて、相手は餌を丸呑みする。

 そう、今、心を痛めるような表情を浮かべている、アルマのように。

「私は、全力を尽くしますよ。例え、貴方の手が借りられなかったとしても。……忙しいんです。もう、いいですか?」

 ぶっきらぼうにそう告げると、イフテカールは踵を返し、部屋の奥へと姿を消した。



 夜が明け、昼近くになって、ようやく準備が整った。

 意識を朦朧とさせ、痛みに呻く高位の巫子に伴ってきた巫子たちの中に、一際背の高い男の姿がある。

 イフテカールに目を止められて、彼は気まずげに視線を逸らせた。

「ありがとう。……お願いします」

 だが、ただ静かにそれだけを告げられて、戸惑ったような表情になる。

 ゆっくりと光る水に満たされた棺にグランの身体を沈め、イフテカールはすぐにその手を取った。

 アルマの助力を、全く疑ってもいないように。


 施術は、何の問題もなく終わった。

 空ろとなった肉体を火竜王宮へ運びながら、アルマは沈黙を貫いた。

 尤も、流石に疲労困憊し、今にも倒れそうだったイフテカールはそれに構っている余裕はなかったのだが。



 彼らが、おそらく決定的に(たもと)を別ったのは、それから数年経ってからとなる。



 ある日、突然、イフテカールの元に〈魔王〉アルマナセルがやってきた。

「お久しぶりですね」

 嫌味をしたたらせるような言葉に、しかし男は軽く肩を竦めた。

「お前もわしに会いには来ぬだろう。お互い様だ」

 以前のように、すぐに動揺しない態度を見て、即座に認識を改める。どうやら、かなり鍛えられたようだ。……色々と。

「それはそうだ。一体、何の御用ですか?」

 軽く椅子を奨め、首を傾げながら尋ねる。

「そなたにこれを見せに来た」

 ごとり、と重い音を立てて、卓の上に置かれたのは、片手で掴むのは難しそうな大きさの水晶球だった。


「……これは?」

 警戒心を露に、目を細めて見つめる。

「龍神の力を集め、増幅するためのものだ。これを作り出すのに、火竜王宮の秘蔵の水晶球を五つは無駄にした。例の、グランの肉体を交換するための装置に、これを設置する。そうすれば、お前が手をかけなくても、わしがそれを増幅しなくても、この地に(こぼ)れる龍神の力を自然に取り入れて、彼の延命は果たされることになる」

「何がしたいのですか?」

 不快感に、イフテカールは鼻の頭に皺を寄せた。

 が、アルマは動じない。

「グランは、もう、お前の顔を見たくはないそうだ」


「……嫌われたものですね」

 ぽつり、と、呟く。

「お前だけではないよ。あやつは、もう、家族の誰とも会おうとしない。まあ、元々竜王宮に入った時点でそうなっている筈だった、とか言っているからな。わしは竜王宮の管轄にいるから顔を合わせるが、レヴァンダは……」

 言葉を濁し、アルマは小さく溜め息をつく。

 王家の者たちは、心から末の息子のことを気にかけている。それが裏目に出たことを、きっと嘆いているだろう。

 つけ入る隙があるかもしれないな、とぼんやり考えるが、そもそもイフテカールがグランに術をかけたことが原因だ。望んだのが己であることを棚に上げて、恨まれている可能性もある。何と言っても、王侯貴族というのは酷く理不尽なものだ。

 まあ、それは後々対処すればいい。青年は、素早く現在の問題を考慮した。

「条件があります。それを飲んで頂けなければ、この水晶球を使用することは了承しません」

 その辺りは当然予測していたのだろう。イフテカールの言葉に、アルマは小さく何だ、と問うた。


 イフテカールの出した条件は、三つだ。

 まず、グランの容態が手遅れにならないよう、劣化が始まる前でも、八年目には施術すること。勿論、それ以前に劣化の兆候が見られれば、即座に対処することは大前提だ。

 そして、古い肉体は、必ずイフテカールの元へ届けること。

 そこまでは、イフテカールが結んだ契約に則ることで、アルマも反故にはできない、と思っていただろう。さして反論もされない。

 だが、次いで、今後数回は施術時にイフテカールが立ち会う、という条件には、〈魔王〉も眉を寄せた。

「別に、同じ部屋にいる、という訳ではありません。別室で、様子を伺っているだけですよ。……貴方を信用していないつもりはないですが、それが上手く働かなければ、私が出なくてはなりませんからね」

「何もなければ、顔を出さないのか?」

「ええ」

 さらりと返した相手に、渋い表情のまま、それでもアルマは頷いた。

「それが上手く働くことを祈っていますよ。他者の術に割りこんで修正するのは、どうやら骨が折れるらしい」

 龍神からの指示にそれを読み取って、皮肉げにイフテカールは告げた。

 真っ直ぐに、アルマは青年を見つめる。

「イフテカール。……お前は、まだ、人間なのだろう?」

「貴方は、〈魔王〉にしては、随分と人間くさくなりましたね」

 薄く笑みを浮かべて、返す。

 互いへの侮辱をそのまま流し、彼らはそれ以来殆ど顔を合わさなかった。




 イフテカールと王家との間の亀裂の修復は、あまり芳しくなかった。

 当初の予定では、イーレクス王子もグランと同様に不老不死となる予定であった。

 だが、弟の状況を知り、のらくらと引き伸ばしてきた彼は、ついにそれを拒否してきたのだ。

 なんだかんだと色々言ってきていたが、おそらくはグランの受ける苦痛の激しさに、恐れをなしたのだろう。

 ならば弟を解放してやればいいものを。

 そんなことを言うつもりはなかったが、しかし考えざるをえない。

 健康体で生まれたイーレクスは自然に死を迎えるのが当然で、弱く、いつ死んでも不思議はない身体であったグランは、ようやく手に入れた生を続けるべきなのだそうだ。

 全てが各々の自己満足だ。

 イフテカールは、それを直視している。だが、彼らはどうだ?



 数十年が経つ。

 王と王妃が立て続けに崩御した。

 彼らは、個人的にはそう悪い君主ではなかった。イフテカールの言葉をよく聞き、殆どの場合はそれに従って動いた。

 フルトゥナ侵攻に勝利したとはいえ、国土も金も手に入らず、国民を犠牲にしただけだという評価は、年月が経てば変化もするだろう。

 そして、王太子であったイーレクスが王座についた。

 彼は、イフテカールに対する不審感を隠そうとしていたが、それは成功していない。

 王子が適当な年齢になった辺りで、[奇襲王]イーレクスは突然の病でこの世を去った。

 しかし火竜王宮は、近年王宮へ少しずつ人を送りこんでおり、新たな王は少なからずその影響を受けている。局面は、ここにきて俄然権力闘争の色を帯びてきた。

 そして大公夫人レヴァンダが小さな病を拗らせて死去。

 驚いたことに、その数年後、〈魔王〉アルマナセルが永眠する。

 文字通り、その魂の一片すら残さずに。


 (たが)が外れたように、龍神ベラ・ラフマとその使徒イフテカールは、火竜王宮の高位の巫子グラナティスと、泥沼の抗争へと突入した。



 グランが(よわい)百を越える頃が最も状況は激しかった。

 実際、血で血を洗う、という形容が相応しく、イフテカールはこの時期多くの部下を失っている。それは火竜王宮の巫子や竜王兵も同様だったが。

 しかしやがてそれもひと段落し、それまでに反発するかのように、互いの動きは地下へと潜っていく。


 更に二百年が経ち、レヴァンダル大公家に、角を頂いた子供が生まれてくる。

 イフテカールは彼が成長するのに合わせ、ついにカタラクタ侵攻の計画を練り上げた。

 注意深く軍を動かした彼は、三百年前のフルトゥナの時のような失態を犯すことなく、首尾よくカタラクタ王国は降伏する。

 だが、水竜王の姫巫女を横から掻っ攫ったグランが王都を出奔し、その間にイフテカールは〈魔王〉の(すえ)の青年を見つけ出す。

 風竜王とその高位の巫子が世界に再びその手を衝き入れ、竜王に対する憎悪を募らせた青年は執拗に世界を呪う。

 世界を巻きこんでいく彼らの争いは、しかし、こうなる運命だったのだろう。

 互いの主は、決して共に天を戴かぬものなのだから。



 ただ、グランの肉体に関する契約だけは、未だ継続されたままだ。

 徐々に、その身体が健康である時期は短くなってきており、ここ何十年かは五年おき、というサイクルになっている。

 火竜王宮は黙々と彼の肉体を維持し、そしてイフテカールは異を唱えることなく古い肉体を受け取っている。

 まるで、彼らの間の何かを護るかのように、不可侵のものとして。






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